一軒隣の幼馴染と糸電話で会話してたら告白された件

久野真一

一軒隣の幼馴染と糸電話で会話してたら告白された件

ちかちゃん。ちょっと話していい?】


 お風呂から上がって、ベッドでスマホを見ていた秋の夜の一時。

 10月も下旬となって、夜もだいぶ冷えてきたそんな日。

 幼馴染の西大路瑛子にしおおじえいこから一通のメッセージが来ていた。


【ん。おっけー】


「本当に何年こんなことをしているんだか」


 なんて言いつつもこんな一時が少し楽しみだったりもする俺がいる。

 ちなみに、俺の本名は中京近字なかぎょうきんじ

 ちょっとした特殊能力があるだけの高校2年生。

 「きんちゃん」ではなく「ちかちゃん」が彼女からの愛称だ。


 カーテンと窓を素早く開けると、数m先には見慣れた顔と苺パジャマの瑛子。

 と思ったら、ポイと糸が繋がった紙コップを放って来た。

 もう長く続いた習慣で、キャッチする事にも造作はない。


「こんばんはー、近ちゃん。さっきぶり」


 ん?声の調子が少し妙だな。

 糸電話だから響きが違うのは当然なんだけど、にしてもなんか違う。

 ま、いいか。

 

「うす。さっきぶり。しかし、パジャマの趣味がいつまでも子どもっぽいよな」


 ちょっとからかってやろうといつもの軽口。


「近ちゃんに言われたくない。鏡で身体見てみたら?」


 負けじと瑛子が応戦するのもいつもだ。


「猫柄パジャマで何が悪いんだよ」


 猫は可愛いので正義だ。

 男子高校生が着るパジャマとして少し趣味がアレなのは認める。


「そんな趣味だから、近ちゃんは子どもっぽいって言われるんだよ」

「別にそれくらいいいだろ。つか、お互い様だろ」

「ならパジャマにケチつけないで欲しいんだけど」


 目を細めて威嚇してくる。

 しかし、こうして糸電話でやり取りを始めてもう何年だろう。


「軽口はこのくらいにして、どうかしたか?」


 瑛子の様子、特に声の響きに違和感があるんだよなあ。


 生来の特殊能力の一つに鋭敏な聴覚がある。

 声の調子から、ネガティブ、ポジティブ、羞恥、怒り、などなど。

 心を読めるわけじゃないけど、感情の方向性が大体わかる。

 で、今の瑛子の声の調子に現れているのはまず羞恥。

 それと好意と戸惑いといったところか?


「やっぱりわかっちゃう?」


 諦めたようなため息。

 瑛子には俺のこの秘密を話してある。

 ともあれ、瑛子はもう俺が聞くモードに入ったことを察知したらしい。

 妙なところで敏感なんだから。


「瑛子は声の制御は上手いけど、付き合いも長いからな」


 言ってて俺はコンピュータかよと思う。


「昔から思ってたけど、近ちゃんはコンピュータじゃないかな?」


 少しおかしそうに笑う瑛子はかわいいなといつも思う。


「俺自身もたまにそう思うことがあるよ。で、本題は?」


 心が読めるなら嫌な感情を丸々読み取って面倒だろうけど、方向性がわかるくらいならむしろ有利なくらいだ。

 感情を抑えるのが上手い奴には外すことだってあるし


「んー……私的には、かなーり、かなーり、重大な悩みなんだよね」

「引っ張るなあ。ひょっとして、俺に関係することか?」


 他の友達との関係、ご両親との悩みなら俺相手に言いよどむ事もない。


「そういうこと。近ちゃん的には何の話だと思う?」


 隣家の瑛子が居るのは3m以上先。さすがに細かい表情までは読み取れない。

 ただ、少しなんだか困ったような表情をしていて、でもって、恥ずかしそうな声の調子だ。

 そして、もうひとつが……興奮?


「まさかだけど……性のお悩み相談?」


 いや、言っててないなと思い直した。


「死ねばいいと思うよ!」


 声にドスが籠もってて、糸を通してビンビンと振動が伝わってくる。

 表情も数m先でもわかる程殺気立っている。


「待て待て。さすがに悪かった。つっても、方向性がなんか妙なのはわかるんだが」


 今のだって怒ったフリというか、間を稼いでいるような印象だし。

 もうちょっと細かく読み取るなら……不安?


「なんていうかね。近ちゃんとこういう事始めて何年くらいだろ?って思って」


 また回りくどい話のツカミだな。

 言いづらい話をする時に、昔話とか周辺の話題から始めるのもいつもの事だけど。


「カウントしたことはないけど……うーん。6年1ヶ月10日か」

「やっぱり近ちゃんはコンピュータじゃないかな?」

「だから、天丼ネタはいいっての」


 我ながら、日単位で覚えているのは不気味を通り越している。

 そう。もう一つの特殊能力が記憶能力が度を越して高い事。

 記憶している出来事と日時が完全に結びついている。

 覚えている出来事限定で忘れるものは忘れるんだけど。


「とにかく!理科で糸電話の実験をやって……その日の夜に言ってきたんだよね」


 今でも思い出せる。

 糸電話の原理を知った俺は、早速応用しようと瑛子に持ちかけたのだ。

 「瑛子ちゃん。糸電話しようと」と。

 当時は戸惑い気味だった瑛子だが、今ではすっかり慣れたもの。


「小4の9月15日だったか」

「近ちゃんは解剖してもらった方がいいんじゃないかな?SSD内蔵だよ」


 SSDソリッドステートドライブは高速な外部記憶媒体だ。

 HDDハードディスクドライブより遥かに高速で、どのデータにも大体一定の速度でアクセス出来る。


「HDD内蔵じゃないのは褒めてもらっていると解釈していいのか?」

「褒めてない、褒めてない。記憶から消して欲しいことも覚えてるんだろうね」

「さすがに嫌な事は忘れるけど」

「遠回しに、いい思い出だったって言ってる?」


 なんだか少し嬉しそうだな。ま、嬉しく思ってくれてるなら何より。


「さあ」


 2人でこうして糸電話をするのは少し特別感があって好きだ。

 思春期になって、瑛子が凄く美人になって来たとかはおいといても、だ。


「私は近ちゃんみたいにコンピュータめいてないけど……」

「だから、そのネタ何回目だよ」

「それでも、出会ってからは……概ねいい思い出だった、と思う」


 待て待て。これは能力とか言うまでもなく……好意のあらわれ、だよな。

 まずいまずい。

 現状維持で十分と普段は心の片隅に追いやっていたのに。


「あ、ああ。えーと……俺も、そんな感じ、だよ」


 ああ、くそ。完全に俺自身が動揺してる。


「あれ?近ちゃん、動揺してる?私でもわかるんだけど」

「お前も実はわかる方だったのか」

「そうじゃなくて、露骨に動揺してるでしょ」

「だってそりゃ、この話の流れは……えーと、その」


 話運びから一気に本題に入るつもりだとわかって、俺の方が緊張して来た。

 過去に女子に告白された事が一度だけあるけど、その時とは比較にならない。

 脂汗と手汗が凄い勢いだし、身体全体が熱い。


「その反応は……割とアリアリ?」


 こいつ……俺の反応を見て、「イケる?」と急に調子に乗った感じだ。

 喜びと、それと興奮と、なんか優越感が伝わってくる。

 なんで告白する側がこれで、される側がこれなんだよ。


「そんな事言うと、ナシにするからな」


 勝ち誇ってるのがムカついたので、あえて冷たく言い放ってみる。


「あ、ええと。ごめん。調子に乗っちゃって」


 あ、凹んだ。俺たちも一体何やってるんだか。


「いや。本気じゃないからな。で、緊張するから、切り出してほしいんだけどな」


 さすがにここで読み間違えるとは思っていない。

 とはいえ、万が一がないとは言えないし。

 ここで、「好きな人がいるの」とかだったらトラウマだぞ?


「わかった……ちょっと深呼吸させて?」

「おっけー。俺も深呼吸して待ってる」


 スー、ハー。スー、ハー。お互いの息遣いが間近に聞こえてくる。

 つか、瑛子よ。深呼吸する時は紙コップ離していいんだぞ?


「近ちゃん。深呼吸がまんま聞こえてくるんだけど?」

「それは瑛子もだろ」


 とはいえ、無理やり深呼吸をすると少しだけ心臓のバクバクが収まってくる。

 逆に俺から告白したい。なんでこんなチキンレースやってるんだか。


「……少しだけ落ち着いたよ。それで……言いたいことなんだけど」


 おふざけはもう終わり。

 本題が来る、そう感じた。


「あ、ああ」


 早く言ってくれ、もう頼むから。


「さすがに我慢の限界だから付き合って!」

「は?」


 付き合って。それはいいけど、我慢の限界とかなんだよ。


「あ、ええと。我慢というのは言葉の綾で……」


 極大級の動揺が伝わってきて、俺にまで感情が伝染しそうだ。


「その。さすがにムラムラ……ということは」


 ないよな?


「しばくよ?」

「悪い。でも、付き合っての前に告白というのがあるだろ」

「わ、わかってるってば。その……大好き!」


 あ、こいつ。ちゃんと言うのが恥ずかしいから、言い方そっけなくしやがった。


「もうちょっと気持ち込めて欲しいんだが」

「えーと……ごめん。最近、近ちゃんの事考える日がなんだか増えてて……」

「一週間くらい生返事なこと多かったのは、ひょっとして?」


 ここ一週間くらいなんか妙な様子だと思っていた。


「そういうこと」

「にしても、なんでまた急に。なんかあったっけ?」


 その前後に印象的な出来事があっただろうかと脳内サーチをかけてみる。

 あ。そういえば……。


「ずっと仲良くしてられるといいよな……とか、あの辺りか?」


 高校から二人で帰っている途中。

「なんていうかさ。ずっと仲良くしてられるといいよな」

そんな事を言ったのだった。あの時は、友人的な意味でだったのだけど。


「そう。「ずっと」とか言うから、高校を卒業したらとか色々考え始めてて……」

「オーバーヒートしてたと。なんか熱っぽいなーって気はしてたけど」

「そういうわけで……ずっと一緒に過ごしたいくらい大好きだと気づいてました」


 正直、心に来た。

「ずっと一緒に過ごしたいくらい」とか嬉しすぎる。


「とりあえず、ありがとうな。感情が伝わり過ぎて、戸惑うくらいだ」


 大抵の人は多かれ少なかれ声に感情が籠もっている。

 俺はいわばその感情を拡大して解釈してしまうわけだ。

 それ故に声に乗った感情が大きければやばいくらい色々伝わってしまう。

 ネガティブな感情でも拡大されてしまうけどこれは余談。


「そういうところは人間なんだよねえ、近ちゃんも」

「ネタの使い回しもいい加減にして欲しいんだけど」


 こいつの天丼好きも大概だ。


「と・に・か・く!返事が欲しいんだけど?」

「感情を抑えめにしてくれると助かる。色々伝わり過ぎるもんで」

「わかってるけど。私もいっぱいいっぱいなんだけど?」

「それはわかる」


 焦燥感というか、そういうのは嫌というほど伝わってくる。

 99%確信してても、やっぱりそこは不安なんだろう。


「んーと……俺もな。瑛子のことはかなり前から好きだった」


 いつからかというと……昔過ぎて色々恥ずかしい。


「かなり前っていつから?」

「まあ……高校より前には」

「SSD内蔵な近ちゃんはもっとはっきり覚えてるはずだけど?」

「悪い。SSDは書き込み限界が来たんで、忘れたらしい」


 HDDと比べたSSDの弱点の一つに、書き込み回数の限界がある。

 

「近ちゃん製SSDは10年前の記憶も消去されちゃうの?」

「どうも不良品だったらしい」

「とにかく、覚えてるでしょ!その言い方は!」


 覚えてるんだけど、こいつが意識したのが最近だとして。

 言うのが恥ずかしいくらい昔なんだが。


「じゃあ、言うけど……引くなよ?」

「それくらいで引くなら、告白してないよ」

「小学4年生の頃」

「何月何日?」

「なんでこだわるんだよ」

「覚えてるのなら、聞きたいの!」


 もう完全に楽しんでやがる。

 勝った後の感想戦だからお気楽なもんだ。


「あー、わかったよ。10月1日」

「その頃……あー、近ちゃんの秘密を明かしてもらった時?」

「勘の良い女は嫌いだ」


 個人的にあれで転んだとかチョロ過ぎる。


「そっか、そっかー。私としては、そんなこともあるのかな?くらいだったけど」

「って言っても、下手したら不気味がられるわけで。ビクビクもんだったぞ?」


 心を読めるとまではいかなくても、限定的にはそれに近いことを出来るわけで。

 やたら昔から要領が良かったのもこの特性由来なわけで、色々言いづらかった。


 「瑛ちゃん。一つだけ言いたかったことがあるんだけど、聞いてくれる?」

 一人で抱え込んでいるのが辛くなってきた年頃。

 「どうしたの?言ってみて?」

 「僕が瑛ちゃんの気持ち、だいたいわかるって言ったら、どう思う?」

 「何も思わないよ?だって、なんとなくそうなのかなって思ってたから」

 「気持ち悪いとか……思わない?」

 「ぜんぜん。私がつらいときに、近ちゃん、色々聞いてくれたよね?」

 「でも。なんだかズルしてるみたいだし」

 「もう。細かい事気にし過ぎだよ!全部心がわかるわけじゃないんだよね?」


 というわけで、彼女に当時の俺は抱えていたものを大体吐き出したのだった。

 で、なんと言われたかというと。

 

「じゃあ、これからは割となんでも近ちゃんに言っていい?」

「え?」

「だって。大体わかっちゃうんだよね?それなら、いいかなって」

「う、うん。それくらいならぜんぜん」

「じゃあ、あらためてよろしくね!」


 色々恥ずかしい思い出だ。


「でも、すっごく嬉しい。そんなに前から好いてもらえてたなんて」

「この距離でわかるくらいニヤついてるな」


 今や彼氏となった俺としては悪い気分はしないけど。


「だってー。近ちゃんの弱みをまた一つ握っちゃったしー?」

「言っとくとあんまし調子乗るならクーリングオフするからな」

「そんな事言ってできないくせにー」

「はいはい。どうせ照れ隠しですよ照れ隠し」

「そうそう。素直がよろしい」


 こうして、俺と瑛子はちょっと変わった彼氏彼女となったのだった。


◇◇◇◇後日談◇◇◇◇


「あの二人、一週間前から付き合い始めたらしいよ?」

「前からお似合いだと思ってたけど、やっとかー」

「羨ましいなー。すっごいラブラブ」

「そんな事言うならお前も彼女作ればいいだろ」

「どっかに彼氏転がってると良いんだけど」

「そんな都合のいい事があるわけないだろ」


 周囲からやたらヒソヒソ声が聞こえてくる。

 俺はといえば好奇の視線……より声色が大変に心臓に悪い。


「瑛子。一つ提案があるんだけど?」

「なになに?デートのお誘い?」


 幸せいっぱいという顔と声色。

 彼女がそうなのは嬉しいんだけど。


「デートは放課後行くとして。教室でイチャつくのやめないか?」

「好奇の視線……ならぬ声色が限界?」

「理解が早くて助かる」

「仕方ないなー。貸し一つだよ?」

「奢りでもなんでも返すから」

「安すぎるなー」


 何を要求するつもりだよ。


「俺に支払えるもので頼む」

「今夜ちょっとやってみたいことがあるの」

「ちょ。おま……」


 また誤解を招くような発言を。


「夜の営みの話とか勘弁」

「いいじゃない?私は知りたいなー」

「あれだけラブラブなわけだし、きっと夜の生活も……」


 ほら。あらぬ疑いをかけられた。


「廊下出るぞ廊下!」


 これ以上は限界だ。


「イジメるのはこれくらいにしてあげよっかな」

「やっぱりわざと言っただろ」

「近ちゃんが恥ずかしがってるの面白いもん」


 付き合いはじめてわかったこと。

 瑛子の奴は意外とSだ。

 こういう事をして楽しんでる節がありまくり。


「面白いのはいいけど。何がお望みで?」

「耳元で愛をささやくっていうのやってみたい」


 想像以上にヤバい提案だった。


「あのさ。俺の体質は知ってるだろ」

「うん。だから、どういう反応するのか見たい」

「お前やっぱSだろ。そんな本性、予想外過ぎだぞ」

「ちょっとSかも。近ちゃんはMなんじゃない?」


 うぐ。


「そんなことはない……と思う」

「そう?意外と楽しんでる気がするけど」

「ないない」


 と言いたいが好きな彼女から弄られるのが楽しいのも事実。

 しかし、バレたらさらに弄られるのは必至。

 なんとか隠し通さなくては。


「とにかく。今夜の件は約束だよ」

「いいけど一回だけな」

「今夜の反応次第かなー」


 幸せだけど、瑛子がどんどん小悪魔化していく。

 俺たちは一体今後どうなっていくのやら。

 不安だし楽しみでもある。


 ただ、このままだと色々な意味で瑛子に頭が上がらなそうなのが少し心配だ。

 

「あ。これからも色々イジメるから覚悟してね?」

「……勘弁してくれ」

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