父の書斎で

 僕が着替えを終えて、広間に向かう廊下を急ぎ足で歩いていると、父の書斎のドアが開いていることに気付いた。

 開いたドアから部屋の中を覗いてみると先に広間に向かったはずのステラがいた。


「何してるの、ステラ?」


 僕はステラに声をかけて父の書斎の中に入った。


「あ、アスラ……。ううん。ドアが開いてたからちょっと。」


 父の机の前にいたステラは僕の方を振り向いて答えた。きっとお父さんはドアを開けっぱなしで今日も慌てて出かけていったのだろう。この中央センドダリアで議員をしている父は、いつも僕らが寝るより遅く帰ってきて、僕らが起きるよりも早く仕事に出かけていく。

 ステラは何かメモのような紙を持っていた。僕はその紙に書かれた文字に見覚えがあった。


「これって日本語じゃないか。」

「うん、そうね。」

「なんだか懐かしいな。見るのは前世以来だ。……魔法管理法案?」

「お父さんが書いたものみたい。」


 父は憑依者だ。憑依者というのは、この世界とは別の世界から憑依術という魔法で呼び寄せられた人間のことで、魔物に憑依する形でこの世界に現れるので憑依者と呼ばれる。父はドラゴンの憑依者だった。

 別の世界とは、つまり僕らの前世の世界。地球、そして日本だ。だから当然お父さんは日本語を使える。しかし、僕ら双子がお父さんから日本語を教えてもらったことは無かったと思う。前世の記憶が戻らなければ、この紙の文字はただの落書きのようにしか見えなかったかもしれない。


「憑依者はみんな日本語を使っているのかな?」

「どうかな。でも、お父さんの部屋で日本語を見たのはこれが初めてかも。」

「そうなのか。」


 ステラは僕よりも十年以上前に前世の記憶が戻っているので、以前から日本語を理解していたはずだ。


「魔法管理法案って何だろう?」

「魔法を管理して、魔法を使える者は魔法を使えない者に魔法の恩恵を与えることで、貧富の差を無くそうってことみたい。」

「へえ! それは良いんじゃないかな?」

「アスラは賛成なの?」

「賛成だよ! 僕は西の国で見てきたんだ。西の国は魔法を使える人間がほとんどいない。そのせいで貧富の格差があったのを僕は見た。魔法は便利だけど、それを使えるのは生まれながらの才能だ。魔法を使えない人間は、魔法を使えないことで出来ることが制限されているんだ。それは言ってみれば、自由や権利が制限されているってことなんだよ。魔法を使える人間が、魔法で得られた恩恵を分け与えることができれば、この世界はもっと良くなると僕は思う。さすがお父さんだ。」

「驚いた。アスラ、そんなことを考えてたのね。」

「ふふん。格差は前世の世界にもあったよね。あの世界で子供の僕には何もできなかったし、答えも見つけられなくて、胸を痛めていたんだよ。だから、せめてこの世界では役に立ちたいと思ってさ。今の僕には魔法があるんだ。」

「……ふーん、あの賢斗が。」

「え? ステラ、なんか言った?」

「ううん。それよりこれって本当に大丈夫なのかな?」

「なんで? ステラは反対なの?」

「なんか引っかかるの。だって今だって魔法道具があるじゃない。私も魔法は使えないけど、それで不自由はしてないよ。……それにわざわざ日本語で書いてあるなんて。」


 うーん。ステラに言われて僕も少し考え込んでしまった。確かに、この世界で日本語を見る機会は無い。これだけ憑依者が社会に溶け込んでいるのに、だ。憑依者たちは日本語をこの世界の人間たちに教えようとはしない。その理由は今の僕には少し想像が付く。日本語は文字の数が多くて覚えるのに年数が必要だけど、この世界は既に識字率が高く、奇特な者でなければ日本語を覚えたいとは思わないだろう。そういうこともあって、憑依者たちは日本語を教えるよりこの世界の文字を覚えて使うことを選択している。

 だから、この世界のほとんどの人間は日本語を見たこともない。そう考えると、憑依者の父が日本語でこのメモを書いたことに何か理由があるような気もしてしまう。わざとこの世界の人間に読めない字を使ったと……。


「……ステラ、考えすぎだよ。この法案に悪いところなんて無いじゃないか。それにお父さんが変なことするわけないよ。」

「そうだね。私の考えすぎか……。」


 僕らはメモをお父さんの机の上に戻した。

 それにしても、お父さんも僕と同じように魔法による格差を何とかしたいと思っていたなんて! 僕は父との距離が近づいた気がして嬉しくなった。



 父の書斎から出ると、廊下の角にいた使用人のアンが僕らを見つけて言った。


「アスラ様、ステラ様、奥様がお待ちです。」

「はいはい、すぐ行くよ。」


 ステラが一人でさっさと先に行ってしまう。僕はアンに声をかけた。


「アン、探してくれてたの? ありがとう。」

「……いえ。」


 アンは僕らが生まれる前から家に仕えている女性で、お母さんと同じくらいの年らしい。

 アンは僕を見て少し遠慮がちに言った。


「アスラ様、お変わりになりましたね。なんだか、雰囲気がお父様のように。」

「えへへ、そう?」


 僕は褒められた気がしてまた嬉しくなった。僕は優しいお父さんのことが大好きだし、誇りに思っていたからだ。

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竜の子に転生した僕らはこの異世界で最強の双子です! 加藤ゆたか @yutaka_kato

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