Lemon
@kurono_siro
第一話
海を見ていた。水平線の向こう側からちょうど日が登ってくる頃合いだった。とても、とても綺麗だった。空の蒼と、海の青と、雲の白と、太陽の柑子色と。まだ肌寒さが残る季節の筈なのに、とても温かかった。だって、隣には彼女がいるから。僕の左手を握る手はとても温かくて、僕に笑いかけるその顔は、朝日に照らされていて。彼女を見ていると、綺麗だった周りの色が全て抜け落ちしまった様な気がして。彼女だけが、美しく色づいている様な、そんな錯覚に陥ってしまって。
「また一つ、想い出作れたね!」
そう言う彼女の声は、とても心地よくて、とても幸せそうだった。
涙が流れていた。瞼を開くと、視界に入るのは見慣れた天井だった。またか。と思った。これで何度目だろう、彼女の夢を見るのは。目覚めて、涙を流すのは。横になったままでそんな事を考えていると、スマホが鳴り響いた。画面を見ると、案の定電話だった。まだ起きたばかりなのに、と思いながら電話に出ると「いつまで寝てんの!もうそろそろ家出ないと遅刻するわよ!」と馬鹿みたいに大きな声が響いた。幼馴染の天宮友希からの連絡だった。「五月蝿いな。別に元々行く気なんてねぇよ。」と返すと、呆れたような声で「先生には言っておくけど、そろそろ来ないと留年になるからね!」と言われた。わかったとだけ返し、面倒くさいので早々に切ろうとすると「…まだ立ち直れないのね。」と言われ「…っ!」そうして僕が固まっていると電話が切られた。「…立ち直る?」暫く言葉の意味を考えて、しかし一つの意味しかなくて。「そんな事、できるわけないだろうが。」と、誰もいない部屋で一人静かに、声を荒げた。
夢ならばどれほどよかっただろうか。一ヶ月たった今でも、毎日彼女の事を夢に見る。もうここに彼女はいない。そんな事実から逃げるように、毎日毎日、彼女との想い出を思い返す。まだ一ヶ月しかたっていないはずなのに、随分と古びてしまった様に感じるのは、もう新しい想い出が作れないからだろうか。僕、日向恋には彼女がいた。名前は朝陽愛。明るくて、真面目なくせに所々抜けていて、何よりも想い出を大切にする、そんな女の子だった。彼女はもう、僕の隣にいない。亡くなったのだ。一月前、病に侵され亡くなった。僕にはどうしようもなかった。そんな事はわかっている。それでも、後悔してやまないのだ。誰よりも彼女のそばにいたはずなのに、彼女の病に気づけなかった。ずっと苦しんでいたはずなのに、そんな事は梅雨知らず、この先もずっと一緒だなんて思っていた。もっとしてあげられることがあったんじゃないかって、もっと色んなこと一緒にしてあげたかったって、そう思うのだ。きっと愛はそんな事思っていない。ずっと幸せだったって、そう言うだろう。それでも、まだ何かできたはずだと思ってしまう。それほどに、愛のことが好きで好きで堪らなくて、それ故に、愛の死は僕の心に大きな傷を残した。彼女が亡くなってから、一度も学校には行っていない。愛が亡くなったと言う知らせを受けて、その三日後には彼女の骨を拾った。涙が止まらなくて、僕の中で何かが崩れて行くのがわかった。それ以来、部屋から出ていない。ずっと引きこもって、家にあるものを食べて、ベットに寝転んで愛との想い出を思い返す。そんな日々を送っていた。高校も休み続けていて、このままでは留年になってしまうのだそうだ。親は仕事の都合で今は家にいない。まだ暫くは帰ってこないそうだが、高校から連絡を受けて時々僕に連絡をしてくる。それまでにも何度か連絡をしてくる事はあったが、明らかに頻度が増えた。心配させて申し訳ないとは思うが、それでも、何もする気が起きなかった。
その日もいつも通りの日々を過ごしていた。午後四時頃、ベッドの上で愛のことを思い出していると学校から帰宅したであろう友希からLINEが送られてきた。「先生が呼んでる。なんでも朝陽さんの親御さんがあなたと話がしたいそうよ。いつでもいいそうだけど、早めに行きなさい。」驚いた。家の電話はかかってきても出てなかったので、先生が諦めて友希に伝えたのだろう。しかし、何故愛の親御さんが僕と話したがるのだろうか。考えてもわからなかったが、親御さんには何かとお世話になった為、久しぶりに家から出る事を決めた。正直あまり気乗りはしなかったが、待たせてしまうのも申し訳ないので明日には行くことにした。何より、早く終わらせたかった。愛の周りにいた人と関わるだけで愛のことを思い出してしまって、すぐそこに愛がいる様な気がして、辛かったから。
Lemon @kurono_siro
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