第2話 異世界降臨
僕は水面に立っていた。ここは白く光り輝いていて眩しい。水は地平線の彼方まで続いている。
ふと下を見ると見覚えのある超絶美形の少年が映っている。僕の作ったアバター『シリウス』だった。ということはここはオリオンの中なのか。直前までの記憶が曖昧だ。僕はまだ未成年だから酒は飲んだことはないけど、酔ったらこんな感じなのかな。
そんなことを思っているとどこからか少女の声が聞こえてきた。
「ーーさま。救世主様」
救世主? 誰のことだろうか。誰かが必死に呼んでいる。綺麗な声だった。どこにいるのだろう。
「救世主様! 救世主様!」
その声はだんだんと大きくはっきりしてきた。それに比例するように辺りはさらに眩しくなっていく。ここはとても温かい。僕はもう少しだけ寝ていたかった。だが、至福の時は永遠には続かない。
目覚めるとこちらを心配そうに覗き込む赤髪の美少女の顔が映り込んだ。
「救世主様。大丈夫ですか?」
とても長い眠りから目覚めた気分だった。本当はまた眠ってしまいたかったが、目の前の少女を無視するわけにもいかないので起きることを決める。
「大丈夫だと思う。それより救世主って?」
「あなた様のことですよ」
どういうこと? 僕が救世主? それにここはどこで目の前の女性は誰だ? 疑問はいろいろあったがとにかく聞き返す。
「えっと。どういうことですか?」
「『終わりの始まりが訪れる時、大いなる知識持つ救世主現れん』という予言があり、まさにその予言の通りにあなた様がこの世界に降臨したのです」
「そ、そうですか」
降臨した? 一体何の話だ。僕が思い悩んでいると、別の方から声がかかる。
「ルイス様。救世主様はもう目覚められたので、場所を移しませんか?」
周りを見ると数人の大人がこちらを伺っていた。ルイスと呼ばれた少女もそうだが、皆白を基調としたかなり神聖な黄金の装飾がなされた服を着ている。
その時あることに気付く。あれ、僕膝枕されてない? 後頭部に柔らかい感触を感じる。
「そうですね。救世主様、立てるでしょうか?」
少女が優しく微笑んで僕に尋ねた。
「たぶん立てます」
少女のふとももの感触が名残惜しかったが、仕方なく立つことにした。
「あのー。膝枕してくれてありがとうございます」
僕は立ちあがると少女の方に振り返って感謝の言葉を言う。なんとなくありがとうって言いたい気分だった。
「別に構いませんよ。それではついて来てください」
少女は立ち上がりながらそう言うと歩き出した。僕は少女の後を追いながら尋ねる。
「ルイスさんであってますか?」
「はい、そうです。ルイス・クリスタルです。気軽にルイスと呼び捨てになってください」
「じゃあ、ルイス。幾つか質問をしてもいい?」
「ええ。構いませんよ」
僕は今いる朱と白のコントラストが美しい建築物を見回しながら訊いた。
「ここって、もしかして朱の神殿?」
先程から感じていた既視感。ここはオリオンのスタート地点の一つ、朱の神殿だと思った。
「そうです。流石救世主様。博識ですね」
「いやいやそんなことないよ。それより僕の名前はシリウスだから、救世主なんて呼ばないでよ」
「分かりました、シリウス様」
「うーん。まぁそれでいっか。ということはここは神聖国ヴァーミリオンってことかな」
「はい、そうです。今から聖城に向かいますので、この馬車に乗ります」
言われるがままにこれまた豪華な装飾の馬車に乗り、ルイスの向かいに座った。
「どのくらいかかるの?」
「三十分程で着きます。その間是非シリウス様のお話を聞きたいです!」
ルイスが僕の手を取って迫ってきた。僕の話か。起きた時は混乱していたが、今冷静に考えるとこれは異世界召喚の類に違いない。異世界への招待状なる物のせいで僕はプレイしていたゲーム『オリオン』の世界に招かれたのだろう。ここで一つ気になることがあった。現実世界の僕は一体どうなっているのだろうか。
「シリウス様?」
ルイスの声で我に帰る。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。僕の話だよね。なんて言えばいいのかな。端的に言うと異世界から来たっぽいんだよね」
「異世界ですか。それは例えば天界とか神界のようなものですか?」
ルイスの質問を受けてどう答えたものかと悩む。ゲームの世界に住む人間にとっては僕らの存在は神にも等しいだろう。この世界の創造主は詰まるところゲーム製作者だ。だがここで一つの文言を思い出す。確か異世界への招待状には「このゲームの元となった世界『オリジナル』に転移する」と書かれていたはず。うーん。余計に訳が分からなくなった。
「まぁ、そんなところかな」
僕は適当にごまかすことにした。
「やはり! では、魔法はどのくらい使えるんですか?」
ルイスは少し興奮気味に尋ねてくる。魔法か。一応ゲームだと習得可能な魔法は全部覚えていたけど、今使えるかどうかは正直わからない。ステータスを確認できればいいんだけど、確認の仕方を知らないし、そもそも現実世界となったこのゲームの世界にそんなシステムがあるのかさえまだ分からない。
「魔法は、元いた世界だと一応全部使えたけど、今使えるかは分からないな」
僕の言葉にルイスは目を見開き、口をあんぐりと開けた。
「全部って全部ですか? 例えば天級魔法とか、神級魔法とかでしょうか?」
「神級は知らないけど天級魔法は三つとも使えたよ。メテオ、フリーズ、ストーム」
「めてお? ふりーず? すとーむ? それってもしかして天級魔法の名前ですか?」
「そうだけど……」
僕が首肯すると、ルイスは口をパクパクさせた後固まって何も言わなくなってしまった。まるで天級蒼魔法フリーズを食らって凍結した敵みたいになっている。
「おーい、しっかりしろー」
「めてお、ふりーず、すとーむ。めてお、ふりーず、すとーむ」
ルイスは小さい声で何かブツブツと唱えている。本当に大丈夫だろうか?
「ルイスさん。あの聞こえてます?」
「っあ、はい! 聞こえてます! どうしましたか!」
ちょっと大きな声で話しかけると、ルイスは流石にこちらに気づき、少々ハイなテンションで応えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい……」
僕がなだめるようにそう言うと、今度は両手で顔を隠してしまった。
「お見苦しいところをお見せしました」
「別に平気だけどどうしたの急に」
「私、魔法のこととなるとこうなっちゃうんです。夢にも見た天級魔法の名を知れたことがこの上なく嬉しくて」
「そうなんだ。ならこの際全部の魔法の名前教えてあげよっか?」
「いいんですか?」
「まぁ、名前だけなら知ってるし、減るものでもないからいいよ」
「やったぁー!」
僕はオリオンで習得した魔法の話をルイスにしていくのだった。
朱の救世主〜ゲーム知識を使って異世界を攻略する〜 空色凪 @Arkasha
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