3話 葛藤


「ねぇ、アルベルト。さっきの話は一体なんだったの?あなたをあのギフトに勧誘するって...」


 自宅に戻ったアルベルトにダニエラは心配そうに駆け寄ってきた。アルベルトは安心させるように笑いかけた。


「大丈夫だよ、母さん。僕のギフテッドの力が、ギフトに適正だから来たってだけだから。」

「そうだったのね。」


 ダニエラがため息をつくと、アルベルトはいそいそと二階の自室に戻ろうとした。しかし、母親の厳しい声が飛んできた。


「絶対に行ってはいけないわよ。ギフトは死亡率が高い仕事だってよく聞くわ。お願いだから、これ以上私に子供を失わせないで..._」

 

アルベルトは階段の手すりに右手を這わせて振り返った。


「心配しないで、僕は普通に生きるから。」


 不安な顔をする母に、「おやすみ」と告げると青年は段差を上がり始めた。


 一段上がると共によく分からない胸のざわつきに襲われる。ゼロが言った「自分らしさ」。今まで溜めに溜めたものが一気に掻き出される気分だった。


 本当はギフテッドとして、その力を使って生きていきたい。自分が誇りに思っているその力を十分に使用したい。だが、駄目なんだ。

 自分は所詮化け物。その力も誇りでも何でもない忌みものだ。それに、自分は姉の捜索を続けなければならない。他者のために力を振るう余裕などないのだ。



 気づけば二階に上がりきっていた。あとは自室に向かうだけ。

 その時、アルベルトは自室の隣室のドアが空いていることを発見した。隣室は、トリクシーのものだった。


「母さん、閉め忘れたな...。」


 ダニエラは毎日トリクシーの部屋に美しいデイジーやアネモネを生けた花瓶を置き、世話をしている。まるで姉の代わりのように、姉が死んだと決めつけているように。

 大方、母の閉め忘れだろう。アルベルトはため息をつくと、ドアノブに手をかけた。しかし、いつの間にか吸い込まれるように入室してしまっていた。


 部屋の中は昔と変わらなかった。姉のお気にのドレッサーも分厚い科学書もそのままで、母が掃除をしていることによって清潔に保たれている。アルベルトがここに来たのはトリクシーが失踪する以前以来だった。持ち主がもうこの世にいないかもしれない部屋を見ると、どうしても気分が晴れなかったのだ。

 アルベルトは哀愁臭い部屋で立ち尽くし、呟いた。


「姉さん、僕はどうしたらいいんだ....」


 すがり付きたい思いを明けても、いつも助言をくれた姉はいない。なんて幼稚なことをしているのか。アルベルトは踵を返そうとした。その途端だった。


ドタン!!!


 割りと大きい落下音がし、アルベルトはバッと振り返った。そこには姉の本棚から崩れてきた参考書達が散乱していた。大方バランスが悪かったのだろう。青年はうんざりした顔でそれらをかき集め始めた。ようやく最後の一冊となったところで、それを持ち上げるとペラリと一枚の字が書かれた紙が滑り落ちてきた。アルベルトは偶然目に入った文字を見て、目を丸くした。




『2015 1月15日の手記 

今日、公安組織のギブンに侵入成功。』


 


 破り捨てられたかのようなその紙には、走り書きのような文字でそう書かれていた。だが、弟のアルベルトにはそれがトリクシーのものだとはっきり分かった。

 

 姉の勤めていた研究所はギフトとは無関係な国営の場所だった。そもそも姉からギフトの話について出てきたことはほとんどない。どうして無関係だった姉がこんなことを書いたのか。一体何のために「侵入」したのか。その時、アルベルトははっとした。


「ギフトに行けば、姉さんを見つけられる.....?」

 

姉を発見できる手掛かりの可能性。なぜなら2015年はトリクシーが失踪した年だ。このメモとの関連性は決してないわけではないだろう。

 もしまた姉に会えるのなら、ギフテッドがどうとか知ったことか。


 一枚のメモが決定打となり、アルベルトの心は決まった。




 ギフトに行くことを___










_______________


 




「アルベルト、もう一回言ってご覧なさい。」


 翌朝の食卓、アルベルトは起床すると早々にダニエラに決意表明をした。すると途端にダニエラは鳩が豆鉄砲を打たれたような表情をして、朝食のフルーツを切る手を止めたのだった。


「姉さんの手掛かりがギフトにあるかもしれないんだ。直接行って確かめないと。」

「馬鹿なこと言わないで。第一、あなたは研究所に勤めるんでしょう?」

「まだ正式に就職するって決めた訳じゃない。お願いだ、母さん。姉さんを見つけられるかもしれないんだ__」

「いい加減にしなさい!!」


 ダニエラは思い切りテーブルを叩いた。アルベルトはビクッとし、その場が凍ったのを感じた。


「どぉして!どうしてわざわざ危険なことに首を突っ込もうとするのよ!?ベアトリクスに続いてあなたまで失わせる気なの?」

「そんなつもりは__」

「しばらく外に出て頭を冷やしてきなさい!」


 興奮状態の母に、今は駄目だと判断するとアルベルトは大人しく頷いてその場を去っていった。


 去り際、ダニエラの啜り泣く声がよく聞こえた。






____________





 母に一時的に家を追い出され、アルベルトは仕方なく近所の馴染みの公園に足を運んだ。ここは昔から物思いにふけるには最高の場所だった。


 朝の公園でも人はまばらにいて、散歩をしている老人や、親子連れもいる。アルベルトは少し歩いて錆びたベンチに腰を下ろした。そうして穏やかな日常の景色を前にして母への打開策を練ろうとした。


「昨日ぶりだな。」


 突如聞こえた覚えのある声。もしやと見ると、隣には昨日己の家のドアを叩いた少女、ゼロがいた。ゼロは昨日と同じ、大きな白いリボンにぶかぶかの白衣という個性的なファッションをしていた。

アルベルトはいささか驚き、目をぱちくりした。


「暇だったから宿の外をプラプラしてたが、まさかこんなところで出くわすとはな。」

「ゼロさん?」

「ああ、覚えてたのか。」


 ゼロは意外そうにすると、アルベルトに近寄った。


「隣、いいか?」

「あぁ、どうぞ。」


 アルベルトは横にずれると、ゼロはどさっと腰を下ろした。しばらく沈黙が続く。アルベルトは思った。

 

 まずい、気まずいぞ。昨日会ったばかりの得体のしれない少女とどう会話を弾ませればいいんだ?女の子は苦手でないが、この不思議ちゃんの前ではどうにも言葉が詰まる。


 必死な熟慮の末、アルベルトは自身の大好きな数学の「アキレスの亀」の話でもしてみることにした。

 ここで一度言っておこう。アルベルトはちょっとねじが外れたところがある。


「あ、あのさ!君って『アキレスと亀』って知っ____」

「そういえば、どうするか決めたのか?」

「へ?」

「ギフトに行くかどうかだ。」

 

アルベルトの長話のスタートダッシュを遮って、ゼロは彼を見た。突然口を開いた彼女に頓狂な声を上げたアルベルトだが、すぐにいつもの真面目顔にもどった。


「ああ、結構悩んでさ、でも行くことした。」

「ほう、昨日はあんなに嫌がってたのに随分な変わり様だな。」


 ゼロは試すような視線をアルベルトに向けた。彼の方は、『母』という障壁を除

けば覚悟は決まっているのでその視線を受け入れた。


「実は探し物をしていてね、ギフトに行けばそれを見つけられるかもしれないんだ。」

「ふうん。おかしな奴だな。ギフトは落し物センターじゃないんだぞ?」

「いいや、手がかりはきっとある。少なくとも僕の中ではそう確信している。」

「あっそ、でもいいのか?ギフトに入ったらフェイクとか凶悪なギフテッドの悪党どもとたたかうんだぞ?昨日駄弁った奴が次の日には頭だけになって帰ってきたこともある。親御さんは心配するんじゃないか?」

 

 ゼロの言った例に、アルベルトは少し背が冷やりとした。しかし、そんなことにビビッて引きさがったら姉を見つけることすら叶わない。もう決心したんだ。行く覚悟はできている、母を除いては…。


「実は、母さんに猛反対されてね。ここにいるのもギフトに行くって伝えたら追い出されたせいなんだ。」

「やっぱ、反対されたか。じゃあどうすんだよ?近日中が期限だぞ?」

「そうなんだよ、どうにかして母さんを納得させられる方法を見つけないといけないんだ。」


 そう言うと、アルベルトは気だるそうにベンチに凭れかかった。その時、二人が座るベンチの近くにマスクを被り、黒いジャンパーに身を包んだ男が通りかかった。アルベルトはなんという訳でもなく横目に男を流したが、ゼロの方は眉をしかめて彼を凝視した。


「どうした?」

「あいつ怪しい、なんか胸騒ぎがする。」


 アルベルトは不思議そうにしたが、次の瞬間にゼロの言っていることが的中したのを理解した。

 男はマスクをはぎ取ると、耳元まで裂けたグロテスクな口をにやりと開いた。普通の人間の腕が次の瞬間にはクズリのように大きな爪を持った獣のような形態に変化した。目は血管が浮かびまくった白目で、正気などはなからなさそうだった。

 男、いや化物はすぐそばで遊んでいた子供を掴み上げた。平和な公園に叫び声が響き渡る。


「ママァ!!ママァァ!!」

「うへへへぁはははは!!!」


 気味の悪い笑い声を上げながら化物は口をさらに開かせ、泣き叫ぶ子供をそれに投げ入れようと掲げた。母親は為すすべもない状況で「子供を返してくれ」と叫ぶことしかできなかった。

 危機的状況にアルベルトは駆けだしたが、そのすぐ横を閃光のように何者かが飛び出していった。それはゼロだった。ゼロは右肩を思いっきり前にだすと、化物に体当たりした。化物は衝撃で、子供を落とした。アルベルトは急いで駆け寄ってキャッチすると、そばにいた母親に渡した。母親は礼を言うと子を抱えて逃げ出しっていった。アルベルトは二人が無事に行ったことを確認すると、ゼロに声をかけた。


「ゼロさん、あいつは何者なんだ?」

「恐らく気が触れたギフテッドか、犯罪組織に作られたフェイクだろう。どっちしても危険だ。」

「どうするんですか?」

「決まっているだろう、ここで片をつける。」


 ゼロはそう吐き捨てると、両腕の白衣をめくった。白く引き締まった腕が現れたかと思うと、次の瞬間には指先から黒く変色し始めた。肘まで一瞬で変色され、今度は黒い部分全体が変形を始めた。人間の腕だったものは形を変え、黒い’’刀’’になった。なんと少女の両腕が刀になったのだ。


「か、かたな!?」

「『黒刃』。私は体を刀に変化することができるギフテッドだ。」


 それだけ言うとゼロは、両腕を構え、間合いをはかった。化物がぎゅるりとこちらを向いた時、ゼロは駆けだした。

 ゼロが刃を突き出すと、化物はその爪で応戦した。続いて、ゼロは身を翻すと右腕で化物の腹部を切り裂いた。呻き声が上がり、彼女はすかさず左腕でフェイクの心臓部分を狙った。しかし、その時だった。


「!!」


 フェイクの爪が弾丸のように飛び出したのだ。ゼロはバク転で避けようとしたが、不運にも肩に突き刺さった。


「っ!」

「ゼロさん!!」


 アルベルトは駆け寄ると、彼女の肩を調べた。化物の爪は骨を貫通していた。ゼロは歯を食いしばって次の攻撃に移ろうとしていた。


「寄るな!アルベルト!私はいいからここから逃げてギフトに通報しろ!」

「でも危ない!死んでしまう!」


 その瞬間、化物が接近してきた。爪はさらに増えており、いつ飛び出てくるかもわからない。足は速く、もうすぐそばだ。隣には負傷した少女がいる。あぁ、どうすればいいんだ。どうすれば、どうすれば?





 どうにかできるじゃないか?



 アルベルトははっとした。この場に来てようやく自分がギフテッドであることを思い出したのだ。あの幼少の頃から全く使用していない己の力。うまく使えるだろうか?いいや、ここは緊急事態だ。やるしかない。



 その途端、化物から無数の爪が放たれた。


「クソッ」


 ゼロが臨戦態勢に入ろうとした時、それを遮るかのようにアルベルトが背に手を回した。ゼロは不思議そうに彼を見つめたが、アルベルトの方は額に血管を浮かばせ、左手を襲いかかるメイダーの方に向けた。


「うぉらぁぁぁぁあああ!!!」


 けたたましい叫びと共に周囲に紫の閃光が飛び散った。一瞬目をつぶったゼロは次にはその手から衝撃波が繰り出されるのを捉えた。アルベルトは久しぶりの能力の使用で鼻血が垂れ、頭がガンガンした。しかし、怯まず閃光を纏った左手の拳をフェイクにぶちこんだ。


「うぉがぁぁああ!!」

 化物は叫び声をあげ、吹っ飛ばされていった。僅かに痙攣して倒れていて、一先ず動きは封ぜられたようだった。


 二人は安心してため息をついた。アルベルトはゼロに笑いかけた。


「大丈夫かい?」

「ああ、まあ病院行って抜いてもらえば........っておい!?」


 ゼロがしゃべっている途中でアルベルトはすうっと意識が抜けるように倒れた。ゼロは急いで仰向けにさせ心臓の音を聞いたが、とりあえず彼が生きていることは分かった。


「素人のくせに。全く、無理しやがって。」


 気絶するアルベルトに、ゼロはふっと笑った。



 










 




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