八言目 ブラインド・アンド・サイレント

「ずるい!私たちは皆がまんしてるのに!」アン。

「そーゆー自分勝手なとこ、ウザ……」ヒカリ。

「そうだ、だいたいきみは、いっつもいつも独断専行して僕たちを振り回してばかりで!」ついでにサン。


「ええい、痴話喧嘩は後にしろ!!」

 いきなりメグに迫り始めた舟峰ふなみねのぼるにブーイングを始めた言技使いたちに、大葉のもっともなお叱りが炸裂した。


「し……失礼しました」のぼるが、メグをぱっと離す。

「で。現場は何処なんだ」

「ええと、確か……芳野台よしのだい総合自然公園です」


「何だって!?」

 絶叫が教室いっぱいに響き、その場の全員が、後方を振り返る。

 声の主は、それまで教室の後方の隅で、スマホを弄っていた田原だった。

 居たのかコイツ。


「今日はアイドルフェスの日だ!地方活性化のために近隣の大都市で活動している複数のアイドル、またはグループを招聘してのコンサートが開催されている!特に俺の推しは、ソロシンガーアイドル『笹神千草(ささがみ ちぐさ)』ちゃん!歌い手でありながらキレキレで情熱的なダンスも駆使するパフォーマンスは圧倒的!本来なら今日、俺も行く予定だったのになんだかんだで行けなくて、すげえ悔しかったんだ……!」


「行きましょう、教授!千草ちゃんが危ない!」

 凄まじいやる気を見せる田原であった。


「そ、それはいいけど……」

 言技使いたちはちょっとヒいてた。



「行くと言っても、どうすれば?私たち皆で行くにしても、移動手段が――」

 メグが、メグらしからぬ真っ当な意見を述べた。確かに、言技コトワザ使いはなんやかんや大所帯になっている。これだけの人数でまとまって移動するには、車一台では足りない――。


「大丈夫だ。手は打ってある」

 大葉は至極落ち着いて、片手でメグを制すると、もう片方の手で、スーツのジャケットから、シャッ!とスマホを取り出してみせた。



――――――――――数分後。


「お待たせ!毎度ペンギン交通をご利用頂きありがとうございます!ってな!」

 

 大学内の銀杏の並木道を貫き、颯爽と現れたマイクロバスの乗降口がプシューと開き、例のタクシーの運転手の威勢の良い挨拶が轟いた。

 詳細は割愛するが、ざっくり言うと増え続ける言技使いたちの足とするため、大葉が彼の勤務する交通会社と個人的に契約を交わし、必要に応じてレンタルできるようにしていたのだった。


「すまんな、赤村くん」

「気にすんな、詳しいことは知らんが、この街の危機なんだろ?いち市民として協力するのが義務ってもんよ。さあ、乗んなお嬢ちゃんたち!」


「こんにちはっ」

「いつもお世話になります」

 口々に礼を述べながら、どやどやとバスに乗り込む言技使いたちが、座席に次々と収まっていく。最後に乗り込んだ大葉は、赤村の脇に立ち。


「芳野台公園まで頼む」

「あいよ、そんじゃあ出発進行!発車オーライ!!」


 総勢八名を乗せた薄茶色の小汚いマイクロバスは、発進した。


―――――――――――


 県立芳野台公園は、市街地の北東に広がる標高200mの台地に整備された都市型総合公園である。

 その敷地総面積はおよそ30haに及び、季節に応じて様々なイベントが行われたり、キャンプやスポーツ施設も併設されるなど、市民の憩いの広場として親しまれていた。


 田原の言う『千草ちゃん』はともかく、大勢の市民が集まる場に、ワード・イーターがまた現れたとなれば、一刻も早く――。


 しかし、一行は出発してからすぐに、違和を感じ始めていた。街を行き交う人々や車の様子は、普段と何一つ変わらない。何かしらの異変の兆候―—例えば警察車両などのサイレンの音―—が、何一つないのだ。


「おかしいな。思い返せばあんたらを迎えに来る途中に色々と通り過ぎてきたけど、特に慌ててる雰囲気もなかった。本当に、その……わーどいーたー、ってのは出たのか?」

 勢いに任せて出発したはいいが、芳野台へ向かう国道を流れる車の群れにも異常は見られない。出発当初こそ飛ばしていたが、あまりにもいつも通りの日常の風景に、赤村は訝しげに眉をひそめる。


「…………」

「な、なんだい?そんな目で見ないでくれ。本当にワード・イーターは現れている……はずだ」

 大葉の、疑う様な視線にたじろいだ舟峰のぼるが困惑した。いや別に大葉は彼女を責めたり疑ったりはしていない。ただ、言技ことわざ使いたちの来訪はいつだって突然だし、それはいつもワード・イーターの来襲とほぼ連動している。そこに疑いはないが、だからこそこの『何も無さ』が気になっているのだ。



「彼女の指示が間違っているとは言わないけど、いつも微妙に的外れだから」

 腕を組んで目を瞑っているサンが、少し不機嫌に口を挟み。

「うるさい。逆にきみは慎重すぎるんだ。何かを成すためには往々にして即断が必要なのに」

 のぼるが言い返した。

 どうやらこのふたり、ちょっぴり仲が悪いらしい。


「まあまあ、ふたりとも。どっちも大切なことでしょ?しっかり考えることも、きちんと決めることも、私にはどっちもできないもん。だから仲良くして。ね?」

 で、メグが間を取り持つのがいつものパターンだ。


「赤村くん、ラジオをつけてくれ」

 騒動が起きているのなら、何かしらの情報があるかもしれない。


 ――……では交通情報です。交通センターの高田さん?

 ―—……庁の発表によると、太平洋上に広がる高気圧の影響で……

 ―—……先日のエールフランス205便のエンジン爆発事故について、BEAは……

 ―—……秋の食材をた~っぷり使った鍋!美容やダイエットにもおすすめ……

 

  次々とチャンネルを切り替えてみるが、ローカル局も平常運転の様子。



「……おかしい」

 前のめりに座席にかじりついて前方を睨んでいた田原が呟いた。

「もう始まってる時間なのに何の音も響いてこない。例年のフェスは野郎ばかりが数千人も集まって野太い声で歓声を上げるもんだから、市街地まで響いてきてたのに」


 郊外のだだっ広い自然公園でフェスが行われる主な理由だが、それにしては静かすぎる。やはり何事かが起こっているのは間違いない。



「なら急がなきゃな!最短距離で一気に登るぜ。揺れますのでご注意くださぁい!」


 マイクロバスは、台地の麓の住宅街から、芳野台へ昇る細道へ突入する。


 本来なら国道軽油で大きく回り込んで公園の正門に辿り着くところだが、赤村が選んだのは、直接公園内部へと通じる旧道だ。鬱蒼と茂る樹々に挟まれ、日中でも暗い山道には落ち葉や枯れ枝が散乱し、ぐねぐねと曲がりくねっていて。


 カーブのたびにスリップしてドリフト。物は散乱し、乗客たちは転げまわった末。

 もう何年も使われていないであろう、錆に錆びて施錠された鉄柵の門をダイナミックにブチ破ったバスは、公園の大部分を占める森へと飛び込み。


 根っこだの縁石だの、キャンパーが散らかしたゴミなど、ありとあらゆる物を踏み散らかしてゴワンゴワン揺れつつも、森に囲まれた芝生の敷地へ舞い出た。


 そこはまさにピンポイントでフェス会場の裏手。歴戦のドライバーである赤村の土地勘が遺憾なく発揮されたのだ!


「おじさま、すごい!」

「へへっ、どんなもんよ!」

 揺れに揺られてピンクの長髪がぼわぼわに爆発しているメグに、赤村は小鼻を擦ってみせた。


 進路上にはフェスの為に設営された野外ステージの背面と、テントの群れが見えている。だがここまで来ても、何も異変は感じられない――。


 と、唐突に。


 ズガン!!


 何かを叩きつけられたような凄まじい衝撃がマイクロバスを襲い、全員が激しく揺さぶられた。

「なっ、なんだぁッ!?」

 ぐらついて蛇行する車体の制御を取り戻そうと、赤村が必死にハンドルを左右する。


「……!」

 上下左右する視界。流れる芝生の緑を過る巨大な影。


「―—飛翔型!!」

 襲ってきた者の正体を察知し、誰ともなく叫んだ。


「だめだあっ!全員何かに捕まれ!」

 そんでもって、赤村も悲痛に叫んだ。

 

 コントロールを失ったマイクロバスは全速力のまま、ステージの背後のバックヤードに突入し、恐らくは演者たちの商売道具であろう、音楽系の機材をテントごと薙ぎ倒していく。


「あああっ、勿体ねえ。あのギターはフェンダーのストラトっ。70年代の品質を目指してリロールされたイングウェイモデルじゃねえか。中古でも20万はするってのに(略)」


 細やかなディテールや表現も丸ごと全部、全て破壊して爆走したマイクロバスはその仕上げに、設営されたステージの背面をブチ破ると、本来はバンドやアイドルやアーティストがための舞台で転がり、横倒しになったのだった。

 

 物理的にロックンロールを体現したと言える。


 これには流石の言技使いたちも参った様子で、それぞれ方々の体で、初日からいきなり大破したマイクロバスから這い出て来た。


「いたたた……」

 涙目で頭をさするメグだったが、すぐにはっとして。

「っ……おじさま!田原さん!?」

 言うまでもなく言技使いはやたら頑丈だが、大葉や田原や赤村は普通の人間であり、バスの突入は結構な大事故である。無傷では済むとは思えない――。


「―—誰も、居ない……?」

 一方で、サンは無人のフェス会場を見渡した。数千人が居た筈の芝生には、様々なグッズ――例えばアイドル応援用のサイリウムやうちわ――が散乱しているのみ。ただ、最悪の状況ではないようだ。不可解でも死体の山が築かれているよりは遥かにマシ――。


「皆、見て!」「……空!」

 アンとヒカリがほぼ同時に声を上げた。


 あまりにも短い時間の間に、多くのことが起き過ぎている。


 ただ一つはっきりしたのは、今回の相手が、巨大なフクロウを象った、初の飛翔タイプ。音波の力を操る者であること。

 

 例によって黒いオーラのようなもので構築された体躯。長大な翼を広げ、音もなく滑空し、まさに猛禽の如く秋空を旋回する『ザ・サイレント』だ。


 次の瞬間、妖梟ようきょうは急降下して、ステージを掠め。

 その後を追う様に、正体不明の圧力が通り過ぎて、ステージの柱や壁材が次々とひしゃげ、歪んでいく。

 それは声なき咆哮、無音の破壊だった。


「―—まずい!」

 すんでのところでサンの防御結界『石上三年』がマイクロバスを包み、致命的な圧壊から逃れる。


 そして、更に事態はまずくなった。


 ずごごご……!


 辛うじて『ザ・サイレント』の初撃をやり過ごしたのと同時に、フェス会場を地鳴りが揺るがし。


 芝生がうねり、裂け、盛り上がり。


 これまた巨大な土竜のような体躯のワードイーターが出現した。


 それは『ザ・サイレント』と対を成す、地中潜航タイプ、盲目の土竜『ザ・ブラインド』。

 

「二体同時か……!」

 

 やたらと数が増えた言技使いたちへの試練。

 複数対複数の戦いの幕開けだ。

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