第12話  行方不明になったソフィアの姉


「綺麗…。」


「ソフィア!」



ついつい波打つ水面の美しさに呆気にとられていると、後ろからソフィアを追って走ってきたアナスタシアが声をかけてきた。


まあまあ長い距離を走ったと思うのだが…アナスタシアは息一つとして切らしていない。


多分、運動に慣れているのだと思う。…だが、彼女の服装は綺麗だが動きずらそうなワンピース、それに靴に関してはヒールの入ったものを履いている。


その格好でよく走れたなぁ…なんて考えていると、アナスタシアはソフィアに言う。



「いきなり走り出したのは置いておいて…あなた、料理屋の場所がわからないのではなくって?」


「あ…。」


「わたくしはどこにその料理屋があるか言っていませんし…それに、ビートシティに来る事自体、ソフィアは初めてでしょう?」


「ビーチシティがあんまりにも賑やかで綺麗だったものだから、つい走って行っちゃった。」



そういえば、自分はこの街に来たのも初めてだし、そもそも料理屋の場所なんてわかるはずもなかった。


しかし、今までは小さな孤島意外の世界を知らなかったのだから、自分の知っている世界の外にあるものに感動を覚えてしまうことは許してほしい。



「別に、そこまで気にしていませんわ。…ただ、走ってお腹が空いたでしょう?」


「え?」



途端、グゥ〜っとお腹から大きな音が聞こえてくる。


そういえば、自分はお腹が空いているのだった。


新たな街の新たな景色を見てしまったせいでそのことすらすっかり忘れていたのだ。


自分がお腹が空いていると認識したら、なんだかもっとお腹が空いてきた。



「お腹が空いてたこと忘れてた!」


「あら!ふふふ…おっちょこちょいですわね。」


「だってだって!初めてこの街を見たからついびっくりしちゃったんだもん!」


「いきなり走っていってしまうくらいですもの。…空腹を忘れるほど綺麗なものが見れて良かったですわね。」


「うん!きっと今日のことは忘れないと思う!」


「それじゃあ、ビートシティに初めて来た思い出をさらに色濃くするため、まずは空腹を満たしましょう?」


「は〜い。じゃあアナスタシア、案内よろしく。」


「えぇ、承りうけたまわりましたわ。」



笑顔で微笑みながら、2人は料理屋の方へと足を進めていく。



「そういえば…アナスタシアはあんまり外に出た事がないんだよね?」


「えぇ、家の事情が色々と複雑でしてね。あまり遠くに外出する事はほとんどありませんでしたわ。」


「ビートシティに来た事は?」


「一度もありません。今回が初めてですわね。」


「なら、なんでアナスタシアは一番美味しい料理屋の場所をしってるの?」


「ネットを見ていた際にたまたま見まして、もしビートシティに行く事があれば、この料理屋に行こうと場所を調べておきましたの。」


「ネット?」



ネット…と言われても、ソフィアにはそのネットとやらが何なのか、さっぱりわからない。


そもそも彼女が暮らしていた場所はインターネットとは無縁の孤立した島だ。


スマホを持っている人もほとんどいなかったし…ソフィアの母親はスマホも持っていなければ、ネットを使った事もない。


そんな親の元で育ったソフィアだから、もちろんネットのことなど1ミリもわからなかった。



「あぁ…そう言えばソフィアはカラス島出身でしたわね。ネットとはインターネットの略称でして、このスマホと言う機械に文字を打ち込んで調べることのできる便利なものですわ。」


「へぇ…それがあったら、知らない場所のことでも調べる事ができるんだ。」


「えぇ、現代人のほとんどは、きっとスマホやネットなしでは生きていけない体になっていますわよ。これらがあまりにも便利ですからね。」


「ずっとその画面を見てると、何だか疲れそうだね。」


「まあ、この光は睡眠時に浴びると睡眠の質を妨げますし…それに、見過ぎはよくないですわね。」


「スマホ…私もちょっとほしいかも。」


「依頼をこなしてお金が手に入った後でも、スマホを買いに行きます?」


「そうしたい!」



なんて、和やかな会話をしている間に2人は目的の料理屋、『スパイン』の中へと入っていった。


中は意外と庶民的…と言うより、暖かな場所だった。


木製の机に木製の椅子、机には緑色のテーブルクロスをかけていて、隅の方には箸ケースとスプーンやフォークの入った入れ物、店員を呼び出すためのボタン、それから味付けようの調味料が置いてあった。



「意外と混んでるね。」


「そうですわね。…ですが、どうやら席は空いているみたいだわ。」



「いらっしゃい!何名さまだ?」


「2名ですわ。」


「じゃあお席の方まで案内するから着いてきて。」



店員がソフィアとアナスタシアを連れ、日当たりのいい席まで連れてきてから、メニュー表とお冷やを置いて帰っていった。



「お日様の光が眩しいそうって思ったけど、意外とそんな事もないね。」


「えぇ、ちょうどいい加減だわ。」


「ええっと‥メニューは…。」



軽く会話を交わしながら、2人はそれぞれメニュー表に目を通していく。


ビスク、ポトフ、ガレット・ブルトンヌ…あまり見かけない料理の名前ばかりが載っている。


デザートの欄を見てみると‥ジェラートやフォンダンショコラなど、ソフィアでも知っている料理の名前が書いてあった。



「うーん…あんまり知らない料理ばっかりだなぁ。」


「ですが、写真が載っているおかげでどのような見た目かはわかりますね。」


「…もうここは直感で決めちゃおう!私はポトフとジェラートにする!」


「ではわたくしは…キッシュとフォンダンショコラにしましょう。」



2人とも料理を決め終わると、アナスタシアが店員呼び出しボタンを押し、やってきた店員にスラスラと料理名を言っていく。


あっという間に注文が済み、何もする事がなくなった。


料理が来るのには15分ほどかかるらしいし…来るまでは何をしていようか?



「暇になっちゃったね〜。」


「まあ、作るのに時間のかかる料理が多いみたいですから…仕方がありませんわよ。」


「なら、ご飯の後どんな依頼を行けるかの話でも…」



しよう、そう言おうと思った瞬間。



「ねえねえ知ってる?あの噂。」


「知ってる知ってる!あれでしょう?最近夜な夜な顔の見えない女の人が、すぐ近くの森にいる盗賊とかを退治してるってやつでしょう?」


「そうそう、あの噂の人…2年前にいなくなったシーカーの人の幽霊なんじゃないかって話だよ。」


「まじ?確かその人って今も行方不明な人でしょう?もし本当に幽霊だったら怖いなぁ…。」



ソフィアのすぐ後ろ、薄いガラスを隔てた後ろ側から聞こえてきた会話に、ソフィアは耳を傾ける。


ただの噂好きの女性たちの話に過ぎない。…過ぎないのだが、どうしてもソフィアは彼女たちの話に耳を傾けざるを得なかった。


なぜならば…時期が一致しているから。



「‥2年前に行方不明になった、女のシーカー…。」


「ソフィア、どうかしましたの?」


「今聞こえてきた女の人たちの話…もしかしたら私のお姉ちゃんかもしれない。」


「…あなたのお姉さん?」


「そう言えばアナスタシアにはいっていなかったね。私、お姉ちゃんを探しているの。」


「…名前を聞いても?」


「アデーレ=クレス、2年前に行方不明になったシーカーで、私のお姉ちゃん。」


「確かに、先ほど聞こえてきた話とあなたのお姉さんの話は、時期が一致していますわね…。ですが、ただの偶然と言う可能性もありますわよ?」


「それでも、どうしても気になるの。‥だから今日の夜、一緒に近くの森まで来てくれない?」


「…わかりましたわ。わたくしもソフィアについていきます。」


「ありがとう…!」



ソフィアの真剣な瞳を見たアナスタシアは、ソフィアと一緒に森に行くことを決めた。


そしてその事にソフィアがお礼を言ったとほぼ同時に、2人の元に料理が運ばれてきた。


熱々出来立ての料理を美味しくいただきながら、2人は今日1日の日程について話し合いながら食事を終えた。

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転生少女のアビス堕ち Renard @lalaneko

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