バーチャル秋フェスタへようこそ!
篠騎シオン
秋フェスタ実行委員会よりのお知らせです!
もうすぐ秋になりますね。
秋と言えば、何を思い浮かべます?
読書? スポーツ? 芸術? それとも食欲の秋でしょうか。
ぜーんぶ、楽しみたいですよね(笑)
そんなあなたにおすすめするのが、M社が提供するこのイベント『バーチャル秋フェスタ』です!
最新鋭の技術を搭載した秋、楽しんでみませんか?
秋フェスタ実行委員会のキャラクター、キノコのノコンにイベントの説明を受けた後、俺はバーチャル空間へ漕ぎだす。
昨今、こんなフルダイブフィールドなんて珍しいから、ちょっとだけワクワクする。
このイベントは4つのエリアに分かれているらしいが、今いる地点から見回した感じどのエリアも盛況だ。まあにぎわっているように見せるためのNPCのサクラが大半だろうが。
「ノコンの紹介した順番に回ってみるか」
俺は目の前の中空に現れる透明な操作盤で、読書フィールドを選択する。
すると、目の前の世界が一瞬で切り替わり選択したフィールドに視点が移動する。
たくさんの本がうずたかく積まれた様は圧巻だ。
崩れてきたらどうしようかここじゃ対処できない、とリアルでは考えないようなことを思うが、ここはバーチャル空間。物理法則無視に設定されているだろうから、いらぬ心配だと気づき、苦笑いする。どうもフルダイブ空間慣れしていない思考のようだ、俺は。
無数にある本の中から好きな本を探さねばならないと思うと少しげんなりしてしまう俺の前にぴょこんとノコンが現れ、心配を解消してくれた。
『一人一人にあった読書体験を! あなたのネット上の趣味趣向検索履歴などから最適な一冊を選択します』
「なるほど、それは便利だ」
権利的にその技術大丈夫なの、プライバシー問題とか、と最近の事情を踏まえて考えてしまうが、フィールドに来る際にそこのところ許諾しているのを思い出す。なるほど、これを実行するための同意書だったわけね。
『はい、こちらです』
ノコンが一冊の本を渡してくれる。
俺が恐る恐るそれを開くと、体が光に包まれ、気が付いた時には――!
違う世界にいた。
おそらく本の世界だろう。
ナレーションとともに進んでいく物語。
主人公として剣と魔法の世界で冒険していく……。
「勇者様、ありがとうございました」
悪魔の城より助け出した姫に頬に口づけをされたところで、物語はハッピーエンドとなり終了した。
「なかなか面白い体験だったな」
つぶやきながらエンドロールを見守る。
舞台に立っているようだけど、キャラクターたちがすべてバーチャル上の物だから、必ず正しいセリフが返ってくるという安心感。人と一緒に舞台に立った時とは大違いだ。まあ、これを読書と呼ぶかは甚だ疑問だけれど。
実際に本をめくって読むことが好きな俺は、そう思ってしまったのだった。
「さて、次は」
読書エリアで手を振るノコンに手を振り返して、再びエリア選択画面を開く。
次は……スポーツだ!
これはちょっと期待できるぞ。
『ここでは思考加速を用いたシューティングゲームを体験していただけます』
スポーツエリアのノコンが説明してくれる。
「ふーん、シューティングゲームか。難易度最高で」
宣言によって、エリアが危険な赤色に染まる。
難易度最高ってだけで随分な演出だな。
ま、俺こういう系得意だから、楽勝だと思うけど。
与えられたのは2丁のガン。
迫りくる宇宙船を壊していく。ただ注意点としてはガンの射程が短いため、エリアを走り回って撃つ必要がある。
『3、2、1……』
スポーツノコンがカウントダウンを始める。
息を大きく、吸って―、吐いて―。
『START!』
そのタイミングで息を止めて、機敏に動き出す。
右、左、後方、右前方、左中央、前方……
僕は順調に宇宙船の破壊を続ける。
もっと、もっとだ。
思考を加速するのは慣れていないが、加速の感覚なら知っている。
それを動きに生かすんだ!
右、左、右、左と連続で続いて、繰り返しに慣れ切った頭が左に移動する予備動作をした瞬間、先ほどまでよりかなり早い速度で右後方より迫る宇宙船。
思わず叫ぶ。
「
しかし僕の想いはバーチャル世界に反映されることはなく、無情にも宇宙船が自分にぶつかってゲームオーバー。
思わず叫んだことが恥ずかしく、俺の顔は真っ赤になっていた。
これじゃまるで、特殊能力に憧れる中二病を患者みたいじゃないか。
『お客様、すごいですね。最高難易度でここまで戦えたプレイヤーさんは、あなたが初めt……』
俺は無言でエリア選択し、スポーツエリアを離れるのだった。
「うわ。これは美味そうだ」
順番的には芸術エリアだが、俺は食欲エリアに来ていた。
エリアから立ち昇るはかぐわしい香り。
先ほどの失態。
そう、忘れるにはやけ食いに限る!
バーチャル世界で食べても全く太らないし安心だ。
気になるメニューを片っ端から注文する。
テーブルに並べられるほかほかの料理たちに、思わずよだれが垂れる。
現実の俺、ヘッドギアの中でよだれ垂らしてないだろうか、そう心配になるくらいのよだれの量が口の中で排出される。
「よし、いただきます」
一口。
「これは、美味しいっ!」
今までのエリアの中で一番感動したかもしれない。
こんなに美味な食事を誰でも食べれるなんて、画期的な発明だったんじゃないか?
「実際に食べてるわけじゃないから、永遠に食べられるしな!!」
しかし30分後、僕は前言を撤回する羽目になる。
バーチャル食品を食べても満腹中枢が刺激されるようで、胃の内容量的にはお腹が空いているのだが、食べる気力が湧かないのだ。
「これ、リアルの僕の体は空腹だろうけど、なんか食べれるかなぁ?」
そう心配になりながら、僕は食欲エリアを後にした。
「ここが芸術エリアか」
最後に訪れたのは芸術エリア。
世界の芸術品を見られたり、3Dの世界にお絵描きをするというイベント内容だ。
これについては言うことなし。
3D世界にお絵描きなんて、今ならフルダイブじゃなくても出来るし、それがおうちに届くサービスなんてのも家で簡単にできる。
これはもう今の技術の劣化でしかない。
「これで一通りは見たかな。さてと、戻りますか」
フルダイブのオフコマンドを打つ。
見送りのノコンが僕に手を振っていた。
「ふー」
軽くため息をつきながら、僕は、フルダイブのために着けていたヘッドギアを取り外す。
「まあ面白いところもあるけど、現実が伴わないって部分でやっぱり俺には微妙かな」
そこに一本の念話がかかってくる、目の端で相手を確認すると思った通りの人だった。
『よお、バーチャル秋フェスタどうだった?』
開口一番そのことを聞いてくる彼に、小さくため息をつきながら返す。
「面白い取り組みではあるんじゃない? 100年以上前のイベントを再現して体験させるっていうのは」
『面白い取り組みとかいいんだよ。俺はお前の率直な感想が聞きたいの』
だろうな、と思って、答えようとするが、腹が空腹を訴えてきて顔をしかめる。
食欲はないが、食べねば体が持たない。
「フルダイブっていろいろ反映されないから、だるい」
経口栄養食をぱくり。
うーん、脳が空腹じゃなくても食べれちゃうの、やっぱり現代技術すごい。
このビスケット一個でフルコース料理を一気に食べたような満足感。そして完璧な栄養バランス。この思念能力者の作る食事は格別だ。
『そうだなー、昔のフルダイブ環境じゃ、食事とっても脳みそだけ腹いっぱいになるだけだし、個人の特殊能力もプログラム外だと使えないからな』
「それに体も凝るしなー」
『ごもっとも。まあ、でもわかったは、フルダイブの今後の改善点。俺さ、フルダイブにはフルダイブにしか出来ない世界の良さってあると思うんだよなぁ』
「フルダイブオタクめ」
『それ誉め言葉なんだが』
一世を風靡したバーチャルフルダイブ空間。
その流行もすたれ、フルダイブフィールドも少なくなった。
そんななかで俺の親友は廃れたフルダイブ技術に傾倒しているのだ。
まあ、控えめに言って天才だから、アイツなら再びフルダイブ技術を時代の流行にするだろう。
そんなことを考えている俺に、対戦コールが入る。
「わりぃ。対戦申し込み来ちゃった」
『ああ、いいよ。あとでレポート書いてくれれば』
「うげぇ、マジそこまでしないとダメ?」
『マジです。ってか、ほら、早くいかないと、新人王さん』
「まあ、わかった、あとでな」
今の世界を包み込んでいるのは、新たな流行。
それはAR技術と、人類の超能力開発の結果産み出された世界。
俺は、その一つの競技にハマっていた。
「やっぱフルダイブより、サイキックバトルの方が好きかな」
僕は窓を開けて空を翔け出す。
「
俺の能力によって、全身が加速する。
浮遊する感覚と、風が気持ちいい。
これは、
ただ与えられるばかりのフルダイブの世界じゃ、味わえない景色。
「さて、今日も戦うか」
競技フィールドはもう目の前に迫ってきていた。
ヒリヒリするサイキックバトルが、また、始まろうとしていた。
バーチャル秋フェスタへようこそ! 篠騎シオン @sion
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