12
この現実感だ。
浮遊している。
私の中に誰もいない。
私の外に誰かがいる。
誰か話したくてたまらない。
秋は動きたかった。
姉には未来はない。
姉は牢獄の中で運命を黙って見つめている。
社会という牢獄で何がどうなっても生きることを選んだヒト。
内外で何が変わるのか。俺だって何も違わない。
何かを起こしたところでこの生命が笑ったって喜ばしいものか。
真に何かを形成したとして、皮が変化したとしても。
ただロジカルに物事が形成されていくだけだ。
馬鹿なことを考えているか?
いや。
馬鹿であり続けたい。
誰よりも無謀を叫び続けたい。
立ち上がらなければわからないこともある。
人々の歓声が聴こえる。
街の中。
何かが起こったのか。
道行く男に聴く。
「どうしたんですか」
「オリックスが優勝したんですよ」
オリックス?
あのイチローがいたチームか。
「それはおめでとうございます」
「おめでとうどころではない。これは奇跡だ。マジックだ」
男は歓声をあげながら輪に消えていく。街中が優勝を喜んでいる。
秋もなんだが誇らしい。
自分ではない他人の喜びがここまで微笑ましいなら、何かの希望がある。
尽くして、すりつぶして。
秋は社会の中で生きてきた。
喜びと苦しみもその中で伝えられてきた。
人は代替して同じ形質を得られるかというと得られない。
秋は社会の外で何を得たいのか。
頭が惑う。
この答え、簡単に誰も教えてくれない。
足掻くしかないのだ。
「よっ」
目を瞑り考え込む秋に定が声をかける。
奇遇だ。
「こんなところでなにしとるん」
「それはこっちのセリフだが」
「私は夜ご飯のかいもの」
買い物かごの中。
今日はカレーのようだ。
「ねっ。何か用事でもあるの」
「何もないさ。」
「一緒に帰ろ」
秋は黙って首を縦に振る。
定は秋の横に並び歩く。
定は人々をジロジロと見る。
「凄い騒ぎだね。どうしたんだろう。ハロウィン?」
「オリックスが優勝したようだ」
「へー。あの万年最下位チームが。時代は変わるな」
「そうさ。変化するのさ。良い方にも悪い方にも」
「喜ばしいのはいいことだね」
「そうだ。喜びは肝心だ」
悲しい。寂しい。
人と距離を置いて、生きていけるのか。何を求めているのか。
求めてきたのか。
今を崩すことなく、過去を振り返りたい。
難しい注文だ。
人の喜びを愛しながら、人と離れていく。
秋は何をしたいのか。
写真を撮ること。
秋はカメラを取り出す。
定を撮った。
定はびっくりする。
「いきなり。なによ。」
「撮りたくなったんだ。」
積み重なっていく。いつか個展を開くのが夢。
「個展を開くのが夢なんだ」
「どういう写真を撮るの」
「大切な人たちが笑っている写真を撮るのさ」
「いいね」
「僕は拘れば人と離れてしまう。だから作品では繋がりたいんだ。そうか。そういうことか。」
「なに、一人合点してるの」
秋は黙って首を振っている。
「教えてよ。」
定は秋に買い物カバンを渡して、肩を掴みブンブン振る。
「教えるよ。僕は生きることを捨てきれていないんだ」
甘えているのだ。
ならば。
そんな甘え捨ててしまえ。
秋は買い物カバンを定に投げつけた。
定はよろけてこける。
定が何かを叫んでいる。
秋は黙って離れていく。
誰かをまた傷つけている。
そんなことも知らない。
秋は甘えたくなかった。これ以上。
それが人を傷つけて良い理由にはならない。
それでも行動している。
生きることを捨てる。
自殺することではない。
どうしたいかは行動で示す。
くだらなかったら俺も笑う。
笑ってくれ。
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