さよならキャプテン・リッツァ


 ——パティスリィ星系・第四惑星、惑星カリソン。

 

 その付近に浮かんでいる宇宙ステーション・ペイストリィ

 

 そこは今、夏祭りの真っ最中だった。



「よ、そこの兄ちゃん……射的やってきな射的っ!」


 夜店の前を通りかかったリッツァとシグレは、髭を生やした丸々太った中年の親父が店番を務める夜店の前で呼び止められ、立ち止まった。

 

 親父は棘のついた鉄兜と鉄の鎧を着て斧を持っている。まるで中世のバイキングのような格好だが、おそらくはコスプレだろう。

 周りには他にも、魔女やゾンビなどのファンタジー風の格好をした者から、アニメや映画のキャラクターになり切っている者など、多種多様のコスプレをした人たちで賑わっている。


「リッツァ、お人形欲しい。あれとって」


 シグレが、射的の景品の中に可愛らしいクマのぬいぐるみを見つけ、リッツァにおねだりする。


「シグレ、あれが欲しいのかい?」


「うん。ほしい」


「そうか。しょうがないなぁ」


 リッツァはそう言いながらも、笑みを浮かべながら財布を取り出し、射的のある屋台の方へ歩いて行った。

 

 『シグレ』はクノイチ型アンドロイドである。


 戦闘モード用のメタルボディである『シグレ・ゼロ式』と、日常生活用の有機ボディである『シグレ』が存在するのだが、どちらも同じ精神を共有している。


 有機ボディ時のシグレは可愛らしい女の子……というより、殆ど女児である。


 リッツァはそんなシグレを愛らしく思っているが、いつも戦闘ばかりで苦労をかけているシグレになにかしてやりたい……と常々思っていた。

 そんな折、ペイストリィで夏祭りをやると知り、折角だからシグレを夏祭りにでも連れて行こうと提案したのだ。

 

 

 ——キャプテン・リッツァ

 

 本名はブレッド・ウィードと言う、『自称』宇宙海賊である。

 見た目は二十歳そこそこの若者で、肩まである灰銀色ぎんかいしょくの髪を後ろで束ねていた。

 

 いつもは銀の刺繍が施された派手なマントを羽織っているので、道行く人に不審な目で見られるのだが、今日は宇宙ステーション中がコスプレしている日である。

 

 リッツァの姿もまた、コスプレか何かだろうと思われているのか、誰からも気に咎められることはない。

 

「はい、取ったよ」


 リッツァは射的の銃に弾を込め、そのまま打ち抜いて目当てのぬいぐるみを一発で仕留めた。

 景品のぬいぐるみをシグレに手渡す。

 

「リッツァありがと」

 

 シグレは満面の笑みでぬいぐるみを抱きしめる。

 こうしてみると本当にただの女の子だな……リッツァはシグレを見つめながらそんな事を考えていた。

 

 

 ピピピピッ……

 

 

 不意に、リッツァの腕に巻いていたデバイスから電子音が鳴る。

 リッツァはデバイスのパネルに触れると、そこから小さな立体映像ホログラムが浮かび上がった。

 

 立体映像ホログラムが映しているのは、二十台後半位の黄金色ブロンドの髪をした、若い女性である。

 

 

 ——ルーチェ・ノエル

 

 

 惑星モンブラン、ノエル王国の王女である。

 彼女は今、国王ブッシュ・ド・ノエルの圧政に苦しむ人達を救おうと、密かに、このペイストリーに秘密基地を作り、ノエル国王の力の元である宝石、『ノヴァスフィア』を破壊するために、極秘の部隊を率いていた。


「リッツァ、祭りを満喫中の所悪いわね」


「いや、構いません……予定より早かったですね」


「ええ。派手に壊れてたからかなり手こずったけど、もうすぐ完成するわ。でもまだ時間があるから、祭りが終わった頃に秘密基地に戻って来て」


「わかりました。そうします」


「それと、もう一つ話があるの」


「話……なんです?」


「それは……来てから話すわ」


 ルーチェはリッツァの指揮官であり、パトロンでもあり、そして同時に天才科学者としての一面も持っていた。

 リッツァの乗る宇宙船・ネオスープル號を設計・開発したのも彼女である。


 そして今は、先の戦いで大破したネオスープル號の修理に勤しんでいたのだが、どうやら修理も終わるとの事だ。

 船が直ればリッツァはまた、一時の休息を終え、再び新たなノヴァスフィア探しの旅に出る事になる。

 

「シグレ、そろそろ戻ろうか?」


「やだ、も少しあそんでくー」


「しょうがないなあ……じゃあ次はどれが良い?」


「あのおばけやしきー」


「えっ……ま……まて……俺は行かんぞ……あ、あんなの作り物だから言ってもしょうがな……」


「やだ、いくいくー」


「あ、あんなの行かなくても……」


「リッツァ……こわい?」


「こ……怖くなんかないっ!断じてないッ!い……行くぞシグレっ……」


「わーい、おばけやしきー」



——マフィン



「お帰りなさいリッツァ。随分遅かったけど、夏祭りはそんなに楽しかった?」



 秘密基地に戻ってきたリッツァとシグレを出迎えたのは、美少女アンドロイドのマフィンである。

 

「リッツァ、おばけやしきの中で気絶してた」


「言うなシグレ……」


「まあ……リッツァにも、そんな一面があったのですね」


「ルーチェには内緒だぞ」


「わかりました」


 マフィンは頬に手を当ててふふっと笑みを浮かべていた。



 マフィンはアリアンロッド型の有機アンドロイドである。

 腰まであるみどり色のロングヘアをサイドテールにしていて、上はショートのキャミソール、下はミニスカートという露出多めな衣装なのだが、これはアリアンロッド型アンドロイド特有の、排熱の仕様で常に薄着になっていないといけない為だ。

 

 マフィンもまた、ルーチェの開発した高性能アンドロイドで、リッツァを常にサポートする存在である。

 

「リッツァ、奥でルーチェが呼んでます」


「ああ、わかっている。案内してくれ」


「はい」


 リッツァとシグレはマフィンと共に、秘密基地の奥へと進んで行った。



「来たわね、リッツァ。どう?これが完全復活した『ネオスープルB』よ」


「凄い……さすがルーチェ王女ですね……」


 リッツァとシグレはマフィンに連れられてルーチェの執務室にやってきた。

 ルーチェは、暇さえあれば秘密基地の内装や間取りをコロコロと変更する趣味がある。

 

 その手法は、立体映像ホログラムを仕様する時もあれば、実際に倉庫から壁や配管を持ってきて工事用アームで溶接して塗装するといった本格的なものまで様々だった。


 秘密基地に来る度に間取りが変わっているので、リッツァは毎回秘密基地で迷子になっている。

 

 今回の執務室は、海賊屋敷風の飾り付けになっており、壁には世界地図が、机には地球儀やコンパス、望遠鏡などが置かれ、床にはおそらくイミテーションの金貨や王冠などが所狭しと置かれていた。

 

 ルーチェ自身も眼帯、海賊帽といった海賊風のコスプレに興じている。

 リッツァは毎度の事ながらよく色々考えるものだなと内心、感心していた。

 

 そして、ルーチェの後ろ、壁に開いた大窓からはドックが見えていた。

 ドックは船を丸々収納できるほどの大きさで、その中央にはリッツァの愛機、マーガリン級の宇宙船・ネオスープルBが鎮座していた。

 

 ネオスープルBは、ドックに格納された時には見るも無惨に破壊しつくされた姿だったが、今はまるでディーラーのショーケースに飾られたスポーツカーの様に真新しい姿に修理されていた。


 そして、所々にリッツァの知らない新装備と思われれるパーツも確認できた。

 

「すっかり元通り……宇宙を帆走はしるスーパーカーの異名はまだまだ健在ですね」


「見た目だけじゃないわ。ビックリするような新装備も搭載されているわよ」


「新装備?」


「その説明はこれからするんだけど、まずはこれを見て」


 ルーチェは手にしたリモコンのボタンを押した。


 すると、部屋の中央に置かれた机の上に、立体映像ホログラムが浮かび上がった。

 

 ホログラムは、リッツァの知らない惑星のように見える。

 

「これは?」


第一地球オリジンアースよ」


第一地球オリジンアース?……もしや、ここにノヴァスフィアが?」


「ええ、この星からノヴァスフィアの波長が観測されたわ」



 ——ノヴァスフィア



 それは、リッツァ達が探し求めている、宇宙の神秘。


 その姿は大きめの宝石の様な形をしている。

 

 ルーチェの父、ブッシュ・ド・ノエルⅦ世はその宝石の力で周辺の惑星を次々と征服し、植民惑星にして行っている。

 元は優しかった国王だったが、次第に力に魅入られていったのか、今では人が変わったようになってしまった。

 

 国王を阻止するには、国王の持つノヴァスフィアを破壊するしかない。

 しかし、ノヴァスフィアを破壊できるのは、同じノヴァスフィアにしか出来ないのだ。

 

 リッツァはルーチェから匿名を受けて、宇宙海賊キャプテン・リッツァとなって、ノヴァスフィアを探す旅を続けていた。

 しかし、その事を察知した国王の側近、レッド・サフもまた、さらなるノヴァスフィアを手に入れる為に秘密部隊を差し向けて来た。


 リッツァは今までレッド・サフの秘密部隊と何度も戦い続けてきたのだった。

 

 そして今、次なるノヴァスフィアがある場所が判明した。

 それが第一地球オリジンアースだ。

 

「俺は、ここに行けば良いんですか?」


「いえ、第一地球オリジンアースには、宇宙でも屈指の艦隊・地球艦隊アーセンフリートがいるのよ。近づいただけで簡単に撃ち落とされてしまうわ」


「こっそり入り込む隙もなさそうですね……」


「ええ。しかも、その周辺には『エピス絶対防衛システム』という名の未知の防御網まで張られていると言う噂よ。ノヴァスフィアを手に入れるどころか、近づく事すら困難ね」


「じゃあ、どうすればいいんですか」


「そこでね……直接行く事はやめて、交信してみる事にしたの」


「交信?」


「ええ。エピス絶対防衛システムの中核を構成するOSは、ステラという名の一人のAIプログラムだったの」


「AIが……防衛システムのOS……」


「ええ。あたしはダメ元で『ステラ』との交信を試みて見たの……そしたらなんと、ステラから返事があったのよ」


「ステラは何て?」


「どうやら、ステラもノヴァスフィアの事はあまり詳しくは知らないみたい。ステラ本体のマザーコンピュータは第三地球サードアースにあって、第一地球オリジンアースの事はあまりプログラムされていないらしいのよ。けど、第一地球オリジンアースにはステラが知らない秘密がある……という事に興味を持ってくれて、ステラの方から第一地球オリジンアースに探りを入れてくれたのよ」


「絶対防衛システムが自身を探るなんて……よほどの秘密がかくされてそうですね」


「ええ。驚くのはここからよ。ステラから送られてきた情報を私の作ったプログラムで解析してみた結果、第一地球オリジンアースのノヴァスフィアは『イマジナリースフィア』だと判明したわ」


「イマジナリースフィア?」


「ええ。ノヴァスフィアには色々と種類があって、それぞれに違う異能を持っているの。イマジナリースフィアが持っている力は、多元宇宙ユニバースと繋がる事ができる異能なのよ」


多元宇宙ユニバース?……それって、何なんです?」


多元宇宙ユニバースとは、この宇宙とよく似た、でも全く別の宇宙がこの世界とは別の次元にいくつも存在する……という理論なの。最も、理論だけで実際のところはよく解っていないのだけれど」


「全く別の宇宙……別の次元……」


「簡単に言うとね、この宇宙のリッツァとは別のリッツァがいる宇宙がある……ということなの。また、リッツァがいない宇宙もあるかもしれない。この宇宙とは平行に存在するいくつもの宇宙、それを全て含めた宇宙を『多元宇宙ユニバース』と呼ぶのよ」


「じゃあ、例えば俺が宇宙海賊じゃない宇宙や、マフィンがアンドロイドじゃない宇宙なんかもあったりするんですか」


「そうよ。もしかしたら、別の宇宙では、中世ファンタジーのセカイの中、剣と魔法でドラゴンを倒すリッツァもいるかもしれないし、ハイスクール・スチューデント同級生のリッツァとマフィン……なんてセカイもあるかもしれないわ」


「なんだか……途方もない話ですね」


「そして、イマジナリースフィアはそれらの別の次元の宇宙と繋がる事ができる異能があるの」


「イマジナリースフィアは……一体誰がどうやってその力を?」


「それはわからないわ。もしかしたら、第一地球オリジンアースには、別次元の宇宙と干渉できる技術をもった何者かかいたのかもしれない。その者が偶々、別次元にあったイマジナリースフィアを発見した。そしてその力を使って、この世界と繋がるようにした……のかもしれないわ。あくまで仮説だけどね」


「なるほど」


「そして、ここからが本題なだけれど、恐らく、ノヴァスフィア自体は一つの宇宙に一つしかないのよ。他のノヴァスフィアを手に入れる為には、この多元宇宙ユニバースの別の宇宙に行く必要があるわ。そこで私は、ステラに解析してもらったイマジナリースフィアの構造を分析して、他の宇宙に行く為の装置を開発する事にしたの」


「ルーチェ王女、そんな事もできるんですか……」


「ええ、そして……遂に完成したわ」


「マジですか……本当に他の宇宙に……」


「『多次元宇宙ユニバース』の中にある、他の宇宙の事を『異次元ネオバース』と呼ぶ事にするわね。アタシは、ネオスープルBにこの『異次元ネオバース』に行ける装置を組み込む事に成功したのよ」


「一体、これから行く異次元ネオバースはどういう所なんですか?」


「残念ながら、まだ理論だけで実際に行ってみたわけではないから、行ってみない事には、何とも言えないわ。でも、簡単に言うとね、この宇宙が一つの『小説』だとして、異次元ネオバースは『別の小説』みたいなものだと思って貰えば良いのよ……ネオスープルBは、その『別の小説』の中に入り込めると考えてもらうと、わかりやすいわ」


「つまり俺は、ネオスープルBに乗って別の小説に行き、そこでその宇宙のノヴァスフィアを見つけて戻ってくれば良い……という訳ですか」


「そう。恐らくそれが、あたし達がノヴァスフィアを手に入れる、唯一の方法なのよ」


「なるほど……まあ、いままで散々、姫様の厄介なお願い事をやってきたんです。今更、行き先が異次元ネオバースになったからといって、驚きはしませんよ。行きましょう」


「リッツァ……ありがとうね」


「ええ。じゃあ、燃料を積んだら早速行ってみます」


「待って。もう一つ、伝えなければいけない大事な事があるのよ」


「まだ何か……?」


異次元ネオバースでは、リッツァは今のリッツァの姿では存在できないかもしれないわ。異次元ネオバースに入ったら、その宇宙の法則に従ってしか存在できないの」


「俺がおれでない……それはどういう……」


「別の次元でのあなたは、〝リッツァではない別の誰か〟になっているかもしれないの。そして、姿が変わると言う事は、記憶も変わってしまうかもしれない。リッツァの『姿』も『記憶』もない別の誰か……になってしまうのよ」


「姿も記憶も無くなって……それじゃ、どうやってノヴァスフィアを手に入れて戻ってこれば良いんですか」


「アタシの理論では、必ずセカイのどこかに〝イマジナリー・リッツァ〟が存在するはずよ。どこにいるかは分からないけど、その〝イマジナリー・リッツァ〟を見つける事ができれば、記憶を取り戻す事ができるわ……多分ね」


「でも、どこにいるかもわからないし、そもそも探そうにも記憶すらないんじゃ……難しいと思いますが……」


「安心して。マフィンとシグレはアンドロイドだから、異次元ネオバースにはプログラム体で行く事ができるのよ。マフィンとシグレは異次元ネオバースでも記憶と姿が変化しないようにプログラムを組んでおいたから、二人が必ず探し出してくれるわ」


「わかりました。俺は信じて待つ事にします……俺たちの戦いは、これからだって事ですね。よし……マフィン、シグレ、ネオスープルBに乗り込もう」


 リッツァの言葉に、マフィンとシグレは無言で頷いた。


「リッツァ……気をつけてね。本当に……」


 ルーチェは、部屋を去っていくリッツァの背中を見つめる。

 ……昔に比べて、随分と大きく感じられるようになったな……ルーチェは去り行くリッツァを見つめながら、そんな事を考えていた。



——ネオスープルB



 リッツァ達はネオスープルBの船内に乗り込んだ。


 マフィンはブリッジの定位置に立つ。

 手をかざすとメインスクリーンに明かりが灯り、ドック内の景色が映し出された。


 リッツァは船長椅子に腰掛け、シグレはその横に据え付けられた補助席に腰を下ろす。

 リッツァはシグレの椅子に手を回し、シートベルトを装着させた。


「ありがと」

 シグレは微笑む。


「ああ。みんな、準備はいいか?」


「うん」


「ええ、いつでも出発できます」


 リッツァの掛け声にシグレとマフィンが応える。


「よし……未知なる異世界ネオバースの世界……果たしてそこは、どんな所なんだろう。だが、どんな所でも俺たちは必ずノヴァスフィアを見つけて、ルーチェの元に戻ってくる!」


 リッツァは一呼吸を置いて、大きく息を吸い込み、そして力強く言い放った。


「ネオスープルB、発信だ!」


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ゆるふわ宇宙海賊キャプテン•リッツァ 海猫ほたる @ykohyama

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