第23話
銀色の月が地平から昇り始めた頃。
『
『北東』は『死鬼』の住まいが在るとされる方角で、『
門から出て来たのは、松明を手にした
武装した
その後に二台の牛車が続き、その後ろを
牛車の
死者を載せているしるしだ。
先を行く牛車の
後の牛車の
出入口を覆う
四人とも墨染の狩衣を
中でも、
赤子を抱くように桐箱を胸に引き寄せ、魂が失せたかの如く、壁にもたれている。
乱れた髪を直そうともせず、時折ぶつぶつと呟いている。
他の三人は無言だ。
故国は、敵地と化した。
一族を人質に迫られたら、為す術が無い。
だが、その最悪の事態に至っていないと言うことは、未だ
だが宰相は、
『近衛府の武官どもが謀反を起こし、四将は御妹君の許に逃亡いたしました』と。
「我らが、最後の『近衛府の四将』なのだろう……」
暗い
『
夏の水遊びも冬の雪遊びも楽しかった。
『近衛府の四将』に選ばれ、『
それが今は『
『
子供たちが、どんな怖い思いをしているかを考えると、胸が塞がる。
「
「僧の体を、刃で傷付けることは出来ない。まして、お前は平民の出だ。辺境の寺院に軟禁される程度で済むだろう。
「投降するつもりか…?」
いま投降すれば、宰相の実弟の
「お前はどうなる?
帝都士族の
『不滅の契り』を交わした友を犠牲にし、命乞いなど言語同断だ。
最期まで運命を共に、との彼の決意を見取った
「自分は、
月明かりに照らされた
先輩たちの最期を思えば、倒せずとも宰相に一矢を報いたい。
ひとりで敵陣に斬り込み、斬り刻まれても本望だ。
だが身を寄せている『
弔いが終わったら、投降するのが最善だろう……。
死罪は覚悟している。
しかし……その苦痛が短いようにと願うのは、士族にあるまじき考えだろうか。
月下の二人の瞳は、静かに語り合う。
岸辺に到着した時には、
組まれた薪の上に棺が置かれ、その上に薪の束が積まれる。
僧侶たちの読経の中、
炎は木が爆ぜる音とに静かに広がり、闇を照らし出す。
だが
実兄の残虐さに打ちのめされ、削り取られた心は病んだままだ。
友として、これだけしか出来ない無力さが辛く……哀しい。
炎と煙は天高く、頭上の月を目指して昇り行く。
あの月は、『
影の月の麓に、なつかしい故郷がある……。
『第八十七紀 近衛府の四将』の叙任式は、祝福の溜息の中で終わった。
四将は退場した後、殿舎で貴族たちの饗宴が行われた。
『
それでも子供たちは興奮冷めやらず、四将が神話の英雄みたいだったと語り合う。
そして日輪が高く昇った頃、帝都大路で祭が始まった。
士族の乘った牛車に続き、騎乗した四将が帝国民にその姿を見せる。
騎乗の邪魔にならぬように
その後には、貴族たちの牛車や
実は、
その
アラーシュとセオ、両一族への配慮だろう。
しかし幼い彼らには、かなりの難業である。
セオは武官ばりに背を伸ばして歩き、リーオは緊張してつんのめるように、ぎこちなく進む。
アラーシュは、先を進む兄の姿ばかり追っている。
アトルシオは、大路の左右を埋め尽くす民の多さに驚くばかりだったが……
「お母さま、屋根に雀たちが留まっています」
人々の歓声にも関わらず、その声は鈴のようにはっきりと耳に響いたのだ。
振り返ると……少しめくれた薄絹の隙間から、少女の顔が見えた。
前髪は眉の下で、後ろ髪は肩より下で綺麗に切り揃えられていらっしゃる。
その髪は艶やかに黒く、吹き抜けた風が、髪を開いた扇のように
濃さの違う桜色の
その様は、桜の花を思わせる可憐さだ。
そして少女も、アトルシオの視線に気付く。
真っ白い頬が、紅を差したように赤く染まる。
恥ずかしそうに袖で顔を隠され、めくれた薄絹を閉じてしまう。
高貴な
少女は、ついつい雀に気を取られ、薄絹をめくってしまったのだろう……。
「……アトルシオ?」
歩調の落ちた彼を心配したセオが声掛けした。
「うん……何でも無いよ」
アトルシオは答え、セオに歩調を合わせて歩く。
手の届かぬ高貴な姫君を見たのは幸運だったのか、それとも……
アトルシオは、小さな心臓の不思議な痛みに戸惑い、空を見た。
明るい紫色の空からは、惜しみない光が降り注いでいた。
月の国も花の国も、永遠に栄え続けるだろう。
誰もがそれを確信し。栄光に酔いしれた――。
◆◆◆
関連エピソード『悪霊まみれの彼女』の『外伝4 明けは去り、宵は来る』ページのリンクを貼って置きます。
https://kakuyomu.jp/works/16816452221358206980/episodes/16816927859609765837
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