第124話 シアとのデート③
「ま、まあその……これは本当に気が早いことなんだけど、立派な領主になって、平和な環境でみんなと幸せに暮らせたらなって」
——ベレトはシアの目を見ながら真剣な表情で伝えた。
来年の春には卒業なのだ。今から精を出して勉強に取り掛かるのは遅い。
しかし、開き直って『なにもしない』というのは絶対に間違っていること。
時間が足りなかろうが、やれるべきことには違いないのだ。
「そのために今必要なのは勉強で……やっぱり自分についてきてくれることを絶対に後悔させたくなくて」
「……」
「特にって言い方もなんだけど、シアはさ、従者の憧れでもある王宮に仕えるって道もあるのに、今まで厳しく当たられて辛い思いをしてきたのに……それでも俺と一緒にいてくれて、変わらず尽くしてくれようとしてくれてるでしょ?」
記憶の片隅にずっと残っているのだ。
シアが今までどんな酷い言葉や態度、扱いをされていたのかを。
体を震えさせていたほど怯えていたことを。
今はもう片鱗も感じないが、事実としてあったのだ。
「だから、これだけは絶対に叶えたくて、今は勉強に力を入れてて」
「ベレト様……」
熱っぽい目に、声。赤らんだ顔。
そんな彼女に触れると、全ての耐性がなくなってしまうほど弱ってしまうベレトである。
「——って、ちょっと変な空気になっちゃったね。ごめんごめん……」
強い気持ちを抱いているだけに、つい真剣に語ってしまった。
頬を掻きながら声色を変え、どうにかこの空気を払拭する。
「えっと、つまりその、ちゃんと結果が出てから言わないと説得力もないから、この話はエレナとルーナにはまだ内緒にしてね!?」
「……」
「シ、シア?」
いつもは『わかりました!』と、返事をしてくれるシアだが、なぜか無言を貫いている今。
「な、内緒にするのは……まだ難しいかもしれません」
「ちょ」
次に発した言葉は、ベレトが予想していなかったもので——椅子から立ち上がったと思えば、小さい歩幅で隣に移動してくる。
そして、無言の訴えのままに両手を伸ばしてきたのだ。
「……」
「……」
『今日は無礼講』という言い分を守っているのは普段とは違う言動を取っていることから明らか。
『羞恥』の表情と『期待』の目で待機している。
シアがなにを求めているのかも、どうすれば内緒にしてくれるのかも、この時に理解した。
座ったまま彼女と同じように手を伸ばせば、ギュッと目を瞑って胸に飛び込んできたのだ。
——手をすぐに背中に回し、すぐには離れないようにして。
「あ、あはは……。甘えるのは少し早いような」
なんて言いながらも、抱きしめ返すようにして拒むことをしないベレトである。
「申し訳ありません。嬉しくて……嬉しくて、我慢ができませんでした……」
「……」
「私のことまで考えてくださって勉学に取り組まれていたなんて……。本当に、嬉しいばかりです……。ベレト様……」
「あ、はは」
スポッと入るような小さな体に、華奢な力。
それでもシアが強く抱きしめていることがわかる。
「……」
「……」
羽根ペンの件と、将来の件。
この二つの嬉しさが重なった結果、気持ちが溢れたのだろう。体を離す気配すら見えないほど。
「ねえシア。さっきの話はもう内緒にしてくれる?」
「……まだ、です」
「じゃあこのまま気が済んだら大丈夫?」
「はい……」
今は片時とも離れたくないのか、即答で意思表示するシアだった。
「本当、甘えん坊なんだから」
「ベレト様がおっしゃいましたもん……」
「それは確かに……」
『したいことは遠慮なく』と言われた。との主張には返す言葉もない。
抱きしめ返すように力を入れて、少しの反撃を見せたその時だった。
「ベレト様……」
「ん?」
「心からお慕いしております……」
顔を埋めながら、心に届くように口を伝えてきたシアは、もう言葉を発することはなかった。
今の時間を大切にしているのか、ギュッと力を加えてくるだけで置物のように動かなくなった。
その結果、数十分に渡って甘えられるばかりのベレト。
照れていて恥ずかしいのか、彼女の体は熱があるようにポカポカしていたのだった。
貴族令嬢。俺にだけなつく 夏乃実 @Budoutyann
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