「君、将来、僕のこと殺すんだ。そう決まってるんだよ」

やしろ

第1話 言われた側の少年

「君、将来、僕のこと殺すんだ。そう決まってるんだよ」


 カーテンが風に揺れる。

 窓から覗くのは雲一つない青空、太陽の光が燦燦と射して窓辺に座ったヤツの濃紺の髪に光沢をもたらす。

 目を隠すほどに長く伸びた前髪が風に少しばかり揺れる。

 ヤツの言葉にも、風が乱した前髪から少しばかり覗く、その何も映していない瞳にも腹が立って、俺は声を荒らげた。


「そんな事するわけないだろう! お前も俺や母上が財産目当てでこの家に入ったと思ってるんだろう!? 馬鹿にするな! 大体母上と父上の間に入り込んだのは、お前の母親の方だ! 身分を笠に着て……! 父上の本当の家族は俺と母上なんだ!」

「知ってる。でも勘違いしないでほしい。僕の母上は、父上の実家から望まれてこの家に来たのであって、それは父上も同意した。僕の母上が割り込んだ訳じゃない。君の母上が愛人の立場に甘んじたのは僕の母上のせいでもないし、僕のせいでもないし、君の母上のせいでもない。生まれた身分と家の事情のせいだ。財産目当てだとか、そんな事を思った事は無いよ。勿論、あの人の家族に僕が含まれるとも思ってない」

「……!?」


 静かに、囁くように穏やかに、けれど諦観のこもった言葉に俺は虚を突かれた。

 たしかに俺の母は準男爵家の出で、父上であるワーズワース侯爵とは結ばれようもない身分さがあった。それに父上の家も、その頃領地経営に失敗して、多額の借金を背負っていて最早没落の寸前といった所だったらしい。

 最悪身分を棄ててでも駆け落ちしようとしていた二人だけれど、貴族である以上捨てられない物や領地の民の事もある。

 だからは富豪のロンズデール公爵家から、容姿に難があって行き遅れている娘を父の妻に貰う代わりに、経済支援を引き出したのだ。

 その頃には既に母のお腹の中に俺がいて、父の周りのものは父の両親、つまり祖父母含めて、母に堕胎をせまったらしい。しかし、妻になる筈のロンズデール家の令嬢が「命をそんな風にみだりに殺すものではない」と言ったお蔭で、俺は存在を赦されたのだった。

 そういう事情を思い出して、俺は口を噤む。


「母上は君たちの事も恨んでないし、逆に病のせいとは言え二目と見たいと思えないほど醜い顔の自分を受け入れてくれた父上には感謝してるんだ。僕にも常々そう言ってたし、僕だって君達を恨んでない。ただ……うん、不干渉でいよう。お互いに。その方がいい」

「どういう意味だよ、それ?」

「そのままだよ。将来殺す人間の顔を見て食事とか勉強とか嫌だろう?」

「だから、そんなことしないって言ってるじゃないか!」


 未だ言うかとかっとなって叫んだ俺に、ヤツは口をへの字に曲げた。前髪で顔の半分が隠れているせいか、表情が見えない。でも雰囲気が不機嫌とか怒っているというよりも、どこか困惑しているように見えて、怒りが少し冷める。

 俺も口をへの字に曲げて腕を組むと、ヤツが少しおろおろと指先を忙しなく動かし始めた。


「えぇっと、信じられないのも無理はないけど……」

「……」


 黙ってヤツの言葉を聞く。すると、ヤツはポンと手を打った。


「えぇっと、半月後、なんだけど……、君、召喚術の授業でサラマンダーを呼び出せるよ」

「はあ? サラマンダーって、火の精霊の最上位じゃないか」

「うん。君は才能があるから」


 そんな訳あるか。

 学校に通うのだって、コイツの母親が病で死んで、俺と母上が本宅に招き入れらて、跡継ぎには出来ないけどそれなりの教育が必要になったからだ。

 それまで読み書きくらいしかしていなかった俺に、魔術の才能などあるわけがない。

 馬鹿にしているんだろう。

 コイツは遠巻きに俺を馬鹿にして遊んでいるんだ。

 こんな奴と、母上の頼みとは言え仲良くしようと思った俺が馬鹿だった。

 俺はくるりと身体を回転させると、一直線に部屋のドアを目指す。


「僕は君に殺されるために生まれて来たんだ」


 小さな声に振り返ると、もうヤツは俺を見ておらず窓から外を見ているだけだった。



 その夜は、母と俺の歓迎会というなの小さな晩餐会が開かれた。

 あくまで小さなと言うのは父の言葉で、見たこともないような豪勢な料理が、大きくて何人も一度に食事出来るようなテーブルに、所せましと並べられている。

 父が当然主賓、母と俺はその斜め向かい、そしてヤツは俺の正面。

 会話をしているのは母と父と俺だけで、ヤツは聞いてもいないのか黙々と食事をしていた。

 俺と父上と母上の周りと、ヤツの周りはまるで別の世界のように区切られている。そんな雰囲気だ。

 そして使用人が気を遣うのは父上や母上でなく、ヤツ。ヤツの母親のお蔭でこの屋敷が維持されていたのだから、当然と言えば当然か。

 執事さえもヤツの傍から離れない。そうしてヤツを見ていて気付いたが、料理の内容が一人だけ違うのだ。

 平民モドキと同じものは食えない、そういう事か。嫌な奴。

 そう思って見ていると、ヤツの後ろの執事に睨まれて。

 その日の晩餐はたくさん食べたはずなのに、ちっとも味が解らなかった。

 そうして一日が終わって、俺は奴と一緒に学校に通う事になった。

 不干渉と言ったわりに同じ馬車で嫌なんじゃないのかと聞けば、曖昧にヤツは首を振った。跡継ぎでも我儘は許されない、そういう事なんだろう。

 学校につくと俺は貴族の子弟が多くいるクラスに入れられた。しかし、そこにはヤツの姿はなかった。

 ヤツは平民・貴族問わず成績優秀者の通うクラスにいるらしい。

 俺はこれまで読み書きくらいしかやって来なった身だし、何より平民に近い階級からいきなり侯爵家に入った者だし、それも母が長らく愛人であった事は知られているからか、誰にも相手をされず。それどころか見下されて嫌がらせ迄受けた。おまけに休み時間に呼び出されて、寄って集って殴る蹴るだ。


「初日でそれって……」

「うっせぇ」


 帰りも同じ馬車で帰るのだから、当然ヤツにもあう。

 こんな無様は晒したくなかったが、同じところに同じ乗り物で帰るのだから仕方ない。

 そう思って不貞腐れてながら窓の外を見ていると、急に手を奴に取られて。


「なにす「怪我したまま帰ったら、君の母上にも君の父上にも心配されるよ」」


 俺の拒否をものともせずに、ヤツは俺の手に自身の手を重ねた。すると手が重なった所から、少しずつ身体が暖かくなっていったと同時に、怪我の痛みが消える。


「……対策はするから、ちょっと待ってて」

「?」


 穏やかに言い切ったのがその時の俺には解らなかったけど、それから二日あまり経ったころ、俺への嫌がらせがぴたりと止んだ。

 寧ろ俺に手をあげて来た奴らが、俺を見ると怯えるようになったほど。

 何が起こったか判らないけれど、ヤツのあの言葉はこういう事だったんだろう。

 でも俺は奴に礼は言わなかった。

 そしてヤツが言った半月後の召喚術の授業だ。

 俺は本当にヤツの言った通り、サラマンダーを呼び出し、契約を結ぶことに。


「言った通りになったでしょ?」

「……」

「だから、将来「たまたまだ」」


「僕を殺す」と結論付ける言葉を遮ると、ヤツはため息を吐いた。

 そうして少し首を傾げると、また「あ」と呟いて手を打った。


「じゃあね、三か月後。君は街で高貴な人をお助けするよ。その人に見いだされて、君はとんとん拍子に出世する。でもまずは三か月後、高貴な人をお助けしないとね」


 夢物語でも語る様に、奴は朗らかに言葉を紡ぐ。

 自分を将来殺すというヤツの話をしているにもかかわらず、楽しそうな声音に俺は目のまえの奴が不気味に思えて仕方ない。


「お前、将来俺に殺されるのに、俺の出世は嬉しいのか?」

「うん? 僕が君に殺されるからって、君に悪意を持たないといけない理由ってある?」

「は?」

「変えようがないんだから仕方ないでしょ。僕はその時が来るまで君を応援してるよ」


 なんだコイツ、阿保なのか? お前、言葉通りなら俺に殺されるんだぞ? ソイツを応援してどうする!?

 言いたいことは山ほどあるのに、目のまえの奴が不気味過ぎて言葉が出なかった。

 俺に殺されると言い、不干渉でと言いながら、ヤツは俺が困ればすすっと出て来て、俺の困りごとを解決して、静かに何事もなかったように振舞う。

 俺が怪我をしたと聞けば魔術で治し、勉強が解らんと言えば遠回しに教えもして。

 でも家に入ればやっぱり、俺と母上と父上と同じ空間にいるのに、ヤツだけが別の所にいるような雰囲気で。

 父上にそれとなく何故ああなのか聞いても、昔からそうだった、と。

 と言うか、父上は母上や俺とほとんど一緒に暮らしていたから、ヤツの母親とヤツのいるこの屋敷には一年のうちに数度しか帰っていないのだ。ほぼ一緒に暮らしていないのに、そりゃ解る訳がない。

 ヤツが顔合わせの時に「あの人の家族に僕は含まれない」って言った理由が良く解った。

 でも俺には父上を責める資格はない。だってそれで家族のいる幸せを享受してきたんだから。

 そうして三か月後、俺はヤツの言うとおりに高貴なお方と知り合った。

 この国の第一王子、ウィリアム殿下だ。

 お忍びで城下に降りたはいいが、お供とはぐれて貧民街に迷い込んだ挙句、暗殺者に殺されかかっていたのを、俺がお助けしたのだ。

 この国には王子が三人いて、権力闘争の真っただ中。

 そして俺がお助けしたのが、一番王位に近く正当なお血筋の第一王子殿下で。

 俺の家名を聞いた時に殿下は一瞬眉を顰めたけれど、それでも俺の力は認めてくれたようで、街に降りる時は事前に連絡が来ることになった。

 ヤツの言った通りに俺の前に道が開けたわけだ。


「言ったとおりになったでしょ? ねぇ、アーサー?」

「……黙れよ」


 低い声で唸った俺に、何故かヤツは首を捻る。

 俺はそんなのんきなヤツの様子に堪りかねて、大きな声を出した。


「お前! 言ってることが当たるって事は、自分が死ぬって事だぞ!? 解ってんのか!?」

「え? うん。最初からずっとそう言ってるじゃないか……。おかしなこと言うね?」

「っ!? 自殺願望でもあンのか!? それなら勝手に死ねよ! 俺を巻き込むな!」

「うん? 自殺願望なんかないけど……。まだ信じられないのかな? えぇっと、じゃあ、一か月後、課外授業の時に君たちのクラスは魔獣に襲われる。回復薬とか毒消しとか多めに持って行ってね。僕も助けに行くつもりだけど、間に合わなかったら困るから」


 にこっと笑うヤツの言葉に、背筋が寒くなる。

 何故こんなにも同じ言葉を話している筈なのに、通じないのか。言い知れない不気味さに胸を掻きむしりたくなる。

 もしもこのまま奴の予言が当たり続けたら、俺は一体どうなるんだろう?

 悶々としているうちに月日は流れて、とうとう奴が予言した課外授業の日になった。

 言う通りにするのは癪に障るが、魔獣に襲われるというなら回復薬や毒消しは持っておいた方がいいだろう。

 そうして準備をしていれば、やはり魔獣の襲撃があって。

 ある程度使える連中は魔獣を迎え撃ってはいたけれど、それでも数が多い。怪我をしたやつを回復薬で癒したり、毒を受けた奴には毒消しを渡して何とかしていたけれど、流石に数が多い。

 戦っている間に疲労がたまって、俺も少し隙が出来たのだろう。小石に足を取られてよろめいた瞬間、魔獣の鋭い爪が振り下ろされるのが見えた。

 思わず目を閉じたけれど、いつまでたっても苦痛は訪れない。

 不思議に感じて目を薄く開ければ、俺の前に濃紺の髪が翻っていた。


「え!?」

「無事?」


 短く、俺の方も見ないで問うた声は、いつもと違って少しばかり低い。

 何が起こったか把握できずにいると、俺に襲い掛かろうとしていた魔獣が風に吹き飛ばされて、その背を岩壁にぶつける。しかし、大したダメージにはならなかったのか、まだこちらを威嚇していた。

 やらなきゃやられる。俺はよろけた時に落とした自分の剣を拾うと、勢いよく魔獣にそれを突き刺した。

 断末魔の悲鳴が岩壁に響く。荒い息を吐きながら振り返れば、奴の腕から血が滴っているのが見えた。


「お、おまっ!? 怪我したのか、メリル……」

「ああ、うん。そうだね」

「そうだねって……!」


 何事もないようにヤツは、メリルは言う。無頓着なその様子に、思わず俺はメリルの怪我をしていない方の腕を掴んだ。

 そしてヤツに回復薬を押し付けると、何を思ったのかメリルはそれを俺の口へと放り込む。


「!?」

「お疲れ様」

「お前!?」

「……大丈夫だよ。僕は君に殺されるまでは死なないから。それより君の方が戦って疲れてるんだから」


 腕を握った俺の手をメリルはゆっくり引き離して、すたすたと去っていく。俺はそれを止められず、ヤツの背中を見送った。

 それからもそんな事が何度もあった。

 その度に「俺はお前を殺したりしない!」と叫ぶけれど、そうすればするほど次の予言が与えられて。

 その予言を否定するような行動を取ったとしても、それすらも予定調和のように次々とメリルの予言通り事が運んでいく。

 かと思えば、俺が怪我をしそうになればメリルは必ず現れて、俺を助けて去っていくのだ。

 訳が解らない。


「お前……このままお前の予言が当たり続けたら、お前は死ぬんだぞ!? それでいいのか!?」


 この問いももう何度目になるか判らない。

 気が付けば俺は時期国王の懐刀と呼ばれる存在にまでなっていて、年だって二十歳になっていた。

 もう八年も同じ問いを繰り返してる。

 その度にヤツは不思議そうな顔をして、俺は憤って。

 死にたいなら死ねばいい。俺にとってメリルはそんな間柄なのに、ヤツの言葉が当たる度に俺は焦燥にかられる。

 このままでいいのか、何か別の事を言うべきなのでは!?

 けれど死ぬはずのメリルがそれを否定するのだ。それが「定めだから」と。

 そして予言は残すところ二つ。

 一つは一か月後、俺が遠征に出た先で名剣を手にすること、そして残る一つは数年前から噂に上っていた魔王が半年後に復活し、次期国王の婚約披露パーティーを魔族が襲うこと。

 その襲撃の際、メリルが魔王復活のための最初の依り代となり俺の手に掛かるという。しかしメリルが死ぬだけで、魔王は逃げおおせるから、メリルの死は俺に家を継がせる以外の意味を持たないとか。


「意味のない事なら、止めればいいだろうが! パーティーにも出るな!」

「……どうして?」

「行かなきゃ死なないだろうが!?」

「僕は君に殺されるために生まれて来たのに……?」

「!?」


 メリルの唇が仄かに上がる。はにかむようなその唇の動きに、俺は息が詰まった。


「僕が君に殺されて、そうして物語が始まる。その物語の末に皆幸せになるんだ。そのための僕なんだから。大丈夫、皆幸せになるよ、アーサー」


 良かったね、と。

 囁く声に、背筋に悪寒が走る。

 コイツの言う「みんな」とは誰のことだ?

 俺は思わずメリルを凝視した。

 出会った時のように窓にゆったりと腰かけて、目にかかる前髪を払いもしない。その頬には先日「予言」であった魔族の襲撃の時に俺を庇って出来た傷があって、左腕は折れていたからか三角巾で肩から吊るされている。

 余人は俺達を義理の兄弟でありながら仲がいいというが、それはメリルの俺への献身が何故か誰も知らないからだ。

 メリルの献身は、己が俺に殺される末路のための物なのに!


「……魔王ね」

「はい。メリルの予言は正確です。それは殿下も身をもってお分かりくださっていると思いますが……」

「ああ。恐ろしく精度が高い、お前だけのための予言だが……」


 俺はメリルとの悍ましい関係に耐えられず、数年前からウイリアム様にヤツの予言の話を相談していた。

 最初こそウイリアム様も疑わし気にしていたけれど、それが的中する度に由々しき事と認識してくださるようになったのだ。

 ウイリアム様に相談に乗っていただいて、俺は色んな事を知った。

 まず、俺と最初に会った時に家名を聞いてお顔を多少歪められた理由だけど、俺の父のやりようはまず人として最低だったこと。資金援助と引き換えの嫁入りという事は、メリルの母上は父にとって恩人だ。その人とその人が義務を果たして生んでくれた長子を蔑ろにして、自らの欲望のままに振舞う父の姿は、貴族としてこれ以上なく醜悪だと貴族社会全体から嫌われていたのだ。

 その上、正妻が病で身罷って少しも経たないうちに、愛人とその子を本邸に招き入れ、長子を爪弾きに家族団らんを楽しんでいるとなれば、誰だって良い印象は持たない。

 俺が学校で嫌がらせをされた件に関しては、それが理由としてあったそうで、収まったのはメリルが一人一人に頭を下げて回ったからだそうだ。

 当事者が「彼が悪いわけではない、誰も悪くはない」と言って回った以上、他人が口出しすべきことでないという風に立ち回ったのだ、と。

 それにメリル一人だけ家族と違う物を食べていて、長じた今もそうなのは侯爵家の当主として毒物に慣れる訓練の一環だということも教えられた。

 同じ食事内容だと、メリル用に毒を盛ったものを間違えて俺や母に給仕してしまう可能性が無いわけではない。どんなに使用人を信用しても、事故が起きる時は起きるとして、内容を返させていたのだろう。そうウイリアム様は教えてくれた。

 最初から、メリルは俺や母上を本当に疎んでもいなければ、恨んでもいなかったのだ。

 そんなメリルは俺に殺されるために生まれて来たという。


「それで、お前はどうしたいんだ?」

「どうって……俺はメリルを殺したいなど……」

「では、他の人間に代わってもらえばいいだろう」

「他の人間って!?」

「お前がメリルを殺したくないだけなら、他者にその役割をしてもらえばいいだけだ。メリルが死に、お前が侯爵家の正式な跡継ぎになるのであれば、それは私の勢力が増すことに繋がる。私としてはその方が都合がいい」

「っ!?」

「だが、お前はそれでいいのか? お前がしたいのはなんだ? 自分がメリルを殺さないのではなく、メリルの死の定めを否定したいのではないのか? もっと言えば、彼を生き延びさせたいのではないのか?」


「俺は……」


 俺は────。




 半年後、俺はウイリアム様の護衛として、婚約披露パーティーへと出席していた。

 腰にはメリルが言った通りに遠征先で見つけた名剣を帯びて。

 メリルはと言えば目にかかる程長い前髪を上げて、いつもと違ってその顔を衆目に晒してた。

 見られる顔をしているのに、メリルはいつも前髪でそれを隠している。

「死ぬ人間の顔を覚えておく必要はない」と言うのがメリルの言い分だ。

 交友関係も最低限、仕事は出来るが功は全て俺に譲るメリルは、その私室にほとんど私物もない。

 死ぬ人間に、執着心は必要ないと、必要最低限の物だけで生きている。

 それが顔を晒したのは。今日がメリルの最期だからだろう。フィナーレには相応しい形式という物があると言っていたし。

 目を伏せて壁の花として佇む姿に、俺は目を逸らした。

 刹那、次期国王と王妃の姿に沸き立つ会場の窓ガラスが割れて、黒い靄が室内に立ち込める。

 翼をもつ魔族や魔獣が靄と共になだれ込み、大きくしゃがれた声が阿鼻叫喚となった会場に響いた。

 それは魔王復活と、その依り代を求める異形の声で。

 俺はその声にメリルの姿を探したが、さっきまでいた壁の近くにその姿はすでになかった。

 逃げ場を求める者が唯一の出口に殺到する中、俺はウイリアム様とその奥方になる人を背中に庇うと、魔族に剣を向ける。

 襲って来るものを切り伏せて行けば、他の兵達も同じように魔族に立ち向かうのが見えた。

 しかし数が多い。

 焦っていると、俺が苦戦してると思ったのだろうメリルがひょっこり現れた。


「もうすぐ、魔王が来る。そうしたら、さよならだね」

「……うるさい、黙って手伝え」

「うん。魔力、消費して魔王を倒しやすくしないと。君の手を煩わせないように頑張るよ」


 この期に及んで、こいつは俺の事ばっかりだ。

 畜生と、知らず唇を噛む。

 そうこうするうちに、魔獣の数が半数近く減った。このままなら押し返せると踏んだ途端、室内に黒い雷が降った。

 バチバチと禍々しく明滅するそれが、異常なほどの威圧感を放つ。

 眺めていると、吸い寄せられるようにメリルがその雷に近づこうとしたが、腕を掴んでそれを阻むと、メリルが驚いた顔をした。

 その刹那、雷が大きく弾けてメリルに向けて襲い掛かる。庇うようにメリルを抱き込めば、飛んできた雷は俺に刺さった。


「アーサー!?」

「グッ!?」


 メリルの焦ったような声と同時に、全身を焼けるような熱さと痛みが支配する。

 倒れそうな苦痛に耐えて踏みとどまると、何処からともなく聞こえて来ていた不気味な声が、まるで身を裂かれたような悲鳴を上げた。

 響く絶叫が遠くなると、何故か魔族や魔獣が退いていく。

 それをしり目に痛みに膝を付くと、メリルが俺を呆然とした顔で見ていた。


「な、ぜ?」

「何故って……殺さねぇって言っただろうが」

「で、でも、僕がここで死なないと、君の物語が始まらないから!」

「黙れよ。俺の物語はお前が生まれる前の、俺の産まれた時から始まってる!」


 混乱するメリルを腕を掴んで引き寄せれば、抵抗もなく俺の傍に蹲る。

「何故」「どうして」と繰り返すメリルに、俺も「知らねぇよ」と返す。俺だって何でメリルを助けようとしたのかなんて判らない。

 解るのは、俺とメリルの物語はこれから始まるんだろうって事だけだった。

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