13

なぜ。

手が届かないと認識したのに、どうして伸ばそうとするのだろうか。

そして、伸ばしても届かないよと無言の圧力を感じて動けなかった私を違う時間軸の私は責めるだろうか。

電撃が走るように違う時間軸の私が肯定、否定に関わらず自分の慰めとして言葉を用いるなら私は私を許してはならないだろう。

真実に私を愛するために。

定は離れていく秋を追わなかった。

自分が彼とは違う世界で生きていると認識していた。

もう少し早く離れることができていたなら。

できなかった。

弱い人間だと思う。

私は。


秋は自宅へ帰る。

中に入ると妹の小早川春がいた。

春は地べたに横になり、コロコロ転がっている。

秋はため息を吐く。

春は秋に気づく。

「おかえりなさい。お兄さま」

「いつも突然だな。一報ぐらい入れたらどうだ」

「何をおっしゃってますん。小早川の人間は社会不適合者で通っておりますやん。連絡なんてできるわけないよ」

「わかった。わかった。」

こたつの上にはみかんが置いてある。

春が買ってきたのだろう。

「ねえ。冬姉さん、どうでした」

「いつも通り退屈を持て余していたよ」

「ふーん。」

春はみかんを食べ始めた。

秋はこたつに入る。

「なんだ。姉のことが気がかりだ」

「別にそんなんじゃないよ。たまたまぼーと歩いていたら、お兄ちゃんの家の近くだなぁって思ったから来ただけだ」

「ちゃんと高校には言っているのか。おばさんには迷惑かけるんじゃないよ」

「わかってるって。全てが万事おっちょこちょいよ」

「おっちょこちょいでは駄目ではないか」

「なるほど。たしかに」

春は頭の上に電球がぴかっと光る。

この妹は難渋な性格をしている。一言なら馬鹿だ。

「お兄ちゃんこそちゃんと働いているの」

「そこそこにはな」

「なんか写真撮り始めたって言うけれど、お兄ちゃん正直いって写真なんか向いてないよ。やめたほうがいいよ」

「お前に何がわかると言うんだ。俺は胸の中の声に従っている。何を言われたところで撮影はやめない。」

「ネットで投稿してる写真見るけどさ、きもいよ。あれ」

秋は撮った写真をTwitterに投稿している。総て、道行くヒトや身近なヒトを撮っている。

「キミがどう思うと構わない」

「いやぁ。流石に変態の兄を私は誰にも紹介したくないね。その道で有名になったとしても本名を明かさないでね」

「心配はご無用だよ。そのつもりだ」

春はみかんを食べ終わった。

「ねえお兄ちゃん。今日は泊まってもいい」

「構わないが」

「彼女さんとか来ないの」

「そんなのいないさ」

「えー。また振られたんだ」

春はにやにやと秋を見る。

「悪いか」

「いやー。お兄ちゃん。モテるのはモテるけど続かないね。」

「構わないさ。なんだって。お前こそどうなんだ。大恋愛のほうのご調子は」

「激しい波のようにざぱーん。ざぱーんでございます」

春は三十路の小説家と恋愛をしている。相手はかなり変わっていて、普通の高校生ではまともに太刀打ちできないだろうが、春の天真爛漫さがむしろ相手と程よく合っているようだ。

春は絵を描いている。彼女はこの世界の真髄とも言える場所を感知できる人間で、普段の生活ではそのような部分をおくびに出さないが、絵にそのイメージを映している。

春は絵画に選ばれた人間だ。

秋は写真を選ぼうと努めている人間だ。

その差は大きい。

秋と春はだらだらと時間を過ごす。

二人はとこにつく。

「ねぇお兄ちゃん」

「なんだ」

「お兄ちゃんは生きていて楽しい?」

「楽しくないな」

「だろうね。私も社会不適合者だからその気持ちわかるよ」

「ありがとう」

「お兄ちゃんはどうして自殺しないの」

「死ぬのが怖いからさ」

「絶対、いずれ、死ぬのに?」

「そうだ。絶対いずれ死ぬから死ねないんだ」

「ふーん。へんなの」

「どうしてそんなこときくんだ」

「私の友達が自殺したの」

「そうか」

「私が先に死ぬかなって思っていたのに死ぬときは呆気ないね」

「そういうもんだろう」

「何故私たちは生きていられるんだろうね」

「たまたまだろう」

「たまたまか。なんか、悔しいなぁ」

春は秋を見ている。

「私、偶然より必然がいいな。適当で合って欲しいけど、適当すぎるのは嫌だ」

「俺もそうだよ」

「お姉ちゃんはなんで自殺しないのかな」

「さあな。ヒトの気持ちは自分自身ですらわからないよ」

春はうめく。

「こうやって生きているのは不思議だね」

「そうだよ。わからないことだらけだ」

「だから話すんだね。動くんだね。描くんだね。撮るんだね」

「そうだ。わからないから、わかりたいんだ」

「生きようねお兄ちゃん。死ぬまで」

「生きような。春」

「兄妹三人で死ぬまで生きようね」

「あぁ。生きよう」

二人はそうやって励まし続けながら眠りについた。

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小早川家 容原静 @katachi0

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