9月 1日 '21

 始まる前は永遠と思えた夏休みも遂に終わりを迎え、9月がやってきた。

 タケルはやらねばならないことが残っているとどうしても気になってしまうタイプで、夏休みの宿題は7月のうちにすべて終わらせた。ドリルも、読書感想文も、自由研究も。ただひとつ、日記はリアルタイムで律儀に毎日書き続けた。


 久々の登校の前に、忘れ物がないか最終チェックをしていた。ドリル、ある。読書感想文の原稿用紙、ある。自由研究のレポート、ある。日記帳、ある。


「日記は毎日書いたけど、漏れとかないよな」


 念のため日記帳をパラパラとめくる。よし、空欄はない。タケルは何事においても最初から最後までキッチリこなさないと気がすまない。

 最後のページ、つまり8月31日のページで手が止まった。


『公園に行くと、白いワンピースを着た女の人がいたので一緒にキャッチボールをして遊んだ。楽しかった。』


 タケルは基本的に日記に嘘を書かないようにしている。そのため毎日リアルタイムで書いていたし、ネタを探すために家の周りを散歩したりもした。ある日、ネタ探しのために家の周りを歩いていると、たまたま通りかかった猫に頭突きされたことがあるが、それは7月の話だ。


「白いワンピースの女性って、誰のことだ……?」


 タケルには「公園で白いワンピースを着た女の人とキャッチボールをした」記憶がない。8月31日、つまり昨日何をしていたか一から十まで詳らかに話せと言われても話せる自信はないが、少なくともそのような女性にあった記憶も無ければキャッチボールをしたこともない。そもそも知らない人とキャッチボールなんてしない。


「なんか、気味悪いな。覚えてるやつに書き換えておくか」


 8月31日の欄に書いていた文章を消す。そもそも知らない女性とキャッチボールした、なんて書いたら後で呼び出しを食らうかもしれない。どっちみち書き換えるのが賢明な判断に思えた。タケルは少し考え、書き換えた。


『天気がよかったので公園へ遊びに行った。セミがうるさかった。』


 満足そうにうなずくと日記帳を閉じ、ランドセルに収めた。

 朝ごはんができたと母の声が飛んできた。ランドセルを学習机の上に置き、部屋を出る。

 外ではアブラゼミの鳴き声がこだましていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の終わり 常盤しのぶ @shinobu__tt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る