青い空、白い雲、緑のたぬき

はらだいこまんまる

テーマに対するボクの答え

 居酒屋の中は熱気に包まれていた。

 なにせ話題が芸能人のゴシップから、

『今までの人生で一番美味しかったカップ麺は?』

 という普遍的なテーマに移ったのだから無理もない。

 皆が口々に、思い思いにこだわりのカップ麺を推していた。


「おいコラ、ヒサシは何が一番美味かったんだ? さっさと答えんか!」

 酔った悪友が肩に手を回し聞いてきた。

 ボクも酔いが回っていたので、彼の無礼な態度に過剰反応してしまった。

 ついついハイアングル式ジャーマンをかけようとしたら奴の頭が天井にゴッツンコ。

 結果、居酒屋を追い出され飲み会はそのまま解散に。


 その後、色んな人に色んな事を言われたがボクにとってはどうでもいい事。

 それより気になっているのは、

『今までの人生で一番美味しかったカップ麺は?』

 というテーマに対する答え。


 真面目に向き合い、ようやく自分なりの答えがまとまった。

 この場を借りてボクの答えを伝えたい。


 1

 昔は食べ物の好き嫌いが激しい子どもだった。

 いわゆる偏食。

「ヒサシ君は何でも食べないと強くなれないよ」

 散々聞かされた大人たちの忠告で耳にタコができてしまった。

 しかし、適当に聞き流していたら天罰てきめん。

 ヒョロヒョロでガリガリで病気がちの少年時代を過ごす羽目に。

 それでも大嫌いなピーマン、ネギ、ブロッコリーは食べる気にはなれなかった。


 中でも蕎麦はいけない。

 あれは小学生になる前だった。

 駅のホームで食べた立ち食い蕎麦の不味さといったら!!

 直後に盛大に戻し、蕁麻疹が体中に出てひどい目に。

 どうもボクは蕎麦アレルギーらしい。

 命にも関わるので、蕎麦の類は一生厳禁。

 

 皆は、

「あんな美味いのを食えないなんてお気の毒」

 なんて同情するけど、ボクにとっては吐くほど不味いだけだし特に未練はなかった。


 2

 今、思い返してもボクは立派なおばあちゃん子だった。

 小学生の頃は週末ごとにおばあちゃんの家に遊びに行っていたほど。

 体が弱くて野球やサッカーもダメダメなボク。

 優しいおばあちゃんはそんなボクが来るといつも喜んでくれるのだ。

 

「大きくなったらヒサシちゃんは何でも食べられるようになるよ。きっと丈夫で強くなるから。今から楽しみだね」

 おばあちゃんはいつも優しく励ましてくれる。

「どうしてそんなことがわかるの? ボクは本当に強くなれるの?」

「人生は山あり谷あり。下に落ちている時でも明るく前向きでいるのが大事なんだよ。ヒサシちゃんはいつだって明るく前向きじゃないか」


 いつものやり取り。

 温かい言葉が胸にしみてくる。 

 ボクはそんなおばあちゃんが大好きだ。

 ただ一つだけ問題があって……。


「ふう、楽になったよ。ヒサシちゃんはマッサージの才能があるのかもね。どれ、お腹が空いたろう。一緒に緑のたぬきを食べようか」

 おばあちゃんの肩を揉み終わるといつもボクに向かってそう言うのだ。


 ここら辺はコンビニはないし、蕎麦屋もないので出前もできない。

 蕎麦が大好きなおばあちゃん。

 お湯を入れるだけで気軽に蕎麦が食べられる緑のたぬきはおばあちゃんの好物だった。


「せっかくだけどやめておく。ねえ、おばあちゃん。ボクが蕎麦アレルギーだって知っているでしょう」

「おお、すまなかった。最近は物忘れが激しくてね。今度こそ忘れないようにしよう」

 ボクの言葉に対し、おばあちゃんはちょっと悲しげな表情になる。


 これも毎回のやり取り。

 子ども心に罪悪感を感じる。

 でも、アレルギーなんだからしょうがないじゃないか!

 そんな悲しそうな顔はやめてくれよ。


 3

 ボクは高校生になった。

 相変わらず好き嫌いが多く、体は弱いまんま。


 秋になって。

 おばあちゃんはその天寿を全うした。

 穏やかな最期だった。

 ボクはお棺の中に緑のたぬきを入れた。

 天国でも緑のたぬきを堪能して欲しい。

 そう願ってのこと。


 葬式を終えてしばらくして。

 いまいち体調が優れないので病院で検査入院をしてもらった。

 結果、驚くべきことがわかった。

 アレルゲンの検査で、ボクは蕎麦アレルギーでない事が判明したのだ。


「幼い時に駅の立ち食い蕎麦を食べたらすぐに吐いて全身に蕁麻疹が出たのに!?」

「あなたのアレルゲンはハウスダストですね。だけど蕎麦は大丈夫。おそらくたまたまその時の体調が悪かったのでは。とにかくこれからは蕎麦を食べても大丈夫。医者の私が言うんだから信じなさい」


 ああ、なんてこと。

 すべては勘違い。

 もっと早くきちんと検査していたら。

 あの時、おばあちゃんと一緒に緑のたぬきを食べられたのに。

 ボクは泣けてしょうがなかった。


 この日を境にボクは変わった。

 天ぷらそば、月見そば、鴨南蛮そば、コロッケそば。

 今までの鬱憤を晴らすかのように食べた。

 蕎麦ってこんなに美味かったのか。

 気が付いたら食べ物の好き嫌いはなくなっていた。

 何でも食べられる。

 今では緑のたぬきは大好物。


 体の方は丈夫も丈夫になった。

 皆から偉丈夫と讃えられるくらい。

 身長178cm、体重110kgという堂々たる体格。

 柔道は二段の腕前。

 ベンチプレスで100kg は余裕でこなせる。

 いつも堂々とした態度で泰然自若。 

 おばあちゃん、ボクは強くなったよ。


 4

 人生は山あり谷あり。

 大学を卒業してからは色々あって、今は無職で失業者。

 確かに厳しい状況だけど、決してへこたれたりなんかはしない。

 人生は山あり谷あり。


 それに今日はおばあちゃんの祥月命日。

 外は爽やかな秋晴れ。

 天高く馬肥ゆる秋。

 さあ、お墓参りに行くとしよう。


 おばあちゃんが眠っている霊園は山の中にあるのでかなり広い。

 お墓の前にレジャーシートを敷いて荷物を置いた。

 早速、掃除に取り掛かる。

 おばあちゃんの大好きだった緑のたぬきをお墓の上に置いてから線香に火を付け、手を合わせた。

「お待たせ、おばあちゃん。今から一緒に緑のたぬきを食べようか」


 カバンから緑のたぬきを取り出し、包装を破った。

 フタを開け、魔法瓶からお湯を注ぎ3分待つ。

 時間になってまずは小えびの天ぷらを箸でほぐす。

 かき揚げ蕎麦ではなく、あくまでもとして味わいたい。

 ほぐせばつゆの片寄りもなくなる。

 鼻から匂いを思いっきり吸い込むと肺の中は緑のたぬきで満たされていく。

 ウェーブのかかった麺が鰹節だしの効いた少し甘めの汁によく絡む。


“ズズーッ、ズズーッ、ゴクゴク、ズズーッ、モグモグ”

 うん、美味い!

 今この瞬間、天国のおばあちゃんもボクと同じように味わっているはず!


“ズズーッ、ズズーッ、ゴクゴク、ズズーッ、モグモグ”

 一心不乱に食べていると視線を感じた。

 他のお参りの人たち。

 作業着を着た霊園の管理人。

 彼らは物欲しそうに緑のたぬきを見ている。


 ボクは慌てず騒がずに緑のたぬきを頭上高く掲げ、

「マルちゃん!!」

 とウィンクしながら彼らに叫んだ。


 彼らは一瞬、呆気にとられたが気を取り直すと、

「マルちゃん!!」

 とウィンクしてから笑顔で去っていった。

 霊園の小さなドラマである。


 程なくして、すべて食べ終えた。

 おばあちゃんと一緒に緑のたぬきを食べることができてお腹も心も大満足。


 最後の一滴まで汁を飲み干すと体の中が芯から熱くなってくる。

 時折、サァーッと頬をなでる風が火照った体に心地よい。

 周りを見渡せば、色づいて赤くなった葉っぱが木々から落ちている。

 ふと、空を見上げてみた。

 どこまでも青い空に白い雲がポッカリと浮かんでいる。

 そしてボクの手には緑のたぬき。

 世界はただただ平和だった。


 そろそろテーマに対する答えを言わなければ。 

『今までの人生で一番美味しかったカップ麺は?』

 ボクの答えは、あの日秋晴れの山の中で食べた緑のたぬき。

 断言してもいい。 

 なぜかって?

 もちろん大好きだったおばあちゃんとようやく一緒に食べることが出来たからに決まっている。


 <了>

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