キャプテン・リッツァ対、謎の暗殺教徒

1


「ルーチェ……ルーチェはいるか?」


 ブッシュド•ノエル7世の太い声が、ノエル城の大広間に響き渡る。


「……お父様……どうなされたのです?」

 ルーチェ•ノエル王女は、急いで父の元へと駆け寄った。


 ルーチェは白いドレスに身を包み、その黄金色の髪ブロンドの上には高価な宝石があしらわれたティアラを、首には同じ宝石があしらわれたネックレス、そして腕にはリングを身につけていた。


「おお、ルーチェ……会いたかったぞ……」

 ノエル7世はルーチェを抱きしめた。


「お父様……くるし……」

 ルーチェは踠き、顔を赤らめながら父の腕から抜け出した。


 その様子を側近達が微笑ましく見守っている。



 ——惑星モンブラン



 今、この星を支配しているのはノエル王国である。


 ブッシュド•ノエル7世はノエル王国の国王であり、ルーチェ•ノエルはその一人娘であった。


 王は今まさに遠征から帰って来た所である。ノエル7世は金色ブロンドの髪と髭を蓄え、精悍な顔つきをしている。


 国王は、銀の鎧を身に纏っており、腰には長剣を刺していた。


「ルーチェよ、喜べ。また一つ、近隣の星を支配して来たぞ。わははははは……」

 ノエル7世は大きく腕を広げて豪快に笑った。


「お父様……また一つ……星を侵略なさったのですね……一体いつまで戦争を続けるおつもりなのですか……」

 ルーチェは、無駄とは思いながらも国王に聞いてみた。


「ルーチェよ。何を悲しむ事があるのだ……皆、ノエル王国の一員になれて喜んでおるのだ。民はより強い王国に征服され、支配される事が一番の幸せなのだよ……これはとても良い事なのだ……お前にもいずれ分かる時が来る」

 ノエル7世はルーチェの頭を優しく撫ぜながら言った。


 ノエル7世は、細い金の鎖のネックレスをしており、その先には禍々しく赤い光を放つ大きな宝石がある。



 ——ノヴァスフィア



 この赤い宝石が、全ての元凶……あの優しかったお父様をこんな風に変え、この星の未来迄も奪ったのだ。


邪悪な宝石……これさえ……これさえ無ければ……


 ルーチェは国王の胸元にある宝石に手を伸ばしかけていた……


「ルーチェ王女……いけませんなぁ……」

 その声に、思わずビクッと反応して伸ばしかけた腕を即座に引っ込めた。


 ルーチェが振り返ると、いつの間にか全身真っ黒な、ローブ姿の男の姿がそこにあった。

 男の顔は、ローブを深々と被っている為に見る事が出来ない。



——レッド•サフ



 その男の名はレッド•サフ。

 今はノエル王国の宰相だった。


「レ……レッド•サフ……いつからそこに……?」

 ルーチェは動揺を抑えながら、レッド•サフに聞く。


「ひひひ……私はさっきからここにいましたぞ……」

 レッド•サフは気味の悪い、しわがれた声で言った。


「それよりも王女様、その宝石はノエル国王が命より大切にしているノヴァスフィア……いくら王女様と言えど、勝手に触れようなどと思わない事ですな……」


「ふ……触れようなんて思ってないわ……言いがかりよ……ね、お父様……」

 ルーチェは甘えるような仕草で国王に言った。


「おお、ルーチェ、わかっておるとも……お前の事はもちろん信じておるとも……だが忘れないでおくれ。この宝石は大変危険なのだ……触れるだけでその力に飲み込まれてしまう……レッド•サフもきっと、お前の事が心配で間違いが起こらぬように言ってくれたのだろう……」

 国王は心底心配そうにルーチェに言う。


「分かっています。わたくしも、その力がどれだけ恐ろしいかは……」

 ルーチェは悲しそうな声で言う。

 実際、悲しかった。

 国王を蝕むこの宝石の力は日増しに強くなってくる。

 だが、自分にはどうする事も出来ない。

 そんな風に父を変えた、レッド•サフを追い出す事もできない。

 そんな自分が腹立たしかった……


 国王を、そしてこの星を救うには、ノヴァスフィアを破壊するしかない。

 その為には、同じ力を持つノヴァスフィアを、自分も手に入れるしか方法は無かった。


 ノヴァスフィアを手に入れるまでは、ルーチェは何もかも見ないフリを続けながらじっと我慢するしかない……


 もう少し……もう少しの辛抱よ……そう、キャプテン•リッツァがノヴァスフィアを見つけ出してくれるまで……



 ルーチェは心の中でそう言い聞かせ続けていた。

 

 

 2

 

  キャプテン•リッツァとアンドロイドのマフィンは、ネオスープル號に乗り、航海を続けていた。


 ネオスープル號のコンソールに付いたレーダーが、目的地の位置を表示している。


「もう少しで目的地に着きそうだな……あの座標にノヴァスフィアがあると、ルーチェ王女の探知機は示していた……しかし……」


 しかし、何かがおかしい……リッツァは嫌な予感がしていた。目的地の座標はもうすぐだが、近くには惑星も宇宙ステーションも見当たらない。

 寧ろ、待ち伏せするのに都合の良さそうな小惑星が幾つか浮かんでいる。


「罠……か……?」

 リッツァがそう独り言を呟いた、その時だった……


「リッツァ!前方に高エネルギー反応があります!」

 マフィンが叫んだ。


「⁉︎……面舵いっぱいだ!マフィン!」


「了解しました!」

 マフィンの電子頭脳はネオスープル號の制御コンピュータと繋がっている。

 マフィンは即座に船の舵を切るよう、念じる。


 ガコン……高速で船は回避行動を取る。

 そのすぐ横を、極太レーザーが通り抜けていった……


「……くそっ!待ち伏せか!」

 リッツァは舌打ちした。


「リッツァ、前方に船が見えます!」

 マフィンは叫び、前を指さした。

 しかし、肉眼ではガラスの向こうには果てしない宇宙が広がっているだけで、何も見えない。


「マフィン、その場所を拡大してくれ」

 リッツァはマフィンに指示を出す。


「了解」マフィンが言うと、窓より少し手前の空間に半透明の画面が写し出された。画像は望遠レンズで前方を映し出しており、そこには黒い影が見える。影は、丸い潜水艦の様な形をしている。


「あの船に心当たりは?」

「ありません。データベースにない機体です……、待ってください……あの船から通信が入りました。繋ぎますか?」


「ああ、繋いでくれ」


 リッツァが言うと、別の半透明な画面が空間に写し出された。

 その画面には、黒いフードの付いたローブを被った人が写し出された。

 黒いローブの人物は、首から銀色のネックレスを下げている。ネックレスの先に、鷲をデザインした様な紋様のオブジェが付いている。


「黒いローブに鷲をかたどったネックレス……その姿はイースト教の暗殺部隊……お前は、レッド•サフの部下だな」

 リッツァは通信相手に向かって言った。

 黒いローブの人物は、口の端を歪め、嗄れた男の声で笑いながら言った。


「いかにも、我が名はレザン。レッド•サフ様の御命令でお前を始末しに来た……このノヴァスフィアの偽物にまんまと騙されてここに誘き寄せられたのが運の尽きよ……キャプテン•リッツァ、観念するが良い!」

 そう言うとローブの男からの通信が切れた。


「再び前方に高エネルギー反応。来ます!」

 マフィンが叫ぶ。


「バリア展開!」

「はい!」


 すると、ネオスープル號の船体が薄い光に包まれた。

 そこに、先程と同じ極太レーザーが直撃する。

 レーザーはバリアに当たると拡散し、方々に散って行った。


「敵船から今度は複数の熱源が向かってきます!これは……ホーミングミサイルです!」

 マフィンが言う。バリアはレーザーには効果があるが、ミサイルは防ぐ事が出来ない。


「ちっ……マフィン、全速で離脱だ。目的地が罠であるとわかった以上、ここに用はない。さっさと逃げよう」


「了解しました。、全速で反転し、この宙域から離脱します」

 ミサイルが迫って来る中、マフィンは船を反転させつつ、エンジン出力を上げる。


「間に合わないな。ビックリビックリマシーンでミサイルを破壊してくれ」

 リッツァはマフィンに指示を出す。


「……ありません」

 マフィンは言った。


「な……なんだって……?」

 リッツァは思わず聞き返した。


「ビックリビックリマシーンは、前回の戦いで使い切りました。王女様曰く、作るのにコストが結構かかるらしく今回は積んでいないのです……」


「マジか……ミサイルをなんとかできないか?」

 焦るリッツァ。


「高速で回避します。モード•サーカスにチェンジ完了……リッツァ、しっかり掴まっててください」

「あ、ああ」

 リッツァは船長席の後ろからシートベルトを引っ張り出し、装着し、手摺をしっかり握りしめた。


 直後、ネオスープル號はものすごい勢いで進んで行く。

 ネオスープル號は高速で前後左右に回避し、誘導ミサイルを躱していった。


「う……うわあああ……」

 がっくんがっくんと揺れながら、リッツァはなんとか耐えた。


「だめ……避け切れないっ!」

 マフィンが叫んだ。

 最後の一つ残ったミサイルが、ネオスープル號の船体にぶつかり、直後、激しい衝撃が襲ってきた。

 そして半透明のバリアが消えた。


「船のダメージはそこまで……でも、バリア発生装置がやられました……」マフィンが報告する。


「マズイな……このままじゃ、レーザーの餌食になってしまう……」


「リッツァ、どうしますか……」


「波動カノンは撃てるか?」


「撃てますが、エネルギー充填に時間がかかります。その間、回避に回せるエネルギーが減少するので……その間にレーザー砲を撃たれたら避け切れません……」


「万事休す……か」

 リッツァは唇を噛んだ……

 なんとか方法は無いのか……


「再び複数の熱源を探知。ホーミングミサイルがこちらに向かってきます!」とマフィン。


「ダメか……」

 リッツァが諦めかけたその時……


 高速でネオスープル號に向かう別の影を、レーダーが捉えた。


「リッツァ、別の方向から、何かが高速でこちらに向かって来ます……」

「何かって……なんだ?」


「わかりません……とても小さいものですが……あれは、人です!人が高速でこちらに向かって来ます!」


「人!どう言う事だ?」


「わかりません……」

 リッツァとマフィンは互いに顔を見合わせた。


 その間にも、ホーミングミサイルは着々と向かって来ていた。


 しかし、ホーミングミサイルがネオスープル號に着弾する少し前、人影がネオスープル號に辿り着き、船首に着地した。


 人影の見た目は……ニンジャだった。


「船首に……ニンジャが……いる……?」


 リッツァは事態が飲み込めず、思わず、無意識に見たままを口にしていた……

 

 

 3

 

  ニンジャは腰から二本の短刀を引き抜くと、両手で持って構えた。

 そして、向かってくるミサイルを素早く切り付けた。



ドォォォン……ミサイルが破裂するSEが船内に響き渡る。



 しかし、ミサイルは船に着弾する手前で真っ二つに割れて爆発した為、船のダメージは殆ど無かった。

 ニンジャがホーミングミサイルを全て切り落としたのだ。

 ニンジャの見た目は小柄なため、全てのミサイルに手が届いていた訳ではなかった……しかし、見事に全てのミサイルが真っ二つに割れて爆発したのだ。


「リッツァ……あのニンジャが使ったのは、超振動波です……」

 マフィンは言った。


「超振動波?」

 リッツァは聞き返した。


「はい。あの短刀から、物凄く細かい振動が観測されました。おそらく、ミサイルを切ったのはその超振動の波です」


「そんな事……普通の人間にできるのか……というか、あのニンジャは宇宙で息ができているのか?」

「あのニンジャは人間ではありません……おそらく……私と同じ、アンドロイドです……あ、待って。今通信が入りました」


「誰からだ?」

 リッツァは答えを予想できていたが……聞き返した。


「ルーチェ王女です」


「……繋いでくれ」


 マフィンが「わかりました」と言うと、半透明の画面が新たに浮かび上がる。

 そこに映し出されていたのは、ルーチェ王女だった。


「はーい……リッツァ。元気だった?」

 ルーチェはやたら明るい声で話しかけてきた。


「ルーチェ王女。全然元気じゃありません……大ピンチです」

 リッツァはおどけた様に両腕を広げながら言う。


「ふふん、そう思ってサポート用のアンドロイドを向かわせたのだけれど……その様子、どうやらちゃんと間に合ったようね」


「サポートアンドロイド?あのニンジャですかて?」


「そうよ。クノイチ型アンドロイド……名前はシグレ・ゼロ式よ。あたしが開発したの……」

 ルーチェは胸を張ってドヤ顔をしている。


「そうでしたか……おかげで助かりました」


「操船と分析が得意のマフィンとは違って、頭を使うのは苦手だけど戦闘はめちゃくちゃ強いから安心して。マフィンの妹だから、仲良くしてあげてね」

「わかりました……まだ戦闘中なので一旦切りますね」

 リッツァはそう言うとさっさと通信をオフにした。

「ところでマフィン、シグレ・ゼロ式とはどうやって通信すれば良いんだ?」

 リッツァはマフィンに聞いた。


「そんな事、私が知ってるわけないじゃないですか……」

 マフィンは真顔で答える。


「しまったな……それだけ聞いてから通信切れば良かった……」

 リッツァは、困ったと言う表情をしつつも……「ま、何とかなるか……」と思い直して正面に向き直る。


 再び複数のミサイルが近づいてきた。

 シグレ・ゼロ式は大きくジャンプし、船首から飛び上がって、飛んでくるミサイルに飛び移って行った。


 飛び移ったミサイルは、真っ二つに切り付けてから次のミサイルに飛び移っていく。

 切り付けたミサイルは数秒の後に爆発した。

 そうして全てのミサイルに飛び移り、破壊した後、シグレ・ゼロ式はさらに大きく跳躍して前方に消えていった。


 マフィンが慌ててシグレ・ゼロ式の姿を望遠レンズで捉えて画面に映し出す。


 シグレ・ゼロ式は、レザンの乗る宇宙船に向かって高速で跳んで行っていた。


 レザンの宇宙船はシグレ・ゼロ式を撃ち落とそうと、細いレーザーを何発も撃ってきた。

 それを、シグレ・ゼロ式は短刀で弾き返しながら、どんどんと宇宙船に近づいて行った。


 やがて宇宙船の上に降り立つと、短刀を高速で振り回して切り刻んだ。

 シグレ・ゼロ式は再び跳躍して、リッツァの船の方に戻って行った。


 レザンの乗る船から脱出ポッドが放たれ、直後船は爆発して破壊した。


 

 ズゥゥゥン……


 リッツァの元に、遅れて低い衝撃がやってきた。


「凄い……あの子一人で船を沈めるとは……」

 リッツァは驚愕した。


「はい。通常のアンドロイドの戦闘能力ではないですね……」

 マフィンも感心していた。


 シグレ・ゼロ式は再びネオスープル號の船首に戻ってきた。

「ありがとう」 リッツァはとりあえず船外放送用のスピーカーで話しかけてみた。


 こくり……とシグレ・ゼロ式が頷く。


「とりあえず、中に入ってくれ……」

 リッツァはシグレ・ゼロ式に言う。

 再び、こくりと頷くシグレ・ゼロ式。

 マフィンはネオスープル號のドアを開けた。

 シグレ・ゼロ式は船の上をすたたた……と走ってドアに向かって行った。


「とりあえず、戻ろうか……」

 リッツァは言った。


「そうですね……船体のダメージが大きいので、戻って整備の必要があります……」

 マフィンは船のダメージを画面に出す。

 ダメージ約80パーセント……と表示された。


「思いの外、酷くやられたな……これは修理に時間がかかりそうだ……」

 リッツァはため息をついた。

 自動ドアが開き、シグレ・ゼロ式が入ってきた。


 近くで見るとシグレ・ゼロ式は、格好はまさにくノ一の服装だが、その中身は小柄な女の子……と言った感じだった。


 助けてくれてありがとう……リッツァが手を出して握手を求めると、シグレ・ゼロ式は急に顔を真っ赤にして、ささっと奥に隠れてしまった……


「照れ屋さん……なのかな……」

「ですね……」

 リッツァとマフィンは顔を見合わせた。

 

 

 4

 

「……随分派手にやられたわね……そろそろ、ネオスープル號の改修オーバーホールが必要になってくるわ……」


 ルーチェはボロボロになったネオスープル號を一目見るなり、ため息を吐いた。


「すまない、王女……俺がもう少ししっかりしていれば……」

 申し訳なさそうにリッツァが言う。


「ううん……あなたリッツァはよくやっているわ。宿敵、イースト教団の力は日に日に強くなっていっているの。あたし達もパワーアップしていかないと負けてしまうわ……それだけの事よ……」



 パティスリィ星系……恒星パティスリィを中心に、その周りを公転するいくつかの惑星で構成されている恒星系である。

 パティスリィ第三惑星は、ノエル王国がある惑星モンブランだ。


 第四惑星、惑星カリソンの付近に、地図マップに載っていない宇宙ステーション・ペイストリィが存在する。


 そこにルーチェ王女の秘密基地があった。


 リッツァ達はネオスープル號に乗って、この秘密基地にやって来ていた。


 ルーチェは、王宮にいるときのドレス姿ではなく、ピンクのカットソーにデニム地のジャンパースカートを着て、赤いカチューシャで黄金色ブロンドの髪を留め、前髪を上げていた。ルーチェは、船やアンドロイドの整備の時にはこの服装がお気に入りだった。


「そこで、一つお願いがあるのよ……」

 ルーチェは両手を合わせ、ウインクしてみせた。


「なんですか王女……今更、改まって……ここまで来たんです。なんでも言ってください。」

 リッツァは、躊躇う事なく言う。ルーチェのお願い事には慣れっこだ。


「そう、ありがとう……ネオスープル號を今より強化するための設計は……実はもうできているわ。船体の強化に必要な合金も、お父様の目を盗んで発注しておいたの。でも……」



「でも?」


「ネオスープル號、機関部のパワーアップにはあるものが必要なのだけれど、それはあたしだけではどうしても手に入れられないのよ……」


「なるほど、それを俺が手に入れてくればいいんですね。」


「そう言う事。……今の反重力エンジンより更に強力な出力を得られる、反物質エンジンを作るためには、そのエネルギー源となる反物質を生成する必要があるの……反物質の生成に必要な反エネルギー場を作り出すには、マイクロ・ブラックホールから得られるマイナスのエネルギーがどうしても必要で……」


「……すいません、ぜんぜん言っている事が理解できません……」


「……つまり、そのマイクロ・ブラックホールをとって来て」


「……は、はあ」


「大丈夫。必要な情報はシグレ・ゼロ式にインプットしてあるわ。リッツァはシグレ・ゼロ式をマイクロ・ブラックホールの近くに連れて行ってくれればいいだけの簡単な仕事よ」


「……なんだかよくわかりませんが、わかりました。で、そのマイクロ・ブラックホールとやらは、どこに行けばあるんですか?」


「この宇宙の果てに、ディープスペースと呼ばれる場所があるの。そのディープスペースの境目によくマイクロ・ブラックホールができるらしいの。そこで、ディープスペースに最も近い星まで行って、そこでシグレ・ゼロ式に渡してある装置を起動させてくれれば、マイクロ・ブラックホールが手に入るわ」


「ディープスペースに最も近い星……ですか」


「そうよ……その星の名は、終極星アントルメ」


「終極星アントルメ……」


「そう。ちょうどいいわ。シグレ・ゼロ式のお化粧直しが終わったからリッツァに見せてあげる」

 そう言うと、ルーチェは手にしていたスマートデバイスを操作した。


 プシュゥゥゥゥゥ……


 小型ドックの扉が開き、中から人が歩いて来た。


「リッツァ……おはよ……」

 小学生低学年くらいの女の子だった。女の子は眠そうに手で目を擦っている。


「この子……は?」


「シグレ・ゼロ式よ」


「シグレ・ゼロ式?……もっとメカメカしい姿だったような気がしますが……」


「ゼロ式は戦闘モード用のメタルボディなの。メタルボディは戦闘には向いているけど、日常生活には何かと不便だから、今はマフィンと同じ、有機物とナノマシンで構成された生体ボデイにコアを移したのよ」


「随分と、かわいらしくなりましたね」


「そうでしょ。気に入ったかしら。生体ボディの時は、『シグレ・ゼロ式』ではなくてただの『シグレ』と呼んであげてね」


「わ、わかりました」


「シグレ、渡したキューブを見せてくれない?」


「うん……いいよ」

 そう言うと、シグレはポケットから四角い箱のようなものを取り出した。

 ルーチェは箱を受け取ると、リッツァに手渡した。

 

「これは……?」

 リッツァは箱をまじまじと見つめる。見たところ、金属のようなアルミのような、飾り気のない箱だ。

 

「三次元キューブよ。それを持ってマイクロ・ブラックホールの近くに行けば、シグレがキューブを起動させてくれるわ。キューブが起動すると四次元キューブとなって、マイクロ・ブラックホールを中に吸い込んで閉じ込めるの。その中は四次元空間と繋がっているから、どんな大きさのマイクロ・ブラックホールでも閉じ込める事ができるわ。それを持って帰ってくれたら、ネオスープル號のエンジンに組み込んでパワーアップさせる事ができるのよ」


「は……はぁ……」


 ルーチェは胸を張って説明したが、リッツァはあまりよく理解できていなかった。

 

 

 5

 

「で、終極星アントルメまではどうやって行くんです?ネオスープル號の整備が終わるまで待つんですか?」

 リッツァは疑問を口にした。


「そうね……ネオスープル號の整備が終わるまでは、リッツァにはゆっくりしてもらおうかと思ったんだけど……」

 ルーチェはそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。


「思った……けど、何です?」


「実はね……いい事を思いついたのよ。……終極星アントルメは、ディープスペースとの狭間にあるような辺境の星。だからこれと言った産業は無くて、代わりに観光で収益を得ている星なの」


「観光……?辺境の惑星になにか観光地でもあるんですか?」

 リッツァは不思議に思った。わざわざ宇宙の果ての辺境まで見に行く程の観光地なんて……あっただろうか……


「それがね……あるのよ」

 そう言ってルーチェは、ジャンパースカートのポケットから一枚の紙を取り出した。

 リッツァはそれを受け取る。

 それは、パンフレットだった。


「〝宇宙オーロラを見に行こうツアー〟……なんです?これ」


「その名の通り、宇宙オーロラよ。ディープスペースとの狭間ではよくプラズマの影響で宇宙オーロラが観測されるの。それを見に行くツアーってわけ。しかも都合のいい事に、惑星カリソンから定期シャトルが打ち上げられてるのよ。そのツアーにお客として行って来てね。ついでにマイクロ・ブラックホールも回収してくれば、帰って来た頃にはちょうどネオスープル號の整備も終わって、あとはマイクロ・ブラックホールをエンジンに組み込むだけ……ってプランよ」


「旅行……のふりをするという事ですか……」


「そ。宇宙オーロラも見れて、ちょうどいい休暇にもなるでしょ」

 リッツァは納得したが、新たな疑問が湧いて来た。


「ツアーの客として紛れ込むのはいいとして、そのツアーにキャプテン・リッツァとして参加するのは……」


「マズいわね。だから偽名を使ってもらうわ」


「偽名?」


「リッツァ、あなたは今日から〝マロン・グラッセ〟って名前になってもらうわ」


「マロン・グラッセ……」


「パスポートも用意してあるわよ、はい」

 ルーチェは、ポケットから3つのパスポートを取り出し、リッツァに手渡す。


「さすが王女……準備に抜かりがないですね……これとこれは?」


「そっちは、マフィンとシグレのパスポートよ。マフィンは……マフィン・グラッセ。マロン・グラッセの妹って事にしてあるわ。シグレはもちろんシグレ・グラッセ。マロン・グラッセの姪という設定よ」


「姪っ子も同じファミリーネームなのは……いいのか……?」


「マロン・グラッセには弟がいる設定ね……そのあたりの設定はシグレとマフィンにインプットしてあるから安心して」


「わかりました……でも、アンドロイドだってばれないかな」


「大丈夫。もともとマフィンとシグレの二人は宇宙連邦にアンドロイド申請していないから登録自体されていないし、生体ボデイのアンドロイドは、あたしの発明で、まだ世間では知っている人はほとんどいないから、たとえ宇宙パトロールでもわからないはずよ。軍の精密検査とかされちゃうと流石にバレるけど……辺境のツアー客の身体検査程度じゃまずバレないと思うわ」


「わかった……じゃあ、人使いの荒い王女様に貴重な休暇を貰ったと思って、ちょいと辺境の惑星まで行ってくるとしますか……」


「なんか……一言余計な事言わなかった?」

 ルーチェはリッツァに詰め寄る。


「よ……喜んで行ってきます」

 リッツァは慌てて目を逸らした。


 ふと、ルーチェは思い出した様に、手元の腕時計に目をやった。


「……さて、そろそろ着くはずね……」


「着く?……誰か来るんですか?」


「惑星アントルメ行きの定期シャトルは、惑星カリソンから出るのよ。この宇宙ステーションから惑星カリソンまで、あたしの船で送っていく訳にはいかないでしょ?だからタクシーを呼んでおいたのよ」


「だれがタクシーだ……」


 後ろから男の低い声が聞こえ、リッツァは振り向く。

 そこに立っていたのは、オレインだった。


「オレインか……久しぶりだな」


「ああ。お前達には世話になってるからな……俺が、リッツァ、もとい、マロン・グラッセ御一行を、宇宙パトロールの船で惑星カリソンまで送って行ってやるよ」


「ありがとー。助かるわー」

 ルーチェはワザとらしくウインクをした。


「まったく、人使いの荒い王女様だぜ……」

 オレインは軽くため息を吐く。


「……何か言った?」

 すかさずオレインに詰め寄るルーチェ。


「何も言ってません……喜んでお連れします……」

 やれやれと言った感じで手を大袈裟に広げ、オレインは言った。

 

 

 6

 

「シグレ……あれたべたい……宇宙焼き」

 シグレが宇宙港内にあるレストランの看板に写ったメニューを指で差す。


「こらシグレ……わがままいってはいけません」

 マフィンがシグレをたしなめる。


「まあまあ……ちょうどいい時間だし、出発までまだ時間があるから寄っていこうか」

 リッツァはマフィンに落ち着いた声で言う。


 ——惑星カリソンの宇宙港。


 リッツァとマフィン、シグレの三人はオレインの宇宙船でこの惑星まで送ってもらっていた。

 オレインはそのまま「俺はパトロールの途中だから……またな」と言って去って行った。


 三人はそのまま宇宙港のカウンターで、ツアーの手続きを済ませた。

 ルーチェの用意してくれたパスポートは問題なくパスし、シャトルのチケットが予定通り手配された。

 その後、手荷物を預け、出星審査ゲートもトラブルなく通過し、シャトル出発の時間まで宇宙港内のレストラン街で待っているところだった。


「じゃ、あのレストランで食事と行こう」


「わかりました」


「やったー」

 リッツァの提案に従うマフィンと喜ぶシグレ。


「ところで……食事は普通にしてても大丈夫なのか?」

 リッツァは気になっていた事をマフィンに聞いた。


「大丈夫です。私達はだいたい普通の人間と同じものなら食べられます。ナノマシンが体内で消化してエネルギーに変えてくれるんです」


「へぇ……便利なものだな」


「でも、経口での食事によるエネルギー補給の場合は、ナノマシンが全ての食事をエネルギーに変えられる訳ではないので、溜まった老廃物質を月に一度、秘密基地のラボで透析しないといけないんです」


「なるほど……」


「私の場合は船の中にいれば、船から直接エネルギーが供給されるのでそもそも食事は必要ないですが……外にいるときは食事が必要になってくるのは……不便ですね」


「でも味は感じるんだろう?」


「はい。味覚はあります。人間と同じかどうかはわかりませんが……」


「なら、せっかくだし、美味しいものを食べよう。一応、休暇ということになっているんだし」


「そうですね」

 マフィンはそう言って微笑んだ。


 リッツァはいつもの海賊姿ではさすがに目立つ為、地味目なシャツにスラックス、コートという姿で来ていた。

 マフィンはノースリーブのショートワンピースを着て、上から薄手のカーディガンを羽織っている。

 シグレは子供用のブラウスにフレアスカート。

 リッツァたちは、若い男女の兄妹と小さい姪っ子の家族旅行……という体である。


「いらっしゃいませ」


 リッツァたちは、レストランに入って行った。

 品のいい女性店員が注文を聞きにやって来た。


「宇宙焼きを三つくれ」


「かしこまりました」

 女性店員は厨房の奥へと消えて行った。

 時刻はまだ昼前で、出星ゲートの先にあるレストランなだけに、店内は人の姿はまばらだった。

 リッツァとマフィンが長いベンチシートに隣同士に座り、向いの椅子にシグレが腰掛けている。


 注文した宇宙焼きはすぐに運ばれて来た。

 宇宙焼きは、見た目はお好み焼き……のような形をしており、表面に星のマークのような、謎のトッピングがまぶしてある。


「おいしそー」

「シグレ、ちゃんと『いただきます』を言ってからたべましょう」

 すぐに口に入れようとしたシグレを、マフィンが注意している。

 知らない人が見たら、本当の家族にしか見えないだろう。


「いただきまーす」シグレが言って、宇宙焼きを口に頬張る。


「俺たちも食べようか」というリッツァに「はい」と笑顔で応えるマフィン。


「おいひーい」

 口に頬張りながら喜んでいるシグレ。


「確かに、とても美味しいですね……」

 マフィンも恍惚とした表情を浮かべている。


「そ……そうか……?」

 リッツァは、まあこんなものか……というくらいの普通の味に思えただけに、二人の喜びようが不思議だった。


「はい。普段はあまり食事を取らないものですから……こんなに美味しいとは思いませんでした。いつもは食べてもエネルギーブロックがメインでしたし、あれはいつも同じ味しかしませんので……」

 マフィンは、いつになくテンションが上がっている。


「うん。わたしもまだ生まれてからちゃんとたべたの初めて……」

 シグレも喜んでいる。


「そうか……それはよかったな」

 リッツァも、二人が喜んでいる姿を見ていたら嬉しくなってきた。


「それにしても、リッツァと私が兄妹なんて……ルーチェ王女も気が利かないです……」

 マフィンが珍しく膨れている。


「ん……どういう事?別にいいと思うけど?」


「せっかくなのですから、リッツァと恋人同士って事にしてくれればよかったのに……って思うんです」

 マフィンはそう言ってリッツァの方に体を寄せる。


「マフィンずるいー。わたしもー」

 それを見たシグレが椅子を降りて、リッツァ達の方に走り込み、リッツァの隣に座る。

 リッツァの両隣にマフィンとシグレが座って、二人がリッツァに体を預ける形になってしまった。


「……こら。家族旅行だっていってるだろ……」

 リッツァが静かにそう言うと、はたと気づいたマフィンが体を離す。


「ごめんなさいリッツァ、つい……」

 マフィンは立ち上がって、シグレをリッツァから離そうとする。


「ま、気持ちは……嬉しいけどさ……」

 リッツァは小声で言う。


「本当ですか……?リッツァ」

 マフィンは笑顔を浮かべる。


「ああ、もちろん嬉しいさ。だけど、これはあくまで目立たないようにする任務だから……」


「わかってます。シグレもいいですね?」


「私子供だからわかんないー」


「こらっ……お姉ちゃんの言う事ちゃんと聞きなさい」


「やだー」

 そう言いながら店内を走り回るシグレ。それを追いかけるマフィン。


「まあ、これはこれで……いいか」

 その光景を見つめながら、リッツァは肩を竦めた。


 

 7

 

  リッツァ達は宇宙シャトルに乗り込み、終極星アントルメに辿り着いた。


 シャトルを降りて人の流れに着いて行くと入星ゲートがあり、三人はここでも難なくゲートをパスする事が出来た。


 入星ゲートを通過すると、出口の先には出迎えの人達がたくさん待っていた。

 そこにはツアーのガイドらしきアンドロイドが多数居て、『○○ツアー御一行様』と書かれた紙を手に掲げている。


 リッツァはその中に、今回自分が利用している宇宙オーロラツアーの名前を掲げたアンドロイドを見つけた。


 そのアンドロイドの周りには、既に何人か人が集まっている。


「しっかし、このツアー思ったより年齢層高いな……」リッツァは辺りを見廻してそう呟いた。


「そうですね、私たち、なんか浮いてますね……」

 マフィンも同意だ。


 リッツァ達と同じくツアーで終極星アントルメに来ていた人達の年齢層は若くて40代後半、高いと七、八十くらいの人達ばかりだ。


「ま、こんな辺境で何も無い星へのツアーは、若い人達には退屈なだけだろうな……」


「そうですか……人間達は、普段はどんな所に行くのですか?」


「俺も詳しくは知らないけど、まあ、アイドルがいる星とかは人気あるんじゃないかな?」

「なるほど……たしかに、この星にはいないですね……」


「はいそこの若い子たち、おねーさんの旗について来てね、今からバスに乗ってアントルメの観光地を一緒に周りますよ……まずは政府庁舎から」


 見ると前方では、ガイドの女性型アンドロイドが三角形の旗を持って、手でパタパタと振っている。

「おや、こんな辺境に若い人が来るなんて、珍しいですね」


 突然リッツァは呼び止められ、振り向いた。

 そこには五十代前半くらいの男性と、男性と手を繋いでいる若い女の子がいた。

 女の子はシグレと見た目同じ位に見える。


「観光ですか?」

 男はリッツァに聞いた。

「え?あ、はい……ちょっと家族でオーロラを見に……」リッツァは突然話しかけられて狼狽えながら答える。怪しまれないようにツアーにしたはずだが、これでは逆に怪しかったが、男性は特に気にした様子はない。


「私達もなんですよ。この惑星には出張でよく来ていたんですが、その時によくオーロラをみましてね。この子にも見せてやりたいと前から思っていた……と言うわけです」

 男がリッツァにすらすらと事情を説明する。


「あなた、名前はなんて言うの?」

「シグレだよ」

 男と手を繋いでいる女の子が、シグレに聞いた。


「しぐれちゃんって言うのね。私はガレット……お父さんは……」

「ガレット?そろそろ時間だよ。話はまた後にしようか……」

「はーい。それじゃまたね、しぐれちゃん」

「うん」

 ガレットと名乗った女の子は、父親と手を繋いだままツアーバスの方に歩いて言った。

 去り際、女の子はシグレに手を振り、シグレも二人に手を振り返す。


「俺たちも行こうか」

「はい」

 リッツァ達もバスに乗り込んだ。



 リッツァ達の乗るツアーバスは観光地——旧宇宙連邦議会跡や旧王朝時代の宮殿跡など——をひとしきり回ったあと、とある平原にやってきていた。


「はい、ここはかつての大戦時に最も大きな戦いがあった場所です」女性型アンドロイドのガイドが話す。

「周りを見廻して下さい。大戦時に使っていた兵器の残骸がたくさんありますね。これらは今ではもう動きませんが、危険なので近づかないでくださいねー」

 言われるままに辺りを見回すと、戦車や宇宙船、自立型ロボットなどの残骸がそこかしこに放置されている。それらはどれも錆や苔が生えている。


「それでは次は上を見上げて見ましょう」

 そう言われてリッツァは上を見上げる。


…………⁉︎


 遥か上空には、ポッカリと空いた、真っ暗で何もない空間が存在していた。

「これは……」

「はい、これは先の大戦時に使われた兵器の生み出した高出力のプラズマと、この辺りの磁場が干渉して出来た、マイクロ•ブラックホールです」

 アンドロイドは言った。

「吸い込まれない……のか?」リッツァはアンドロイドに聞いた。


「いい質問ですね。マイクロ•ブラックホールは近くにあるものは何でも吸い込んでしまいます。光すら吸い込むので、昼なのにあの辺りだけ真っ暗ですね。でも大丈夫。安心してください。マイクロ•ブラックホールがあるのはここから上空一万メートルの場所なので、ここまでは吸い込まれないんですよー。不思議ですねー」


 アンドロイドの説明に、分かったようなよく分からないままの様なリッツァだったが、とりあえず目的のモノは見つかった訳だ。


「マフィン、あれだな?」


「ええ、目的のマイクロ•ブラックホールです」


「あれをどうやって手に入れるんだ?」


「シグレが持っている三次元キューブを起動すれば、後はキューブが勝手に取り込んでくれるんです。ですが、今は人がいるからまずいですね」


「ああ、一旦待って、夜になったらホテルを抜け出してまた来よう」


「わかりました」


 リッツァ達はそのままオーロラツアーに参加し続け、夜になるのを待った。

 

 

 8

 

  夜になった。


 リッツァ達は予定通りホテルを抜け出し、マイクロ・ブラックホールがある平原に戻って来た。

 リッツァは空を見上げた。

 そこには、一面の星空が広がっている。しかし、マイクロ・ブラックホールがある場所には、星空も何もない、暗黒の空間があった。


「シグレ、準備はいいか?」

「うん。おけ」

「じゃあ、始めてくれ……」リッツァが言うと、シグレは背負っていたナップサックの中から三次元キューブを取り出した。

 三次元キューブは手のひらサイズで、硬い金属製の四角い箱の様な形をしていた。


「∈∫∂⊂∵∞§∪………………」

 シグレが呪文の様な言葉を発する。

 すると、三次元キューブが淡い光を放つ。


「……今、三次元キューブを展開しています」マフィンがリッツァに状況を説明する。


 突然、三次元キューブがピカッと光り、消えた……。


「キューブ、なくなっちゃったぞ……」

 リッツァはマフィンの方を見る。


「大丈夫、キューブは消えていません。今、三次元キューブは四次元に展開して、四次元キューブになっているんです」


「四次元……」


「四次元に展開した状態でなら、三次元のマイクロブラックホールは簡単に取り込めるんです。四次元状態は人間の目には見えないので取り込んでいる状況を、肉眼で確認することはできないですが……あ、終わりました」


 マフィンがそう言い終わる頃に、再びシグレの手の中にキューブが現れた。キューブは先ほどと変わらない形に見えるが、もう発光はしていなかった。


「これで、マイクロ・ブラックホールを取り込めた……のか?」


「はい。バッチリです。リッツァ、上を見て下さい」

 マフィンに言われて空を見上げると、そこには星空が広がっていた。

 マイクロ・ブラックホールがあった場所にも、星が瞬いていた。


「たしかに、マイクロ・ブラックホールがなくなっている……よし、作戦成功だ。さ、ホテルに戻ろうか……」

 リッツァがそう言った時だった……


「そこまでよ、キャプテン・リッツァ!」

 女性の声が響いた。


「だ、誰だ!」リッツァは思わず振り向いた。

 平原に一人、小さな女の子が立っていた。

 昼間のツアーにいた子だった。


「君は確か……昼間のツアーにいた……」


「ガレットよ」


「ガレット……どうしたんだ?こんな所で。お父さんは一緒じゃないのかい?」

 リッツァは優しく声をかけた。女の子がこんな夜中にくるなんて危ないじゃないか。父親は何をしているんだ。

 あれ……今、この子俺の事をキャプテン・リッツァと名前で呼んだ……か?


「ふふ、まだ気がつかないの?キャプテン・リッツァ……」


「まさか……君は……」


「そう、私はイースト教団暗殺部隊の一員、ガレットよ」


「なにっ!」


「怪しい若者がこのアントルメにツアーで向かっているという情報を手にして、おそらく狙いはマイクロ・ブラックホールなんじゃないかと踏んでいたけど、正解だったようね。我々の技術では、マイクロ・ブラックホールからエネルギーを得る事はできなかった。だけど、そのキューブを使えば我々でもマイクロ・ブラックホールの力を使う事ができる。さあ、大人しくそのキューブを渡しなさい」


「断るに決まっているだろう。いくら教団とはいえ、女の子一人で俺たちに敵うと思っているのか……あの父親はどうした?」


「ふん……昼間のは父親でも何でもないわ。ただの教徒の一人。私一人でツアーに参加していると怪しまれるから、口裏を合わせるために付いて来てもらっていただけよ。それに、子供だからと言って舐めない方がいいわよ……」


 そう言うとガレットは両手を合わせ、目を閉じた。

 ガレットの全身が淡く発光する。

 

 ……ズ

 …………ズズズン


 直後、地面が大きく揺れた。


「リッツァ、周囲に多数の熱源を感知しました……これは……眠っていた兵器達が再び稼働したようです」


「なんだと?」

 リッツァが周囲を見回す。

 周囲にたくさん散らばっていた、大戦時代の遺物達ーー戦車や、宇宙船、自立型ロボット達ーーが、一斉に動き出していた。

 それらは宙に浮かび、一箇所に向けて移動している。


「な、なんだ……ガレット、一体何をしているんだ?」

 リッツァはガレットに聞いた。


「私は超能力者エスパー。この力のおかげで、この年で教団の暗殺部隊に上り詰めることができたのよ。私の能力は、古代兵器だろうと何だろうと、機械を思いのままに動かして、操れることよ。リッツァ、この、古代兵器が大量に放置されている場所で私と戦うことになったのが運の尽きね……」

 ガレットは得意げに言った。

 

 宙に浮いていた兵器達は、一つの大きな宇宙船を中心に集まって行った。

 兵器は空中で、それぞれがバラバラに分解し、合体しあって行った。

 やがてそれらが一つの姿に変わって行った。

 古代兵器達は、一つの巨大ロボットにその姿を変え、再び地面に舞い降りた。


「ロ……ロボット?マフィン、あれ動くのか?」

 リッツァはマフィンに聞いた。


「おそらく……あのロボット、無理やりくっつけられただけのただのハリボテといえばそうですが、それぞれ兵器自体の攻撃性能はまだ機能しているとおもわれます。そして、私のセンサーは、十分に攻撃可能なエネルギーを感知しています。リッツァ、気をつけて下さい」


「わかった。気をつけるんだ……」


「攻撃、来ます!」

 マフィンが叫んだ。

 直後、ハリボテのロボットから一斉にレーザーが発射された。



 パパパパッ…………



 レーザーは、独特の甲高いSEを伴ってリッツァ達に向かって飛んで来た。


「シールド、展開!」

 マフィンは両手を広げて叫ぶ。

 直後、半透明の球体が発生し、リッツァ、マフィン、シグレの三人を包み込む。


 レーザーはリッツァ達を直撃したが、シールドに包まれた球体の中は無事だった。


「ちっ……シールドを持っているとは……」ガレットは舌打ちした。


「すごいな、いつの間にそんな機能を」

 リッツァはマフィンに驚いた。


「この前、ルーチェに機能を付けてもらいました。とはいえ、シールドで防げるのはレーザーのみです。物理兵器には効果ありません」

 マフィンは羽織っていたカーディガンを脱ぎ捨てた。

 シールドを展開する能力の為に体内温度が上昇して、マフィンの体は汗をかき始めていた。


「だったら、これでどうだ……」

 ガレットの手が光る。

 ロボットから、大量のミサイルが発射された。



 バシュゥゥゥ



 ミサイルは一旦宙に浮いた後、バックファイアを出し角度を変えて、その後一気に加速してリッツァ達の元に向かって飛んで来た。


 リッツァは腰からレールガンを取り出して撃った。



 バン……バン……バン



 ドォォォォォン



 レールガンはミサイルに命中し、ミサイルが爆発する。

 しかし、放たれたミサイルの数が多い。

 レールガンの連射では全て撃ち返せそうに無かった。


「シグレ!頼む!」

「うん。わかってる」

 リッツァはシグレに叫ぶ。シグレは頷き、空間からレーザーの短刀を二本発生させる。

 シグレは短刀を両手に構え、勢いよく跳躍した。


 シグレは空を跳躍し、ミサイルとミサイルの間をすり抜けて行く。

 すり抜けざまに斬撃を繰り出し、ミサイルを次々に切り捨てて行った。



 ドドドドドォォォォォ


 ドドドォォォォン


 ミサイルが全て破壊され、燃え盛るミサイルの残骸は次々に地面に落下して行った。


「さすが、噂に聞いたリッツァ御一行様だけの事はあるな」

 ガレットは愉しそうに嘲う。


「ガレット、もう止めるんだ。超能力者エスパーとはいえ、子供の君とは戦いたくない」

 リッツァが言う。


「ふざけるな……私は、お前達を倒す為に毎日訓練を積んでいるんだ。お前達さえ居なくなれば、我が教団とレッド・サフ様がこの宇宙を支配できるのだ……」

 ガレットは力強く叫んだ。そして、両手を前に突き出し、呪文を詠唱する。


 ガレットの両腕が光る。


「リッツァ。我が最大の奥義で、私と共にお前達を屠ってくれる……喰らうがいい……ロボ!自爆しろ!」

 ガレットが叫ぶと、ロボットが光に包まれた。

 ロボットは内側から発光している様に見える。

 光は、徐々にその輝きを強めて行った。


「な……自爆だと?」

 リッツァは慌て、マフィンの方を向く。


「間違い……ありません。あのロボットの内燃機関がオーバーヒート寸前です。ガレットは私たちもろとも、自爆する気です……シールドでも防ぎきれません」


「くそ……どうする……」

 マフィンに言われ、リッツァは焦った。


 …………万事休す……か


「リッツァ、手は……あります。シグレ!戻って来て!」

 マフィンはシグレを呼び戻した。


「どうした?」

 シグレはマフィンの側に寄る。


「シグレ、キューブを貸して」

「うん」

 マフィンはシグレから三次元キューブを受け取る。


「マフィン、どうするんだ?」

 リッツァはマフィンに聞いた。


「あのロボットをこのキューブに収納します。私の演算では、キューブの中にマイクロ・ブラックホールがあるので、ロボットが自爆する前にマイクロ・ブラックホールに吸い込まれて消滅します」


「確証は?」

「ありません……」

「まあ、他に手はないし……マフィンの演算を信じよう……やってくれ!」

「リッツァ、ありがとう。行きます…………∈∫∂⊂∵∞§∪」


 マフィンはキューブを手にし、呪文を唱える。

 キューブは光輝き、直後に消えた。


「今、キューブをほんの僅かだけ四次元に展開しました」



……バキバキバキっ


 ロボットの足元の地面が音を立てて変形し、地面ごとロボットは圧縮されていった。

 そして……消えた。


 ロボットのあった空間には、ぽっかりと巨大な穴が空いていた。


 マフィンの手の中にキューブが戻って来た。


「……成功です」マフィンはびっしりと汗をかいている。

「ありがとう……」リッツァはマフィンの頭を撫でた。


「……なんだと……あの女……なんて、演算能力だ。こんな所でキューブを四次元に展開してマイクロ・ブラックホールをほんの僅かだけ出すとは……」

 ガレットは、がっくりと力を落とし、地面に座り込んだ。


「あの女……少しでも座標が狂ったらロボの自爆どころではない。この都市ごとマイクロ・ブラックホールに飲み込まれていたんだぞ。それを、こともなげにやってのけるとは……なんて、とんでもない演算能力、そして度胸なんだ……」


 ガレットはもう抵抗する気力は残っていなかった。

 自爆のために全ての能力を使い果たして、能力は残っていなかった。

 例え残っていたとしても、今のガレットではもうリッツァ達に勝てると言う気がしなかった。


「……キャプテン・リッツァ。私の負けだ……」

 ガレットは力無くリッツァに言った。


 リッツァはガレットの元に歩み寄り、優しくガレットに話しかける。


「ガレット……君はまだ若い。やり直せばいいじゃないか。宇宙パトロールに保護してもらうから、少しだけそこで大人しくしていてくれ」


「いい……のか?お前を殺そうとしたんだぞ……」


「君は教団に、利用されてやっただけの事だ。気にする事はない」

 リッツァは携帯電話を取り出し、宇宙パトロール・オレインの番号に電話をかけようとした。


 ……その時だった。

 ガレットの体の周りに、光り輝く光の粒子が無数に現れ、ガレットの体を光で包み込んでいった。



転移ワープです!リッツァ!何者かがガレットを転移ワープさせようとしています」

 マフィンはリッツァに言った。


「くそ!教団か!マフィン、止められないか?」

 リッツァは焦ってマフィンの方を向いた。


「ダメですリッツァ。どこの座標への転移ワープか分からないので……阻害できません」

 マフィンは言う。


「どうやら教団はまだ……私を必要としてくれているらしいな……リッツァ、また会う事になるだろう……次こそは私が勝つ!」

 ガレットの目に再び力が篭る。


「ガレット!待っ……」

 リッツァが言い終える前に、ガレットの姿は光に包まれ、そして消えた……。




「……行って、しまいましたね」

 マフィンは悲しそうに言った。


「ああ……あの子と、また戦わなければいけないのか……」

 リッツァは、ガレットが消えた場所を、暫くの間、ぼうっと見つめ続けていた。

 

 

 ——数刻後

 

 

「レザン様、申し訳ありませんでした…………」


 ガレットがワープさせられた先は、レザンの乗る船だった。


 レザンは、ガレットを救出するとすぐに全速力でその場を離脱した。

 レザンの戦艦はリッツァ、というかシグレ・ゼロ式によって大破させられており、その修理にはまだ時間がかかるため、武装の少ない小型宇宙船でガレットを救出に来ていた。

 そのため、レザンとしてはこれ以上戦闘になるのは避けたかったのだ。


 レザンは、ガレットの謝罪に対して素っ気なく言い放った。

「構わぬ。お前もこれでリッツァの強さがわかっただろう……もっと修行に励んでリベンジするがいい」


「はい……そのつもりです……教団に拾われた恩は、この命を持って返させて頂く所存です……レッド・サフ様の為に……」


「もういい。今日はゆっくり休め」レザンはガレットに言った。

 ガレットは頷き、扉を開けて扉の奥に立ち去った。



 ——場所は変わって、教会の中。


 教会は明るく、窓からはステンドグラスを通じて、外から差し込む色とりどりの光が、境内を照らしていた。

 前方には、フードを被ったシスターらしき女性が一人神像に向かって祈りを捧げている。

 そこに扉を開けて一人の男が入って来た。リッツァだ。

 リッツァは、銀色のアタッシュケースを手にしてい。


「今日の模様替えは、教会なんですね……」

 リッツァは教会の中を見回して、シスターに向かって言った。


「どう?いい感じでしょ?」

 シスターはフードを取り、リッツァに向き直る。

 シスターらしき女性は、ルーチェ王女であった。


「この前は常夏のビーチでしたね……毎回、よくそんなに内装をかえますね。それにコスプレも……」

 リッツァは呆れながらルーチェに言った。


「コスプレとか言わないでよ。なんならリッツァも着てみれば?あるわよ、神父の服とか……」


「遠慮しておきます。それより……」

 リッツァはそう言って、手にしたアタッシュケースを開け、中からキューブを取り出した。


「ご所望のマイクロ・ブラックホール、持って来ましたよ」

 リッツァはルーチェにキューブを手渡す。


「ありがとう、思ったより厄介な旅になってしまったわね……ごめんね」


「ガラにもない事を言わないで下さい……このくらいいつもの事ですから、それに、旅自体は楽しかったですよ。俺とマフィン、シグレにはいい休暇にもなりました」


「そう言ってくれると助かるわ。敵は日に日に力を増して来ている。これから益々、戦いが厳しくなりそうね……でもリッツァが手に入れてくれたこのマイクロ・ブラックホールによって、ネオスープル號をパワーアップできるから、期待していてね」


「楽しみにしていますよ」


「マフィンとシグレの方もメンテナンスしておくから、リッツァは秘密基地で暫く休んでいて」


「わかりました。ではお言葉に甘えて、仮眠をとって来ます。終わったらまた呼んで下さい」

 リッツァはそう言うと、教会を出て行った。



 ルーチェは、教会のテーブルに置いてあったリモコンを手にし、ボタンを押した。

 

 教会は一瞬にして消え去り、周りの景色は、秘密基地の整備工場に変わった。

 教会は、ルーチェが作り出した単なる映像である。スイッチ一つで整備工場内を、様々な景色に切り替えられるようになっているのだ。

 この機能を使った事で特に意味はないのだが、ルーチェはいつも、気分を変える為に景色を変え、服も変えていた。


「さて、お目当ての物は手に入ったし、ネオスープル號の改造……がんばっちゃお。腕がなるわね」


 ルーチェはそう言うと、シスターの礼服を脱ぎ捨て、壁にかけてあった白衣を羽織る。


 そして細い指をポキポキと鳴らしながら、船の中に入って行った。

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