外伝4 明けは去り、宵は来る
荒々しい風の音は止まない。
烏たちの声が聞こえる。
目を凝らすと、そびえる塀の岩の縁に何匹か停まっているようだ。
今夜は眠れなかったが、不思議と落ち着いている。
自分よりも、刑に関わる者たちの方が心折れているかも知れない。
『極刑』は、伝説の刑罰だ。
最後に実地されたのは、四百年も前と教わった。
それも、途中で耐えかねた刑吏たちが、罪人を手で縊って死なせたと伝えられる。
今頃、刑吏たちは刃物や鉄枷の準備をしているだろうか。
医の心得のある術士も呼ばれただろう。
簡単に死なせないよう、付き添って治癒に当たるのだ。
今となっては、彼らに負担を掛けてしまうことだけが辛い。
孤児で盗みを働いていた幼少期。
素質を見い出され、『
『近衛府の四将』に選ばれた日の喜び。
取るに足らない自分には、過ぎた生涯だった。
気掛かりなのは、姿を消した
そして、隣国に身を寄せざるを得なかった後輩たち。
復讐を企て、命を粗末にして欲しくは無い。
烏たちが物悲しく鳴き、飛び立った。
牢の鉄格子の向こうから、冷えた風が吹き込む。
覚束ない足音も聞こえる。
その主を察し、
薄い上衣と袴だけの姿でも、『第八十七紀 近衛府の北門の将』の誇りだけは捨てたくは無い。
現れたのは、同期の『東門の大将』だったの
綾織の朱色の袿の裾を引き摺り、結ばずに垂らした髪は
両目の下は青黒く、何日も寝ていない様子だ。
酒の臭いもひどく、表情も以前の面影は無い。
精悍で誇り高かった男は、無残に堕落した権力者の末路を呈している。
「……おい……エオリオ……元気そうじゃねえか……狭い臭い牢屋だなぁあ……」
「……宰相閣下には、このような見苦しい場所は似つかわしくありません。お引き取りを」
「お前まで、オレを見捨てるのかああああああっ!」
「サリアが悪いんだ! オレを裏切った! 後宮に入ると言い出しやがった!」
「それは誤解だ……ガレシャ」
「帝の御側室では無く、
「知るか! 今となっては、サリアを地獄送りに出来なかったのが心残りだ!」
「……罪の無い
すると開き直ったかのように、
「ああ、そうだった。たまたまサリアの弟の周りに、二十人ほどのガキが居たなあ? 皿の上を這い回る蟻を成敗したようなもんだ。気にするな」
「ガレシャ、お前の心は蝕まれている。お前が殺めた者たちの『恐怖』や『苦痛』や『無念』が、お前を狂気に駆り立てている……」
「じゃあ、お前もその一部になれえええええええっ!!!」
「お前の肉を削いでやる、骨を断ってやる、都のど真ん中に晒してやるっ……」
額を石床に擦り付け、何度も上下左右に動かす。
薄暗くとも、石床に黒ずんだ血がこびりつくのが見える。
「頼む、オレを見捨てるな、ちくしょう、
支離滅裂な言い分に、
契りを交わした友は、もう居ない。
鉄格子の向こうで、哀れな嬌声を上げているのは『
別れの時は、少しずつ無常に近付く。
鉄格子の中に囚われているのは誰なのだろう、と
いつか彼が悪夢から目覚め、誇りを取り戻す奇跡が起きたなら――この魂が、傍に付き添っていられるように、と祈る。
また風が通り過ぎ、烏が鳴いた。
『外伝4・完』
◆◆◆
外伝は、時系列を無視して思い付いたエピソードを書いて、掲載しています。
ですので、関連エピソードのリンクを貼って置きます。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428178248114/episodes/16816700429580056962
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