ゆるふわ宇宙海賊キャプテン•リッツァ

海猫ほたる

キャプテン・リッツァの登場

 とある宇宙の外れ……


 ブレックファースト宙域の小惑星帯アステロイドベルトの一つに、その小型宇宙船パトシップは突き刺さっていた。


「……う……うぅ」


 宇宙船パトシップの中、一人の男が目を覚ました。


 歳は三十半ばに見える男の名は、オレイン。

 宇宙パトロールの隊員である。


「こ……ここは……?」


 オレインは痛む頭を押さえながら、顔を上げた。

 そして、無意識に宇宙服のヘルメットに手をやる。


 どうやら、エア漏れはしていないようだ。

 ほっと胸を撫で下ろしたオレインは、周囲に目を向ける。


 宇宙船パトシップの中は思った以上に酷い有様だった。

 壁には穴が空き、機械類は半壊しており、床には機械の破片が散在していた。


 コンソールには所々、火花が走っている。

 宇宙船パトシップの様子を見る限り、オレインが生きていたのは奇跡だった。

 

宇宙船パトシップは大破……か。辺境宙域への着任早々にこんなことになるなんて、まいったな……」 


 そう言ってオレインはコンソールパネルに貼ってあった写真を剥がして手に取った。

 そこに写っているのは、オレインと同じ位の年齢の金髪の女性だ。

 

「すまないセサミ……この週末は会えそうにない……」


 オレインは写真に向かって謝る。

 気を取り直してコンソールに向かい、ボタンを操作する。


 宇宙船パトシップから救難信号が放たれた。

 

「ここからだとステーションまで救難信号が届くのは早くて三時間……か。だが、金曜の夜……運が悪いとそれまでに早番の奴ら帰っちまうかな。交代要因が来るまで、半日はステーションに誰もいない……か……頼むぜ……誰か信号受け取ってくれよ……」

 

 コンソールパネルを操作しながら、オレインはふと、考え込んだ。

 そういえばなぜ、こんな事になったんだ……


 そうだ、思い出した。


 今日は金曜だからさっさとパトロールを終わらせてセサミの元へ行こうと考えてた時、突然レーダーに怪しい影が映ったんだ。


 影のある場所はアステロイドベルトの近く。

 ここは普段なら、民間宇宙船はもとより貨物船すら通らない僻地。

 おそらく隕石か何かをレーダーが拾っただけだろうが、念の為に確認しておくかとアステロイドベルトに向かったんだ。


 そうしたら……何か分からないものに襲われた……


「おい!誰かいるのか!」


 オレインの回想を遮るように、突然、無線が聞こえて来た。

 男の声だった。


「救難信号を出しているそこの船!まだ生きてるか?……生きてたら返事をしろ!三分以内に返事をしなければ生きていないと見なして俺は去る。」


 無線からの声に、慌ててオレインは返事を返す。

 

「待ってくれ!生きている。助けてくれ!」


 オレインは力の限り叫んだ。


 暫しの後、目の前が突然光に包まれた。

 それは高速移動ワープの光だった。

 そして直後、パトシップの窓の外に、宇宙船が姿を現した。


 一人乗りのパトシップよりは大きめだが、船としてはそれほど大きい方ではない、小型船舶と言っていい程の大きさの宇宙船だった。

 見た目はあまり綺麗ではなく、かなり古い型の、年代物の宇宙船である。

 

 再び無線から声が聞こえてきた。

 

「その船……宇宙パトロールか……なんで遭難してるんだ?……たまたま俺たちが通りかかったから良かったものの、普通だったらこんな田舎の宙域には誰も寄り付かないだろ」


「ありがとう。俺は宇宙パトロールのオレイン。先週この地に派遣されてきた所だ……何か分からないものに襲われた……そちらは?」


「まあ待て、まずは転送してやる。外から見る限り、その船は今にも爆発しそうだぜ」


「……わかった。頼む」


 そう言うと、体が淡い光に包まれた。

 転送装置によって、オレインの体は窓の外にいる宇宙船の中に転送されたのだ。

 

 ……一瞬、視界が真っ白になり、頭が揺さぶられたような感覚に襲われる。


 視界が徐々にはっきりしてくると、さっきまでとは別の宇宙船の中の景色に変わっていた。

 狭い部屋の中で、壁に嵌め込まれたモニターに表示された文字からは、減圧室だと気づいた。


 プシュ……と音を立てて扉が開いた。 

 扉の向こうには、男が一人立っていた。


 歳は二十歳そこそこだろうか。

 肩まで伸びた灰銀色した髪を後ろで束ねている。

 黒い眼帯をして海賊帽を目深に被り、真っ黒なマントを羽織っている。

 マントには銀の糸で編まれた刺繍で模様が描かれていた。

 模様の種類はオレインには何かわからないが、何かのマークのようにも魔法陣のようにも見える。


 男の奥には若い女性の姿が見える。

 女性は、碧い色の腰までありそうな長いストレートの髪を左右で二つに結んで、ツインテールにしている。

 見た目は十代後半位の整った顔立ちをした、美少女である。


 女性はへそを出したキャミソールの上に、丈の短い薄手のカーディガンを羽織り、下はミニスカートという、露出の多い姿をしていた。


 男の方がオレインに歩み寄る。

「オレインと言ったな。海賊船・ネオスープル號へようこそ……もう、ヘルメットは取っていいぜ」男が言った。

 

 オレインは腕についたパネルに目を落とす。

 確かにこのエリアには、呼吸に支障がないほどエアが満ちていた。

 そもそも、目の前の男とツインテールの女性も宇宙服を着ていない。

 

「驚いた……この船、エアがあるのか」


「ああ……そうだが……それがどうした?」


 マント姿の男は、不思議そうに答えた。

 それが、この男の取っては当たり前な事、とでもいうようだ。

 

「いや、いいんだ……エアがあって助かるよ。残り少ないエアの心配をしなくて済むのはありがたい」

 オレインはヘルメットを脱いだ。

 

 説明しよう。

 

 小型の宇宙船には空気が入っていない物も多い。

 常に艦内全ての空気を新鮮に保つには巨大な装置が必要になってくるので、スペースの少ない小型宇宙船には入りきらないのだ。

 また、多額の維持費も必要になってくる。

 その為、小型の宇宙船の場合は乗組員は常に宇宙服を着用し、宇宙服に備え付ける酸素ボンベの空気だけを常に新鮮に保つ為の装置を備え付けているだけという場合が多い。


 実際、オレインの乗っていた一人乗りパトロール艇もそうだった。


 それ故に、見た目はそこまで新しくもない小型の宇宙船の艦内なのに、常に空気が充満しているというのは、あり得ないとはいえないものの、珍しい事だった。


 オレインは気になって艦内を軽く見回してみた。外からの見た目は古そうに見えた船だが、艦内のシステムは最新の状態に保たれている。所々、オレインが知らない装置も見受けられる。


 ……この船、見た目に反して内装は最新式じゃないか。

 明らかに田舎の惑星から出て来たばかりにしかみえないような若者が乗るような船じゃない。

 この男、何者なんだ……

 

「……あんた、名前は?」オレインは尋ねた。

「リッツァだ。宇宙海賊キャプテン・リッツァ。よろしくな……で、こっちはアンドロイドのマフィン」

 

「……宇宙海賊?キャプテン・リッツァ?……それが職業だと?」


 宇宙海賊そのものは珍しくはない。

 だがそれらは、宇宙マフィアの下っ端が海賊行為を行っているだけだ。

 わざわざ彼らは宇宙海賊と名乗ることはない。


 『宇宙海賊』という名称自体は、かつて人類が宇宙に進出し始めた大航海時代に名乗っていた名称であり、今ではその言葉自体が忘れ去られている。

 その宇宙海賊という職業を、目の前の男はわざわざ名乗ったのである。


 よほどの酔狂か、それとも金持ちの道楽か何かではないか……この船のシステムの見る限り、後者である可能性が高そうだ。

 

 それに、この若さでアンドロイドを所持しているとは……やはり相当な金持ちか……いや、アンドロイド……だと?

 

「その子……アンドロイドと言ったのか?どう見ても普通の人間じゃないか」


「ああ、マフィンの露出の多い格好が気になるのか?……それは気にするな。前時代の『ぼーか・るいど』とかいう奴にはまっていてな、そのコスプレだと思ってもらえればいい」


「リッツァ、ボーカ・ルイドは立派な文化なのですよ。バカにしないでください。


 マフィンと紹介されたその女性は頬を膨らませ、人差し指を立てながらキャプテン・リッツァに向かって言った。

 

「まて、そういう事じゃない。その娘はどう見ても普通の人間と変わらない姿をしているじゃないか。俺の知る限り、アンドロイドがそんな完璧に人間の姿をしているなんて、聞いた事がないぞ」

 

「マフィン、そうなのか……?」


「えと、わたしは、あまり他のアンドロイドと話した経験がないのでわかりません。ラボではアンドロイドはわたし一人でしたし、顧客もリッツァだけですので、他のアンドロイドの事は知らないです。


「だ、そうだ」


 この二人、世間の常識には疎いようだ。

 

「ラボに他のアンドロイドがいなかった……つまりは特注品オーダーメイドのアンドロイドってわけか。しかも型番に存在しない最新型……あんたら何者だよ……」

 

「だから言っているだろ、宇宙海賊だって……あ、俺のことはリッツァでいいぜ……なあ、俺たちのことはもういいだろ……それより……」

 

「それより、なんだ?」

 

「オレイン……と言ったな。宇宙パトロールの隊員がなぜこんな所で遭難していたんだ?」

 

 そうだった。

 目の前の二人の姿が珍しかったのでついそちらに気が行っていたが、今はそれどころではなかった。

 

「そうだ……俺はもともと、パトロール中だったのだが、レーダーがアルテロイドベルトの中に不審な影を見つけて、近くに寄ってみたんだ……そして気がついたら……こうなっていた」

 

 リッツァとマフィンは顔を見合わせる。


「リッツァ……それって……」


「ああ……おそらく、俺たちの探している物は……そこにある」

 

「探している物?どう言う事だ」


 オレインは訝しんだ。

 リッツァは真剣な顔で向き直る。


「オレイン、本来ならばまずあんたをステーションに送り届けてやりたい所だが、こちらの用事を先にすませてもいいか?……あんたを襲ったっていう奴の正体を知りたい。場合によっては戦闘になるだろうが」

 

「構わない。宇宙パトロールとして危険な存在を放っておくわけにはいかなしし、俺としても何に襲われたのかを知りたい……ただ、大丈夫なのか?この船で」

 

「ふん……心配するな。言っただろう。俺たちは宇宙海賊なんだ……マフィン、周辺を探知してくれ」


「了解!」


 マフィンは満面の笑みで親指を立てると、小走りで操縦席に向かった。


 船のブリッジには中央に船長用の椅子が一つ、前方にはアンドロイド用の操縦席がある。


 マフィンは操縦席に座ると、手を前方にかざした。


 マフィンの前に、半透明のスクリーンが同時に複数出現した。

 マフィンが指先を動かすと、それらのスクリーンに映る情報が目まぐるしく動く。

 どうやら、全てのスクリーンに映る情報を瞬時に理解し、それらを同時に操作しているらしい。

 女性の動きは人間では到底不可能だ。やはり高性能アンドロイドなのだ。


 マフィンはスクリーンの一つに映る情報を指差して言った。


「リッツァ、見つけました。ここから十時の方向•5パニーニの距離にいます」


 操縦席の上に大きなスクリーンが浮かび上がる。そこに宇宙地図が映し出される。


 地図にレーダーマップのレイヤーが追加され、この船の位置が点で示される。さらに十時の方向に、この船より大きな点が描かれていた。

 

「こいつか……でかいな」リッツァは呟いた。


「ですね……」マフィンも頷く。


「これが……俺を襲ったのか?……いったい何なんだ?これは?」

 オレインは誰にともなく呟く。それにマフィンが答えた。


「おそらく……ABオートビーストです……」


ABオートビースト……だと?こんな巨大なABオートビーストがあるっていうのか?宇宙パトロールの資料でも見たことないぞ!」


「ええ。私のメモリにも、私がアクセスできるクラウドストレージにもこのようなサイズのABオートビーストは存在しません。おそらく、カタログには載っていない特別個体。前時代の大戦の遺物……です」


 マフィンは答える。マフィンの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 

 ABオートビーストーーとは、無人機械兵器の通称である。


 前時代には主に人が乗って操縦するAAオートアーマーと呼ばれるロボット兵器が戦争の主役であった。


 やがて、AAオートアーマーのシステムをさらに巨大にした、戦艦並の大きさの有人ロボット兵器であるSAAスーパーオートアーマーと、大きさはAAオートアーマーと変わらないものの、無人で敵を攻撃できるABオートビークルが開発され、戦争の主役となっていった。

 

 戦争が終結した現代では、そられの兵器は厳格に管理されており、新規で製造できる数が限られているし、製造会社はカタログに登録し公開なければいけない。


 だが、辺境宇宙には未だに、先の大戦時に製造され密かに配備されたまま破棄された秘密兵器が眠っており、時折発見される事がある。


 今回のABオートビーストもおそらく、その類だろう……

 

「マフィン、出航だ」


 リッツァはそう言うと、ブリッジの中央にある船長席に向かう。

 そしてマントを翻し颯爽と船長席に座る。


「ラジャー、ネオスープル號、航海モードに移行します」


 リッツァの指示にマフィンが応えると、マフィンは操縦席から立ち上がった。操縦席が下に下がって行き、床下に収納される。


 マフィンは羽織っていたカーディガンを脱ぎ、手すりにかけた。

 そして、指を鳴らすと、マフィンの両サイドにホログラムの球体が発生する。


 マフィンはその球体を掴んで動かした。

 


 ゴゴゴゴゴゴ……



 三人の乗った船が動き出した。

 

 説明しよう。


 真空では本来、空気の振動がない為『音』は発生しないのだが、この世界の反重力装置を使用した反重力エンジン、または反重力レーザーなどの兵器に使われるシステムは、ある種の特殊な電磁波を微弱ながら放出している。

 その電波は真空中でも伝わり、人間の体内を電波が通過する際に、脳がある種の『音』として知覚する。

 その音はSEサウンド・エレクトリックと呼ばれ、ゴゴゴ……やバシュー……などの擬音で表現されるのだ。

 


「お……おい、あんたらまさか、ABオートビーストと戦うつもりなのか?」


 オレインは慌ててリッツァに叫んだ。

 

「もちろんだ。俺たちはそのために来たんだからな。なに、この船には戦闘用の装備も備えているから心配は無用だ」


「い、いやまて、幾ら戦闘装備があると言ってもこの小型船に詰めるくらいの装備で巨大ABオートビーストに挑むのは無謀だろ……まて、それ以前に……戦闘装備がある?」


「ああ、ちゃんと宇宙政府の許可はとってあるぜ。マフィン、見せてやれ」


「了解」


 マフィンがボログラムのコンソールを操作すると、スクリーンに船舶用武器装備の許可証が映し出された。


「たしかに、本物だが……なぜこんな職業も怪しげな若者に武器の許可証が……いや、そもそもこの船はなんだ、外からの見た目に反して中は最新設備だらけじゃないか。いったいあんたは何者なんだ?」


「だから言ってるだろう。宇宙海賊だと。それよりそろそろ会敵の頃合いだ。オレインといったな。危険だからそこの補助シートに座ってシートベルトをしっかり締めていてくれ」

 

「宇宙海賊……本気なのか……まあいい、その件は後で聞く。それに、装備があるなら俺にも戦わせてくれ。俺だって宇宙パトロールの一員だ。戦闘訓練くらいは受けている」

 

「気持ちは嬉しいが、この船『ネオスープル號』のコントロールは全てマフィンが制御していて、マニュアル操縦のシステムは無いんだ……」

 

「なるほど。このサイズの船には武器を収めるだけでも無理がある。たしかに操縦席なんて組み込めそうに無いな。わかった、俺はそこの席で借りてきた猫みたいに大人しくしているとするさ……」

 

 そう言ってオレインはサブシートに座った。



 宇宙船には、その大きさに応じて船級が決められていて、それぞれ操縦するのに船舶免許が必要となる。

 オレインの乗っていた一人乗り小型パトシップには特殊小型免許で十分だ。

 この船『ネオスープル號』はマーガリン級と呼ばれ、マーガリン級船舶免許が必要となる。

 因みに、さらに大きな船には、バター級、ピーナツバター級と呼ばれる船があるのだ。

 

「リッツァ、いました。ABオートビーストです」


「マジでかいな……」


 マフィンは前方の拡大映像をスクリーンに映し出し、それを見てリッツァは呟いた。

 

 スクリーンには、粗い映像で巨大な兵器が映し出されていた。


 その姿は、超巨大なワッフル……といった感じだった。


 ワッフルの所々にアームが生えており、砲塔と思われるパーツも幾つか見られる。


「あれが……ABオートビーストだと……映っているだけでも戦艦並みの装備じゃないか。アレとまともにやり合うっていうのか?」

 オレインは焦った。心拍数が上がる。

 

「もちろんだ……マフィン、準備はいいか?」

 

「リッツァ、いつでも行けます。ネオスープル號・戦闘モードに移行しました」マフィンはリッツァの方を振り返り、親指を立てる。

 

 リッツァはマントを翻し、叫んだ。

 

「よし、戦闘開始だ!マフィン、今週のビックリビックリマシーンだ!」


「はい!」

 

 マフィン返事をしてホログラムのコンソールを操作する。

 リッツァの手前に、ホログラムの台座が現れた。

 台座の上にはやたらデカい丸いボタンが一つあるのみだった。


「今週のビックリビックリマシーン……発進!」


 リッツァは叫んでボタンを勢いよく叩く。

 すると、ネオスープル號の下腹部にあるハッチが開き、そこから無数の小型メカが放出される。


 小型メカは、デフォルメされたサメの形をしている。


 まるで漫画バンデシネに出てくる愛らしいキャラクターのようなそれらは、放出されるや否や、一目散にABオートビーストの方に向かって行く。


 ホログラムの台座は消えていた。

 

「今週の……なんだって?」


 オレインは意味がわからない。

 

「何度も聞くな……俺だって言うのは恥ずかしいんだ……」


「その割にノリノリでしたけどね……」


 照れるリッツァにマフィンがつっこむ。

 

「言っておくが、俺が命名したんじゃないからな」

 リッツァは真顔で言った。

 

「じゃ、誰なんだ……」


「パトロンだ……パトロンの趣味と言うわけだ」 


「なに者なんだそのパトロン……この船にアンドロイド、それに変な命名……何もかもがわからない……」


「来たぞ!」

 オレインの疑問をリッツァの叫びが遮る。

 

 ABオートビーストはビックリビックリマシーンの存在に気がついたらしく、ABオートビーストの周りに装着された砲塔が一斉に火を噴いた。


 銃口からはレーザービームが放たれ、ビックリビックリマシーンを粉砕して行く。


 さらにABオートビーストは、追尾ミサイルも放出する。


 ビックリビックリマシーンはミサイルとレーザーによって、次々に破壊され、重低音の破壊SEが脳内に鳴り響く。

 

「おい、負けてるぞ……」


 オレインはリッツァに言った。

 

「うるさい……まだこれからだ」


 ビックリビックリマシーンは破壊されても、次々にネオスープル號から発射されるため、次第にABオートビーストに近づける物が増えて行った。

 やがて一台のビックリビックリマシーンがABオートビーストに取り付く。


 取り付いたビックリビックリマシーンは消滅し、ABオートビーストの機体にぽっかりと円形の穴が空いた。


 その後、複数のビックリビックリマシーンもABオートビーストに取り付く事に成功し、同様に消滅し、ABオートビーストの機体には複数の穴が開いた。

 

「な……なんだあの兵器は……ビックリビックリマシーンなんてふざけた名前の割にはエグい攻撃するじゃないか……」

 オレインは思わず呟いた。

 

「小型反重力爆弾だ」リッツァはオレインに答える。


「反重力爆弾だと……ありえない……なんであんたがそんな最新兵器を持っているんだ……」


「だから言ったろ……心配無用だって」


「それに、この娘は船を操縦しながらあのメカ一体一体を操作しているのか?」


 マフィンは両手で手にしている球体でネオスープル號を操作している。


 マフィンの目の前にはホログラムスクリーンにマップが映しだされ、ビックリビックリマシーンの動きが投影されている。


 ビックリビックリマシーンはそれぞれ別々に動き、ABオートビーストのレーザーとミサイルを掻い潜っている。


「ああ。マフィンのCPUコンピュータはこの船と並列処理でつながっている。脳内コントロールで船の操縦と兵器の操縦をしているのさ。因みに手にしている球体には特に意味はない。ホログラムのスクリーンもマフィンには必要ない。これらはただのカッコつけなのさ。マフィンは最近、前時代のアニメーションにハマっていて、真似してみたくなったそうだ……」


「リッツァ、バラさないでください……言わなければオレインにはわからないのですから……」


 マフィンはそう言って口を尖らせる。

 

「というか……動かしているのはマフィン一人なのだろう……だとするととんでもない量の並列処理をしているという事になるぞ……ただの船舶操縦用アンドロイドの性能を軽く超えてる……国家機密レベルの戦闘用アンドロイドでもない限り……」


 もはや目にする物全てがオレインの常識を超えている。

 

 

「それは褒めすぎですよ。わたしはただの船舶航海用アンドロイドです……」


 照れるマフィン。

 本気なのか冗談なのかわからない。

 

 ふと、オレインはマフィンが汗を大量にかいている事に気がついた。


「なあ、凄い汗だが……大丈夫なのか?」


「ん……?ああ、気にするな」

 リッツァが答える。


「マフィンは膨大なデータを並列処理でリアルタイム演算している。そのため、CPUの発熱を抑える為に発汗しているんだ」


「ええ、オレイン、安心して下さい。私はこの程度ならオーバーヒートしませんから」


 CPUの熱を覚ます為に、マフィンは常に薄手の服しか着ることができないのだ。


「さて、今の攻撃でかなり削れたな。トドメと行くか……」


 リッツァが言い終える前にマフィンが「待って下さい!対象の動きに変化があります!」と叫ぶ。

 

 スクリーンに映し出されたABオートビーストを見ると、確かにビックリビックリマシーンの攻撃によって、強大なワッフルだった表面の装甲はほぼ消滅していた。


 まるで、食べかけのワッフルの中から機械が剥き出しになっているように見える。


 しかし、突然ABオートビーストが変形を始めた。ワッフルの前半分がぱっくりと左右にわれて開いて行く。そして中から、超巨大な砲塔がその姿を現した。

 

「な、なんだあれは……砲台だと……あんな巨大な砲台があるのか……」オレインは絶句した。

 

「四・十六パニーニはあるな……流石にアレを喰らえば、さすがのネオスープル號でもひとたまりもない……」


 ここに来て、リッツァの顔にも焦りが見える。

 

ABオートビーストの中央砲塔にエネルギーが集中しています。演算ではあと五分後に発射されると予想されました……リッツァ……どうしますか?」


マフィンはリッツァを注視する。

 

「アレを使おう。マフィン、三分以内に急いで準備してくれ」

 

「あれ……まさか、波動カノン……ですか?まだ試験段階で、テストもしていませんが……」


 焦りの顔を浮かべるマフィン。

 

「なにいいさ、ここでテストしよう。ちょうどいい的もあるし、なにより五分以内にABオートビーストを仕留めるには波動カノンを使うしかないだろう」

 

「わかりました……波動カノン発射準備」


 マフィンが言い終わるや否や、ネオスープル號に振動が走る。

 

「波動カノン……また聞いた事のない兵器だな……」


 オレインはもう何を言われても動揺しないぞと腹を括った。

 

 ネオスープル號の船体、下部ハッチが大きく開く。さらに下部船体そのものが左右に開き、そこから砲塔がせり出してくる。

 

「波動カノンチャージします。エネルギー充填約十パーセント……二十パーセント……」


 マフィンはカウントアップを始めた。

 それと共にネオスープル號の照明が暗くなる。


「ネオスープル號のエネルギーは今、全て波動カノンに注がれている。そのため、ネオソフト號の動力、空調、照明システムは一時的に切れている。撃ち終わっても再度システムを起動するまで時間がかかるから、この一撃でABオートビーストを倒せなければ、俺たちの負けだ……遺書なら今の内に書いておいてくれ」

 

 スクリーンを見ると、ABオートビーストの砲塔が禍々しく赤い光りを放っている。こちらも今にも撃ってきそうだった。

 

「マフィン……まだか?」


「あと二十……十……エネルギーチャージ完了。撃てます」

 

 マフィンがそう言うと、再びリッツァの前にホログラムの台座が現れた。


「よし、波動カノン……発射!」


 リッツァは台座のボタンを叩く。

 


 バシュゥゥゥゥゥゥゥ

 


 ネオスープル號の波動カノンから、激しい衝撃波が放たれ、SEが響き渡る。



 ズゥゥゥゥゥン



 波動カノンは見事ABオートビーストに命中し、オートビーストは破壊された。


「やりました、ABオートビースト活動停止」とマフィンが伝える。

 

「な……なんて威力だ……」

 

「ふう……うまくいったな……」


 リッツァはそう言って額を拭った。

 

 

 ——数時間後

 

 

 ネオスープル號は未だ、ABオートビーストと戦った戦闘宙域にいた。

 

 ネオスープル號は戦闘モードを解除し、武装を格納していた。


 船体の下部ハッチが開き、中からアームが二本伸びてきた。

 アームの先にはマジックハンドのような手がついている。

 

 アームの先についた手を使って、ネオスープル號はABオートビーストの残骸を漁り始めた。


「俺たちの探し物に付き合わせてしまって悪い。もう少しだけ我慢してくれ」

 

「構わないが……一体、何を探しているんだ?」


「……あった、あれだ。マフィン」

 

「はい……捕獲します」

 

 ネオスープル號のアームはABオートビーストの瓦礫の中から、一つの物体を掴み取った。

 それは、緋色に輝く、サッカーボール大の宝石のようなものだった。

 

「あれは……なんだ?」


 オレインはそのようなものは今まで見たことがない。

 

「ノヴァスフィア。この宇宙に十六個しかない宝石だよ……俺たちが探していたのはこれさ」

 

「ノヴァスフィア……聞いたことがないな……」オレインは怪訝な顔をした。

 

「それ以上は知らない方がいい……そして、この単語も口外はしない方がいいだろう」

 リッツァは声を潜める。

 

「そう……なのか。まあ、とりあえずは他の人には黙っておこう。命を助けてもらった礼もあるしな。それに、明らかに君たちは普通の人たちではなさそうだ……とはいえ、いずれ事情を聞かせてもらえるとありがたいが……」


 オレインは、それ以上は今は聞かない事にした。

 謎は多いが、少なくとも彼らは悪い人ではなさそうだ。

 

 その後、リッツァの船は宇宙ステーションの近くまで航行した。

 宇宙ステーションの近くまで来ると、中までは入らず、オレインは超距離転送で宇宙ステーションの中に転送された。


 せめて礼をと言うオレイン。

 リッツァは、何もいらない。その代わり、俺たちの事は暫く黙っていてくれるとありがたい……と言われた。


 オレインは渋々わかったと答え、リッツァ達と別れた。

 

 その後、リッツァ達がどこへ行ったのかは、わからなかった。

 

 

——数時間後



 リッツァは、まるで常夏のビーチのような場所に来ていた。


 常夏の太陽が照りつけ、椰子の木が点々と生えた。辺り一面砂浜に視界の先まで真っ青な海の、絵に描いたようなビーチだった。


 砂浜にはネオスープル號が停まっている。

 砂浜の下から太いチューブが伸びて、ネオスープル號の燃料タンクに繋がっていた。


 リッツァはラフな服装とサンダルに着替えて、砂浜にいた。

 砂浜にはビーチチェアとビーチパラソルが置かれており、リッツァはビーチチェアの隣に、背筋を伸ばして立っている。

 ビーチパラソルはビーチチェアとその横に立つリッツァを覆ってもまだ余りある大きさだった。


 ビーチチェアには、サングラスをした若い女性が寝そべっていた。

 女性は、ビキニ姿で見た目は十代後半くらいに見える。

 髪は黄金色ブロンドで、肩のあたりでボブカットにしていた。

 

「やはり、あのノヴァスフィアは模造品イミテーションでしたか……」


 リッツァは寝そべる女性に言った。

 

「ええ、試しに装置にセットしたら一秒も経たずに粉々……よ」


 女性はおどけたように腕を広げて言った。


「まあ、もし本物だったらABオートビーストがあの程度で破壊できる訳はない……とは思いましたが……」


「ごめんね。あたしの探知機じゃ、まだ本物か模造品イミテーションかの区別まではつけられないの。結果として無駄足踏ませちゃったわね」


「いえ、構いません。それより、あのネーミングセンスだけ、なんとかしてくれませんか……ルーチェ王女」


 リッツァがそう言うと、女性はビーチチェアから起き上がり、リッツァの唇を指でそっと抑えた。

 

「宇宙海賊キャプテン・リッツァ……てイケてるネーミングだと思うけどな」


 戯けるルーチェ。


「それに、多少は大仰でふざけた名前の方がレッド•サフの目を逸らすにはいいのよ。そう思わない?」

 

「たしかに……それはそうですが……今週のビックリビックリマシーンって名前だけはなんとかなりませんか……いちいち言うのがどうもダサくて」

 

「ネーミングには口を出さない……って約束よ。さて、あたしはマフィンのメンテナンスしてこよっかな。宇宙海賊キャプテン・リッツァは次の探し物まで、ここでゆっくりして行くといいわ」


 そう言うとルーチェはそそくさと歩き出した。


「ダメか……ちっ」

 ルーチェが遠くに行ったのを確認してからこっそりと舌打ちする。


「ん?リッツァ今なんか言った?」


「いえ……何も言ってませんが……空調が誤作動でも起こしたのでは?」


 振り向いたルーチェに、リッツァは慌てて咄嗟に思いついた出鱈目な言い訳を返した。なんて地獄耳な王女様だ……。


「そんなヤワな整備してないわよ。ま、いっか……さ、お遊びはおしまい。仕事に戻るわ」


 ルーチェが指を鳴らすと、さっきまで常夏のビーチだった空間が一瞬にして真っ白な空間に変わり、その後、おこかの大きな倉庫か格納庫の様な場所に変わった。


 ルーチェは倉庫の壁にかけてあった白衣を水着の上から羽織ると、隣室への扉を開けて中に入って行った。


 部屋は実験室のような部屋になっている。

 中央には手術台のような場所があり、そこには目を瞑ったまま微動だにしないマフィンが寝ていた。

 

「さて、あたしのかわいいマフィン……いつもブレッド・ウィード……いえ、キャプテン・リッツァを守ってくれてありがとね。それではマフィンのメンテナンスを始めようかしら……」


 ルーチェはそう言うと、マフィンの体の上に手を翳す。

 マフィンの体の周囲に半透明なスクリーンが幾つも映し出され、スクリーンには文字が次々と映し出されて行く。

 マフィンが指を鳴らすと、空中に半透明なキーボードが現れる。

 キーボードを素早い手付きで操作する。

 マフィンの体が、仄かに白く淡い光を放ち始めた……。

 

 

 リッツァは倉庫の中にポツンと置かれたビーチチェアに座りながら、倉庫の奥でケーブルに繋がって給油を受けるネオスープル號を眺めていた。

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