第11話『その子はお前の』


 その後、シュネーはリヴィエールの船で王都まで送り届けられた。

 王都までの船中で、シュネーはコールマンにしっかりと怒られながら謝られた。


「魔法がどうしても必用でした。けれど……魔法が消えた事を、一番それを望んでいるシュネーには伝えられなかった」


 コールマンは本当に悲痛な声でそう言って、シュネーに頭を下げた。

 魔法を使う事に抵抗の合ったシュネーの魔法が残り、一番必要としていたコールマンの魔法が消えたのだ。

 どう話せば良いのか分からなかったとコールマンは言う。


 だが別に、コールマンはシュネーに無理な数の魔法を使わせた事はない。

 選んで、選んで、本当に必要な分だけを依頼して来たのだろう。

 それに――――シュネーも分かっていたのだ。薬を売るよりも、魔法の依頼の方が、お金になる事を。

 一人で生活する事を選んだシュネーの生活を、兄弟子は本気で心配して、手を回してくれたのだという事を。


「兄さん、この間は……すみませんでした」

「何に対しての謝罪ですか?」

「私は兄さんに酷い事を言いました」


 コールマンはシュネーの言葉に少しだけ目を見開く。そしてしばらく黙ったあと、深く息を吐いた。


「それは、私も悪いのです。ですから、私こそ、すみません」


 でも、とコールマンは続ける。


「海賊の事、ではないのですね」

「――――はい」


 シュネーがはっきりと答えると、コールマンは少し寂しそうな笑みを浮かべた。

 それから立ち上がると、シュネーの頭の上で手を軽く弾ませ、


「後の事は、私が何とかします。シュネーは少し休んでいて下さい」


 と言って、部屋を出て言った。

 シュネーはその背中を見送ったあと、少ししてベッドに横になった。

 ごろりと寝転んだ視線の先の、窓の向こうに海が見える。


――――スタッグさんは、大丈夫だっただろうか。


 頭に浮かぶのは、大柄で優しいあの海賊だ。

 シュネーが目を閉じると、数日間の思い出が、瞼の内側に浮かんで来る。

 スタッグの中から消え去ったその記憶を、一つ一つ辿っている内に、シュネーは眠りに落ちた。



 ◇ ◇ ◇



 あれから数日経った日。

 シュネーはコールマンと共に馬車に乗っていた。城から依頼された魔法絡みの仕事を行うためだ。


 あの後「何とかする」と言ったコールマンの言葉通り、一連の騒動はシュネーがスタッグに脅されて協力されていた、という事で落ち着いた。

 そんな事はないとシュネーは言いたかったが、


「そういう事にして下さい。後生ですから」


 と、コールマンに頭を下げられたため、口を噤んだ。

 コールマンが頭を下げる必要はないのだ。今回の事はシュネーが考えて、決めて、行動した結果なのだ。

 それで裁かれると言うのなら、それはそれでシュネーは構わなかった。

 だがコールマンは、それを良しとは出来なかったのだろう。


「シュネー、顔色があまり良くありませんよ。具合、悪いですか?」

「え? いえ、大丈夫です。兄さんこそ、顔がやつれています。……その、ご飯は食べていますか」


 努めていつも通りに自分に声をかけてくれたコールマンに、シュネーはそう返す。

 するとコールマンはホッとした顔になって、小さく笑う。


「ええ、一日二食は食べていますよ」

「一食はどちらに消えたんですか?」

「ははは」


 コールマンは笑って誤魔化す。そうした後で、少し真面目な顔になって、


「……シュネーは、あの海賊の事が、気になりますか?」


 と聞いた。あの海賊、とはスタッグの事だろう。

 シュネーは目を瞬いて、何と言おうか少し考えたあと、


「はい」


 と、正直に答えた。

 コールマンはシュネーの言葉を聞くと、少し目を伏せる。

 そして眼鏡を押し上げると、大きく息を吐いた。


「まったく、ぽっと出の海賊に、まんまと掻っ攫われるとは」


 コールマンはそう言うと、顔を上げ、シュネーを見る。 

 その表情は、シュネーが我儘を言った時に見せる「仕方ない子ですね」というような笑顔だった。


「兄さん……?」


 コールマンの言葉の意図が分からず、シュネーが聞き返す。


――――その時、馬の悲鳴と共に、馬車が大きく揺れた。


「わ、あ!?」


 思わず悲鳴を上げたシュネーをコールマンが庇う。おかげで、体をぶつける事は無かった。


「シュネー」


 そのまま、コールマンはシュネーの体を抱きしめて、あやすように背中を叩く。

 小さい頃、泣いていたシュネーを元気付けてくれた時に、兄弟子がよくしてくれたものだ。

 どうしたのかと言いかけた時、コールマンはシュネーの耳元で、小さく呟く。


「元気で」


 その直後、勢いよく馬車の扉が開かれて、中に何かが放り込まれる。

 その何かは、床にぶつかると、ぶわり、と白い煙を放つ。

 煙幕だ。

 ごほごほ咽ていると、誰かがシュネーの腕を掴んだ。兄弟子とは違う、大きくて角ばった手だ。

 その手がシュネーを引っ張るのと、コールマンが手を放すのはほぼ同時だった。

 馬車の中から引っ張り出されたシュネーは、そのまま何者かの肩に担がれる。


「……!?」

「僕です、シュネーさん」


 慌てて暴れるシュネーの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。


「この声は……スタッグさん、ですか?」


 いるはずがない、と思っていても、シュネーはその名を口にした。

 煙幕が薄まるにつれて、相手の顔がはっきりと見えてくる。

 嘘偽りなく、そこには前髪を切ってサッパリとしたスタッグがいた。茶色の三白眼が、穏やかにシュネーを見つめている。


「すみません、びっくりしましたよね。いやぁシュネーさんの家に行っても、なかなかタイミングが合わなくて!」

「どうして、覚えて」


 驚きで僅かに震える声で、シュネーはそう問いかける。

 スタッグは笑うと、胸から手帳を取り出した。


「前に言ったでしょう? 僕、日記をつけるのが趣味なんです」


 言いながら、スタッグはシュネーにその手帳を渡す。

 そこには心情を込めて、事細かにスタッグの記憶が綴られていた。

 シュネーが泣きそうな顔でスタッグを見る。スタッグは少し照れたような顔になった。


「――――おっと、いけない! ぐずぐずしていると、怖いお兄さんに怒られる!」


 そう言うと、スタッグは速度を上げて走り出した。

 走って、走って、スタッグは海岸沿いまで向かうと、そこから大きくジャンプをした。

 シュネーの視界に広がる青い海の上には、真っ白な帆を掲げた、ステラマリス号が見える。

 

 ぶわり、と落下の風にあおられ、手帳がぱたぱた羽ばたき、最後のページに辿り着く。

 そこには他の文章とは違った、殴り書きのような文字が綴られていた。



『スタッグへ。


 もしもお前が大事な事を忘れていた時の為に、ここに記す。


 お前の目の前に、ランプを持った女の子がいるだろう。


 その子が誰なのか分からないだろう。だが、絶対にその手を放すな。


 その子はお前の――――





「シュネーさん、どこへ行きましょうか!」


 落下しながら、スタッグはシュネーに聞く。

 シュネーは目尻に涙を浮かべ、笑い返した。


「…………どこへでも!」









『―――――その子はお前の、運命だ』



END

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ランプの魔女と記憶の魔法 石動なつめ @natsume_isurugi

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