第6章 妖しの月・水鏡の花
第24話
虚無の暗闇を、巨大な月が見降ろしている。
音も無く、風も無く、しかし閉じた
その脇には四つの人影があった。
「ごめん。また、オレだ……いってぇ……」
地に座った
「お前のせいじゃない……」
焼け焦げたマントで胸を覆い、紺色の小袖の襟元を整えてやる。
「久し振りに……
藤色袴の女学生姿の
「また、次がある……」
彼の髪も乱れ、太腿から出血している。
「……次こそ……
黒いマントで覆われた彼の胸から下は……無い。
『
「ああ……また会おう……」
「……そう…だ……な……ま…た……」
かすれた声を残し、
開かれたままの瞳は濡れている。
その両目を手で閉じた雨月は、愛馬の
「……
すると、
二人は、懐から小刀を出した。
敵の気配が近付いて来る。
『
それだけは避けねばならない。
「……会える日を楽しみにしてる」
「……
それより早く
「……至らぬ我らをお許しください……姫さま……」
呟き、刃を突き立てた。
目の前が赤く染まり、すぐに済んだ
彼らの魂は『黄泉の川』へと導かれ、
「……と言う夢を見た」
和樹は仕草を交え、一戸と上野に説明する。
今は昼休み。
三人は、体育館横の水飲み場に集まった。
今の時間は
「自分の唸り声で目が覚めてさ……でも、ただの夢じゃないよ」
「全面同意する」
一戸は頷き、上野はイチゴ牛乳パックを飲み干ほして「ハァ~」と口を開ける。
「オレとミゾレがやられて、お前ら二人が後追いしてくれたんだ。泣けるね~」
「『
一戸は考え込む。
「どうやら、俺たちは『
「前に、僕が引っ掛かった術だよね」
和樹は右腕を押さえる。
あの時は『
「問題は、『
上野は軽口を叩いたが、和樹は心持ち笑顔で応える。
「うん……僕は、月城くんが『
「お前、月城が好きだねえ」
「でも上野だって、彼の家の前で、ササッと彼の似顔絵も描いてくれたよね?」
「……ありゃ、成り行きのサービスだにょ」
上野は首をすくめ、話題を
「でもよ、夢の中の
「うん。
「……ほぼ50年周期で、転生しているってことか」
一戸は冷静に分析する。
「霊界で体験した俺たちの過去世は、ほぼ50年前だった。その50年前なら、明治時代で合ってる」
「お前らは、今と同じ服装だったんだろ? オレと
「『
「昔は、情報過多の現代とは違う。着慣れた服装が、『
「ま、オレ様は集中的に狙われてるってことね。アイドルは辛いにょね」
上野は唇をツンと尖らせ、満更でも無さそうな顔をする。
「それにしても、50年ごとに殺られては復活って忙しいね~」
「そうだな……」
そこまで言って一戸は、目を見開いた。
「……おい……お前たちの後ろ……」
「え?」
和樹と上野は何気に振り向き、身を硬直させる。
3メートルほど後ろの木の前に、黒ずくめの女性が立っていた。
烏帽子を被り、黒い小袖に黒い長袴、透ける生地の白水干を纏い、抜き身の太刀を手に、こちらを睨んでいる。
「……
上野が叫び、二人は身構えた。
けれど、女性の姿はすぐに消える。
三人は、しばし無言で女性が立っていた場所を注視する。
「……あれが……『
一戸は喉をゴクリと鳴らし、上野に聞いた。
「……オレ、そう言ったっけ……」
「たった今、言ったよ……」
和樹は恐る恐る木に近付き、幹に触れてみる。
見た目の異常は無いが……悪いモノを惹き付けるような、嫌な『気』を感じる。
「校舎に戻ろう……ヤバイ感じがする」
「……ああ……」
二人は同意し、早足で校舎に向かう。
和樹にしても、こうもはっきり『悪霊』が視えたのは初めてだ。
彼女の黒い瞳は、殺意に満ちていた。
自分たちは、『
その強敵が、姿を見せた理由は不明だが……次に闘う相手は、彼女らしい。
三人は、50年前の……自分たちの葬儀の風景を思い出してしまう。
あのような光景が、50年ごとにに繰り返されているのだろうか……。
『死の予感』に背を押されながら教室に向かっていると、三階の廊下で久住さんと出くわした。
「ナシロくん! 蓬莱さんが大変なの!」
「何だって!?」
「お祖母さまが、勤務中に倒れたって連絡が入ったらしいの!
三人の顔は強張り、背筋に鳥肌が立つ。
これは偶然ではなく、敵の警告だと本能的に悟る。
お前たちが『
「二人とも、今日は部活があるか?」
「僕は明日……今日は無い」
和樹は答えたが、上野と一戸は顔を合わせる。
「オレはサボってもいいけど……」
上野は一戸を気遣い、声を落とす。
部活を休んだことが祖父に知られたら。長時間の説教は避けられないだろう。
「じゃあ、上野は僕の家に来て。二人で相談する。後で、一戸には連絡するから」
「すまん……そう言えば、月城は……今日は一時間目から来てたな」
「彼、もう帰ったみたい。バッグを持って玄関を出て行くのを見た」
久住さんの答えに、和樹は落胆する。
自分たちが『
夢の中の自分は、彼と会いたがっていた。
彼が来てくれたら、運命が転換するかも知れないのだ……。
それから数時間後。
夕刻に、制服姿の月城は駅前通りを歩いていた。
手には、コンビニで買ったちらし寿司とお茶のペットボトルが入っている。
暗さを増した夕暮れの空を眺め、雲間から差す光に目を細めた。
この世界の空も美しい。
夜明けも、夕暮れも、降る雪も雨も、すべてが眩しい。
この美しさに触れられたことは、何よりの思い出だ。
その思い出も、遠くない将来に消えるだろう……。
そう考えつつ、マンションの前に辿り着き……立ちすくんだ。
自動ドアの横に、一戸が立っている。
引き返そうにも、目が合ってしまった。
そして、彼は近付いて来る。
逃げたかったが、足が地面に絡め取られたように動かない……。
「……長い時間、制服で街をうろつかない方が良い。目立つからな」
一戸は、月城を上から下まで
「会えて良かった。先週の差し入れは、受け取ってくれたか?」
「……何の用だ?」
月城はぶっきらぼうに答え、そっぽを向く。
しかし、一戸はピタリと彼の横に陣取る。
「昼休みに、体育館横の水飲み場で女性の亡霊を見た。時代劇で見た『
だが、月城の表情に変化は無い。
知っていたかのように、眉ひとつ動かさずに聞き流す。
「……驚かないな……お前、『
すると、月城は唇を一直線に結んで歩を進める。
「待て、
「そんな言葉は知らないし、人違いだ」
「
その名を聞き、
あの声が、否応なしに浮き上がる。
『……そんな顔をするなよ……こっちまで哀しくなるじゃないか……』
だが一戸は、
「月城……正直、俺たちは『
「ゲームの話か? 勝手にやってろ」
「……折り合いを付けるのは難しいな」
一戸は微笑んだが、その目元には暗い陰影がある。
「俺はいい。大嫌いな祖父とおさらば出来るからな。何度、あのクソジジイの脳天に竹刀を叩きつけたいと思ったか……こんなこと、誰にも言ったことが無い……」
すると月城は、初めて一戸の目をまともに見つめた。
しかし一戸は、月城に背を向ける。
「他の仲間を死なせたくない。俺は、敵と刺し違えても構わない。偽りでも、幸福に暮らせる世界なら悪くない……その世界では、祖父も俺に優しい言葉を掛けてくれるだろう……ずっと聞きたかった言葉を……」
一戸は言い残し、月城から離れて行く。
月城は、余りにも寂し気な後ろ姿を見送る。
彼の複雑すぎる情念と覚悟は、月城の心を推す。
いつかの、方丈日那女の言葉と共に。
『この期に及んでグダグダ言うな、バカ! あんたたちが揃わないと、こっちも哀しいし落ち着かねーし! 戦隊ヒーローは、メンバー全員そろってナンボだろ!』
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