第4話

それから数年の月日が経った現在――。


 太陽が未だ半分も地平線から顔を出していない早朝。緑の絨毯と見紛うほど広く美しい草原。

 そこには二人の少年が二十メートルほど離れ、お互いに対して腕を振っていた。二人が腕を振る毎に、その中心では火花が散っている。辺りがまだ薄暗いこともあり、それはまるで闇夜を照らす光の花のように見えた。

 火花が散るとともに聞こえてくる甲高い金属音は、静かな早朝の草原に波紋のように広がっていく。しかし、二人が何かを投げた様子はなく、火花が散った場所にも何か落ちているわけではなかった。


 対峙する二人の少年。


 一人は、黒髪に黒い瞳。歳は十二歳というところだろう。少年は両手を前後左右と複雑に動かしているが、適当に動かしているようにも見え、そこから法則性が見出せない。

しかし、その顔からは必死さが見え隠れしており、彼の額からは止め処なく汗が滴り落ちていた。


 もう一人は、金髪に砂色の瞳をした少年だ。雰囲気は黒髪の少年よりも少し大人びて見え、身体も一回り大きい。

だが、黒髪の少年と同じで両手を動かしているのだが、その表情はまるで可愛い弟の成長を見ているような柔和な笑みを浮かべていた。旋律を奏でるオーケストラの指揮者のように両手を優雅に動かしている様は、この少年の心の余裕が見てとれた。

 明らかに手加減されていると分かる状況に、黒髪の少年の顔に少しずつ焦りが募っている。その焦りを表すかの様にその手は速くなり、それに合わせるかのように金髪の少年も手の速度を段々と上げている。二人の中心に咲く火花は、手の動く速さに同調して咲く速度も速くなり続ける。火花の輝きも増し、甲高い金属音が鳴り続け、そして……。


「そこまで!」

 際限なく速くなり続ける戦いに終止符を打ったのは、しわがれた、しかし芯のある深い声だった。二人はその声に、ピタリと動きを止めた。

先ほどまで少し離れたところで二人を見ていた老人が、ゆっくりと二人の下に近付いていく。


「ふぉっふぉっふぉ、やはりジンの方が一枚上手じゃのぉ、シーク?」

「はぁはぁ……」


 シークと呼ばれた黒髪の少年は答える余裕もないようで、静かに呼吸を整えている。ジンと呼ばれた金髪の少年はシークほど呼吸が乱れていない様でやはり汗水一つ流していない。勝者はどちらかなど、言われるまでもないことだろう。


「はぁ……疲れた」


 シークはそうため息を吐いた後、仰向けに倒れる。


「まーた勝てなかったか」


早朝で少し薄暗いものの雲一つない空を見上げながらそう呟く。


「凄いじゃないかシーク! 強くなったね」

 拍手の音とともに優しい声が掛けられる。視線を声のする方に向けると、拍手をしながらシークの下に歩いてくるジンの姿があった。

 しかし、当のシークはほめられたというのに不満そうな顔をしている。


「いや、汗水一つ流していないジン義兄さんに言われても説得力ねぇから」

「ん? かなり惜しいところまでいっていたよ? これでも結構必死だったからね」

「……さようですか」


 説得力皆無の輝く笑顔を向けられたシークは、そこで追及を止める。何故なら短くない時間を一緒に暮らしてきたシークには、ジンが本心でそう言っているのを知っているからだ。

 本気でそう思っているジンに何を言っても困った顔をするだけだ。


「ふぉっふぉっふぉ、内容はなかなかよかったと思うぞ、シーク」


 追求を諦め再び上を向いたシークに、先ほど二人を止めた老人が笑いながら近付いていく。

 七十をとうに超えながらも足腰はしっかりしており、一歩一歩が力強い。老人の顔には、彼の人生を物語るかのように深い皺が刻まれている。ジンと同じ砂色の瞳には少しの濁りもなく、むしろジンよりも数倍は力強い。髪は白髪が目立つものの、元は金髪だったことが窺える輝きがあった。

老人の言葉にシークは上半身を起こすと、渋い顔をしながらジンを顎でしゃくる。


「内容はよかったといわれてもなぁ、この顔を見せられるとな」

「それは仕方あるまいて。ジンは特別じゃからな」


 老人はまた笑う。


「お爺様、それを言うのであればシークも十分特別ですよ」

「……」

「ふぉっふぉっふぉ」


 フォローになっていないジンの励ましを、シークは沈黙で、老人は笑い声で返す。

 そんな彼らの元に歩み寄る小さい影。ジンと同年代であろう少女が、いつの間にかジン達のすぐそばまで来ていた。

少女は、美しく眩い銀色の髪を肩の長さまで伸ばし、真面目そうな顔つきをしている。

しかし、その顔は紛れもなく十人が十人とも振り返る美少女だ。服装はしわ一つないどころか、学校の制服の模範として資料に載っていそうなほどきっちりしている。

そしてその背中には、三メートルほどの紫色の布で包まれた長い棒状のものを背負っていた。

 何より目に引くのは、彼女が持っている一冊の本だ。本自体が輝きを放っているのではないかと錯覚するほど美しく、また黄金で装飾された幾何学的な模様は見るもの全てを魅了する。

 少女は、ジン達の前で立ち止まると、その深さが敬意の現れであるといわんばかりに、深々とお辞儀をする。


「コルト様、ジン様、そろそろお時間ですのでお呼びに来ました。ついでにシークも」

「俺はついでかよ」


 文句を言いながらも、シークは肩で笑う。この光景はもはや当たり前の日常なのであろう。


「ま、いいや。俺の刀を返してくれ」

「返して、くれ?」

「……ください」

「いいでしょう」


 当然という形で頷くと、背中に背負っていた刀を恭しく外し、丁寧に渡す。シークには敬意をはらっていなくても、その棒状の物、シーク曰く刀には敬意をはらっているのが分かる。

それはシークがこの数年で手に入れた世界で一振りしかない貴重な刀であり、神が宿るとさえ言われるものだった。

だが、自分が刀よりも下なのかと思うと少し落ち込みもするのは仕方のないことだろう。

「俺にも敬意をはらってもらいたいものだ」

「何か言った?」

「いやなんでも……」


 その微笑ましい光景を見て、ジンは肩を揺らして笑う。


「ふふふ。呼んでくれてありがとう、ヒツジ」

「とんでもないことでございます」


 ジンの感謝に、ヒツジは先ほどと同じように深く頭を下げる。下を向いたヒツジの体は少しだけプルプルと震えている。喜んでいるのだろう。

 それを知ってか知らずか、ジンは笑顔で頷くとヒツジが来た方向に歩き出す。


「じゃあ行こうか。学校に!」「うぇーい」「畏まりました」

 それにシークとヒツジが着いていき……。


「ふぉふぉふぉ、行ってらっしゃい」


コルトが見送った。

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