第2話言った側の少年
僕の存在意義が、無くなった。
僕、「メリル・ワーズワース」は十九歳と三か月と二日目に開かれた、次期国王とその御妃になるご令嬢の婚約披露パーティーで、世界を救う役割を持つ義兄の「アーサー・ワーズワース」に殺される。
それが僕の存在意義だったのに。
物心ついた時、僕の家には父がいなかった。
僕は割と頭の出来が良かったらしく、それがどうしてであるかを使用人たちの噂話から推察出来た。
曰く、僕の父には他に家庭があって、僕や母上の事は家族だとは思っていない。母は病のせいで二目とみれない顔になったせいで嫁の貰い手がなかったところを、父の家が資金援助と引き換えに僕の母を父に娶せた事、僕は両者の義務のために生まれた事、父にはそもそも愛する人がいた事。
そういう物を総合すると、そりゃ僕や母は好かれないだろう事は理解できた。
それに関しては母からも「当たり前」だと言われていたし、僕も特に否は無かった。
大体母はいつも僕に「あの方の家族は私達じゃないの」と言っていたし。
それだけじゃない。母は少し変わった人で、自分にはこの世界ではない所で過ごした記憶があると言って憚らなかった。
とはいっても僕の前だけだけど。
そしてその話をするたびに言われるのが、「メリルはアーサー様に殺されるために生まれたのよ」だ。
幼い頃からずっとそう言われてきて、最初の頃はショックだったのかも知れないけれど、それももう遠い感覚で。
六つを過ぎる頃には、それが当たり前なんだと思うようになった。
それにその言葉を僕に囁く時、母は必ず「アーサー様」の英雄譚を聞かせてくれた。
幼い頃から勇敢な「アーサー様」はとある貴族の愛人の息子として生を受けたせいで、学校で酷い嫌がらせに遇う。でもそれも自分の力量で跳ねのけ、授業の中で火の精・サラマンダーと契約し、魔獣の襲撃も退け、お忍びの第一王子殿下をお助けして、あれよあれよと出世していく。そして王子の命を受けた任務で名剣を得て、王子殿下の婚約披露パーティーで復活した魔王を倒すために旅に出る。
そうして苦難の末に魔王を倒して皆が幸せになる英雄譚だ。
母上が言うには、この世界はその母上が前の世界で読んでいたその英雄譚の世界なんだとか。
その英雄譚の英雄「アーサー様」の前に、最初に立ちはだかる悪者がメリル・ワーズワース。つまり僕なんだそうだ。
僕は「アーサー様」に嫉妬して、彼に嫌がらせをして、最後にはその妬みや嫉みで一杯の心を魔王に見透かされて依り代にされ、「アーサー様」の魔王退治のきっかけとして死ぬんだって。
母は僕にワーズワース家を盛り立てる教育を施しつつ、いつも「アーサー様に殺されるために生まれたの。それがあなたの存在意義」と囁いた。
本当ならそこで僕は反発すべきだったんだろう。でも僕はそうしなかった。
母が語る「アーサー様」はとても強く魅力的な人だった。それが僕の異母兄だというのだから、純粋に凄いと思ってしまったんだ。
そうやって日々僕は「アーサー様」に対する母の想いを刷り込まれたんだろう。
母が順当に、と言っては人としてどうかと思うけれど、本人も避ける気がなかったんだろう。病に倒れた。
ここで母が死ななければ、「アーサー様」はワーズワース家に入れない。
だから母は「原作」という物通りに、医師と薬を拒んで自ら命を縮めていった。
その一方で、僕には自分の死後用にノートを数冊書いてくれて。
「このノートに書かれたことが起きるから、そのように行動するのよ? アーサー様が英雄になれば皆幸せになるの」
「はい」
「あなたはアーサー様に殺されるために生まれたの。母様を失望させないで、死ぬべき時に死になさい。あなたは良い子だから出来るわね?」
「はい。必ず」
母の言葉に頷けば、その時は頭を撫でて貰えた。
そうして母はきちんと死に、その数か月後、予定通り僕の目の前に「アーサー様」が現れた。
実物の「アーサー様」は僕より少し上で、母が言ったように銀髪に青銀の目の、精悍な顔つきの少年だった。
僕は彼に殺されるために生まれて来た。そして僕が彼に殺されることで、彼の英雄譚が始まり、皆が幸せになるという。
だからその日を楽しみにしている。
そういうつもりで「将来君に殺されるんだよ」と言っただけなのに、どうやら僕は彼を怒らせたうえに嫌われたらしい。それは少し悲しかった気がする。
兎も角、彼に会って僕は母の正しさを確信した。
母様、僕は必ずあなたの望みのままにして見せます。だってそれが僕の存在意義だもの。
そう決めたけれど、予期せぬ問題がいくつか起きた。
まず使用人。何故か彼らは「アーサー様」とその母上を敵視して、最低限の敬意しか向けなかった。
とは言っても流石に公爵家から連れて来た使用人。日常生活に支障を来すような事はしないから気付かれてはいないだろう。
でも僕の料理と彼らの料理を同じ内容にすると言ってきた時は叱りつけた。
ワーズワース家の跡継ぎの義務として、僕には毒殺を防ぐ訓練がある。だから僕の料理には毒が盛られているのだけど、それと同じものを出すというのだ。
万が一にも事故が起こってはいけない。
「アーサー様」はこの世界の主人公だから毒ごときで何ともなりはしないだろうけれど、気を付けるにこしたことはないだろう。
他にも学校に通うその初日で、「アーサー様」は嫌がらせを受けた様子が見て取れた。
母からたしかに「アーサー様」は嫌がらせを受けるとは聞いていたけれど、ちょっと度が過ぎるんじゃないかと思うくらいの有様で。
僕は流石に見て見ぬ振りが出来なくて、彼の怪我を魔術で治して、彼に嫌がらせをした人物一人一人に話を付けた。
それだって完全に嫌がらせを無くせる訳じゃないだろう。とはいえ多少の嫌がらせは彼を磨く石になる筈だ。
そしてそれから半月後、「アーサー様」は母が遺したノート通りに、召喚術の授業で火精のサラマンダーを呼び出して契約に至った。
「言った通りになったでしょ?」
「……」
「だから、将来「たまたまだ」」
言葉を遮られてしまった。まだ「アーサー様」は信じてくれないらしい。
僕は彼の邪魔をする気はないし、寧ろ英雄譚通りになるのが待ち遠しい。だって彼の英雄譚が始まって、魔王を倒したその先で皆が幸せになったなら、彼らの幸せは僕が切っ掛けって思えるから。
ともあれ、信用してくれないなら次だ。
僕は「アーサー様」に次に起こる事を、彼に告げる。
大丈夫、間違えない。もう母のノートは諳んじられるくらいまで読み込んだ。
次は三か月後、それは「アーサー様」の将来を左右する出会い。次期国王のウイリアム殿下と、彼がお近づきになるのだ。
そう告げると、「アーサー様」が怪訝そうな顔つきになる。
「お前、将来俺に殺されるのに、俺の出世は嬉しいのか?」
心底意味が解らないという顔をされたけど、殺されるのは僕には何の問題もない。だって彼に殺されるために、僕は生まれて来たし、そのために生きてるんだから。
それは母から変えようのない定めだと聞いたし。
「うん? 僕が君に殺されるからって、君に悪意を持たないといけない理由ってある?」
「は?」
「変えようがないんだから仕方ないでしょ。僕はその時が来るまで君を応援してるよ」
本当に応援している。
だって母から聞いた彼の物語は凄かった。苦難を物ともせず、心を砕くほどの悲しみであっても、彼は必ず立ち上がって歩き出すのだ。その人の英雄譚の最初の一歩が僕。ただ死ぬよりそれは余程意義のある事だと思う。そういう意味をくれる彼を、僕が嫌う筈がない。
そして三か月後、彼は実に不機嫌な顔で僕の部屋に顔を出した。
「言ったとおりになったでしょ? ねぇ、アーサー?」
「……黙れよ」
その反応で、ウイリアム殿下ときちんと会えた事を知る。
これで彼の将来が開けた。
でも彼はあんまり嬉しくなさそうで、凄く不機嫌に顔を歪める。もしかしたら嫌いな僕に祝われるのが嫌なのかも知れないな。
少し寂しいけども、僕は彼に殺されるんだから「死んでせいせいした」くらいの存在で丁度いいのかも知れない。
そう思っていると、苦々しい顔で「アーサー様」が叫んだ。
「お前! 言ってることが当たるって事は、自分が死ぬって事だぞ!? 解ってんのか!?」
「え? うん。最初からずっとそう言ってるじゃないか……。おかしなこと言うね?」
だって、それが僕の存在意義なんだもの。避ける気なんかない。
何でそんな事を言われるのか解らなくて首を捻ると、更に怒気が強まった。
「っ!? 自殺願望でもあンのか!? それなら勝手に死ねよ! 俺を巻き込むな!」
「うん? 自殺願望なんかないけど……。まだ信じられないのかな? えぇっと、じゃあ、一か月後、課外授業の時に君たちのクラスは魔獣に襲われる。回復薬とか毒消しとか多めに持って行ってね。僕も助けに行くつもりだけど、間に合わなかったら困るから」
これは君がクラスの人達から見直される「イベント」ってやつ。
将来、この出来事で君に助けられたクラスメート達が、君の道行きをそれぞれ支援するきっかけになる。
でもそれは言えないから曖昧に笑うと、来た時と同じく不機嫌な様子で「アーサー様」は僕の部屋から出て行った。
月日は待っていると長く感じる。
漸く一か月が経った。母のノート通りにイベントは進行しているようで、彼のクラスメートが逃げまどっている。
きっと「アーサー様」の事だから、魔獣を千切っては投げ千切ってはなげしているんだろうと思っていたけれど、事態は「アーサー様」に少し分が悪いようで。
彼の死角から魔獣が襲い掛かるのが見えたから、ついつい必要ないだろうに彼の前に飛び出してしまった。
「え!?」
「無事?」
一応尋ねる。
魔獣の爪は僕の腕を掠めたけれど、「アーサー様」には届かなかった筈だ。
割って入る前、彼は疲労で足を小石に取られてよろめいたから、体勢を立て直す時間が必要だろう。かといってこの魔獣を殺して話の筋を変えてしまう訳にもいかないから、弱い風の魔術で魔獣を吹き飛ばして。
そうすると態勢を整えた「アーサー様」が、僕の脇をすり抜け魔獣に剣を突き刺すのが見えた。
それから僕を振り返ると、彼は疲労の色濃い顔に驚愕を浮かべた。
「お、おまっ!? 怪我したのか、メリル……」
「ああ、うん。そうだね」
「そうだねって……!
腕が落ちたわけじゃないから気にするほどでもない。
僕は痛みに強いのか、あまり怪我をしても苦痛を感じないのだ。
それなのに、自分の方が死にそうな顔をして「アーサー様」は僕に回復薬を渡して来た。
だけどそれが必要なのは、どう考えても疲労で顔色が悪くなってる彼の方だと思ったから、僕は受け取ったそれを「アーサー様」の口に放り込む。
「!?」
「お疲れ様」
「お前!?」
「……大丈夫だよ。僕は君に殺されるまでは死なないから。それより君の方が戦って疲れてるんだから」
休んだ方がいい。
そう言おうかと思ったけれど、嫌いな僕が傍にいては安らげないだろう。僕は邪魔にならないように彼にさっさと背中を向けた。
それからも色んな事があって。
母の遺したノートの年表通りに「イベント」が起こる度に、「アーサー様」は僕に色々言ってきた。
「避ける道は無いのか」とか「何でそんなに平然としてるんだ」とか。
そうは言われても、僕は母から回避するなと言われてるし、僕一人死んでみんな幸せになるならそれでいいとも思ってる。
そんな僕が予言の回避法を何故考える必要があるんだろう?
僕は少し「アーサー様」が判らない。
だって何かある度に僕に「それでいいのか!?」とか聞くし、何でか僕個人の事を聞きたがるし。
例えば彼は、僕の前髪をことあるごとに上げようとする。
前髪が長すぎて前が見えているか疑問だし、目が悪くなる、何より他人に僕の顔が判らないと言われたけど、死ぬ人間の顔を覚える必要はないし、目が悪くなろうが前が見えてなかろうが、そんなの彼にとってはどうでもいい事だろう。
それだけじゃない。
僕は最低限の私物しか持たないけど、部屋が殺風景だから何か飾るかとか言って来る。
でも私物を置いたら、僕が死んだ後で始末する面倒がかかるし、物に執着心を持った所で、あの世にはもっていけない。
必要なものが必要な時に、必要なだけあればいいんだ。
そう返せば、「アーサー様」はいつも微妙な表情になる。
何故そんなにも僕に構うんだろう。
いっそ母のノートを見せてしまおうか? そうすればそれは定められたことだし、彼がこの世の主役だって解るかもしない。
それで躊躇いなく僕を殺して皆を幸せにしてくれればいい。僕の存在理由を全うさせてくれれば……。
そんな事が八年も続いた。
「お前……このままお前の予言が当たり続けたら、お前は死ぬんだぞ!? それでいいのか!?」
また母の予言が当たって、残すところあと二つとなった時も「アーサー様」は僕にそう怒鳴った。
何度繰り返しているか判らないけど、これもそろそろ終わりかと思うと感慨深い。
残った予言は「アーサー様」が一か月後の遠征で名剣を手に入れることと、半年後の魔王復活。魔王が復活したら僕は死ぬんだから、後余命は半年。
って言っても、この時点で僕が死んでも侯爵家の後継が「アーサー様」になるだけで、この時点ではそれ以上の意味はない。
僕が死ぬ、それだけ。
いつも通り「アーサー様」は憤っていた。
「意味のない事なら、止めればいいだろうが! パーティーにも出るな!」
「……どうして?」
「行かなきゃ死なないだろうが!?」
「僕は君に殺されるために生まれて来たのに……?」
「!?」
彼は正義感が強いから、嫌いな相手でも死ぬと解っていたら止めないと気が済まないんだろう。でも僕は君に殺されるためだけに生まれて来たんだから、それが全うできなきゃ生きて来た意味も、生まれた意味すらなくなってしまう。
違う。
僕は僕が死ぬことで、君一人だけでも幸せに出来るのがきっと嬉しいんだ。生きてることは無意味だけれど、死ねば誰かを幸せに出来る。それが「英雄」だというのだから、誇らしいじゃないか。
そう思えば何だか喜ばしくて、気が付けば口角が上がってた。
「僕が君に殺されて、そうして物語が始まる。その物語の末に皆幸せになるんだ。そのための僕なんだから。大丈夫、皆幸せになるよ、アーサー」
そうだ。
その為なら嫌な顔をされても僕は君を庇うし、どうせ死ぬんだから腕の一本くらい失くしたって構わない。
だって頬に切り傷が出来ようが、腕を折ろうが、今の僕は全く痛みを感じないのだから。
これはきっと神様からのご褒美なんだろう。死ぬときに剣で斬られようが、槍で刺されようが、魔術をぶつけられようが、苦痛を感じないために。
あともう少し、それですべてが終わる。そう思っていた。
けれど、最後の最後で母の予言は外れた。
「アーサー様」が僕を庇ったからだ。
この世界の主人公はたしかに「アーサー様」なのだろう。
証拠に魔王の雷が直撃しても、「アーサー様」には槍で刺されたような傷が出来ただけで、依り代にされることなくぴんぴんしているのだから。
傍にいて魔獣のせん滅を手伝わされた僕の方が重傷で、あの襲撃以来一週間も経つのに、未だにベッドの住人だ。
僕の存在意義は何処に行ったんだろう? 僕が死なないと、彼の物語は幕を開けない筈だ。
錯乱した僕は、「アーサー様」に母のノートをぶつけて「何もかも台無しだ!」って叫んだのは覚えてる。
それ以降の記憶が二三日丸々ない。
どうしたらいいんだろ? 魔王の依り代になりに行こうか? 今からでも遅くないだろう。
よし、そうしよう。
決めると僕は力の入らない身体に鞭うって、ベッドから這い出る。
ずるずると這って窓まで来ると、そこから身を乗り出す。どうせ落ちても痛みは感じないんだ。
窓枠から身を外に投げようと重心を傾ける。そうして目を瞑って次に来る衝撃に備えるのに、一向に何も起こらない。
なんで?
目を開けると、身体が勝手に部屋に引き戻された。
頭上に影が差す。「アーサー様」だった。
「何やってやがる」
「…………解んない」
「そうか」
大きく息を吐いて「アーサー様」は僕を肩に担ぐと、悠々とベッドに戻す。
「お前、まだ俺に殺されるのが正しいとか思ってるのか?」
「だってそれが僕の存在意義なんだもの。それ以外なんて考えたことない」
「考えてみろよ、時間は沢山あるんだ」
そう言うと「アーサー様」は僕の前髪をかきあげる。
「お前は蒼かと思ったら左右で少し違うんだな」
「……?」
「お前の目、右は少し色が濃い」
「そうなのか、知らなかったな」
「俺も知らなかった。なあ、メリル、俺達はお互いを何も知らないんだ」
だから此処から始めないか。
祈るように囁くアーサーは僕の知る「アーサー様」とは違う男のように思えた。
「君、将来、僕のこと殺すんだ。そう決まってるんだよ」 やしろ @karkinos0701
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