忌嫌魔女アンネッサ・ジ・エンド
泉水一
忌嫌魔女アンネッサ・ジ・エンド
いつぶりかしら、ここに帰ってくるのは…
前に見た時とあまり城の雰囲気は変わっていない。まぁ当然と言えば当然かしら。だって私がここを去ってからまだ1年くらいしか経っていないんだもの。わたくしも今年で16歳になるのと考えると、時の流れは早いものね。
「アンネッサ!どうして帰ってきたんだ?」
眼前の大きな城のテラスから身を乗り出し1人の男が声を張り上げる。彼はとても細身で色は白く中性的な青年だ。
街中で彼とすれ違ったなら誰しもが目を奪われ振り返るに違いない。まあ、じきに一国を背負う陛下としては少し弱々しい感じがしますけど。
「フォルトゥナ様、あなたにお伝えしたいことがあり参りました」
わたくしなりに精一杯叫んだつもりですけど、この声は彼に届いているのでしょうか。先刻フォルトゥナ様のことを弱々しいなどと言った割には、いざ遠く離れた人に声を届けようとすると本当に届いているのか不安になる。
前言撤回ですわ。やはりフォルトゥナ様も立派な男の子なのかもしれませんね。
「何を言っているんだ。僕たちはもう会わないと言っただろう!!」
どこか悲しげな表情をしたフォルトゥナ様であったが、発した声はいくらか怒声のようにも聞こえた。
本当は伝えたいことがあるけれど、ここからじゃ遠すぎるわ。わたくしはあなたの目の前で話たいんだもの。
でもそれも叶わないのかしらね……
だって……
ふとフォルトゥナ様から視線をはずすと城の門前を多数の兵士が隊列を組んでこちらを睨んでいる。さらに恐ろしいとこに地上だけでなく城の各窓からも兵士がいつでも指令があれば放てる様にこちらに弓を引き構えている。
ここまで忌み嫌われるなんて、いったいわたくしが何をしたというのでしょうか。まあ文句を言ってもフォルトゥナ様との距離は縮まらないのだから。
これだけの邪魔者がいる中でフォルトゥナ様の元へ行く方法は一つしかないわ。
そう私の命と引き換えにする以外は……。
◇◇◇
わたくしの半生は決して楽しいと言えるものではなかった。幼少期の頃から父母の顔も知らず、気がつけば城の中で同い年くらいのたくさんの女の子たちの中で育ってきた。
記憶があるのは6歳くらいかしら。
「いいかしら、貴方達が生まれてきた理由はたった一つ。それはフォルトゥナ次期陛下の嫁となり彼を一生支え寄り添うこと」
わたくしの記憶では、最初に城の先生からはそのようなことを聞かされていましたわ。
ある日みんなの前でそのことに対して1人の子が質問した。
「先生、次期陛下のお嫁さんってみんななれるんですか?」
先生は静かに、しかしみんなにハッキリと伝わる声で答える。
「いい質問ですね。しかしこの質問の答えはみんなにはインパクトが強すぎるので一度しか言いません……。お嫁になれるのはこの中でたった1人だけです」
部屋に沈黙が続いた。誰一人としてこの状況を受け入れられないのであろう。先程の子が再度質問を投げかける。
「ではお嫁になれなかった人はどうなるのですか?」
「両親の元へ帰ることになるでしょうね」
じゃあ両親がいなければ?
なんてことは親の顔を知らないわたくしは恐くて聞けなかった。
◇◇◇
それから私は必死になって勉強に作法に身を投じた。これが俗に言う花嫁修行と言うものでしょうか。毎回教わったことは次の時には試験があり、その度に成績の悪い仲間はどんどんいなくなっていった。
幸いなこととしてはどうやら私以外はみんな両親がいたことかしら。
もちろん負けて泣いている子もいたが、みんなここを去る時はどこか親に会うことを楽しみにしてるような表情を感じるとこの方が多かった。
きっと去ることの恐怖を抱えていたのは両親を知らない私だけだったのですね……
まあ、それが私を最後の1人へと押し上げた最大の要因かもしれませんね。
◇◇◇
9年という長い歳月を経て、無事に花嫁の資格を手に入れたわたくしは初めてフォルトゥナ次期陛下とお会いしましたわ。
最初は高貴な身分なのだから、さぞ厳格な方かと思っておりましたが、彼はとても優しく素敵な方でしたわ。
私は彼と一緒にいれるのなら、この辛い修行を耐えてきたことも意味があったのかと思うことができましたの。
でもね、幸せな日々はそう長く続かなかった。
◇◇◇
「いてっ」
「フォルトゥナ様、大丈夫ですか⁉︎」
それはフォルトゥナ様が誤って指を切ってしまった時のことだった。
「これくらい平気さ。気にしないでくれ」
白く透き通った指をつたって一赤い血が床にぽとぽとと垂れる。
「気にしない訳にはいきません。フォルトゥナ様が怪我をなさらないように気を使うのもわたくしの役目なんですから」
彼の指の血をハンカチで拭ったものの、次の瞬間にはまた血が滲んでくる。
ここは、一つ私の特技を見せるとしましょうか。
花嫁修行の一つとして城の図書館の本を全て読んだ際に偶然見つけた魔法の書。わたくしはそれに興味を持ち、そこに記されていた魔法をいろいろ試しておりましたが何一つ成功はしませんでしたわ。
でも負けず嫌いのわたくしは花嫁になってからも密かに魔法の特訓をしておりましたの。
その成果もあってか最近ようやくできるようになったものがありますのてぜひフォルトゥナ様へ使ってみましょう。
「ヒール」
フォルトゥナ様の指に手をかざしながらささやくと、途端に傷は癒えてしまった。
フォルトゥナ様は目を丸くして驚きを隠せないと言った様子であった。
「驚いたよ!アンネッサはすごいね。こんなことができるなんて」
「とんでもございません。しかしフォルトゥナ様に気に入っていただけたのなら光栄です」
フォルトゥナ様はよく私のことを褒めてくださいますが、今思えばこの時が1番賞賛してくださった気がしますわ。
それがたまらなく嬉しくて、彼にもっともっと褒めていただきたくていろいろ魔法の勉強をしましたわ。
そんな健気な思いが彼と私を引き離す最大の要因になるとは思わず……。
◇◇◇
アンネッサは魔女だ。
それから程なくして城内はそんな噂で持ちきりでしたの。なんでもわたくしが魔法を使っているところを見たものがいると。
みんなの前に呼び出されて問いただされたわたくしは素直に答えた。
ただ元から魔法を使えたわけではなく、魔法の書を読んで練習したことも伝えたが、フォルトゥナ様を除いて誰も信じてはくれなかった。
◇◇◇
静かな静寂の中で判決が言い渡される。
「アンネッサは魔女である。よってフォルトゥナ次期陛下との婚約はなかったことに。ならびにこの者を死刑とする」
裁判長は表情一つ変えずに言い放った。
わたくしは頭の中が真っ白になりましたの。
自分以外の全てが敵に思えたけれど、フォルトゥナ様だけは私の味方をしてくれたらしく、相当ごねた挙句に「アンネッサを殺すなら俺も死ぬ」と言って父である現陛下に直談判したそうな。
ふふふ、そんな簡単に死ぬなんて言葉を使ってはいけませんよ。死ぬのはとても怖いことなんですから。まあこの恐怖は実際に死を宣告されたわたくしくらしいか分からないでしょうけど。
◇◇◇
フォルトゥナ様の力添えもあり、というかほとんどそれによって、わたくしを殺さずに逃す。ただフォルトゥナ様との婚約は破棄され、今後一切関わらないことで決着がついた。
城を出る最後の日に、わたくしはフォルトゥナ様と最初のキスをした。
◇◇◇
魔法って便利なのね。両親のいないわたくしは城を追放された後は帰る場所なく、すぐに野垂れ死ぬものと思っておりましたが、魔法を使えば意外と生きていけましたわ。
ただ生きてはいけるのですが……
これは本当に生きていると言うのでしょうか?
やりたいことがあるわけでもなくただ過ぎていく毎日。
今となっては、あんなに大変だと思っていた花嫁修行でさえ少しばかり懐かしく感じてしまう。
そして何より……
フォルトゥナ様との日々は毎日が楽しく、本当に実りのある時間でしたわ。
そう……わたくしにとって生きるとは……
◇◇◇
ふと我に返る。
久しぶりにフォルトゥナ様にお目にかかったこともあってか、今までのことが一気に頭を駆け巡った。
「フォルトゥナ様、少しだけあなたとお話させていただけませんか?」
答えはわかっているはずなのに、聞かずにはいられないの。
「だめだ!そんなことをしたら君が殺されてしまう!まだ間に合うから早くここから立ち去るんだ!」
フォルトゥナ様のお気持ちは察しますわ。でも私は一度決めたことを曲げるつもりはありませんの。
彼の元へ行けばきっとその後、捕らえられて死刑になるに違いないわ。
でも……それでも最後にフォルトゥナ様と話せるのなら……
フォルトゥナ様の元へ動き出そうとした瞬間、どこからか威厳のある野太い声が聞こえてくる。
「忌み嫌われた存在である魔女よ。これ以上フォルトゥナに近づくでない」
門前の兵士が隊列を組み替え、中央に一本の道が出来上がる。その道をゆっくりとこちらに向かって歩いてくる者こそ声の正体であり、現陛下であるフォルトゥナの父親だ。
圧倒的なオーラを前にたじろぎそうになるもなんとか踏ん張る。
「近づくけば後日処刑にするおつもりでしょうか。それでもわたくしはフォルトゥナ様に会いたいのです」
どんなに偉い人が来ようともわたくしは諦めないの。私は一途にフォルトゥナ様を愛しているの。
そもそもあの日の判決には欠片も納得できていませんの。
再度一歩踏み出そうとした瞬間
「後日など生ぬるい。これ以上一歩でも近づけば、その瞬間に兵士たちによってお前を殺す。たとえ近づかなくてもお前を捕らえて後日処刑とする」
「父上っ!なにとぞ彼女が身を引いた際には処刑はお許し下さい!」
「お前は黙っておれ!」
陛下の一言は絶対であり、やると言ったらこの人はやるに違いありませんわ。
さて……
大人しく捕まってもきっとフォルトゥナ様には会えないでしょうから。やることは一つでしょうね。
フォルトゥナ様の元へ行くことを固く決心して、わたくしは魔法で自身の姿をドラゴンに変えた。
◇◇◇
彼の元へ一直線に飛んでゆく。
兵士たちはわたくしのドラゴンの姿に怯んでいるのかただ立ち尽くしている。今のうちにフォルトゥナ様の元まで行きますよ。
「何をやっとる。早くあの魔女を弓で仕留めよ」
陛下の鼓舞により我に返った兵士たちが弓を構えてこちらに放ってくる。本当は竜巻や火を吹いたりしたいのだけど、あいにく私の魔法の力では飛ぶので精一杯ですの。でもきっとフォルトゥナ様の元まで行ってみせます文句をとも。
グサッ
無数に放たれた弓矢の内一本が羽に刺さる。突き刺すような痛みに体勢を崩しそうになるのをなんとか耐えて飛行を続ける。
絶対に諦めてやるもんですか。
グサッ、グサッ、グサッ
立て続けに放たれた弓矢は私の体を貫き痛みで悲鳴をあげそうになる。
「みんなやめてくれ!」
あらあら、フォルトゥナ様ったらそんなに身を乗り出しては城から落っこちてしまいますわよ。それでは私がここまで上がって来た意味がなくなるではありませんか。
◇◇◇
ようやくフォルトゥナ様のいる高さまでたどり着けたものの、体力の限界ですわ。
矢に刺された出血のせいか意識は朦朧としておりますが、幸いなことに先程までの身体中を串刺しにされたような痛みはもう感じませんのよ。
最後の力を振り絞ってフォルトゥナ様のいるテラスへ倒れ込むように飛び込む。同時に魔法も解けて元の姿形に戻っている。
何かにぶつかった気がしたけど痛みはありませんでした。だってこんなに身体中を矢に貫かれてももう痛くないんですから。でも痛みは感じませんけど包まれるような暖かさは感じますの。
ふと目を開けると目の前にはずっと会いたかったフォルトゥナ様の姿があった。
ああ、暖かい。これはフォルトゥナ様の体温のせいかしら。それとも私の生きる希望とでも言うべき人に触れたことによるものでしょうか。
まあ、どうでもいいのよそんなこと。だってこうして会うことができたんだから。
「アンネッサ!どうしてこんなことを……君は僕と離れて暮らせば殺されずにすんだんだよ……」
大粒の涙を流しながら話すフォルトゥナ様の言葉はとても聞き取りづらかったけど、ずっと一緒にいた私なら一言一句聞き取れますのよ。
「私は貴方と離れてからずっと死んでいたの」
身体に力が入らずささやくようにしか話せてませんが、フォルトゥナ様は頷いてくださるので聞こえているのでしょう。
「でも今日、やっと生き返ることができたわ」
「生き返ることができた?」
「そうです。この世の中のどんなことであれフォルトゥナ様が一緒にいるから楽しいのです」
わたくしの愛しい王子様。最後に貴方にこれだけは伝えなくてはいけないわ。
感覚もない手に力を込めてわたくしの王子様の頬に手を寄せる。
「あなたのいない一生よりもあなたのいる一瞬の方が私には大切なのです」
やっと言えましたわ。私の一生はこの一言に尽きますの。
もう何も後悔はありませんわ。
ヒュンッ
次第にぼやけていく視界の端で先程までさんざん聞いた弓の弦の音が聞こえ、一本の矢がこちらに向かってくるのが見えた。
まぁ、近くに次期陛下がいらっしゃると言うのに矢を放つとは何たることでしょう。よほど自分の腕に自信があるのか、それともよほど私のことが憎いのでしょうか。恨みを買うようなことなど特に覚えがないのですけれども。魔女として何か悪さをしたわけでもあるまいし。もしかすると、花嫁修業で去っていった子供の親だったりして。
ふふふ、さすがに考えすぎかしら。
きっとこれが私の最後なのね。私は目を閉じて最後の瞬間を待った。
ザクッ
音がはっきり聞こえたが、痛みは全く感じなかった。きっともう痛覚がうまく機能してないのでしょう。
最後にあなたの顔を目に焼き付けておくとしましょう。
うっすらとまぶたを開けると、そこには苦しいのを表情に出さないよう我慢しているフォルトゥナ様の姿があった。
「まさかフォルトゥナ様、私をかばって矢をお受けになったのですか」
「アネッサはすごいね。こんな矢をいくつも受けて僕のところまで来たんだから」
フォルトゥナ様の貫かれた胸から血が溢れ出している。
「どうしてそんなこと」
わたくしは死を覚悟で規則を破ってフォルトゥナ様に会いにきたの。だから死んだとしても後悔はないの。
でも貴方は違う。これから一国を背負う君主としてやるべきことがたくさんあるのに……
「アンネッサは僕がいないと幸せになれないんだろう。じゃあ死んで生まれ変わった後も僕がいないとずっと幸せになれないじゃないか」
彼の瞳はわたくしだけを見つめている。まるでこの国のことなど微塵も考えていないように。
フォルトゥナ様の行動には驚きを隠せないけれど、わたくしわたくしが死んだ後のことまで考えて下さっているなんて……
さすがはわたくしの王子様。どこまでもお優しいのね。
ここまで死んだ後のことなんて一切考えずに行動してきたものだから、いざ次のことまで考えると少しばかり不安がよぎる。
「次って言っても、また会えるなんてわからないじゃない」
思わず不安が口から溢れてしまう。そんなことを言っても彼だって死んだ後のことなんか分かるわけないのに。
「会えるさきっと僕たちなら」
根拠なんてないに違いない。でも不思議とまた会えるような気がした。
「そうね、わたくしたちなら……こうして今も会えたように……」
大好きな彼の腕の中でわたくしは眠りについた。
◇◇◇
雪の降る街で大好きな彼と待ち合わせをしている。
「お待たせ〜」
「もー、遅いわよ」
「ごめんごめん、代わりにコーヒーでもおごるからさ」
何気ないやりとりを終えると、彼にピッタリとくっつき街中へと歩き出す。
不思議だわ……
彼のそばにいるとなんだかすごく暖かくて懐かしい気持ちになれる。
まるでずっと前に一緒に居たみたいに。
忌嫌魔女アンネッサ・ジ・エンド 泉水一 @izumihajime
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