4話 旅立ち
薄暗いリビング。電気も付けずに、ダニエラは椅子に座り込んでいた。その表情は決して明るいものではなかった。泣きあとがある瞳の先には、いつか撮った家族写真があった。
「アルベルト、ベアトリクス....´」
可愛い私の子供たち。
ダニエラは子供を心から愛している。愛しているからこそアルベルトに危険なことはさせたくなかった。だが、どうするか決めるのはアルベルトに権利がある。もう己の可愛い息子は大人だ。親の導きはとっくに終了している。それにアルベルトが放った言葉、「ベアトリクスを見つけられるかもしれない。」。もし、それが本当だったら?もしまたもう一度娘を抱き締めることができたら?
ダニエラは一つ頷くと、椅子から立ち上がった。
「母さんの負けよ。子供の自立なら喜んであげないと。」
そう呟いた瞬間だった。
ヂリリリリリン、ヂリリリリリン
静かな部屋に電話の音がけたたましく鳴る。ダニエラは慌てて、受話器を手に取った。
「はい、はい.......何ですって!?」
ダニエラは叫び、家を飛び出していった。
_____________
ゆっくり、ゆっくりと瞳を開ける。するとアルベルトには無機質な天井が目に入った。二、三回瞬きすると彼は飛び起きた。
「ゼロさん!!」
「ここにいる。」
横を見ると、真顔のゼロが椅子に座っていた。 アルベルトは安堵の溜め息をついた。
「怪我、大丈夫そうだったんだね。」
「ああ。処置は施してもらった。ギブンに腕の良い医者がいるからあとはそいつに治療してもらう。」
「良かった。そういえば、ここはどこなんだい?」
「近くの病院だ。ったく、力もうまくコントロールできないくせに前線に出るんじゃない。」
「す、すみません。」
「ま、助かった。感謝する。」
う、上から目線....。アルベルトは苦笑いをした。ゼロは立ち上がると、窓辺に背を預けた。
「しかし、たまげた。あれ程の能力ならばスカウトされるのも無理はない。」
褒めるゼロに、アルベルトは目を伏せた。
「いや、あれは危険なものだよ。小さい頃に友達に怪我をさせたこともあるし....」
「ふーん。だから、力を使うのを嫌がってたのか。附に落ちたよ。」
「でも、前より抵抗感はない。ギブンに行くなら、使いたくないなんて駄々を捏ねちゃいけないからね。」
アルベルトは自分の掌を握り開くをすると、ゼロに笑いかけた。彼女の方はプイッとそっぽを向いた。そして言葉を紡いだ。
「あっそ、親の承諾がもらえるといいな。あ、そうだ、お袋さんに連絡入れておいたぞ。多分、もうすぐ来るはず____」
「アルベルトォォォ!!」
ゼロの言葉を遮り、病室にも何者かが飛び込んできた。
アルベルトの母、ダニエラだった。
「母さん!?」
「あなた、大丈夫?電話があって、あなたが力を使って倒れたって.....」
ダニエラは余程急いで来たのか、肩で息をしていた。表情は不安一色だ。
アルベルトは母を落ち着かせるために笑顔を作った。
「し、心配ないよ、母さん。ほら、この通りぴんぴん。」
その途端、ダニエラは安堵して床に膝をついた。ゼロはアルベルトの言葉を補うように、口を開いた。
「精密検査も、問題ありませんでした。」
それを聞くと、ダニエラはより安堵して溜め息をついた。
「そうだったのね、それは、良かった。もう、心配したのよ!」
「ごめんなさい。」
目に涙を溜める母に申し訳なくなり、アルベルトは目を伏せた。そこにゼロが入ってきた。
「責任は私にあります。フェイクとの交戦中に不覚にも、ご子息を巻き込んでしまいました。だから、全ては私の責任です。」
背筋を正しくしてダニエラに向き合う少女に、アルベルトは驚きの目を向けた。
自分がこうなったのも、自分のせいだ。彼女の警告を遮り、勝手に戦闘に参加したこのアルベルト・ウェッダーバーンが悪い。なのに、この少女は肩を持ってくれた。
アルベルトは、ゼロは決して冷めた人間ではなく、些か良心もあるのだと確信した。
ダニエラはゼロの言葉を聞くと、表情を暗くした。そしてベッドの椅子__丁度ゼロが座っていた場所__に腰かけた。彼女はゼロを見つめた。
「ねぇ、ゼロさん、ギフトに行けばこういうことは毎日なの?」
ダニエラの問いに、口を開きにくくなったゼロはただ頷いた。
「殉職率が高い仕事故、怪我や死亡の話は珍しくありません。」
「そう......」
ダニエラは口をつぐんで辛そうにした。
「水、買ってきます。」
重苦しい部屋から出たく、回れ右をしようとしたゼロだが、ダニエラが止めた。
「待って、あなたもここにいて。」
そう言われ、ゼロはその場で足を止めた。ダニエラは続いてアルベルトの方を見た。
「アルベルト、朝言ってたことは本当なの?ベアトリクスを見つけられるって。」
ダニエラの言葉に、アルベルトははっきりと頷いた。
「ちゃんと見つけられるかは分からない。でも、手掛かりは絶対そこにある。」
真剣な息子の顔に、ダニエラは決心したように一呼吸置いて口を開いた。
「いいわ、認めるわ。あなたのしたいようにしなさい。」
「そ、それじゃあギフトに行ってもいいってこと!?」
「ええ。」
その瞬間、アルベルトの顔がパアッと輝いた。ダニエラはそれを見て微笑むと、ゼロを見た。彼女の方は、意外な事態に目をぱちくりさせていた。
「ゼロさん、息子をよろしくね。」
「あ、は、はい。善処します。」
ゼロは背筋を改めて、呟いたのだった。
_____________
高くそびえ立つギフト本部の最上階。その一室、それも薄暗く大理石の床にステンドグラスの窓が張り巡らされた大部屋に数人の男女とその部下はいた。重たそうなローブを着こなし、顔に目隠しに似た仮面という風変わりな男は、4つ並べられた威厳のある椅子の一つに座り込んでいた。あとの3席にも人がいるが暗くてよく分からない。目隠しの男は頬杖を付きながら、休めの体勢を取るスーツの部下に声をかけた。
「どうだ、トニー、例の“者”は見つかったか?」
トニー、そう呼ばれた男は重たそうに首を振った。
「いえ....まだです。」
その途端、男が大きな溜め息をついた。
「あぁ、トニー、全くだ、トニー。俺はかれこれ何年も幾人の者に“あれ”を探すのを頼んできたが、だぁれも成功しなかったんだ。そうして奴らはその『ギブン最高指令直属部下』という座を引き下ろされてきた。お前もその一人になるぞ、トニー。」
「そ、そんな、お慈悲を!」
「ならば、早く見つけろ!!我らギフテッド、そして人類の安寧のために!!!」
「は、はい!承りました!」
トニーは顔から冷や汗を流しながら大急ぎで退出していった。目隠しの男は座り直すと不敵な笑みを浮かべたのだった。
______________
「服も、本も、日用品も入れたな。これで準備よしっと。」
ゼロに出発と指定された朝、アルベルトは最後の荷物確認をしていた。必要なものは全部ある。あとはゼロが来るのを待つだけだ。アルベルトが一息ついていると、ダニエラがやってきた。
「アルベルト、これも持っていきなさい。」
「これは、」
アルベルトが手渡された物は家族写真だった。そう、リビングに飾られていた。
「いいのかい?母さんの宝物じゃないか。」
「あなたにとっても、でしょう。ホームシックにならないようによ。」
「もう子供じゃないからそんなのならないよ。でも、ありがとう、持っていく。」
アルベルトはキャリーケースにそれを入れ、その際玄関ベルが鳴った。アルベルトは急いでケースを引いてドアを開けた。
「迎えにきた。」
扉の先には相変わらずの白衣姿のゼロがいた。奥には車が見える。ゼロの話によれば、ギフトの職員が送っていってくれるらしかった。
アルベルトは、追い付いてきた母に向かいあった。
「それじゃ、母さん、いってきます。」
幼少期からすっかり凛々しくなった息子に、ダニエラは涙を浮かべて彼の頬を撫でた。
「いってらっしゃい。あなたの身に神のご加護があらんことを。」
ダニエラの手がすっと離れ、アルベルトは一つ頷いて背を向けた。
「ゼロさん。」
「ゼロでいい。」
「じゃあゼロ、行こう。」
「ああ。」
ロンドンのとある住宅街を二人の男女は歩きだした。
青年は涙なんて見せなかった。だって、これは姉を見つけるための希望の旅立ちなのだから。
Gift and Made 渋谷滄溟 @rererefa
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