九言目 フェスティバル

「う、うう……?」

 盛大に頭を強打し、昏倒していた大葉の意識が戻り。

 朦朧とした感覚で、自身の身体が細く白い腕に力強く引っ張られていること、そしてマイクロバスから引きずり出されたのを認識した。


「マスター!しっかりしてください!」

「何が起きている……?」

 頭に触れると、ぐっしょりと生暖かい嫌な感覚がした。

 相当な出血をしているようだ。


 石上いしがみサンの声と共に揺れる視界の隅で、ステージの中央で大破してひっくり返り、煙を上げているバスが映る。


 酷い有様だ。結構な事故なのに何処か冷静な自分に奇妙な納得を感じつつ、大葉は他の『人間』の姿を探す。


「田原と、赤村くんは……」

「まだバスの中です。でも先ずはマスターを安全な場所までお連れします」

「馬鹿を言うな。あの二人も救出してからだ」

「いいえ、マスターの身の安全の方が優先です。ワードイーターの二体同時の襲撃は想定外でした。ぼくたちは――」

「放っておくと言うのか。私のことは後で良い。あの二人を――」


 大葉は語気を荒げて身を起こした。


 そしてサンの表情を――その黒い宝石の様な瞳の、不思議な光、何処か無機質な輝きを間近に見て、何故かぞっとした。


 サンは心配そうな顔をしてこそいれど、田原や赤村の命をそれほど気に留めていないのだと思った。大切なのは大葉だけ。それもワードイーターを倒す為に必要だという理由だけだ。

 それが任務であるからなのか、性格なのか、それともそういう存在であるからなのかは判らないが、その時またはっきりと『彼女ら』言技使いが、やはり人外の者であるということを改めて感じたのだ。


 ―—彼女らはあくまでも世界の守護者であり、人類の味方ではないのだ。

 血の気が引いたように感じたのは出血のせいかもしれないが。


「さあ、いっくよー!」

 一方で底抜けに明るいメグの声がして、その身体がぴっかー!と光に包まれる。折角用意(購入)した衣服が勢いよく細々に千切れて、いつものぴっちりひらひらしたレザースーツ姿に『変身』した。一瞬裸に見えたのはきっと頭の負傷のせいだ。


 言いたいことはいくつもあるがぐっと飲み込む。戦況の把握が精一杯。


「ともかく、田原と赤村くんもバスから出せ。話はそれからだ……!」

「……判りました」


 サンも何かを呑み込むように頷いた。

 


――――――――――――――――――


 石上いしがみサンが田原と赤村を救助しに、マイクロバスに潜り込んだのを確認した大葉は、ステージの上で無駄に華麗で大仰な身振りで腕を振りかざしている船頭山せんどうやまのぼるの後ろ姿を見る。


「メグ!君の扱う量子ビームは空中の敵には不向きだ!【ザ・サイレント】への対空攻撃はアンとヒカリに任せて、君は地中潜航型【ザ・ブラインド】の迎撃を!アタル。君も……アタル?どこ行った?アタル!」


「二階からっ……!」

 ステージの先端で、滑空してくるザ・サイレントに対してぐっと構える二階メグ。しかしザ・サイレントの高度はメグの跳躍力で届く高さよりもずっと上だ。「くっ……だめか」それを判断できる程の分別はあるらしい。


「お姉さまっ!ここは私たちに任せて、モグラっぽいワードイーターを!」

 二人で密着して鏡合わせのようになった矢護朱鷺アン・ヒカリ姉妹が溌溂と声を上げた。

「「光陰矢の如しアロー!」」

 光と闇の力が合わさって(中略)が発射された。しかし先日の『止め』に放ったものと比べれば威力も精度も速度もだいぶ劣っている。最大威力を叩き出すにはそれなりの集中力と時間が必要なのだ。


「アロー!」「アロー!!」「ええい何で当たんないのっ!アロぉー!!」

 びゅんびゅん放つも、すっかすか。

「早いっ……!」

 それもあるがもっと落ち着いて撃った方が良い。と大葉は思った。 


 確かにザ・サイレントの飛翔速度はかなり速い上に、既存の物理法則をまるで無視したように、直角なジグザグなどの軌道を描いて不気味に飛んでいる。気合と大声で乱射しても当たる訳が――ちゅどん!―—当たった。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとはこのこと。


 ―—まてよ。それもことわざじゃないのか?

 大葉の思索が一瞬ゆっくりになった。彼女らはもしかして単一の諺だけで『出来ている』のではなく、異なる複数のことわざの資質を同時に保有しているのかもしれない。それか、全く単なる偶然か、大葉の考えすぎかもしれないが。


「―—アタル!?何をしているんだ、どうした?」

 のぼるの慌てた声で大葉の時間が現実に引き戻された。


 振り返ると、叫ぶのぼるの傍らで、ステージの隅で怯えて丸まっている狗坊くぼうアタルの姿が飛び込んできた。


「くぅぅん……」何だか様子がおかしい。

「これか!」のぼるが、その犬耳を抑えこんでいたカチューシャを取り外す。

「うがああああ!ちっくしょう!!もう二度とつけねえかんな!!」吼えた。


 アタルは、メグが【ザ・ブラインド】と応戦しているオーディエンス・スペースをぎろりと振り返ると、変身、そして突げ「おりゃあああああああ!!」した。




――――――――――――――――


「二階から目薬ビーム!!」

 溜め、跳躍、射撃。

 射出までに幾つかの予備動作を挟むメグの必殺技は、地上地下を自在に移動するザ・ブラインドをなかなか捉えられずにいた。


 巨大で機敏な土竜の化け物、としか言いようのないザ・ブラインドの全貌はまだ明らかにはなっておらず、ライブステージの周辺の草地を爆発させながら、メグの攻撃を巧みに避けつつ、ステージへの襲撃を狙っている様子である。


「―—なんかああいうのが出てくる映画を観たことあるぞ俺。なんだっけな……ええと、そうだ。トレマーズだ……ケヴィン・ベーコンとウィレム・デフォーって最近よく似てきてるよな」

 石上サンに引っ張り出された田原が、その光景を虚ろな目で眺め、ぼんやりと呟く。無事ではあるようだ――

 

「どりゃああああああああ!」

 草切れと土塊が舞う荒れ果てた芝生を爆走していったアタルが、地上に身を乗り出したザ・ブラインドへ体当たり。

 ドズン!と音を立てて衝突し、その巨体を抑え込む。

『ぐるるるるるるっ……!』

 その唸りが一体どっちから発せられているのかも判らない。たぶん両方である。


「いいぞメグっ、やっちまえ!!」

「さすがアタル……!任せてっ!」


 ”足止め”したアタルの叫びに応じたメグが、すたたた、たん!と跳躍し、身を捩る。「二階からっ……!」その指先に光が収束して――


――バギィィン!

「きゃあああっ!?」

 空中に跳ね上がったメグの背後から音も無く回り込んできた【ザ・サイレント】の空襲が直撃した。脚爪と思われる鋭利なオーラのがメグの身体を薙ぎ飛ばす。


「メグ!」「お姉さまっ!」


 のぼるが、矢護朱鷺アン・ヒカリ姉妹を振り返ってどなる。

「何をしている!あいつを野放しにしたままではメグが言技を発動できない!」

「だって、だって!あいつ、早いんだもん!」


「ぐぎぎぎ……メグ……っ!?きゃいん!」

 地上に落ちてごろごろと転がったメグに気を取られたアタルが、刹那の動揺で【ザ・ブラインド】に力負け、ばちこん!と弾き飛ばされる。


 ザ・ブラインドは再び轟音と共に地中へ潜り込み、まるで地震のように地面を波打たせながら、倒れて呻いているメグへ向かっていく――。

 同時に、ザ・サイレントもカクカクと不自然な旋回を経て、メグを目掛けて回り込んでいく。


「―—同時に攻撃するつもりか!あの質量と音波攻撃を同時に受けてはいくら言技使いでもひとたまりもない……!」

 のぼるが戦慄して。

「…………ッ!」

 メグが目を閉じて。


 ザ・サイレントの音波爆撃が草地を吹き飛ばしていく爆列と、その地下をうねりながら進んでいくザ・ブラインドの巨体がメグに迫り――。


石上三年せきじょうさんねんッ!!」

 いつのまにやら赤村まで救出し終えていたサンがメグの前に飛び出し、防御バリアを張った。


 その丸い石型の結界がザ・サイレントの音爆を全て弾き返し、周囲に幾つもの爆発を散らして。一方で巨体による体当たりを諦めたザ・ブラインドは地下で転回し、また周囲の地面を大きく回り込む様に『泳ぎ出した』。



「くっ……二体になるだけでこうも手強くなるとは……メグは頭上を取らねば言技ことわざを発動させられない。サンは防御主体。ヒカリとアンはまだ未熟、アタルの持ち技は体当たりだけ。どうすればいい……!?」


 ステージ上ではのぼるが幾分ドラマティックな身振りで頭を押さえ、苦悩している。


 ようやくまともに思考できる程度に快復してきた大葉が、そんなのぼるへ語りかける。

「き……君の能力は一体何なんだね。それ次第では私の解釈によって新たな効果を発揮して、戦況を覆すことができるかもしれない」


「恥ずかしながら大葉氏、私の能力は状況を観察し、皆へ的確な指示を下すことだけなのです。ああしかし、私はなんと無力なんだ。最愛の仲間が果敢に戦い、傷付いていくというのに、こうして見守ることしかできないなんて……メグ、こんな私を許してくれ……!」


 のぼるは芝居がかった口調でその場に崩れ落ちる。

(多分、いや絶対に気のせいだと思うが、その周囲にはなんか薔薇の様な視覚効果が浮かんでいるようにすら見えた。大葉はまだ自分の意識が完全に戻っていないが故の幻覚の類かと一瞬疑ったが――)


 大葉は悟った。この一見リーダー然として如何にもな戦術指南役、まとめ役といった雰囲気で振る舞っている男装の言技使いは――大葉らしくない言葉を敢えて使うとすれば『おおポンコツ』だ。余計な事を言いたいだけ言っておいて、場を余計に混乱させるタイプ――まさに「船頭多くして船山に登る」だ。


 


――――――――――――――



 次回予告


 ~~♪

「こ、この曲は……!?」

 ステージの隅でぶっ倒れていた田原が、どこからともなく聞こえてきた軽快なポップミュージックに反応して、がばっと起き上がる。


 ――届いてね♪マイ☆ハート!受け取って♪スイート☆KISS!


「ち……千草ちゃん!!」




 ――ふふっ、そう、私の名前は笹神千草(ささがみちぐさ)。


 言霊の化身が言技コトワザ使いだけだと思った?


 私が使う言霊は、諺よりもずっと古くて、そして今もあまねく世界に満ちる、近くて、強い言葉。歌の言葉。判った?うん、そう。ずばり、歌詞の力!

 

 私もまたワード・イーターと戦ってきた言技使いの一人―—いいえ、歌技ウタワザ使いとでも言えば良いのかな?


 遅れちゃってごめんごめん。

 会場からファンの皆を避難させてたの。みんな無事だから安心して!


 それじゃあ……一緒にやっつけよっか!

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言技使い二階から目薬ちゃん、無謀にも三階から挑む(仮) Shiromfly @Shiromfly2

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