二人の出会いは終末に向かっての序章。そして残ったのは何も無い世界でした。

雪の谷

終末へと向かって、二人は出会った

 森の中で出会ったその女は、大怪我をして息もえだった。


 どうやら崖から落ちたらしい。

 綺麗なお召し物はズタボロだ。

 二の腕があらぬ方向を向き、骨が飛び出している。

 太ももの骨も折れて赤紫色に腫れあがっているから、歩けないのは誰が見てもわかる。

 この分だと内臓もやられているか。


 このまま放っておけば、数分もせずに血の匂いを嗅ぎ付けた怪物モンスターや野生動物の胃袋に収まってしまうだろうな。


「たす……け、て……下さ、い……」


 消え入りそうな声がやけに艶っぽい。

 かなりの美人だ。

 服の上からでもわかるくらいに胸がでかい。 

 いい腰のくびれとエロい尻だ。

 イイ女だが死にかけてるし、放っておけば死ぬ。


 しかしだ。

 滅多に人が立ち入らないような山奥。

 こんな場所で出会うなんておかしい。

 この女自体が怪物モンスターなのかも知れない。


 見て見ぬふりで立ち去るか。


 素通りしようとすると、女が思いがけない言葉を呟いた。



「わたし、は……女神、です……」



 なんだ、この女。

 頭でも打ったのか、ワケのわからない事を。


 大きな怪我すら治癒してしまう超回復薬スーパーエクスポーションを持ってはいるが、それは自分の為に大金を出して買ったものだ。

 死にかけてる頭のイカれた女に分け与える為に買ったんじゃあない。



「頭を打ったのか。可哀想に……迷わず天に召されてくれよ」


「助けて……くださいまし、たら、何でも、願いを、ひとつだ、け、叶えて、差し上げ……ます」


 またワケのわからん事を。

 いよいよもって、いまわのきわか?


「あんたが女神だという証拠は?」


「……ありま、せん」


 証拠が無いのに女神だと?

 ……まあ、正直だとは言えるか。


 願いを叶える、か。


 よくある釣り文句だが、長いようで短い人生の中で女神に出会うなんてそうそうあるコトじゃあない。


 仕方ない。ここは騙されてやるか。

 もし本物の女神だったら儲けものだ。


 だが、念のため、身体に防御魔法を展開しておかねば。


 

「これを飲むといい。ゆっくりな」


 女の口元に超回復薬スーパーエクスポーションの瓶の口をあてがうと、それを少しずつ飲み始め、みるみる内に傷が治癒されていく。


 血を失い青ざめていた顔には血色が戻り、内出血で変色していた部分は透き通るように美しい肌へと回復していった。

 骨折まで完治したようだ。

 

 さすが高級品。

 買って損は無かったと証明されたのだから、いい買い物だったんだな。

 ただ、使う相手がアタマのイタイ女だったってのが残念だが。


 女はすっと立ち上がり、怪我から回復した身体を、みずから愛おしそうに抱きしめた。

 なんだコイツ、ナルシストだったのか?

 その姿勢のまま、太陽の方を向き。


「ああっ、感謝いたします。神様っ」


「待てコラ。助けた俺に感謝するのが礼儀ってもんだろうが」


 俺の文句など気にした風も無く、女はくるりと振り返り。


「さあ、願いをお言いなさい。どんな願いもひとつだけ叶えて差し上げますよ?」


 回復した途端に上から目線だな、コイツ。

 生意気な。


 魔法使いと恐れられたこの俺にケンカ売る気かよ?


 ……ちょっと困らせてやるか。



「それじゃあ。全人類を滅ぼしてくれ」


「……はい?」


「聞こえなかったのか?

 全人類を滅ぼしてくれ。と、言ったんだが?」


「無理ですよ?」


 なめてんのか、コイツ。

 どんな願いも叶えるっつっただろうに。


「もう一度言うぞ。全人類を滅ぼしてくれ。もちろん、俺も含めて、な」


「……そのような邪悪な願いを叶える訳にはまいりません。と言うより、私の権限でそんな事は出来ません」


「じゃあ、ウソをついた、ってコトだな?」


「えっ?」


「どんな願いも叶える、って言ったよな? でも出来ない。それをウソって言うんだよ、エセ女神様」


「エセ女神では無いですし、嘘でもありません。権限がないのです。

 どんな願いもひとつだけ叶えて差し上げます。私の出来る範囲内で」


 言い直しやがったな、コイツ。

 なめてんなー。


「じゃあ、一発ヤらせろ」


「えっ?」


「聞こえなかったんならもう一度言う。

 一発ヤらせろ。ムリヤリ犯すなんてのは趣味じゃないからな」


「……無理です」


「……へえ? それはなんでだ?

 あんた、女神だかなんだか知らんが女だよな?

 そのでっかいおっぱいは作り物じゃないよな?

 ヤらせねえってんなら、おっぱいの谷間の匂い嗅がせろや」


「……きもっ」


「あ゛?」


「いえ、なんでもありません。よくある独り言です」

 

 独り言で『きもっ』とか言うか?


「で? ヤらせてくれないんだな? ってコトは、二度目のウソだな? ウソつき女神だな? ホラ吹き女神だな?」


「ウソとかホラとか言わないで下さいっ。女神はウソをつきません! ヤらせるなんて、そんなの神様にばれちゃったら、私は人間に墜ちしてしまいます!」


「人間をバカにしてるような言い草だな。だったら、さっさと俺の願いを叶えてくれよ」


「人類滅亡は無し、私との性交も無しでお願いします」


 女神にお願いされちゃったよ。とことんナメてんなコイツ。


「それじゃあ。時間を巻き戻してくれ。とりあえず1000年でいいや」


「あっ、あなっ、あなたはっ! どうしてそんな無理難題をふっかけてくるのですかっ!?

 私のようなぺーぺー女神にそんな神がかりなコト出来るワケないじゃないですかっ!!

 1000年も時を戻すなんて、宇宙神様でもそんなの無理ですよっ?」


 あーあ。認めちゃったよ。


「ハイ、三回目のウソ確定。あんた、ダメだな。クソだわ」


「そんなっ! ダメとかクソとか言わないで下さいっ!」


 おい、女神とやらがクソとか言うな。


「俺の願いを叶えるとか言うクセに、三回連続でダメとか無理とか言いやがる。

 くっそダメな女神確定だろうが」


「どっ、どうしてっ、どうしてそんなイジワルを言うのですかっ?」


「はあ? イジワルじゃないぞ。事実を言ったまでだ」


 今にも泣き出しそうな顔してやがる。

 めんどくせえ、融通の効かない女神だなあ。

 願いの仕方を変えてみるか。


 力をくれ。って時点で他力本願に違いはないが。

 実際に手を汚すのは俺なんだから、俺に力を与えた所でコイツにお咎めは無いだろう。


『全人類を滅ぼせるような超能力』


 これだな。

 これなら暴走しても、神様とか聖なる勇者なら俺を止められるだろ。

 

 どうせ退屈な世の中だ。

 全世界を敵に回して大暴れなんて面白そうじゃないか。


 俺を止められるのは神様だけってんなら、それもまた一興だ。

 あ、神様ごと滅ぼすってのもアリかもな。

 まあ、無理だろうけど。


「では。全人類を滅ぼせるような超能力をくれ」


「無理です」


「おい、またかっ!

 何度ウソつけば気がすむんだ、お前はっ!」


「ですからっ!

 そんな邪悪な願いを叶えるワケにはまいりませんっつってるでしょーがっ!

 全ての女神の願いである『世界平和』の真逆まぎゃくすぎますっ!」

 

 どすどすと地団駄を踏みながら逆ギレしやがる。

 めんどくせえなー、コイツ。


「チッ。それじゃあ、俺を女にしてくれ。とびきり美人のな。そのくらいなら出来るだろ?」


「性転換は出来ますが……お顔はそのままでよろしければ」


「こんなイカツイ顔の女に誰がなるかっ」


「イカツイお顔という自覚はおありなのですね。おほほっ」


 口元に手を当てて上品ぶって笑ってやがるが、いらんコトを言う女神だな。


「あれもダメ、これもダメ。

 いったいどんな願いなら叶えられるんだ?」


「それは言えません」


 腹立つなコイツ。

 助けるんじゃなかったぜ、ホントに。

 もういい。テキトーに何か言ってみるか。


「じゃあ、俺の嫁さんになってくれ」


「えっ? よろしいのですかっ? 

 嫁さんに、って言いましたよねっ?

 確かにそう言いましたわよねっ?

 男に二言はありませんわよねっ?」


 お?

 なんだ?

 いきなり食いついてきやがったぞ。


「あんた、俺の嫁になるってどういうコトかわかってるのか?」


「もちろんです! ケッコンですよね!

 奥さんですよねっ! お嫁さんですわよねっ!

 それなら全然オッケーですっ!

 夜のお相手だってバンバンいたしますわっ!」


 なんなんだ?

 ケッコンてワードで、やたらハイテンションになりやがったな。


「金目当てか? 見ての通り、金なら無いぞ」


「それは見ればわかります!

 お金に期待はいたしません!」


 ずけずけと失礼なヤツだな、まったく。


「あとな。夜のお相手とは言うが……俺の場合は昼夜問わずなんだが?」


「えっ? それは願ったり叶ったりですわ!

 むしろ、どんと来いです!」


 なんだ、いいのかよ。

 性交は無しとか言ってたクセに。

 ヤらせろってのは、下品な言い方がダメだったのか?


 願ったり叶ったりって……俺が願いを叶えちゃってるじゃないか。


「あなた様がここを通りかかったのは偶然ではありません。私と出会う運命だったのですっ。

 これは、運命婚なのですっ!」


「いや……俺は薬草採取に来ただけなんだが?

 そしたら頭のイカれた女が死にかけてたってだけだぞ?」


「あっ、頭のイカれた女って誰のコトですかっ! 失礼なお方ですわっ!」


「20万エルギスな」


「えっ?」


超回復薬スーパーエクスポーションの値段だよ。無料タダなワケないだろうが」


「私は女神ですよっ?

 お金なんて持ってませんっ」


「ほう。女神ならタダ飯食って当然ってコトなのか?」


「それは曲解ですっ!」


「あんたが女神だという証拠は?」


「さきほど、無いって言いましたよねっ?

 同じ事を何度も訊かないで下さいっ」


 なんで俺が怒られにゃならんのだ。

 わあわあとうるさいヤツだな、まったく。



 結局、女神だという証拠はないまま、コイツは俺の嫁さんになった。



 それから三ヶ月が過ぎ。



「行ってらっしゃい♡ あなたっ♡」

「おう。イイの狩ってくるからな」


 なんだか知らんが俺達は仲良くなった。


 山の中で暮らし、狩りをして、動物の肉や毛皮を村や町に売りに行く。

 山の幸は豊富だから食うに困る事はない。

 質素で退屈な暮らしだが、嫁はそれが楽しいと言う。


 冒険者稼業は引退してしまったが、魔法使いである俺の魔法があれば、コイツくらいなら余裕で護ってやれる。

 

 性格の合わない二人が一緒にいるのは時にぶつかり合う事もある。

 だがそれはお互いに良い刺激となり、特にこれといった苦も不満も無く楽しく暮らす日々が続いた。



 さらに数ヶ月が過ぎ、男と女がひとつ屋根の下で暮らすと出来るモノと言えば。



「あっ、動いたっ♪ ねえ、あなたっ!

 この子ったら、お腹を蹴ったわよっ♪」


「それじゃあ、男の子かな?」


「ヤンチャな女の子かも知れないわよー?」


「それはそれでイイ事だ。元気に産まれてきてくれよ」


 話しかけながら嫁のお腹をさすると、ぽこんとなかから俺の手を蹴りやがった。


 ふむ。

 なんだろう、このほんわかした気持ちは。


 嫁は大きな腹を撫でながら、幸せそうに柔らかな微笑みを浮かべている。

 まるで……女神の微笑みみたいじゃないか。


 自称女神である嫁の『どんな願いも叶える』の真偽はわからんが、願いを叶える、って部分だけ見れば、あながちウソじゃ無かったな。


 キレイな嫁さんと、かわいい子供。


 誰にも言った事の無い、俺が欲しいと願っていたモノだ。


 この俺に、家族が増える。

 この俺が、父親になる。

 と恐れられたこの俺が。


 人生ってのは何が起こるかわからんもんだな。


 どんな子が産まれてくるのかな?


 これは楽しみだ。



  ◆ 元女神の心配事 ◆


 私の夫となった魔法使いは、破壊魔王の生まれ代わり。


 夫にはその自覚がないし、私もその事を伝えていない。


 全ての人類を滅ぼしてくれ、なんて願いを口にしたのは、破壊魔王の邪悪な魂の影響が大きかったから。


 全てを滅ぼす力を持った破壊魔王。

 その魂は夫の子種とともに私に注ぎ込まれ、今、私のお腹の中で育ち、この世に生まれるのを待っている。


 私の女神としての使命。

 夫の身体から『破壊魔王の魂を胎内に移す事』には成功したけれど……


 この子が生まれた時、世界は……


 人類は、滅んでしまうのかしら?


 初めは女神としての使命感でしかなかったのに。

 いつの間にか彼を愛するようになって、私は、何でもない日常に幸せを感じるようになって……

 この幸せがいつまでも続きますようにと、願うようになって……


 女神の力を失ってしまった私は、祈る事しか出来ないのかしら?


 もし、何事もなく幸せに暮らせるのなら。


 いつか、親子三人でピクニックに行きたいな。

 お弁当を持って、子供を真ん中に三人仲良く手を繋いで、みんな笑顔で……


 ウフフっ。楽しみね♪




  ◆ 破壊魔王の誕生。その後の世界 ◆



 ボクは、生まれた瞬間から、破壊魔王としての力を発揮し続けた。


 まず、産みの母が死んだ。

 ボクを取り上げた産婆も死んだ。

 居合わせた父らしき男も死んだ。


 死んだ、じゃないな。殺したが正解。

 でも、憎くて殺したワケじゃない。

 そうする事が当たり前なのだから仕方ない。


 その血と肉と魂を贄として、ボクは少年の姿になった。


 人間で言うと15歳くらいか?

 動きまわるのにはちょうどいいサイズだ。


 筋骨の造りは父親譲りでしっかりしている。

 顔は母親似の美形で良かった。

 


 老いも若きも男女問わず、ボクが破壊魔王だと思いもせずに近寄って来ては、その命を散らし、愚かな魂はボクに吸収されていった。


 山を越え、海を渡り、諸国を漫遊しながら、人類を根絶やしにしていく旅が続く。


 殺戮の独り旅だ。


 そして、ついにその日がやってきた。



「待ってっ! 殺さないで下さいっ!

 あなた様の為なら、なんでもしますからっ!」


「聖なる勇者とは思えないセリフだね」



 指を軽く動かしただけで、聖なる勇者とやらの首がポロッともげた。


 あっけない。


 人間て、なんてもろい生き物なんだろう。

 

 これで終わりか……1年もかからなかったじゃないか。

 最後の一人を殺した事で、地上におけるボクの存在意義は無くなってしまった。


「あーあ。さて……かえるかな」


 何故だろうか、虚無感しかない。



 あ、そう言えば。


 父の願いは『人類を滅ぼす』。

 母の願いは『世界平和』。


 だったっけ。


 ボクは二人の願いを叶えたという事になるのかな。


 女神だった母の言う世界平和って、こんな感じでいいのかな?


 争いの無い世界。

 貧富差の無い世界。

 あらゆる差別の無い世界。


 結局、何も無い世界。

 

 ちょっと違ってるような気もするけど、どうでもいいか。

 

 誰もいない世界なんて、ほんとに虚無しかないな。


 退屈だな……本当に。


 さて。

 ボクも冥界にかえるとしよう。


 冥界はボクが送った魂どもで溢れかえって、今ごろ大騒ぎだろうな。


 父と母に会えるかな?


 ふふっ。楽しみだな♪




 ~二人の出会いは終末に向かっての序章。そして残ったのは何も無い世界でした。~

 


                    了

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二人の出会いは終末に向かっての序章。そして残ったのは何も無い世界でした。 雪の谷 @yukinotani

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