Gift and Made
渋谷滄溟
公安組織『ギフト』にようこそ
1話 青年 アルベルトの元に
時は数千年前のこと。人と獣どもしかいないこの星に新生物が出現した。彼らの名は『ギフテッド』。何故そう名付けられたかには明確な理由がある。
彼らギフテッドは人間とさほど容姿に差異はなかった。しかし問題はその能力だ。彼らは第六感のような超能力を持っていた。火を操れたり、草木の成長を助長できたり、容易に人殺しを行える力を持つ者までいた。人類は彼らを神からの授け者だと畏敬の念を抱き、『ギフテッド』と読んだのであった。そうして人類とギフテッド達は手に手を取り合って生きていたが__
「アルベルト、こんな時までレポートかよ。」
パソコンの文字とにらめっこをしている青年にワインを持った友人、マイクがダル絡みしてきた。青年の名は、アルベルト・ウェッダーバーン。今年でイギリスの名門大学『オリジスト大学』を飛び級で卒業した20歳だ。そのため彼は祝卒業パーティーでも卒業レポートに追われているのだ。
クリーム色に近い柔髪をタイピングの振動で微動させながら、アルベルトは眼鏡の奥の緑眼を画面に向かい合わせた。その様子を見たマイクはやれやれと首を振った。
「相っ変わらずガリ勉だな、おめぇはよ。卒業レポートぐらい適当に書きやがれっての。」
「最後まで手を抜きたくないんだ。マイクも少しは書き方覚えないと。卒業前に落第しちゃうよ。」
「ヘイヘイ、いいんだよ。俺はどうせニート暮らしだろうから。」
その時、友人に諭されぶつくさ言うマイクを押し退けて、また別の友人、ジェイクが乗り込んできた。
「なぁ、アル、お前大学出たらどうすんだよ?」
アルベルトはタイピングの手を止めると、顎に手をやった。
「そうだな、とりあえずどっかの研究所にでも行こっかな。」
「お、いいねぇ。お前んとこの美人な姉ちゃんも確か研究員だっ__」
「おい、馬鹿やめろ。」
ジェイクの肩をマイクが強目にひっぱたいた。ジェイクは不服そうにしたが、数秒後にはっとした。そして二人してアルベルトを見た。案の定彼は眉をしかめて下を向いていた。ジェイクはアルベルトのとある地雷を踏んづけてしまったのだ。
「ご、ごめんなアル。悪気はないんだ、ただ口が滑っちまって...」
「そ、そうだよ。こんなアホのこと気にすんなよ。」
あたふたしだす二人に、アルベルトは顔を上げると首を振って笑いかけた。
「いいんだよ、二人とも。もう何年も経つし。気にしないよ。」
「アルベルト。」
何とか雰囲気が穏やかになった三人のところに一人女性がやってきた。クリーム色の髪を編んで結った身なりをしたアルベルトの母、ダニエラだった。
「何だい?母さん。」
「もう遅いし、お開きにしなさい。女の子もいるから早く帰さないと。」
アルベルトは分かったと頷くと手を叩いてパーティ終了の旨を伝えた。すると友人達は続々とアルベルトに祝福と励ましの言葉を授けて帰宅していった。
「じゃあな、アルベルト。今日は楽しかったぜ。おばさんも夜遅くまでありがとう。」
「大学出てもまた遊ぼうぜ。」
ジェイクとマイクは親指を立ててニッと笑った。アルベルトも手を振った。
「君らも元気でね。」
玄関ドアがゆっくりと閉まり、ダニエラはアルベルトに向き直った。
「さぁ、片付けでもしましょうか。」
___________
アルベルトの家から出たジェイクとマイクは住宅街をしばらく歩くと、閉ざしていた口を開いた。最初に喋ったのはジェイクだった。
「アルの姉ちゃんって、確かトリクシーって名前だったよな?」
「あぁ、本名はベアトリクスだがな。アルとは幼なじみだからあの姉ちゃんには何回か遊んでもらった。」
「俺も中学の時にアイツの家で見かけて駄弁ったことある。でもよぉ、〝行方不明〝なんだろ?」
ジェイクの声にマイクが重そうに頷いた。
「あぁ、数年前に研究所にいた時に行方不明になった。物もそのままで忽然と消えちまったらしい。」
「アルも気の毒によぉ。トリクシーのこと大好きだったのに...」
その時、二人は会話を止めて前に視線を合わせた。前から誰か歩いてくるのだ。暗がりに月明かりで照らされた影は小さく子供のようだった。影はフード付きの長いパーカーを着ており、背にリュックを揺らしながら俯いている。
一体こんな夜遅くに子供が何をしているんだ?二人の男は疑問に思ったが、何も見てない知らない振りをしてまた駄弁り始めたのだった。
__________
人が少なくなった家で、アルベルトは汚れたテーブルを拭きながら、壁に飾られている写真を見た。
昔、家族で博物館に行った時の写真。離婚して出ていった父、母、自分、そして消えた姉が寄り添いあって撮った宝物。
姉のことは大好きだった。年は離れていたがよく面倒を見てくれ、下らない玩具遊びにも付き合ってくれた。頭も良く、飛び級で大学を出て『ギフテッド』に関する研究が進んでいるラボに入った。それからは多忙で会えない日が続き、そしてある日行方不明になった。散々探した。警察にも何百人と人員を使って探してもらった。が、足取り一つ掴めなかった。母は心労で姉に関することは口にしなくなった。しかし、まだ自分は屈してない。何としてでも、姉を見つける。自分を“コンプレックス”から守ってくれた姉を___
ドンドンドン
突如、玄関ドアからノック音が鳴り響いた。ダニエラとアルベルトの意識は一気に引っ張られた。
「誰かしら。」
ダニエラは洗い物の手を止めると、応対しに行った。アルベルトも気になり、布巾を置いて後を追いかけた。
「まぁ、うちの息子にご用事なのね。ちょっと待ってて、今呼んでくるから。」
「母さん、誰が来たの?」
「ああ、いたのねアルベルト。女の子があなたに用事があるって_」
その時、軽く開いていた扉が大きく開かれた。入ってきたのは白く膝丈まであるパーカーを着た少女だった。背はアルベルトよりうんと小さい。少女は躊躇せず凛としてアルベルトに向かってきた。
訪問客の行動に目を丸くしていると、少女は目の前まで迫り、被っていたフードを取った。
被り物を取った瞬間、少女の黒く長いポニーテールとそれを結っている大きな白リボンが飛び出てきた。開いた両目は白と黒のオッドアイ。まだ10代半ばであろう顔立ちには大人びた貫禄があった。
少女は美しかった。白と黒の双眼を持ち、エキゾチックな見た目に白人の面影を兼ね備えている。アルベルトは近くまで来た端正な顔立ちに何も言えずにいると、少女が口を開いた。
「アルベルト・ウェッダーバーンで間違いないな?」
「そ、そうだけど、君は一体_」
「私は“ゼロ”。今日、本部からの命で公安組織『ギフト』にお前を勧誘しに来た。」
突然のことに頭が真っ白になった。しかし真っ白な中で自分の人生の軌道が大きく変わった気がした。
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