パラレルシフト・ドクター周平
北条むつき
パラレルシフト・ドクター周平
白い二段式冷蔵庫の前で、一人座り込み、切っ先尖った刃物を握りしめ、両腕を震わせる。
首筋あたりに這わせ自問自答を繰り返す。
青年の名前は三先周平(みさきしゅうへい)。
短い人生だと、楽しい事などあったのかと、ジメッとした井戸の住人みたいに閉鎖的な人生だったことを悔やむ。幼少期から変わった子供だったと振り返っていた。
と言うのも、幼少期、人の後ろに何かぼんやりとした色が見えていたこと。
それを親に言うと「そんなもの見えるわけないじゃない。嘘ついちゃダメ」と言われたことと。
はたまた初めて見るテレビのアニメやドラマなどを、これ知っていると言う子供だったこと。
「そんな事なんてあり得るわけないよ。また嘘はダメだよ。嘘つきは泥棒の始まり。あんたはもう喋っちゃダメ」と母親には罵られていたこと。
ブランコで遊ぶ友達に、危ないよ。怪我すると言った園児の頃のこと。
そのあとすぐに、友達はブランコから落ち怪我をする。それが幾度も重なると、次第に気持ち悪がられ、いじめが始まる。周平自身は人を助けたい。良かれと思って言ったはずなのに、逆効果になること。
いつの頃からか、自分を表現するのがとても下手になっていく。
「僕は人を救いたいから本を読みたい」
周平は母親にせがんだ。
「ダメ!うちは貧乏でお金無いんだから、本は高いからね?絶対に買わないよ」
母親は怒りをあらわにして、説得ではなく言った言葉を強制排除しようとする。
そんなこともあり、本を近所の子に借りようとする。
「あの子が迷惑だろ。良いから父さん母さんの言うことだけ聞いてればいいんだ。テレビがあるだろ。テレビでも見てなさい。お前はまだ園児なんだから、借りるとかはダメだよ」
父親にも言われる始末。
結局、本も近所の子に返す羽目になり、したいことを全て拒否される幼少期だったこと。
自分のしたいことは出来ない。だからテレビを見た。だが、テレビも見ても知っている感覚なので、すぐに見るのをやめたこと。思ったことはやっちゃダメなんだと気づいたこと。
そんなこともあり、学校に行っても、はっきりとした物言いができない上に、話題にもついていけない。
周平は、ある時気づいた。
他の人とは違う感じ方、考え方を持っているイケない子なのだと。
「あんたは変わってるよ!産まなきゃよかった」
だんまりする周平を見て、毎日のように母親に嫌味を言われ、罵倒された。
時に反攻し、思っていること言うと、挙げ句に、包丁をも向けられる。家には居場所はなかったこと。
ずっと押し黙っていたので、学校生活でもずっといじめられる少年だったこと。
どう反撃すれば良いのか、わからず先生に相談する。
「ヤられるのは、お前も悪いところあるからじゃないか?」
先生にも言われる始末で、どうすれば先生が助けてくれるのかとも言えず、唯言いなりになるだけの木製の糸付き操り人形(奴隷)のようだったこと。
ストレスでハゲが出来るようになる。
「あんた歳でもないのにハゲてんの?あははっ!子供のくせに何ストレス貯めてんのよ!バカじゃないの」
母親があざ笑う。
もう家にも学校にも居場所はなかった。
卒業を迎える半年前。一度だけの反撃のつもりだった。子供心の復讐心か思いつきの行動。いつものように野次られて、靴や鞄の中身をロッカーやトイレに流される。
「ヤメてよ!お願い。なんで僕だけ」
周平は拗ねながら口にする。
「お前、自分の事、特別だって思ってないか? 話題にも全然ついてこないし、変なこと言うし、ムカつくんだよ」
いじめっ子に腕を掴まれ、持っているものを全部取り上げられた挙句に、殴る蹴るの暴行。弱々しくヤメてと言ったところで、止む訳もなく、心も荒む。
下校時刻もとっくに回った頃。いつものように帰れずに物を隠され、暴力を受けていた。
もう我慢の限界だった。キレるとはこの事だと初めて気づく。
殺す。脳裏に言葉が浮かんだ。同時に教室の椅子をいじめっ子目掛け、奇声をあげ投げつける。
椅子はいじめっ子の左腕部に直撃し、いじめっ子も、周りも一瞬にして硬直。もう一発と、脳裏にまた言葉が走った。顔面に落とせば殺せるのではないかと、六年間の恨み辛みを晴らすべく、椅子を振り上げた。
その瞬間だった。奇声を挙げる自分と、冷静に相手を見る自分。本当に落とせば警察。ましてや逮捕など、一瞬の理性が働く。
同時に気味の悪い現象が起きる。今まで人の後ろに見えていた色が、全く見えなくなる現象だ。それが普通なのだろうが、思った瞬間に色がなくなると言うことは、死を意味するんだと、脳裏に焼きついた。死。その思いで冷静になり、椅子を振り下ろすのを止めた。
「ごめん」
周平は小さく言った。
「うっうわあああん」
いじめっ子は夕刻の十七時を告げるチャイムの後、泣き叫び、職員室から先生が駆けつける。先生が呼んだ救急車に乗せられ病院に運ばれる。
すぐさま親元にも連絡が行く。学校中が大騒ぎになり、子供心に逮捕されるのではと感じた。だが、来た刑事により注意だけで終わる。
親と共にいじめっ子の家を訪問する。深々と頭を下げた。怪我を負ったいじめっ子の親はうちの子供にも非があると言ってくれ、訴えるまでに至らずに済んだこと。
これでいじめは無くなったかに思えた。だが今度は不思議な現象が起きた。
人の後ろに今までと同様、いや、それ以上にハッキリと色、オーラみたいなものが見える。
同時に、計量カップに水が入っているかの様なメモリが見える。
丁度身長の高さに合わせた右横にメモリの数値があり、色が満タンだと、百パーセント。
そんな人間は見たことはないが、ユラユラと人の色が半透明になりながら、色のついた水が入っているかの如く揺れている。
人を見ると色とメモリの水が見えるため、気味が悪い。親に言うのも、また気味が悪いと言われると思い話さずにいた。
親のメモリも見えた。父親の水は青かったが、怒ると青から黒のグラデーションに変わる。年齢は四十二歳だからか、メモリは半分より下の三十パーセントを行ったり来たりしている。
男だから青なのかとも思って、母親を見る。色は女性だから、ピンクだと思ったが、普段はオレンジ色で、怒るとオレンジから黒に変わる。三十四歳で、残り六十パーセントのメモリをユラユラとしていた。
すぐに、これは人の寿命なんじゃないのかと気づいた。だが、自分の姿を鏡で写したが、メモリの水は無色で自分の身長より遥か上を指していた。不思議に思った。
面白半分で、まだ口を聞いてくれるクラスメイトに寿命が見えるんだと話した。皆んなこぞって、俺の寿命、私の寿命と聞いてくる。その中にひとりゼロパーセントに限りなく近いヨシ君がいた。また人を助けたいと言う思いで、ヨシ君に言った。
「ヨシ君、ゼロに近いからヤバイよ。ゼロパーセントのところだ」
「そんなことあるわけないだろ!」
ヨシ君に気味の悪い顔をして言い返される。
ビックリさせるつもりもない。ただ助けたい思いで正直に言ったはずが、ヨシ君は次の日、交通事故で亡くなった。
またいじめが始まった。
「お前、キモい!」
男子が言う。
「そうよ。そうよ。悪魔」
女子も言う。
次の日から皆んなにそう言われ、相手を睨み付けた。
「見るな!寿命が縮まるからもう無視な」
クラスメイト全員に無視され始める。
エスカレーター式で中学にあがり、そんな中でも違うクラスの郁君だけは違うと感じた。
学校帰りに郁君は面白半分なのか、周りに歩いている人や車に乗っている人のメモリの数値を聞いてくる。
数メートル先を歩く女性を見つけて、郁君は聞いてきた。
「あの人は何パーセントなの?」
「あの人、百パーセント」
怖がらせるわけにもいかず、機転を利かせて、数パーセントしかない人を見て嘘をついた。
(嘘つき)と脳裏に言葉が走る。
その直後、女性は歩いている最中に、突然横から来た車にぶつかり倒れた。郁君はビックリし立ち尽くし、僕も立ち止まった。
女性は、近くを歩いていた男性と、運転手が呼んだ救急車によって連れていかれたこと。
何故僕は、人の寿命が見えても、助けられないんだろう。何故こんなものが見えるのだろうと不思議に思った。
そのうち先生たちにも噂は広まり、敬遠される様になる。
「おい、俺にもその、メモリってやつ見えるのか」
結局、誰にも相手されずに生きるんだと覚悟をしていた中、ひとりの先生が聞いてくる。
「はい。言った方がいいですか」
周平は素直に言い返すが、顔はやめといたほうがいいですよと、言わんばかりに、先生を睨みつけた。
すると先生は、口を引きつらせヤメとくと断られる。学校中からのけもの扱いにされ、部活にも参加できず卒業したこと。
高校では同じことを繰り返すまいと思い、メモリのことを口することはせず、誰ともつるまなかった。
そんな高校時代。メモリが最下層になっている生徒を見つけた。助けたい。
でも、言ったところでバカにされるか、迷惑がられると思い。言うことが出来なかった。
案の定この生徒は暫くすると見なくなった。クラスのみんなが悲しむお葬式だったが、周平の悲しみは助けられなかったという苦しみだった。
「なんで、急に!」
泣き叫ぶ生徒の母親。周平だけは、知っていた、わかっていたという感覚。益々不思議な体験をして卒業を迎えた。
何かが人とは違う。ずっとそんなことを考え、大学にも行こうとしたが、行くお金も学力もなく、学生生活を送るのも苦になる。
青年期を迎えても、人の後ろに色やメモリが見え、生きにくい世の中だと、そんなものが見えても周平自身、何もできないと思っていた。
家にも社会にも居場所はなく、もう自殺をしてやろうと、学校から帰ってきた自宅、深夜眠れずに、包丁を首筋に充てていた。
死のう。でもそんな勇気は持てない。死ぬことが勇気とは言えない。
でもこれから先、生きるには、あまりにもナンセンスな体と頭だと感じざるを得ない。
自分の寿命も見えるのかと、自分を鏡に映した。以前見た時と同じで、天井のさらに上を突き抜けている状態だった。
なぜ自分の寿命であろう数値は身長より遥か上なのか、死のうとしている瞬間でさえ、そうなのだと益々不思議に思う。鏡を見ながら、この切っ先を引いてしまえばメモリなど関係なく終わりを迎える。そう思うが、両手で弾けるほど勇気は持てない。腕に力が入らずに刃物を落とそうとした時だ。
(死ぬ勇気があるなら、人生やり直さないか?)
脳裏に自分の言葉が走ったかの様にも思えた。とうとう本当に頭がおかしくなったと感じる。もうヤケクソで、その声にお前は誰だと問いかける。
(俺はお前。お前は俺。今すぐ決めろ)
訳のわからない応えが返ってくる。
包丁を首に誘うとした瞬間『死にたくない。生きる』と何故か決断した。というよりもしてしまった。自分で自身がわからない周平だった。
(よし、良い子だ。良いことあるかもよ)
また頭で言葉が走り、急に女性の顔が浮かびあがる。見たことも無い女性の顔と姿。これはどう言うことなんだと思ったが、何故か頭の『良いことあるかもよ』に微笑んでしまった。死んでいる場合では無い。理屈ではわからないと、高校卒業まで、メモリは見えるが我慢をした。
卒業後、アルバイトではなく、ちゃんと就職しなさいと母親にせがまれ、医療系で人が救いたい思いで、介護施設の面接を受ける。だが、施設に着くとメモリが少ない老人などを目にする。
また目の前で人が死ぬんで行く。それが耐えられないかも知れないと思い、工場勤務の会社に入った。
孤独だった周平だが、社内の工場で同じラインの女性と、仲良くなる。
女性の名前は、未来絵美(みらいえみ)。目元はぱっちりとして、鼻高く、笑顔になるとエクボが可愛らしい女性。それに以前に何処かで会ったことある様な気がする。
これまで変わった奴だと言われ続け、だんまりを決め込んで働いていた中、絵美だけは、しょっちゅう周平に話しかけて来る。挨拶も必ずしてくれる絵美が気にかかった。
次第に周平はその絵美とだけ話をする。
挨拶から始まり、他愛のない話や絵美の好きなスピリチュアル的な話もしてくる。それもあってか、周平は思わず、自分のことも話をしてしまった。
「人の後ろに色があるんだよね」
そう言う周平に、絵美はびっくりすることもなく答えた。
「知ってる!それオーラって奴じゃない?」
そんな会話を交わした後から、周平の好きな女性の趣味なども聞かれたが、恥ずかしくて濁す。
もしかして自分に興味を示してくれているのか。他の人には相手にもしてもらえた事がない周平は、絵美とだけ、仕事以外の話もする。次第に周平は絵美に惹かれていった。
会社で働く中で、シフト制で無かった社風。残業は随分と嵩んだ。取引がうまく言ったのか、受注が拡大し、人を入れても追いつかず、残業時間だけが増えていく。断りきれない周平は、徐々に残業を頼まれる。
中には、例外で定時で上がる人もいたが、周平も絵美も残業だけは断らずに、深夜帯まで続けた。
だが容赦の無い残業で、疲弊しいく絵美の姿。右横のメモリの色がドンドン減っていくのが一目でわかった。
「残業大変だね。でも頑張ろうね」
無理をしているだろうと思える言動だったが、絵美の笑顔だけが救いだった。
助けたいと言う一心で、メモリの話をしようかとも考えた。だが言えば絵美は、離れていくのではないかと自問した。
結局言えず終い。絵美のメモリがゼロ近くなった時だった。はやりと言うべきか、絵美は仕事を休んだ。
数日経っても出勤して来る気配がなく、上司に確認をする。絵美はある病で隣町の大学病院に入院したと聞かされた。
絵美が好きな黄色のチューリップを買い、お見舞いに駆けつけた。
「ありがとう。綺麗なチューリップ」
思いの外、喜んでくれて嬉しかった。だが容体はあまり芳しくないようだ。右横に見えるメモリの数値が入院前より、少しも回復していないことに気がついた。
周平は、助けたい。絵美を助けたいと、もうすぐ無くなる絵美の生命のメモリを見て、心の底から思った。
今まで誰にも相手にもされず、怖がられた存在だった周平だったが、スピリチュアル好きな絵美だけは違うと思い、絵美に生命のメモリの話をする。
「あ、あのさ。僕、オーラだけじゃなくて、人の命のメモリも見えるんだ」
「えっ!?」
案の定と言うべきか、ほら見ろと言うべきか、絵美は周平の言葉を聞き返した。
だが、聞き返した後、もう一度言おうとした瞬間だった。
「そう。そっかあ」
絵美は納得し、全てを悟ったかのように頷き、少し笑うように目を細めた。
「どうして笑うんだよ。僕の言う事、信じるの? 死ぬのが怖く無いの?」
周平は聞き返した。
絵美はまた半分目を細め周平を見る。
どうしてだよ。なぜそんな呑気に笑えるんだよ。悔しく無いのかよと言葉に出さなかったが、表情で感じ取ったのか、絵美は答えた。
「周平くんは嘘つきじゃ無いよ。そりゃあ、怖いし、悔しい。本当は、本当は、死にたくなんか無いもん…。でも何となくわかるんだ」
絵美は、周平に初めて泣き顔を見せ、唇を噛み締め、涙が頬を伝いオロオロと泣き出した。
周平もその涙に釣られたのか、それとも惹かれる絵美のメモリが底をつこうとしているからなのか、同じように唇を噛み締め大粒の涙を流した。心から助けたい。どうにか出来ないものかと自分に問いかけた。
「ありがとう」
絵美の言葉は、とても温かかった。
周平は腕で涙を拭おうとしたが、その場に崩れた。その瞬間だった。
(助けてやれ!)
頭の中で声が走った。助けろと頭では勝手に言うが、どうやって医者でもない自分が助けられるのか。その瞬間に思う。
絵美のありがとうと言う言葉に込められた『生きたいんだ』と言う思いや願いがあるんだと。
そう思うとその場で周平は立ち上がり、再度ベッドに横たわり点滴をする絵美を見た。
するとこれまで右側だけだったメモリの水の色が左側にも出現した。
(それは人の願いだ。数値が大きいほど希望だけは大きい)
声に従う様に、その絵美の左側を見ると、メモリはほぼ百パーセントを示していた。
(救ってみせろ。お前の力で)
また明確に聞こえる頭の中の声はそう告げた。
救ってみせろと言われたが、どう救えば良いのだとわからない。医者でも無い周平に何ができるのかと思った。
あまり長居すると体調のこともあると考え、周平は絵美の病室を出る。先ほど聞こえた頭の中の声、救ってみせろの言葉をずっと考えながら病院を出る。
虚に考え事をしている時だった。
(簡単だよ。シフトすればいい)
「えっ!?」
頭の中の声に返事をした時だった。大学病院前の歩道から道路に飛び出している。
一瞬、大きなクラクションが聞こえた。
頭の中で(死亡だ)と言葉が走り、これまでの人生がゆっくりスローモーションで駆け巡った。一瞬で目の前が真っ白になった。
気づけば白く大きな入道雲が浮かぶ空。青色の空が見える。何故か大学病院外庭のベンチで寝転がっていた。死んだと思っていた。車に轢かれて確かに死んだはずなのに、今いるところは、先ほどいた大学病院の外庭だ。怪我もなければ痛むところなど一切ない。
死んだはずと思っていた周平は、起き上がり、ベンチの上で胡座(あぐら)を組む。空を見上げた。何故だと言う疑問でいっぱいだった。
ふと、空から何か小さいものが風に乗り、落ちてくる感じがした。否、感じではなく、実際に落ちくる。紙のようなもの。頭上まで来ると、紙に手を伸ばした。
見ると自分の名前、三先周平と書かれた名刺。名前の上に肩書きが書いてある。
『パラレルシフト・ドクター』
見た瞬間にまた頭に言葉が走った。
(シフト完了。入れ替わりだ)
「へっ?」
周平は、思わず声に出した。
(※パラレルシフトだ)
そう頭に聞こえた。また疑問が湧く。この声は何なのだと。
(言ったろ?俺はお前。お前は俺。紙は神で、神は紙。死んだんだよ。お前は、イヤ俺は)
いや、自分の手が見えるし、足もある。胴体、ましてや手で顔を触る。
(言ったろ?死ぬ勇気あるなら、人生やり直さないかって)
確かに頭の中で、働く前の学生時代、自殺しそうになった時、そう言っていたことを思い出した。
って言うことは、今の自分は、人生をやり直しているのかと不思議に思う周平だった。
(バカだな。さっき言ったろ?パラレルシフトって)
頭の中の俺と言う声は、再びパラレルシフトという言葉を使う。
(詳しくはググれ)
生き直しているのかと思えたが実感がない。とにかく持っているスマホで、ググってみた。
※※※※
※パラレルシフトとは
パラレルシフト(parallel shift)とは、生命のトーンカーブ(度合い)の形状を維持したまま上下に移動することを意味する。
パラレル(parallel)とは平行であることを意味するが、生命のトーンカーブの各時間軸(別宇宙)の生命(自分の命)が平行に移動することで、トーンカーブがその形のまま、上昇したり、低下したりする。短期生命、中期生命、長期生命、超長期生命がほぼ同じ幅だけ上昇・低下することによってパラレルシフトとなる。
パラレルシフトでない場合はノンパラレルシフトになる。ノンパラレルシフトとは、各時間軸の生命が異なった動きをして、平行ではない動きをすることを意味し、トーンカーブの形状が変化する。
パラレルシフトとなるのは、各時間軸固有の要因で生命が動かず、生命全体の水準が変化する時。例えば生命の指数に対する思惑から短期生命だけが上がる、長期生命だけが下がるというようなときはパラレルシフトにはならない。
生命全体を変化させる要因によって生命が上昇・低下する場合にパラレルシフトとなる。
例えば、自分の生命の上昇(高次元)によって他人の生命水準が引き上げられる、他人の生命の下落によって自分の生命が買われ、全体的に生命水準が低下するといったような場合となる。
パラレルシフトは、全ての時間軸においてほぼ同程度の生命の上昇あるいは低下が起きる必要がある。いずれかの時間軸において異なった動きをするとパラレルシフトにはならない。
短期生命、中期生命、長期生命、超長期生命が同じ方向に同じ程度動く必要がある。
例えば、短期生命が0.3パーセント上昇したら、中期生命、長期生命、超長期生命も0.3パーセント上昇する必要がある。低下する場合も同様になる。
トーンカーブは、左下はゼロパーセント、死を意味し、その時間軸は捨て去られ消える。その場合、他人に良いことが起きるので、0.3パーセントの生命率が加算される。
最低指数でも0.3パーセントのところから生命が維持される。右上は高次元でエネルギー体を意味する。
ノンパラレルシフト(non-parallel shift)とは、パラレルシフトではないトーンカーブの動きだ。各時間軸の生命が平行に動かないため、トーンカーブの形状が変化する。
ノンパラレルシフトには、傾きが急になるスティープ化、傾きが緩やかになるフラット化、トーンカーブにねじれが起きるツイスト(ツイストは基本的にスティープ化あるいはフラット化となる)、曲率が変化するバタフライなどがある。
ノンパラレルシフトが生じるのは、各時間軸の生命が各時間軸固有の要因によって上昇・低下する場合である。他の時間軸の生命と異なった要因が影響するため、他の時間軸の生命と異なった動きになる。
• スティープ化:生命の傾きが急になる(時間軸で生命の危険にさらされる)
• フラット化:生命の傾きが緩やかになる(時間軸で穏やか)
• ツイスト:生命のねじれが生じる(時間軸で苦しいことが起こるが生命に影響しない)
• バタフライ:生命の曲率が変化する(時間軸で、波が激しくなり、物事が早急に進むか後退する)
※※※※
そんなわけのわからない理屈を自分の頭の中で語るもう一つの時間軸の周平。
今いる時間軸の周平は、ベンチから道路を渡る。歩道を通っていると、確かさっき大学病院で点滴をし、寝ていたはずの絵美が周平に向かって歩いて来る。
絵美の右側のメモリ(寿命)は百パーセント近くにあり、白い色、左側のメモリ(希望)も百パーセント近くまでメモリがあった。
希望に満ち溢れ、寿命も満タン近くあると感じた周平だ。
思わず絵美と目が合った。絵美は周平に声をかける。
「こんにちは」
「び、病院は?」と返す周平。
何故だかわからないが、直接答えるのではなく、頭の中で絵美の『ありがとう。あなたのお陰』と声がした。
「えっ?」
呆然とする周平。
「今日お休みでしょう?映画でも行こうと思って」
普通に話し出す絵美。
そうなんだ。気をつけてと言おうとした時、絵美が一緒に行く?と誘ってくる。
思わずこれも「えっ?」と返すほかなく、お互い笑いあった。その笑い合う時、また頭の中で声がする。
(人を救えただろう?お前の使命は、死する者を助けるために、時間軸を移動し命を救うドクターだ)
何故か、また違う方向から頭の中で声が聞こえる。誰だよと思うと、(お前だ)とまた同じ答えかと思いきや、(俺はさっきとは違う宇宙のお前な)と返事が返って来る。
違う宇宙って何だと思うとまた(ググれカス。お前の使命だ)と言われる始末。
じゃあ、何で絵美は生きているのだと考える。
(絵美はお前の命を吸って、命を取り戻したのさ。お前は、生きたくても生きられない人を助けることが出来る。それだけ寿命数値が高い。自殺する人も含めて、左側の生きたいメモリ(希望)が五十パーセント以上あれば、人を助けをすることができる。工場なんてやめちまえ。要は他人の生命を助けると高次元な生命体となり、幸福が増すというやつだ馬鹿野郎。それと、名刺は大事にしろよ)という声に、何故と疑問符をつけて考える。
すると、その答えのように、自分の言葉が、また返って来る。
(名刺は、お前の生命を司る名刺だ。見せるのは良いが、渡すのはやめとけ)
また何故と思い、自分の頭の声にまた疑問符をつけた。
(それは、紙(神)だ。燃やしたり、破られるとお前の体は永久に蘇らない。これは紙(神)のなせる技だからだ)
何だか意味不明だが、ようやく人の役に立てたと思った。
その瞬間だった。
「行くのか、行かないのかはっきりして」
絵美が訪ねてきた。答えは決まっている。
「行くよ。是非ともお供させてください」
答える周平だった。
了
パラレルシフト・ドクター周平 北条むつき @seiji_mutsuki
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