吸血鬼の心《side: 九堂位空》
首輪を付けられることを嫌う野生動物が、少女の弱い握力での拘束にはじっとしている。
このかが位空に近付いてくると大人しく科戸も付いてきた。
「位空さま」
「やぁ、このかさん。体調は大丈夫ですか?ああ、目が赤いですね。瑶一郎の血を身体に入れられたんでしょう。少量だとは思いますが……」
ポケットからピルケースを取り出すと、錠剤を一粒このかに渡した。
「血液製剤です。口の中でゆっくり舐めて飲み込んでください。後で僕のクリニックで検査しましょう」
「ありがとうございます。……この、貴島という人は」
「ああ、捕まります。瑶一郎と梢さんの死について近々貴方には辛い話を聞かせることになると思いますが」
「……はい」
このかが気丈に頷いた。科戸はそんな少女に気遣わしげな視線を向けている。
「二人とも疲れたでしょう。少し休んでいてください。もうすぐこちらにも警察が来るでしょう」
ゲストハウスは結界で閉じてしまったので、近くのベンチに案内する。このかは科戸からスマートフォンを貸してもらい、和泉達に電話をかけることにしたようだ。
ふとナキがこちらを見ていることに気付いて、位空は微笑んだ。
「珍しいな。君がそんなに熱心に僕を見つめてくれるなんて」
「気持ち悪いこと言うな。今回の件は貴島を捕まえて一旦終わりか?」
「もう一匹百足が関わっていたんだけど……そちらには天罰が下ってしまったのでね」
「天罰?」
「乙女の怒りさ」
訳が分からないという表情のナキだが、深くは追及したこなかった。
呪いを返された百足の本体がどうなったのか、位空にも分からない。死にはしないかもしれないが、少くとも暫くは活動できないだろう。
今回の件について科戸が裁かれることはない。裁かれるどころか、このかの関係者に言えば感謝されるだろう。けど科戸は喜ばないだろう。きっと今回のことを科戸は自分の罪がまた一つ増えたと思っているはずだ。例えそれが人助けだとしても、他人を傷付けることを手柄だとは考えられない人だから。けど善良な人に罪を犯させるくらいなら、もうすでに手が汚れている自分が引き受けようという人だ。
今も。
涙を流して和泉達に無事を報告するこのかの隣でじっとしながら、自分の行いを反芻している。
そういう人だ。
もうすぐ、もうすぐすれば……科戸は自分から位空に近付いてきて、こう言うだろう。
このかさんがもう二度と危険に晒されることがないように守りたい、と。
このかが危険に晒されないということは、誰かがその危険を引き受けるということだけど。
それが自分である分には構わないと、平気な顔で言ってくる訳だ。
「……」
言うことを聞かない野生動物。
首輪も手枷も強固な檻も有効ではなさそうだから、この世で最も柔らかい手錠を用意した。
これでようやく目の届くところに彼女を置けたというのに、絶妙に腹立たしい。
ナキが珍しく気の毒そうにこちらを見ているのも煩わしい。
「何かな」
「いや……、お前にも不得手なものがあるのかと驚嘆してた」
「不得手?」
「いや、でもそうか。お前の誰でもたらしこむ所が……特定の相手には不利なのか」
「何の話か分からないな」
位空は会話を打ち切って、壁にもたれ掛かった。
燃え盛る炎の中に今にも消え入りそうな命の輝きを見つけた時、助けに入ったのは偶然だったし、気紛れだった。
助け出した少女が同年代の子供に比べて明らかに痩せ細っていることも、火事による脆弱だけではないことも、一目で分かった。
少女のすぐ側で絶命していた女が、この子を衰弱させたのだろうともすぐに思い至った。
軽すぎる身体を抱いて救急車の到着を待っていると、少女がうっすら目を開けた。
「……お、あ……さん」
お母さん、かな?
こんな状態にまでなっているのは親のせいだろうに、まだ母親を慕っているのだろうか。子供というのは憐れだ。
少女は混乱していて、多分位空を母親だと思っているようだった。
何を言うのか少し気になって耳を傾ける。
「ぶ、じ……な、の?」
どっちかな?母親はもう助からないのが一目瞭然だったから炎の中に置いてきたけど、死んでいる方がこの子の為になるのか。それともまだ生きてる方がマシなのか。
微笑んで答えた。
「大丈夫。お母さんは大丈夫だよ」
すると。
痩せ細り、煤にまみれた少女の目から、涙が溢れた。
一瞬、その透き通った輝きに目を奪われた。
「よ、かった。だいすき……よかった」
そうして儚く、笑った。
雪女の氷心、さとります。 のむらなのか @nomurananoka
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