2話 公安組織『ギフト』

 昔、ギフテッドと人間は手に手を取り合って共生していた。

 それだけならハッピーエンドだった。だが現実はうまくいかないもの。このおとぎ話には残酷な続きがあった。


 一部のギフテッド達が弱き人間達を支配しようとしたのだ。己の欲望の為、女子供も八つ裂きにした。無論、人類が怒らない筈もない。堪忍袋の緒が切れた人間達は賢明な科学者を集め、ギフテッドの身体を模倣して『フェイク』と呼ばれる改造人間を開発した。人類はフェイクを駆使し、ギフテッド達と戦争を起こした。

 多くの者が死に、多くの血が流れた。しかし七年続いた戦にも遂に終止符が打たれた。互いに消耗しきっていた両者はやがて和平条約を結び、フェイクも全廃棄された。

 「和平」。互いに殺しあっていた二つの種にとっては、それは難しいことだった。戦争が終わり、混乱状態が継続していた多くの国でまもなく大量の犯罪が起こった。ある時はギフテッドを憎む人間達が差別による事件を起こし、ある時はフェイクを不法に開発しテロまで起こす者もいた。

 耐えかねた人類とギフテッドは「目には目を」を元に、優秀なギフテッドを集め公安組織を設立した。

 その名を______





「“与えられし才能”でギフトですか。」

「そうだ。お前も名前ぐらい知っているだろ。何せイギリスはギフトの本部に近いからな。」


 混乱するウェッダーバーン親子にとりあえず通してもらえたゼロは、リビングの立派なソファーに腰かけた。着ていたパーカーを脱ぎ、下からは丈が長く袖がブカブカな白衣と奥にピンクの肩だしというユニークな服装が現れた。アルベルトも続いて向かいの暖炉に近い椅子に座った。頭はまだボケッとしている。ゼロもそんなアルベルトを黙視していた。ピリッとした膠着状態のリビングに、ダニエラが紅茶を持ってきた。


「どうぞ。」

 

少女の不思議な雰囲気に、ダニエラは恐る恐るとカップを置いた。ゼロはカップを手に取るかと思ったが、ダニエラの方を向いた。


「すまないが、息子さんと二人きりにしてくれませんか?」

「え?あ、わ、分かったわ。」


 ダニエラは頷くと、心配そうにアルベルトを見て去っていった。

ゼロはドアが閉まるのと同時にカップに口を付けた。アルベルトはその様子を観察しながら、ゆっくりと口を開いた。


「それで、えっとゼロさん?僕をギフトに勧誘するってどういうこと何ですか?」

「どうもこうも、組織内でお前がギフトに適正な人間だと判断されたんだ。うちの組織がスカウト制なのは周知の事実だろ。」

「だからって、こんな凡人を__」

「いいや、違う。お前はただの人間じゃない筈だ。じゃないとスカウトなんてまずされない。」



 瞬間胸が、傷んだ気がした。ナイフで刺され、化膿した傷にまるで酢をかけられるように。

 アルベルトは膝の上で拳を握りしめた。血が出るぐらい強く、強く。ゼロはカップを置くと、妖しく彼を見た。


「言いたくないんだろ?自分が“ギフテッド”だっていうことを。」


 ゼロが言った言葉が弾丸となり、アルベルトの脳に当たった。彼の中では、およそ懐かしい記憶が流れ出した。


 


_________



「アルベルト・ウェッダーバーンなんかに近寄んなよ!彼奴は化け物だから。」



 近所の友人だったもの達に投げられた言葉だ。酷い台詞だと思うが、自分は言われても仕方がなかった。何せ、人外だったのだから。


 自分は生まれた時から、ギフテッドだった。姉は普通は普通の人間であり、両親もそうだった。所謂隔世遺伝だ。第六感とも捉えられる能力は『身体強化』だった。医者から詳しく聞いたら、どうやら体内でエネルギーを大量生産し、それを紫に轟く光に変化させ衝撃破と共に発散できるのだとか。どっちにしろ、扱いにくい品だったが。しかし、それでも、僕は己の能力が誇らしかった。まるでヒーローのようだって。特別で、自分だけの素晴らしい個性だって。だが、夢見る少年の運命は残酷だった。

 

 五歳ぐらいの時だったか。近所の幼なじみ達とヒーローごっこしていた時、能力の制御をうまくできず、友人に怪我を負わせた。軽く叩いたつもりだったのにぶっ飛ばしてしまったのだ。無論、相手の親にも両親にも叱られた。近所や学校でいじめも始まった。

 血まみれになった友人を見た時から、僕はギフテッドであることが罪だと思うようになった。何回普通の人間になりたいと思ったか。何回生まれ直したいと祈ったか。苦しい中、姉は自分に寄り添ってくれた。力を出来るだけ出さない方法を一緒に探してくれた。僕は、ギフテッドである身を恥じて自分を人間と偽って生きることにした。罪深いギフテッドの力を潜めた人生を歩もうと決めたのだった。




___________




「ギフトに入ったら、力を使わざるを得ない。僕はもう普通の人間として、普通の仕事に就いて生きるんです。」


 アルベルトは、吐き捨てるようにそう言った。ゼロは、何も言わずに目を閉じた。


「そうか、まぁ事情はいろいろあるだろうが、こちらも仕事だ。それに、お前の力はかなり期待されていたんだけどな。」

 

ゼロは立ち上がると、パーカーに腕を通しだした。


「帰るんですか?」

「一時的にだ。今日は近くに泊まる。一晩よく考えろ。明日の晩また答えを聞きにくる。」

「送ります。」

「いい。」


 ゼロはリュックを背負うと、真っ直ぐ玄関に歩きだした。アルベルトも慌てて追いかけた。一応客人なのだから玄関まで見送るのは礼儀だ。アルベルトが玄関を開けてやると、ゼロはてくてくと石段を降りて闇の中に溶け込もうとした。が、ピタリと止まり振り返った。少女の白い右目が月明かりに照らされる。彼女はその艶やかな小さい唇を開口した。


「自分らしくいたいのなら、その力を恨まず活用しろ。」


 その一言だった。次の瞬間には少女の姿は消えて、冷たい夜風に吹かれるアルベルトがいるだけだった。


「自分らしく、か。」


 青年は唇を噛んで、壁にもたれた。




 少女の言葉は、ずっと自分の個性を圧し殺し続けてきた彼にとって酷く効いたスパイスだったのだった。


 


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