6杯目 シーズンオフの苦味と楽しみ
秋。それは全試合が終わる季節。
優勝もCSも逃せば、十月上旬ごろから生きがいを見失う。野球に合わせていた生活リズムが一気に崩れてしまうから。その喪失感は、好きな漫画が最終回を迎える気持ちに近い。
だけど無気力になる暇はない。シーズンオフも、戦いは続く。
ファンは下を向いても、選手は来季に向けて走り出している。特に、一軍で活躍できていない若手は、首脳陣へのアピールに必死だ。目指せ開幕一軍、目指せスタメン。闘志に満ち溢れた姿はカッコイイ。夢がある。
来シーズンへの期待を膨らませるのは、キャンプだけではない。ドラフト会議も心躍るイベントだ。各球団が指名したい選手を順に選ぶ。被ってしまえば抽選だ。監督のくじ運を祈るしかない。
未来の主力となる可能性を秘めた新人達。頭に被せられたカープ帽の、なんと眩しいことか。ピカピカのランドセルを背負う一年生を地域住民が気にかけるように、ファンは赤色が馴染む過程を見守る。
初々しいルーキーに、ほっこりする期間は短い。愛らしい雛鳥も、厳しい生存争いに参加しなければならないのだ。
十年間活躍する選手もいれば、戦力外通告いわゆるクビ宣告を受ける人もいる。球団が戦力を補強するためにトレードをしたり、FA権を取得した選手が他球団に移籍する場合もある。華やかな世界に見えて、シビアな一面も隠れていた。選手も辛いが、ファンも身を切る思いでいっぱいになる。
思い入れの強い選手との別れは、すぐには立ち直れない。ファン感謝デーに出た後でFA移籍した人なら尚更。「やっぱり残留してくれるんじゃ……!」という望みは見事に打ち崩された。でも仕方がないのだ。家族の人生も懸かっていることは理解しているつもりだから。ただ、件の選手の登場曲を耳にすれば、何年経っても涙腺崩壊する。
そんな体験のせいか、最推しが残留を表明するまで生きている心地がしなかった。テストの返却よりも心臓に悪く、ストレスで禿げるのではないかと本気で思った。親会社を持たない唯一の球団に、他球団並みの資金力を求められると不利だ。だからこそ、チームの雰囲気や、才能を見つけたスカウトの目、育成の恩などを残留の決め手として挙げてもらえれば、その選手のことがより好きになる。応援に力が入る。
シーズンオフは苦しい知らせもあるけれど、選手に対する感謝を呼び起こさせるのだ。
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たった一つの試合がきっかけで、いくつもの人生の物語を見てきた。
届かなかったCSの切符。自分の責任を思い、涙した大瀬良投手は今やカープのエースになった。チーム最年長として引っ張っていく日も、やってくるだろう。
三連覇の裏で、一軍に立てなかった選手達。何度も一軍と二軍を行き来して、ユニフォームを脱いだ人も多い。悲しいけれど、誰もが輝かしい軌跡を辿るとは限らないのだ。だからこそ、選手の証であるユニフォーム姿を、記憶に焼きつける。
春季キャンプとオープン戦の仕上がりに魅入っていれば、間もなく四月。全力応援の季節が訪れる。
選手が怪我しませんように。そして、カープらしいプレーが多く見られますように。
テレビの前で祈りながら、高らかに叫ぶ。
「プレーボール!」
定刻通りに始まった瞬間、プルタブを開ける。この酒が祝杯となるか、ヤケ酒となるか。最後のアウトを取るまで誰にも分からない。
一足先に勝鯉の美酒を飲みながら、いつかの布石となるプレーを脳裏に刻む。未来で酌み交わす旨酒が熟成されるまで、チームの粘り強さを信じ続ける。
勝鯉の美酒に酔いたい 羽間慧 @hazamakei
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