第三章 中央センドダリアでの話

第十七話 帰省

一年ぶりの帰省

 この景色を見るのも一年ぶりだ。

 汽車の車窓から流れる景色を、頬杖をつきながら僕はぼんやりと眺めていた。

 僕は今、中央センドダリア行きの汽車に乗っている。春休みになり、今度の長期休暇こそは戻らなければ退学にさせるぞというお爺様からの脅しに屈した僕は、妹のステラと一緒に実家に帰ることになった。

 恋人のファーとの会えない日がしばらく続くかと思うと辛い。


「なんでファーは一緒に来てくれなかったんだ……。」


 座席の向かいに座っていたステラが、あきれたと僕に言った。


「アスラ。それ、ずっと言い続けるつもり?」

「だってさ、今度こそファーをお父さんとお母さんに紹介したかったのに。」

「しょうがないじゃない、ファーにも都合があるんだから。」

「それにしたって新入生受け入れの準備だなんて、学級委員長の仕事? 学校がやるべきことじゃないか?」

「ファーも残念がってたじゃない。」

「そうだけどさ……。」


 僕はステラの顔を見た。ステラは汽車に乗ってから、どことなく嬉しそうな声色で話しているような気がする。家に帰るのが嬉しいのだとは思うが……、僕は、数ヶ月前にステラにファーを家に連れて行くと言ってケンカしたこと、ステラの転生スキルが予定変更に作用することを思い出す。まさかステラが何かしていないだろうかという考えが頭をよぎる。

 いやいや、妹を疑ってどうするんだ……。

 それよりも問題なのはこのファーが恋しい気持ちの向け先だ。


「ああ、なんでこの世界にはスマホが無いんだ!」


 スマホは前世の世界にあった高度な通信機器だ。文字のやりとりも一瞬で出来るだけでなく、お互いに顔を見て会話することもできる。毎日手紙書くよ、ってファーには約束したけれど手紙だなんてもどかしいな!  なんでこの世界はスマホもインターネットも無いんだろう。どうして魔法で遠距離通信が実現できないんだよ!


「アスラ、ずいぶん転生者らしくなってきたよね。」

「……スマホくらい憑依者だって知ってるよ。あの世界を知ってるなら、誰だって。」


 あの世界を知ってるなら誰だって、あの世界に帰りたいと思うのかもしれない。あの世界は便利すぎた。魔法は無かったけれど、魔法みたいな技術がたくさんあった。ファーを連れて行けたらきっと驚くだろうな。


「とにかく、ファーには一週間で帰ると約束したから、僕は一週間で学校に戻るからね。」

「はいはい、それも何度も聞いたよ。」


 僕は不機嫌にまた視線を汽車の窓の外に向けた。絶対にすぐに帰ってやる。



 しかし、実家に辿り着くと、庭も建物も一年ぶりなのに全く変わらない様子で、僕はおかしなほどの安心感と居心地の良さに驚いた。まだ日は高く、父は仕事で不在で母が僕らを出迎えてくれた。


「……おかえりなさい……。」

「ただいま、お母さん!」

「……ただいま。」


 相変わらず声の小さい母は、長期休暇に帰るという約束を破って一年も帰らなかった僕に何も言わなかった。ステラは元気よく母に挨拶をすると、荷物を使用人のアンに持たせ、そのまま家に上がっていく。


「……あ、あの、お母さん。ごめんなさい、帰らなくて。」


 僕は気まずくなって母に謝った。


「……背が伸びたわね、アスラ。まずは着替えていらっしゃい……。」

「はい……。」


 僕もステラも魔法学校の制服を着て汽車に乗って帰ってきた。

 僕の荷物も一緒に持とうとする使用人のアンの申し出を自分で運ぶからと断って、僕は自分の部屋に向かった。自分の部屋と言っても、僕とステラの部屋だ。魔法学校の寮に入る前は、僕とステラは小さい頃からずっと一緒の部屋で寝起きしていた。


「入るよ、ステラ。」

「はーい。」


 僕は寮生活で入室の時に声をかける癖がついていた。ドアを開けて部屋の中に入ると、ステラが服を脱ぎ始めているところだった。白い下着が目に入り僕は慌てる。


「なんだ、着替え中だったらそう言ってよ。」

「別に、前は一緒に着替えてたじゃない。」

「……いや、そうだけど。」

「早くドア閉めて。寒い。」


 僕はドアを閉めて部屋の中に入った。ステラは僕と話している間にも、普段通りというように上半身裸で部屋を歩き回り着替えの服を探している。ステラは僕の前で胸を隠そうともしない。


「ほら、アスラも早く着替えなきゃ。」


 ステラが僕に向かって服を投げて寄越す。僕はステラの方をなるべく見ないようにステラが投げた服を拾った。


「せめて、胸は隠そうよ……、ステラ。」

「何? 恥ずかしがってるの?」

「そうだよ。僕だっていつまでも子供じゃない。それに前世の記憶だってあるんだから、前とは違うんだ。」

「前世の記憶があるから、私の裸も意識しちゃうってこと?」

「……言いたくない。」


 僕がステラの裸を見てこんなに動揺するなんて、前世の賢斗のせいに決まっている。ありえないことだ。また賢斗の記憶が僕を混乱させているに違いないのだ。


「言いたくないって何?」

「……言いたくないことのひとつやふたつあるよ。僕らはもうすぐ十六になるんだから、お互いに秘密くらいあって当たり前だよ。」

「秘密、ねえ。」


 僕はファーとのファーストキスのことを考えていた。ステラにはファーとのキスのことは言ってない。レオとタイムには言ったけど、二人はきっとステラには言わないだろう。ファーはステラにも言っているかもしれない。ファーはステラのことを親友だと思ってるから。ただ、僕からはどうしてもステラにはファーとのキスのことを言えなかった。今まで何でも共有してきた双子の僕らだったのに、キスについては後ろめたいような変な気持ちがあった。

 いつの間にかステラは着替えを終えていた。


「わかった。アスラも早く着替えておいでよ。」

「あ、うん。」

「部屋を分けたいなら、お母さんにはアスラから言ってよね。」


 ステラが行ってしまった後、僕も慌てて普段着に着替えて母と祖父が待つであろう広間に向かった。

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