召喚ロンダリング

工事帽

召喚ロンダリング

 石造りの神殿の奥、普段は閉ざされたその部屋には、大勢の神官が集まっていた。

 入口は大きな扉が一つだけ。神官たちが入った後は、再び厳重に閉ざされて、内側からカギが掛けられている。

 部屋の奥には神を祭った祭壇。真っ白な神の像が鎮座しており、その前には供物が捧げられている。

 そして部屋の中央には、大きな魔法陣が描かれていた。


 神官たちはぐるりと魔法陣を囲み、跪いて祈りを捧げる。

 高く、低く、大きく、小さく。寄せては返す波のように、祈りの声が部屋に満ちる。

 祈りの声に応えるように、魔法陣が輝き始める。


「神よ。我らが声に応え、使徒を使わしたまえ」


 神官たちの中の一人、豪奢な衣装を着た女神官が声を張り上げる。

 同時に、魔法陣に満ちていた光は中央に集まり、人の姿を形作る。

 光が消えた時、そこには一人の青年の姿があった。


「おお、神よ」

「成功だ」

「これでこの国も救われる」


 疲労のあまり、立ち上がることも出来ない神官たちが、喜びの声を上げる。

 魔法陣の中央に現れた青年は、ふらりとよろめいたものの、その場に立ち留まった。


「ようこそいらっしゃいました、使徒様。どうかこの国をお救いください」


 あたりを見回す青年の元に、豪奢な衣装を着た女神官が近づきながら声をかける。

 熱に浮かされたように、老齢の女神官は、魔法陣の中に踏み込む。

 その直後、魔法陣は再び輝き出す。

 再びその輝きが収まったとき、青年の姿はなく、部屋には事切れた神官たちの姿だけがあった。



 普段は人気のない、高台の上にある広場。そこには大勢の兵士が詰めていた。

 単なる空き地とも、岩が円筒状に並んでいるところから遺跡のようだとも言われていた場所。そこが、儀式を行うための場所だと分かったのは、ほんの数日前だった。


 王家に伝わる古い文献を読み解いたのは、一人の魔術師。

 数年前に登用された魔術師は、時には成り上がりと蔑まれながらも実績を上げ、今では野心溢れる王の、片腕とまで呼ばれるようになっていた。


「罪人たちを魔法陣の上へ」


 魔術師の指示で、縛り上げられ、身動きの出来ない人たちが広場に運ばれる。

 魔法陣の外周に並べられる人々。

 それは、復元した魔法陣を動かすための贄だった。


「こんなもので本当に勇者とやらを召喚出来るのか?」

「はっ。文献によれば間違いないかと」


 一人だけ椅子に座る、太った男の質問に魔術師は答える。


「かつて召喚した勇者は、その強大な力をもって、国の安寧に尽力したとあります。必ずや、陛下のお役に立つかと」

「ふん、まあいい。それで、儀式はすぐに済むのか。ここは寒くてかなわん」

「はっ、直ちに」


 魔術師が呪文の詠唱を始める。

 呪文が進むにつれて、魔法陣は光輝き、贄となった人々は生気を失い、やせ細っていく。

 贄の命がついえる頃に、魔法陣の光が中央に集まり、人の姿を形作る。

 光が消えた時、そこには一人の青年の姿があった。


「素晴らしい」


 疲労した顔を見せながらも、それ以上に興奮した様子で、魔術師はつぶやく。

 魔法陣の中央に現れた青年は、ふらりとよろめき、膝をつく。


「ほう、すぐにひざまずくとは、見どころのあるヤツだ。ここへ連れてこい」

「はっ」


 太った男が偉そうに命令すると、周りにいた兵士のうち、数人が魔法陣へと進み出る。

 兵士たちが魔法陣に踏み込んだところで、魔法陣は再び輝き出す。


「なんだとっ」


 再びその輝きが収まったとき、青年の姿はなく、高台には多数の死体だけが残った。



 崩れかけた屋敷。廃墟と変わらないその家の地下には、屋敷の大きさには不似合いな広い地下室があった。

 所々に壁だっただろう残骸がある。元はいくつかの部屋に分かれていたのだろう。それを取り払った意図はなにか。

 それは地下室の中央に広げられていた。


 魔法陣。


 継ぎはぎだらけの大きな布に描かれた魔法陣は、それが地下室の理由だとばかりに、中央に大きく広げられていた。

 周囲を囲むのはみすぼらしい服の人々。

 困窮しているのだろう、一人の例外もなくやせ細った人々が、地下室で魔法陣を囲んでいた。


 人々の口から、低い旋律が流れる。

 それは祈り。

 静かに、深く、祈りが地下室に満ちる。それは地下室には似つかわしくない、真摯な祈りだった。もっとも、真摯な祈りだからと言って、その目的が清いものとは限らない。


 魔法陣にゆっくりと力が流れる。

 一つ、また一つと、祈りの声が途絶える度に、魔法陣の輝きが灯る。

 一人、また一人と、人が崩れ落ちる度に、魔法陣の輝きが増す。

 祈る声が全てついえる頃、魔法陣の光が中央に集まり、人の姿を形作る。

 光が消えた時、そこには一人の青年の姿があった。


「ああ、これで世界は……」


 最後の一人がそう言って息絶えた。

 魔法陣の中央に現れた青年は、膝をついたまま動かない。


 静かな地下室で、魔法陣は再び輝き出す。

 再びその輝きが収まったとき、青年の姿はなく、地下室には魔法陣だけが残された。



「お戻りになられたぞ!」

「すぐに寝台へお運びしろ!」

「魔法陣には触れるなよ!」


 膝をついたまま動かない青年を、魔族たちが協力して魔法で持ち上げる。

 魔法陣の中に踏み込めないため、本人が動けないのであれば、魔法で移動させるより他はない。


 青年は寝台に横たわる。

 戻った時にはわずかにあった意識もなく、ただひたすらに眠る。それは体に宿った新たな力を取り込むための、目には見えない戦いだ。


 寝台から少し離れた所で、数人の魔族が青年を見守る。


「なあ、ここまでする必要があんのか」

「わからん。だが、我ら魔族には、安寧の地が必要だ。そして、魔王様はこうおっしゃった。『魔王とはそのために在る者だ』と」


 先代魔王が、勇者を名乗るイレギュラーに倒されて数カ月。人間たちの連合軍は、魔王領を蹂躙しつつ、この城に迫っている。

 新たに即位した魔王は、人望こそあれどまだ若く、魔力も武力も先代には及びもつかない。


 このままであれば、魔族の滅亡は定まったも同然だ。

 だが、魔王にはそれを覆す一手があった。

 それこそが『異世界召喚』。

 世界を越えることで大いなる力を得る。その力は、何より勇者と名乗るイレギュラーが証明してみせた。かの者もまた、世界を越えてきた者なのだから。


 一歩間違えれば、二度とこの世界に戻れない危険な手段だ。

 だが、異世界に召喚させること、この世界に呼び戻すこと。それらは残った魔族の中でも魔法に秀でた者たちを集めて成功させた。未だ、命運は尽きてはいない。

 賭けの結果は、戦いで示されるだろう。


「魔王様の目覚めまで、なんとしても時間を稼がなければな」

「おう」


 決戦の時は、近い。

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