終着駅

ケン・チーロ

終着駅


 Ⅰ・失踪

「はい…そうですか、分かりました。ありがとうございます。いえ、お気遣いありがとうございます。はい、ではまた」

 私は、事務的に話す相手の言葉を軽く遮り、受話器を置いた。ふぅーと大きくため息を吐き窓の外を見る。先ほどまで仄かに赤み掛かっていた空は、深い藍色に染まりつつある。

 午後五時過ぎ、私は沖縄県警捜査一課に居た。同僚達は皆現場に出ていて、室内は私と課長の二人だけだった。

「生活安全課からか?」

 課長席から声が掛かる。私は立ち上がり、課長を向いて頷いた。

「今日も発見の報告はなかったとの事です」

 そうか、と課長は小声で呟いた。

「本島全域を捜索している。各所轄を信じて希望は捨てるな」

「ありがとうございます」

 私は一礼をし、席に着いた。

 私の祖母、比嘉花が失踪してから一カ月近く経とうとしていた。今年で九三になる祖母は軽い認知症も患っていて、失踪したのは今回が初めてではない。数年前から年の瀬が迫るこの時期になると、那覇のアパートから姿を消し、かつて祖母の家があった与那原町の公共施設付近で保護される事を繰り返していた。

 認知症で見当識を無くした老人が保護されるケースはよくある話だが、今回は少し事情が違っていた。祖母は長年患っていた右膝の炎症が悪化し、心臓も弱っていた事から、今年の春より大学病院に入院していた。院内を歩くのも介助が必要になり、寝たきりになる可能性も高い事から担当医と今後の治療方針や介護体制を相談していた矢先で、身体の状態から、とても一人では病院外へ出て行く事など考えられなかった。そしてもう一つ決定的な事があった。

 それは祖母らしき人物と見知らぬ男が、一緒に病院から出て行く映像が、病院の防犯ビデオに残っていた。

 残念ながら男の顔はサングラスで隠れ、はっきりとした顔は分からなかったが、四〇代くらいの男だった。祖母らしい、と明確に断言出来なかったのには理由があった。それは映像が不鮮明とかの問題ではなく、祖母がしっかりとした足取りで男と歩いていたからだ。

 祖母が居なくなった連絡を受けた私が病院に駆けつけ、担当看護師達と防犯ビデオの映像を調べていた時、誰もが普通に歩いている祖母を最初は認識できなかった。何度も同じところを再生し、映像を拡大してようやく祖母本人である事を認めた後も、全員が首を捻った。

「そういえば一週間前くらいから、比嘉さんの体調がよくなっていたわよね」

「血色も良かったしバイタルも改善されていたけど…」

 看護師達が最近の祖母の具合が良好であった事を口々にしていたが、その程度の事で寝たきり一歩手前の祖母が健常者と見間違う程に歩けるようになるとは思えない。不思議な事ではあったが、結果として第三者による連れ出しの可能性が高いと結論付けられた。

 だが誘拐事件として扱うには状況証拠が乏しく、事件に巻き込まれた可能性が高い特異行方不明者として捜索対象になった。現職警察官の身内である事と、かなりの高齢者で命の危険が高い事から、捜索は最優先で行われていたが、毎日夕方に来る定時連絡に、明るい報告はまだ無かった。

 私は机の上にある一枚の写真を手に取る。防犯ビデオに写っていた祖母と、サングラスの男が並んで歩いている所を静止画にしてプリントアウトした写真だ。

 この写真は祖母が歩いていると言う事実以上に、多くの不可思議な事が焼き付けられていて、それが私を大いに混乱させていた。。どうみても六〇代の女性だ。

 看護師達も口には出さなかったが、同性であれば、喉元や目尻の皺、肌の状態からそう感じていた筈だ。防犯ビデオの解像度の問題や、プリントアウトした際に生じる画素数の低下による錯覚ではない。幼くして父を、大学生の時に母を亡くした私を、親代わりに育ててくれた祖母を身近に見ていたから分かる事だ。

 そしてその若返った様に見える祖母は、微笑んでいた。

 祖母だけではない。隣に居る男も笑みを湛えている。笑いながら誘拐される人間は居ない。傍から見れば仲の良い親子に見えるが、漁師だった祖父との間に生まれた子供は、亡くなった父しかいない。

 だが一つだけ気になる事がある。祖母が失踪する少し前の事だ。

 非番になり、久しく行けなかった見舞いに祖母の病室を訪ねた時、白衣の男性が病室から出て来る所だった。すれ違い際、チラッとお互いに目を合わせ軽く会釈をしたが、その時妙な感覚を覚えた。

 それは既視感だった。

 病室は六人部屋で、祖母以外の患者さんの担当医だろうとその時は思った。その男とサングラスの男が何処か似ている。刑事と言う職業柄、目元を隠していても、顎のラインや耳、鼻筋で人を見分ける訓練を受けてきた。

 その成果で、この二人の人物は良く似ていると、刑事としての私が告げている。

 だが同時に私はその考えを否定する。何故なら明らかに年齢が違い過ぎている。すれ違った男は白髪で恐らく六〇代の老人。

 サングラスの男は黒髪の四〇代の中年男性。カツラや変装を施したとも考えられるが、そんなことを言い出したらキリが無い。私は自分の思い込みだと判断し、捜索を担当する同業の警察官の事情聴取にも他の看護師と同じく、見知らぬ人物だと伝えた。

 ほぼ寝たきりの老婆が、普通に歩いて見知らぬ男と笑いながら自分で病院から出て行った。しかも、老婆は若返った様に見える。簡潔に纏めれば、祖母の失踪はそういう事になる。

 私はため息を吐き、写真を机に戻した。机の上にはもう一つ、祖母に関するモノがあった。

 表紙がボロボロの『銀河鉄道の夜』の単行本だ。それは祖母が女学校時代からの愛読書で、戦争中もずっと肌身離さず持ち続けた年季の入った本だった。私は本を手に取りパラパラと頁を捲る。

 戦前に出版された本で、ざらつく紙質と、旧漢字が多い読みづらい文章に、その本の中だけ時が澱み沈殿しているかのように思える。

 私が四歳の時父が他界し、働き手を失った母は、その頃与那原で乾物屋を営んでいる祖母に私を預け、働きに出た。大人になって知った事だが、船が転覆し帰らぬ人になった祖父との結婚生活は僅か数年だったらしい。

 それから祖母は再婚もせず、女手一つで店を切り盛りしていた。夫と一人息子に先立たれた悲運や苦労にもめげず、毎日笑顔でお客さんの相手をしていた祖母の後姿を今でも覚えている。そして母親と同じくらい愛情を私に注いでくれた。日が暮れても、中々迎えに来ない母恋しさに泣く私を、祖母は優しく宥めてくれた。

 そんな時、祖母は童話の絵本を読んでくれた。やはり宮沢賢治の童話が多かった。『注文の多い料理店』『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』…祖母の影響か、私も『銀河鉄道の夜』がお気に入りだった。

 この童話が、陽炎の様に儚く消えてしまう死者達との物語であると理解出来たのは、中学に上がってからだったが、幼い私は星々の中を蒸気機関車が駆け抜けていく、なんとも壮大でそしてなんとロマンチックな話だろうとワクワクして聞いていた。字が読める様になり、自分でも何度も読むうちに内容は全て覚えてしまったが、一つだけ分からない所があった。

 それはカンパネルラとジョバンニの別れのシーンだ。一緒にどこまでも行こうと誓ったカンパネルラは、ジョバンニの前から何も言わず忽然と姿を消す。その理由が子供の私には理解出来なかった。

「カンパネルラは、どうしてジョバンニを残して居なくなったの?」

 或る時、何気なく祖母にそんな質問をした。祖母は少し寂しそうな表情になった。それは私が初めて見た祖母の影がある顔だった。聞いてはいけない事を聞いたのかと、子供心に心配し始めた時祖母はゆっくりと口を開いた。

「どうしてかね。でも仕方が無かったのよ。でも…」

 でも、を祖母は三回重ねた。

「でも本当は一緒に連れて行ってほしかったね」

 祖母はそう言って微笑んだ。全く答えになっていなかったが、その時の祖母の顔や言葉を、何故か忘れずにいる。

 私は改めて単行本を手に取った。入院が決まった時、祖母はこの本を鞄に入れた。祖母は失踪したが、この本は枕元に残されていた。一緒に戦火を生き延びた愛着のある本を残して、祖母は何処に行ったのだろう。

 私が果てない心配事をしていると、課長席の電話が鳴った。

 電話に出た課長は二言三言交わした後無言になり、はいとだけ答え受話器を置いた。間髪入れず課長は私の名を呼び、こう告げた。「比嘉巡査部長、本部長が指揮室でお待ちだ。すぐに向え」

 

 Ⅱ・来訪者

 重大事件や震災時でしか使用されない指揮室に、何故本部長自らヒラ警官の自分を呼び出すのか見当がつかなかったが、私は指揮室の扉を二回ノックし、来訪を告げた。

「比嘉梢巡査部長、参りました」

 暫くして中から入れ、と声がした。私は扉を開け指揮室の中に入った。広いフロアの中央に長机と椅子があり、机の向こうには二人の人物が居た。 

 私を呼び出した本部長は立っていて、もう一人は座っている。長髪で、白いシャツに黒のジャケット。私の知らない女性だった。 

 本部長はチラッと女性を見ると小声で何か話し、机から離れこちらに向かって歩き始めた。私は直立不動のまま本部長が来るのを待った。本部長が私の正面まで来た。一瞬本部長と目が合う。

「彼女に協力しなさい。ご祖母様発見の手がかりになるかもしれない」

 私は、えっと声を上げたが本部長は止まる事なく、扉を開け出て行った。

「比嘉梢さん、でいらっしゃいますね」

 よく通る声が聞こえた。私は思わず声のする方に鋭い視線を向けた。

「どうぞこちらまで。お話ししたい事があります」

 長髪の女性は澱みなく言葉を続けた。私は釈然としないまま、そこに向った。机の前に立ち、改めて女性の顔をじっと見る。目鼻立ちのスッキリとした美形の女性で、やはり初めて見る顔だった。

「お座りください」

 促されるままに私は椅子に座った。机の上には黒いアタッシュケースとタブレットが二つ置かれていた。

「はじめまして、宮島梓と申します」

 その美人はそう名乗り、机の上に名刺を置いた。

『厚生労働省大臣官房付技官 先端医療技術局局長兼国家戦略区担当PL 宮島梓』

 大臣官房付?局長? 私は名詞と宮島の顔を交互に見た。

 歳は私とさほど変わらない様に見えるが、宮島の肩書が本当なら三〇代の年齢では異例の役職だと私は驚き、益々訳が分からなくなった。何故その様な人物が県警本部長を通じて私を呼び出したのか?

「急を要するので単刀直入にお話しさせて頂きます」

 戸惑う私を無視して宮島は話し始めた。

「貴方のおばあさま、比嘉花さんに関係する事です」

 私は改めて宮島の顔を見た。宮島は何処か緊張していた。

 宮島はタブレットを手に取り画面に指を滑らせた。机に置かれていたもう一つのタブレットが起動した。そのタブレット画面に私は目が釘付けになり、タブレットを手に取った。

 そこには、病室ですれ違った男と良く似た人物の顔が映し出されていた。

 証明写真の様に、男は無表情で真正面を向いていてグレーのシャツを着ている。

 だが少し違う。やはり年齢だ。顔の皺が深く、白い髪も明らかに薄毛で私が目撃した人物より年老いて見える。

「この男性は誰ですか?」

 私は思わず問い質していた。

「保阪慶氏。岩手県花巻在住の人物です」

 保阪?岩手?記憶を辿ってみたが、母や祖母からそんな名前や、ましてや東北に関係する話を聞いた事は無い。

「最近この人物とお会いしましたか?」

「…良く似た人物とすれ違った事がありますが……」

「年齢が違っている、この画像より会った人物が若く見える。そうですね」

 どうして分かる? 軽い驚きと共に私は宮島を凝視した。

「順を追って説明しますが、多少常軌を逸する事態ですので、落ち着いて私の話を聞いてください」

 宮島は極めて冷静な口調で私をじっと見て話した。祖母が不可思議な失踪をした時点で既に私の中では常軌を逸した事態になっている。

 私は宮島の目を見て頷いた。宮島も軽く頷いた。

 

 Ⅲ・神の御業

「私達は国家戦略の一つとしてある新薬の開発を製薬会社と共同で行っています。その新薬は、再生医療を応用した理論に基づく画期的な薬で、重度の認知症やアルツハイマーなどの脳の機能障害を改善し、更に脳自体の活性化が期待されています。

 動物実験を経て人体への臨床実験段階になり、再生医療施設の国家戦略特区があった岩手県内にて被験者を募りました。その中で全ての条件に一致していたのが、彼でした。私達は半年前から準備を進め三カ月前に本格治験を開始。成果はすぐに顕れました」

 宮島はそこで言葉を切った。

「比嘉さん、彼は何歳くらいに見えますか」

 奇妙な質問に私は顔を顰めた。

「…八〇代半ば位に見えますが」

 正直に答えた。

「これはおよそ二か月前に取られた写真ですが、保阪氏の生まれは大正八年。今年で九八になります」

 私は宮島が何を言っているのかすぐには分からなかった。個人差はあるだろうが、タブレットに写っている男性は、どうみても百歳近くには絶対に見えない。

「これが顕れた成果の一つです。私達にはイレギュラーな出来事でした」

 ――イレギュラー?  

 まさかと思ったがそれは余りにも非常識な事で、すぐには言葉にならなかった。

「……若返った?」

 宮島は静かに頷き、タブレットを操作した。

「新薬投与以前の保阪氏です」

 持っているタブレットにベッドに寝ている老人が映し出された。画面の下の日付は六カ月前を示していた。眼窩の深く窪み、目には全く力が無い。

 皺だらけの顔は微塵も動く気配がなく、口はだらしなく半開きだった。だが確かに先ほど映し出されていた顔の面影がある。

「保阪氏は十年程前から認知症を発症。脳の萎縮も進行し、二年前に重度の認知症と診断されました。身寄りも無く、私達施設に入所した時には、ほぼ寝たきりになっていました。ですが治験開始から二週間後にはベッドから起き上がるまでに回復、その頃には日常会話が出来るまでになりました」

 画面が変わった。保阪はベッドから起き上がり、杖を点いて病室の中をゆっくりと歩いていた。顔のアップは見えないが、身体の動きや仕草に力が漲っているのが分かる。

「新薬は、萎縮した大脳に残されていた未使用領域の活性化と、大脳基底核及び前頭連合野、海馬の連携シナプスの疑似回路作成を目的としていました。つまり思考力上昇と記憶野の活性化が期待されていましたが、保阪氏のケースは私達の想像を大きく超えた事態になりました。これは失踪直前の保阪氏の映像です」

 また画面が切り替わった。保阪は見た目にも七〇代の老人になり、病衣姿で机を挟んで白衣を着た、恐らく研究者であろう、二、三人の人物と何か熱心に会話をしている。声は聞こえてこないが、表情は生き生きとしている。

「保阪氏の知能は僅か数か月で劇的に上昇、私達の研究者と対等に今回の実験に関して学術的議論を出来るまでになっていました」

 私は呆然としてしまった。常軌を逸する、宮島はそう言ったが、ここまでとは全く想像していなかった。

 薬を投与するだけで、僅か数か月で寝たきりだった老人が立って動ける様になり、研究者レベルの事を議論するまで知能が上昇し、しかも容姿が若返って行く。

 もしそれが本当の事なら、神の御業としか思えない。その時、はたと我に返った。正直そんな事はどうでもいい。

 問題は何故そんな人類史を塗り替える大発明と、私の祖母の失踪が関係しているのか。全く話が見えない。

 私の表情を察したのか、宮島が私の目を見てまた軽く頷いた。

「貴方を呼んだ理由を今からお話しします」

 そう言った宮島の顔は何処か影があった。

 その顔は、かつて私が祖母にジョバンニとカンパネルラの別れを聞いた時の祖母の顔に、何故か似ていた。

「保阪氏は戦前、地元の岩手軽便けいべん鉄道で運転士をしていました。昭和十二年に岩手軽便鉄道は国有化され、軽便の廃止が決まった為、不要になった軽便規格車両が順次他の軽便鉄道会社へ払い下げられる事になりました。そして昭和十六年、沖縄県営鉄道への払い下げ車両と共に保阪氏が技術指導員兼運転士として来沖しました」

 保阪と沖縄の繋がりがようやく出て来た。

「軽便…ケービン鉄道?」

 私は思わず口にした。宮島は頷いた。

「その事と、祖母にどういった関係が」

 そう言いながら、私の頭は急速に動き始めていた。刑事としての勘、否、もっと原初的な直感が頭の中で炸裂していた。

「約一ヶ月前、保阪氏は施設から失踪。その際新薬も持ち出しました。向かった先は沖縄。理由は比嘉花さんに会うためです」

 宮島は初めて深呼吸をすると、間を置いて口を開いた。

「保阪氏は、比嘉花さんと婚姻関係にありました。つまり貴方のおじいさまになります」

 

 Ⅳ・失われたモノ

 電撃が体の中を貫いたかの様に衝撃が走る。直感が確かにそうだと叫んでいる。

 ――辻褄は合う。

 若返りの神薬、それを飲んだ寝たきりの祖母が祖父と共に自らの足で病院を出て行った。保阪の顔に既視感を覚えたのは当然だ。

 物心つく寸前に亡くなった父の顔を、私は写真でしか分からないが、確かに父の顔に似ている。

 祖母の家にあった仏壇には、父と祖父の遺影が飾られていた。今思うと二人は似ていない。父は少し線の細い印象だが、祖父は角ばった顔でいかにも海人らしい。

 だからと言って、この二人に血縁関係が無かったとは、すぐには信じられない。

 宮島の言葉を信じる気持ちと、否定する気持ち。

 相反する感情が激しく鬩ぎあっていた。

 だが感情に押しやられた僅かな理性が冷静になれと警告している。まだ疑問がある。私は心を落ち着かせ、それを口にした。

「祖父は漁師で、海で死んだと聞かされていましたが」

「そこには複雑な事情がありました」

 宮島はアタッシュケースを開け、クリップ止めされた冊子と一枚の紙を取り出し私の前に差し出した。

 冊子の中央には毛筆で

沖繩縣營鉄道糸満線おきなわけんえいてつどういとまんせん爆発事故処理始末書』

 と旧漢字混じりで書かれ、その下に『甲類 機密』と赤いスタンプが押されていた。

 字体や、表紙の雰囲気からかなり古い書類だと分かるが、これはカラーコピーをしたものだと、紙質で分かった。もう一枚は手書きの戸籍謄本で、こちらは白黒コピーだった。

 私は真っ先に謄本の本籍地の住所に目が止まった。

 大里村与那原おおざとそん よなばる、現在の与那原町。世帯主は比嘉繁。

 私の祖父で欄はバツ線が引かれている。妻の名前は花。第一子が私の父、栄一。父の欄にもバツ線がある。初めて見る父の家族のルーツだった。

「花さんが比嘉家の籍に入られたのは昭和二二年。ですがお父様の栄一さんの出生日は昭和二〇年六月。無礼を承知で申し上げますが、お父様は花さんの連子だったのではないでしょうか」

 宮島の慇懃いんぎんな言葉はどうでも良かった。

 確かに謄本には宮島の言う通りの日付が記載されていたが、

 日付の不一致は状況証拠だ。私は納得できていない視線を宮島に向けた。宮島は、もう一つの冊子の方を見た。

「私は、全ての始まりはこれだと思っています」私も冊子を見た。

 宮島は静かに語り始めた。

「昭和十九年十二月十一日、兵士と軍事物資を積み嘉手納かでな駅を出発した軽便車両は、南風原はえばる付近で大爆発を起こし、兵士二〇六名と女学生八名、乗務員三名の全員が死亡しました。遺体はほとんど原形を留めていなかったそうです。この大惨事の中でただ一人、生存者が居ました。運転士だった保阪氏です」

 私は息を呑んだ。宮島は話を続けた。

「ですが保阪氏は頭部に深刻な傷を負い、緊急手術を受け一命を取り留めましたが、意識が戻ったのは翌年一月でした。生存者であり、事故を起こした鉄道の乗務員でもある保阪氏に、軍は事情聴取を行いましたが、保阪氏は外因性による記憶障害を起こしていました。所謂、記憶喪失です」

「その事を祖母は…何故、生きていたならその事を」

 私は混乱していた。理路整然と言葉が出てこない。宮島は静かに首を振った。

「事故は軍により緘口令かんこうれいが敷かれ隠蔽されました。事故の二ヶ月前、沖縄は大空襲を受け県民や軍内部にも動揺が広がっており、そんな時に兵士が大勢死亡した事故を、報道する情勢ではないと判断されました。軍の監視下で犠牲者達の肉親だけ集められ極秘裏に遺体の無い葬儀が執り行われました。しかし保阪氏は機密保持の為、二月に故郷岩手の陸軍病院に転院させられたと、その始末書には記載されています。これは憶測ですが、軍は花さんに保阪氏死亡の虚偽報告をし、口止めしたと思われます。そしてその翌月、沖縄戦が始まり、終戦直前の八月十日には花巻も空襲を受け、多数の犠牲者と共に役場も被害を受けました」

 宮島は言葉を止めた。

 あぁと私は納得した。

 二百余名死んだ大惨事の事も、二人が結婚していた証も、戦火の炎に焼かれ、記録も記憶も無くなってしまったんだ。

「保阪氏の重度の認知症はこの時の傷が大きな要因です。傷の位置や損傷具合が始末書に記載されていました。そして私達施設入所時に撮った頭部MRIと照合し、同一であると確認しています」

 私は何も言えず、宮島の話を聞いていた。

「保阪氏が社会復帰したのは昭和ニ一年。その際焼失した戸籍を再登録していますが、婚姻の記載はありませんでした。これも憶測ですが、保阪氏は、沖縄での出来事全ての記憶を喪失していたのではないでしょうか」

 

 Ⅴ・辿り着く場所

 私は目を閉じた。全て筋が通る。恐らくこれは真実だろう。

 だがなんて切ない。

 祖母は愛する人を死んだことにされ、祖父は愛する人の記憶を失っていた。

「保阪氏は脳機能が再生された事により、失われていた記憶が甦りました。そして失踪する直前の保阪氏のITスキルは専門職を超える域でした。花さんの消息もネットを駆使し探し出したと思われます。言い辛い事ですが、この資料は全て保阪氏が役場と防衛省にハッキングを行い、入手したものです。ですがこれが無ければ、沖縄と貴方には辿り着けませんでした」

 私は目を開けた。驚くべき告白だったが、私は冷静にそれを受け止めていた。

「保阪氏が行方をくらましたのが約一ヶ月半前、その二週間後に爆破事故の始末書、そしてその二週間後に戸籍謄本をメールで私達に送ってきました。勿論発信元が分からない様にスクランブルを掛けて」

「保阪……祖父は何故そんな手間の掛かる事を」

「時間稼ぎと見つけて貰いたいためです」

「時間稼ぎと……見つけて貰いたい」

 私は矛盾する二つの言葉を反復していた。

「投与された新薬の効果が顕現するのに約一週間、その後継続投与により二週間掛け脳機能と身体の再生が段階的に起こります。そして何より、二人一緒に過ごす時間が保阪氏と花さんには必要だった」

 宮島は再びタブレットを操作した。私の手元のタブレット画面が変わる。

『新薬メレリド及び阻害薬投与に関する効用と副作用の考察』

「昨日届いた保阪氏からのレポートです。最後の頁を見てください」

 私もタブレットを操作した。画面を指でなぞると頁が捲れて行く。

 専門用語や複雑な数式が並び、書かれている内容を理解する事は出来ない。だが最終頁で指が止まった。


『梢へ。一瞬だが顔を見られて良かった。若い頃の花さんに似て美人だ。刑事だと知った時は驚いたが自分の人生だから思う存分生きなさい。今はそれが出来る時代だ。お前には悪いが花さんだけの時間を過ごさせてくれ。二人にはもう時間がない。最初で最後の我がままを許してくれ。では元気で』


「保阪氏は自身の身体に起きている現象を冷静に観察し、克明に記録。そこから推定される結果を送ってきました。それを元に私達が導き出した結果も同様でした」

 宮島はまっすぐに私の目を見た。

「新薬は脳と身体機能の再生を、生命活動とトレードオフ、命と引き換えにする事で効用を顕現させています。その効用期限は四週間から六週間。保阪氏は花さんと最後の時を一緒に迎える気です。ですが今の彼らの容姿は高齢者ではない。

 万が一、二人が事切れた状態で発見されても身元不明の男女として扱われる可能性が高い。それを防ぐため保阪氏は手がかりと、孫である貴方へメッセージを残した。我々に見つけてもらいたいんです」

 宮島の口調と表情は冷静であったが、切迫感が滲み出ていた。

「もう残された時間は少ないですが、彼らを生きているうちに保護したい。彼らが立ち寄りそうな所や思い出の場所、何処でもいい、教えてください」

 私は力なく椅子の背もたれに身体を預けた。

「……そんな事、急に言われても」

 私は天井を仰ぎ見た。

 指揮室の天井は高い。

 天井にある丸いライトが眩く、私は目を細めた。

 光が乱舞する。

 ――思い出? 祖母との思い出は何だ?

 店で懸命に働いている後姿。

 二人だけの夕食。

 寂しさから泣く私を宥めるために読んでくれた絵本。

 絵本……銀河鉄道の夜……鉄道

 私は前を向いた。言葉が湧く様に口をついて出る。

「鉄道の、ケービン鉄道の……与那原駅」

 祖母が認知症になっても、その場所が姿かたちを変えても、祖母は忘れることが無かった場所。

 宮島は素早くタブレットを操作した。

「……JA与那原支店跡地、現軽便与那原駅舎展示資料館……終着駅」

 宮島は呟いた。

 そうだ、そこだ。

 

 

 私は宮島と目を合わせた。二人とも立ち上がる。

「近くに与那原署があります。至急連絡します。私も急行します」

「私は医師免許を持っています。連れて行ってください。」

 拒む理由は無い。私は頷いた。

 赤色灯を廻しサイレンを響かせながら私は国道を走った。県警本部から与那原署へ緊急の報を入れ、資料館周辺に警察官を急行させた。

 渋滞している車列を抜き去って行く途中、現場到着した警察官から無線が入った。

「与那原四より本部。公共施設内で倒れている若い男女を発見。問い掛けにも応答なし。救急隊の要請求む。繰り返す、救急隊の要請求む。現場は与那原町字与那原三一四八の一、与那原町立軽便与那原駅舎展示資料館……」

 助手席の宮島が喉の奥から、あぁと絞り出す様に声を出し、顔を伏せた。

 私は無線機を手にした。

「与那原四、こちら自ら五。現在医師を同行し与那原町現場に急行中。繰り返す、医師を同行し与那原町現場に急行中。医師現着まで現状保全を要請します」

「与那原四より自ら五、了解しました……」


 現場には既に数台のパトカーと救急車が到着し、複数の赤色灯が乱舞していた。私は資料館前の狭い町道にパトカーを止め、宮島と共に黄色い規制テープをくぐり現場に入った。

 かつての与那原駅舎を復元した資料館の前は、芝生広場になっていて、広場にある数本の街灯が、周りを明るく照らし出していた。

 二人は芝生の上で、手を繋いで寝ていた。

 祖父はジーンズに白いワイシャツ姿、祖母は白いワンピースに黄色い細いベルトをしていた。二人とも二〇代に見える。やはり祖父は遺影の父に似ている。祖母の若い頃は知らないが、一目ですぐに祖母だと分かった。

 宮島が私の横を通り過ぎ、二人の傍らに腰を落とすと祖父の手首を掴み、脈を取った。暫くして今度は祖母の脈を探った。

 私は言葉なく宮島の行動を見ていた。

 やがて宮島はそっと立ち上がり、ゆっくりと私の方を向き、静かに首を振った。

 残念ですが…… そう唇が動いた。私は頷いて宮島の元に近寄った。

「分かりました。後は警察の仕事ですので、車でお待ちください」

 宮島は何も言わず私の元を去って行った。その後ろ姿を見届け、私も二人の傍らに腰を降ろした。

 二人の寝顔は安らかだった。

 私は今、時空を超越して若い頃の祖父と祖母に会っている。とても不思議な気持ちだ。

 遠く離れた場所で生まれた二人が、沖縄で出会い、愛し合い、理不尽に引き裂かれ、再び巡り合えるまでの二人の百年近い人生。

 その二人に掛ける言葉を、私は持っていない事に気付いた。

 どんな言葉を使っても、全て軽く感じてしまう。幸せと不幸せ、喜びと悲しみ、そんな感情も霞んでしまう。

 二人は生きて、愛して、死んだ。ただそれだけだ。

 だけど私は、それ以上のものは無いと感じた。

 その時、二人の間の芝生の上に何かあるのに気付いた。

 祖母のウエスト辺りで、広がったワンピースに半分隠れている。私はそれをそっと拾い上げた。それは表紙がボロボロの単行本だった。

 ――『銀河鉄道の夜』

 そして二枚の栞が、本に挟まっていた。栞の上部には、それぞれ文字が書かれている。

『梢へ』

『宮島博士へ』

 引き抜くと、栞にはウエブアドレスと、ログインID、八桁の数字が書かれていた。

 周りが騒がしくなってきた。鑑識の白いバンが到着している。私は栞を単行本に戻し、ジャケットに収め立ち上がると、天を仰いだ。

 そこには数個の冬の星が、街灯の光にも負けずに輝いていた。

 

 Ⅵ・ほんとうのさいわい

 私は少し硬いドアノブを廻し、大学病院の屋上に出た。夜風が冷たい。

 探していた人物はフェンスに背中を預け立っていた。二本の指には火の着いていないタバコが挟まれている。

「こちらでしたか」

 私が声を掛けると、宮島はバツが悪そうにタバコをマルボロのボックスに戻した。「気になさらずに。どうぞ吸ってください」

 宮島は苦笑しながら首を横に振った。私は宮島の前で止まった。暫く言葉も無く、お互い黙っていた。

「メッセージは見られましたか?」

 私から切り出した。栞に書かれていたのは、とあるクラウドサービスのアドレスで、そこに私達へ宛てたメッセージが残されていた。

「ええ、メレリドの、薬の詳細な臨床データでした」

「お役に立てそうですか?」

 宮島は口を開きかけ、一度閉じると再度開いた。

「大変貴重なデータです。ですが、保阪氏が命を賭して残したデータは、生命の摂理に反した私達への警鐘です。新薬の開発は私の責任において凍結します」

 宮島は強い決意を口にした。だが私にはそれが贖罪の言葉にも聞こえた。

「……当事者の私には何が正しく何が間違いなのか、正直判断は出来ません。ですが、貴方のお陰で二人がまた巡り合えたのは事実です。私は貴方に本当に感謝しています」

 宮島はまっすぐに私を見て、そしてゆっくりと首を振った。

「それでも命と引き換えにする技術なんて私は認めません。本末転倒です。この薬はコントロールできない劇薬です。興味本位で開発はしてはいけない」

 自戒を込めた宮島のその言葉もまた事実だ。

 私はそれを否定しない。祖父と祖母に起きた出来事は本当に奇跡的な事で、それが全ての人に幸せをもたらすとは限らない。  

 幸せの一面だけを見て、その裏にある黒い影を、人は知らないふりをする時がある。

 やはり私には分からない。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」

 私は呟いていた。

「え?」

 宮島が小さな声を出した。

「『銀河鉄道の夜』にあるセリフです。祖母が大好きな本でした。お読みになった事は」

 宮島は首を横に振りながら、本当の幸い、と小声で呟いた。

「それは誰にも分からない事でしょうね」

 そう言った宮島の目には、憂いがあった。

 私は頷く。そうだ、誰にも分からない。

 分からない事を考えても仕方ない。少しだけ気が楽になる。だから私は、自分が分かる小さな幸せを、少しだけ実感しようと思った。

「タバコ、貰えますか?」

 宮島は目を丸くして私を見た。その驚き顔がおかしくて私は笑いを堪える。宮島はジャケットの内側からボックスを取り出し私に一本差し出した。私はそれを指で挟み口に持っていく。

 ライターを取ろうと後ろポケットに手を伸ばした時、目の前で金属音と共に炎が灯った。ジッポーを持った宮島もタバコを咥えている。

 私達は顔を近づけタバコに火を着けた。炎の明かりが私達の顔を照らす。

 カチンと、宮島は器用に片手でジッポーを閉じた。

 ふぅーっと二人同時に夜空に向って紫煙を吐いた。闇に煙が二本昇っていく。

「母に見つかると酷く怒られました。女がタバコなんて吸うものじゃないって。祖母は許してくれましたけど」

「私もです。私の場合は、父と隠れて吸っていました。すぐにバレるんですけどね」

 お互いに微笑む。初めて見る宮島の笑顔は魅力的な片えくぼを作った。

「比嘉さんは…」

「梢でいいですよ」

「…梢さんはアクセスしました?」

「ええ、でも途中で止めました」

「どうして?」

「仲睦まじい若い美男美女が恥らいながらノロケ話をしてくる映像なんて、今見る気はないわ」

 そんなものを、と言って口をつぐんだ宮島の顔は、破顔寸前だった。

「花さんを見たとき一目惚れしたとか、慶さんは女学生の憧れの的で競争率が高かったとか。感傷もなにもあったもんじゃない」

 宮島は本当に腹を抱えて笑った。久しぶりに、自分も声を出して笑った。

「宮島さんは…」咳き込みながら聞いた。

「梓でいいよ」

「梓はお酒飲める?」

「もちろん」

「行きつけの店があるの。ここから少し遠いけど、付き合ってくれない?」

「喜んで付き合うわ。その店、食べる物もある?実は私、昨日から何も食べていないの」

「美味しいラフテーがあるわよ」

「らふてー?」

「えーっとね、沖縄風豚の角煮」

「最高じゃない。あ、前言撤回するわ」

「前言?」

「本当の幸せがそこにある」

 私達はまた声を出して笑った。


 Ⅶ・ケービン

 その真っ黒で小さい蒸気機関車とオープンデッキの客車は、粉雪舞う真っ白な世界に居た。

 保阪が制服姿で運転室に立っている。後ろを振り向く。

 すぐ後ろの客車には誰も乗っていない。保阪は視線を戻し圧力計のゲージを見た。ゲージの針は機関車を動かすのに十分な蒸気圧を指している。

 それを指差し確認し、右手でハンドルを回して、ブレーキを解除する。

 ブレーキのハンドルを放し、再び右手で運行レバーを握り直すと、左人差し指で真っ直ぐ進行方向へ向ける。

「出発進行」

 レバーをゆっくりと引いた。重い抵抗を感じた後、ガコンと音がして軽くなる。

 同時にシューっと鉄輪の間から蒸気が盛大に噴出し白い地面を這っていく。そして鉄輪がゆっくりと回り、機関車が動き出した。

 少し遅れて客車も動き出す。連結部分がガシャンと音を立て、一瞬機関車が揺れた。保阪は慎重にレバーを引いていく。それに伴い列車の速度が徐々に上がっていく。列車は白い世界の中を走り始めた。

 シュッシュッとピストンが動くに合わせ鳴るブレスと、カタンカタンとレールの継ぎ目を通過する音のピッチが徐々に短くなる。

 速度計を見る。列車の速度は規定の巡航速度近くまで上がってきた。

 視線を窓の外にやる。真っ白な世界だけが見えた。

 だが次の瞬間、眩い光のトンネルが前方に現れた。保阪は汽笛レバーを引く。

 ヒィーと甲高い汽笛が白い大気の中へと吸い込まれていく。そして列車も光のトンネルの中へ吸い込まれていった。眩い光の洪水に、保阪は思わず目を閉じる。

 ザザザァと音がした。保阪は目を開ける。

 白い世界は消え去り、多彩な色に満ちた世界に変わった。柔らかな暖かい光が左から差し込んでくる。保阪は視線をそこに向けた。

 茜色の空の下、視界いっぱいのサトウキビ畑と、その遥か向こうに銀色に輝く海、そしてそこに沈もうとしているオレンジ色の太陽が見える。

 数多のサトウキビは、青々しい葉を天に向かって競うように伸ばしていた。

 風が吹いた。一斉に葉が揺れ、サトウキビの海原に波が走る。

 ピストンが奏でるブレスと鉄輪が小気味よいピッチを刻み、それにシンクロしている車体の振動が身体を振るわす。音と色だけじゃない。ボイラーの熱、頬に当たる風の暖かさ、そして石炭が燃えている匂い。その全てに生命を感じる。

 保阪は後ろを振り向いた。客車の先頭にワンピース姿の花が座っている。花は風で乱れた髪を片手で抑えていた。二人の目が合う。お互いニコリと微笑んだ。

 わぁーとはしゃぐ声が聞こえてきた。

 保阪は右に視線をやった。線路と平行している畑のあぜ道を、多くの子供たちが列車と一緒に走っている。子犬が、短い足を必死に動かして子供たちを置いていかれまいと駆けている。

 男の子も、女の子も、みんな笑顔で手を振っていた。

 二人の笑顔が更に綻んだ。

 保阪は汽笛レバーを握った。そして万感の想いを込め、勢い良く二回引く。

 愛らしい小さな煙突から、勢い良く吐き出された白煙と共に、甲高い汽笛が鳴り響く。

 アヒィー アヒィー

 この世の果てまで届けと願ったその音は、波になり大気を震わせ徐々に減衰していき、最後は光の粒子となって、豊潤な世界に消えて行った。

                                  了

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終着駅 ケン・チーロ @beat07

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