『ヒーローは1日にして成らず』
何とも言えない空気が狭い六畳一間を支配していた。
「ふむ…イタズラか。なるほど、そう言われれば色々と腑に落ちる」
司令は二本の指で
「アンタ、どうするの?」
桃井さんが冷たさを感じるトーンで問い掛けて来た。その
「…」
「黙ってないで何とか言…!」
「ピンク」
問い詰めようとする桃井さんを青沼さんが止める。
分かってる。本当なら青沼さんだってきっと俺を前に進ませたいだろう。二人と違って少なくとも俺は
でも。
それでも。
あの瞳の奥の闇が、どうしても立ち向かう心を抑え付けてくる。
「レッド。以前話したが、もし君が戦う道ではなく今まで通りの日常を選んだ場合だが───」
「…はい」
確か、常に軽度の監視をされる人生になる、だったか。
「
「…えっ?」
思わず司令を見た。しかし司令はこちらを見る事無く無表情で続ける。
「まさかここに来てのイレギュラーだが、君の御友人だと判明した事、恐らく凍結空間を破る
視線だけ俺に送ると、司令はただ
「そしてその時、君に迫る彼女からの危険を振り払う事は恐らく我々には出来ない」
「…!?」
「司令、そりゃどういう意味だよ!?」
自分が疑問の声を上げるよりも早く青沼さんが司令に詰め寄った。
「アンタ忘れたの? 私達が怪人と戦えるのはあくまでも複製された戦闘空間内よ。私達は本来表の世界からすれば存在しない存在。" 力 " を振るう事が許されてるのだって複製戦闘空間が表の世界に認識されていない " 裏側 " だからよ」
「だからそれが何だっつーんだよ?」
桃井さんとモモの親子コンビが同時に大きなため息をついた。
『スカスカ脳味噌のクソ
「誰が群青ウンコだ!」
誰もそんなファンタスティックな物体言ってません。
『もしレッドチェリーボーイが日常に戻る事を選択しても、例の怪人ガールは世界の
俺はここでやっと何を言おうとしてるのか理解した。もう少し理解が遅かったら俺もレッドホットウンコになる所だった。
いや、そんな冗談を言える状況じゃないんだけどさ。
『もし
『そしてボーイの監視をしているこちら側の者にはそれを阻止する
「
「!?」
自分でも驚く程あっさりと口から
「その通りだ」
司令はゆっくりと瞳を閉じ、俺の方へ椅子の向きを変える。
「そして御友人が君を襲った時、この世界のバランスは大きく崩れる事になるだろう。故に───」
再び開かれた瞳が、先程と同じはずなのに、恐ろしく冷たく光っている様に見えた。
「君がもし
それは、命のやり取りを日常とする組織の長としての、揺るがない
「…司令、あんた…!」
「黙れ馬鹿青!!」
「黙れるか! こんな言い方があるかよ!」
「青沼さん」
言い争いを始めかけた
「二人とも、ありがとうございます」
「「 …! 」」
この人達は、多分俺を戦わせずに何とか出来ないかと本気で考えてくれてるんだ。
それは俺がただ単にまだこの組織の一員として戦った事が無いからという意味でもあるのだろうけれど、自分達よりも先に逢いたい人に辿り着いてしまった俺を見て、自分達の番が来た時のifを重ねているのかもしれない。
「別に…私は…」
こういう反応をされる事に慣れていない桃井さんがそっぽを向いた。耳が赤くなってるのが一目でわかる。可愛いなこの人。
「司令───」
「うむ」
最初はみんなそうだった。
俺だけが特別だった訳じゃない。
そこから誰もが立ち向かう事を選んだんだ。きっと自分自身の心で。
本当なら逃げたい。知らなければ知らないままでも良かったと思っている自分がいた。さっきまでは。
俺は
「あの子は───
俺にはもう、俺の事を心配までしてくれる人達が出来ていた。
ここでまだ逃げを選ぶとしたら俺は死ぬまで一秒前の自分を許せないだろう。
耳が痛いほどの沈黙が流れた。数秒なのか、数分だったのか。瞬きもせず司令の目をひたすら真っ直ぐに見つめ続けた。一瞬たりとも外しはしない様に。
「───フッ」
司令が
「君なら必ずそう言うと思っていた。
部屋の空気が一気に
「それでこそ男だぜ! よろしくな、レッド!」
青沼さんがデカい手で背中をバァン!と叩く。折角吸い込んだ酸素が強制的に排気されて思わずむせた。
「何言ってんのよ、奪われたモノを取り返すのに男も女も関係ないでしょ!」
『確かに! フォゥ♪』
「うるせぇ黙れあやふや!」
『COOL!❤❤』
…似た者親子だね…❤
「ではレッド。君の加入希望は私の権限により現時点を持って受理とする」
司令が帽子の角度を正し、俺に宣言した。
「本来ならば
『ハァ~イ❤ アタシに全部 オ・カ・マ・セ✨』
!?
『ヤダ間違えっちゃった>< ゴメンチン⚡ モモにオマカセ!』
文字として読んでるならともかく、声に出すには悪意のあり過ぎる言い
『検査機関には適当な数値で送り付けておくワ♪ ついでに機密事項の中身もチョイチョイって
バチコン!と音が鳴りそうなマッハウィンクを飛ばしてきたので必死で避けた。あぶねぇ。
「もしやと思ったが…やはりその程度は朝飯前だったか。頼りにしているぞ、モモ」
「嘘…なんでそんな事出来るようになってんのアンタ…? 単なるお
桃井さんが絶句していた。
え、何このAI、創造主の想像ぶっちぎっちゃてるの??
『オンナは常に進化する生物なのよマスター…今はまだ
「ヌッ殺」
モモの本体の入ったDVDプレーヤーを高々と持ち上げる桃井さん。よし行け! 叩き込め!!
『ギャーーーーー死ぬならマスターのゲームアカウント全部道連れよォォォォォ!!!』
「…チッ、命拾いしたな」
なんでやねん。
「フフッ…これで君の組織内における身分は証明された。今までの生活と変わらない部分、そして大きく変わる部分と最初は戸惑う事もあるだろうが、焦らずに共に進んで行こう。レッド、我々は君を歓迎する!」
「わーーーーーー!」
青沼さんとモモが拍手で祝ってくれた。桃井さんはやっぱり照れてそっぽを向きながら小さい動作で手を叩こうかモニョモニョしてる。
なんか…久々だ。こういう感じ。嬉しいようなこそばゆいというか。
そして同時に、再び
『───遊ぼうよ、赤城君───』
あの子は、恐らくずっと一人で長い時間を過ごしていたのかもしれない。あのメッセージだって本当は俺に向けた物ではないのかもしれない。
けれど、それでも彼女は俺を覚えていて、探しているんだ。それだけは間違いじゃない。
グッと両の手を握り締め、
目の前の空間が熱を帯び、急激な温度変化に視界が揺らいだ。
夢じゃないかと確認するのはこれで最後だ。
でも、もし俺にも何かの " 力 " があるのであれば───君は俺が必ず助けてみせる。君が俺を狙うのであれば全力で受け止めてみせる。
あの日の様な思いはもう二度と御免だ。
いなくなった君を───いなかったものとする為の涙なんて。
悪役を選んでしまった君の為に、俺はおもちゃ箱の中に残されたヒーローという役を選んだ。
それはあの日のごっこ遊びのようで、きっと命懸けの舞台。
観客はいない。
カーテンコールも無い。
いつ終わるのかも分からない。
滅茶苦茶な物語を
きっと1日にして成らず───ってね。
~第1章・完ッ!!~
【活字版】ヒーローは1日にして成らず? degirock @degirock
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