第41話 やばい奴がきた…それも二人同時にだ

『ぎゃあああああー!!』


 絶叫とともに、船が沈む。


「キャハハハハハ!!」


「ヒャッハアアー!!」


 砲撃が飛び交い、水飛沫が飛び狂い、人間達が阿鼻叫喚する海域で高笑いを響かせる二人の魔族がシラーン国の船団を蹂躙する。


 黒い馬車から降りたメリアは、颶風ぐふうを起こす速度で海の上を疾走し、手に持った短剣で船を斬り裂いて沈めていく。


 イザベラは、大砲を搭載した機械仕掛けの戦車チャリオット団を指揮して、船団に砲撃を撃ち込んでいた。


 — ヒヒィーンッ!!


 四肢がムキムキに発達した黒毛の『ユニコーン』によって引かれる戦車チャリオット達が海上と空中を素早く駆ける。


「撃て撃て、撃ちまくれえー!ヒャハハハー!」


『うわああああー!』


 統率の取れた戦車チャリオット達によって、空中と海上からの撃ち込まれる多角的な砲撃が船体を木っ端微塵にし、次々とシラーン国の船を撃破していった。


「ぐぬぬ~…ッ」


 先航していた自軍の船達が撃破され、歯ぎしりするシラーン国の王。


「ぼ、防御壁…【赤壁】だ!我が国最高峰の防御壁で砲撃を防ぎつつ、前進して魔王軍を押し潰せー!」


 シラーン国の船団の前に、が出現する。


 巨大な赤い壁は、前面から焼けるような高熱を発しており、遠くからでもその熱気がわかる程に赤く発光し、触れた波を蒸発させて大量の蒸気を上げていた。


 焼けるような高熱の壁、【赤壁】を先頭に陣形を固めた船団が加速して前進する。


「ふはははっ!この【赤壁】は、我が国最高の術士達が力を合わせて作り出したシラーン国の秘技であり、触れた物を焼く高温高熱の絶対防御壁!如何なる攻撃も通さぬぞ。このまま押し切って、この壁で焼き潰してくれるわ!」


「姉御ー!敵の防御壁に当たった砲撃が蒸発して、船まで攻撃が届きませんぜ!」


 戦車チャリオットから、イザベラの部下である『ゴブリン』が顔を出して叫ぶ。


「みてえだな。よし、全員撃ち方やめぇーい!」


 戦車団からの砲撃が一斉に止む。


「どうした魔族ども!抵抗しても無駄だとわかって、大人しく赤壁に焼き潰される気になったのか!?おぉん?」


「んなわけねーだろお、ボケがぁ!」


 わざわざ音声拡張用の魔法円を出現させて挑発するシラーン国の王に、イザベラは同じく音声拡張用の魔法円で返すと、海の上を歩いて戦車団の陣形から前へと出る。


「そんな壁ぇぶっ壊して、私が直々にお前らを海の藻屑にしてやるよぉ!」


 イザベラの体から黒に近い、濡羽色の魔力が現れる。


「いくぞぉ!くらいやがれ―」


 何かの攻撃魔法を使おうとするイザベラの前に、小さな体が舞い降りる。


「だーめ。あのオモチャは、私が遊ぶんだから☆」


「あ、てめえ!?こらぁ、ちびっこ!」


「キャハハハ~!」


 イザベラの文句を無視し、海面を蹴って大きな水飛沫を立てたメリアが一本の短剣を持って船団に向かっていく。


「なめるなよ、魔族のイカれ幼女が!如何に船体を斬る事が出来ようと、この絶対防御の【赤壁】は破れんぞ!」


「…あまいよ、おじさん。」


 メリアの体から現れた魔力が、彼女の細い腕を伝って短剣へと流れる。


 すると、メリアの持つ短剣が一本の【大剣】へと姿を変える。


 柄は長く、蝙蝠の羽を広げた髑髏の形をしたガードから長く突き出た重量感のある大きな両刃の剣。


 ドラゴンをキルしそうなバカデカい剣を持って、メリアが海面を蹴って高く跳び上がる。


「な…っ!?」


「いっくよー!」


 シラーン国の王と兵達が注視する中、メリアは小さな体を目一杯回して背中からぶん投げる勢いで大剣を振るう。


 質量を無視して振り落とされた大剣が空気を切り裂き、大きな刃の塊がその重量と勢いをぶつけて、真上からガガガガガッと一撃で赤壁を叩き割って左右に分断した。


「わ…我がシラーン国最高峰の防御壁を、あんな魔族の小娘が叩き割った…だとっ!?」


「よいしょっと。」


 分断された切れ目からガラガラと崩壊する赤壁を背に、大剣を担いだメリアが船の甲板に降り立つ。


『……っ!!』


 最高峰の防御壁を壊して懐に入って来た脅威に、全船団の全船員に緊張が走る。


「ん~」


 周囲をキョロキョロと見渡しながら、無造作に大剣をブンブンと振り回すメリア。


「さて…」


 ペン回し気分で大剣を振り回すのを止めると、幼い姿をした暴力の化身がその身から狂気の気配を醸し出しながら無邪気な笑顔を見せる。


「遊ぼっか☆」




 ―――― ヒミカ城 上階 ――――


 ――『キャハッ、キャハッ、キャハハハ!』


 ――『ウヒャヒャヒャッ、ぶっ○せぇ!一匹残らず、殲滅だあ!』


 ──『魔王軍め…調子に乗るなよ!我がシラーン国の底力をみせ…─うわああー!!』


 ――『『ぎゃああああー!!』』


 魔王軍二人(特にメリア)によって繰り広げられる蹂躙シーンを、円いモニターを通してリアルタイムで視聴する。


(……Oh、マンマミーヤ)


「海側のシラーン国軍は、何とかなりそうですね。」


「あの二人は、ヒミカが呼んだのか?」


「いいえ。まあ、あの二人は多分冷やかしか暇潰しに来たのでしょう。」


(暇潰しに来て、シラーン国の人間軍を潰してるんですが…)


「何にしても助かりました。あとは、ジャホン国内にいるシラーン国兵と勇者をなんとかしなくては…」


「そうだな…これ以上戦うのは厳しいし、上手い具合にこの国から撤退でもさせられれば…―」


 と考えていると…、


 物陰から素早く何者かが現れ、俺の顔にを貼り付ける。


(─っ!?この札は、まさか)


 何かの札を貼られたと気づいた時には遅く、札を貼った者は既に俺達から距離を離していた。


「はははははっ!油断したな、偽リオン!!」


「な、イシダ!」


 最上階が崩れた時、瓦礫と一緒に落ちた東の国の間者イシダ。そのまま埋もれたと思ったが、生きていたのか。


「…しくじりましたわ。気配が弱すぎて、逆に気付きませんでした。」


 動こうとするヒミカを、イシダが制止する。


「待て、ヒミカ!俺が今、封魔札の力を発動させれば、偽リオンの命はないぞ。」


「…っ」


(やはり、魔力を封じる『封魔札』を貼り付けやがったか!)


 封魔札は魔力を封印し、最後には生命力をも奪う。


 今封魔札が発動すれば、魔力が無い俺は生命力を奪われて死ぬ。


 またもや、マジのピンチだ。


「言わなかったがこの封魔札は、貼り付けた相手の魔力量を感知し、術者に知らせてくれる。どうやら偽リオン、今お前は魔力が無いみたいだな!」


(なんだよその機能、一発でアウトなのバレバレじゃん!)


 生殺与奪の権を握られてしまった。


(まずいぞ…)


 ヒミカが拳を握りしめ、殺気を込めた目でイシダを強く睨む。


「そ…、そそそんなに凄んだって無駄だぜ、ヒミカ。今リオンの命は俺が握っているんだ。下手な真似をすれば…─」


 ――シャウウーッ!!


「え…ぐええっ!?」


 どこからか蛇が現れ、その長い体でイシダの体に強く巻き付く。


「か、カラカサ君!」


「シャウウ!」


「ま、またお前かー!—ぐええっ!」


 両腕ごと締め付けられたイシダが、苦しそうにもがく。


「この蛇め~、力ずくで引き剥がし…」


「そりゃああ今じゃ、突撃ー!!」


『おおおおおお!』


「え、ちょ、うぎゃああ!?」


 さらにサクタロウと家老達が現れ、ラクビーのタックルの様に家老達がイシダにぶつかっていく。


(あ、あいつら!)


 暴れるイシダを抑え込む、家老A、B、C―


「ぎゃああああ!お前ら…『トク』、『ノブ』、『トヨ』!」


 もとい、トクさん、ノブさん、トヨさん。


(…あの家老達、そういう名前だったのか。)


「ええい、お前が東の国の間者だったか!」


「この野郎、よくもワシらを騙したな!」


「おんどりゃあー!打ち首じゃ、ワレエ!」


「うぎゃああ、やめ、あーッ!」


 マジギレの家老達がカラカサ君と一緒にイシダを締める。


 家老達の見事な絞め技を受けてるイシダを他所に、サクタロウが俺の顔に貼り付いていた封魔札を剥がす。


「助かったぜ。サンキュー、サクタロウ」


 危うく顔にお封を貼り付けられたまま死ぬとこだった。


「わっはは、ユーウェルカムぜよ。」


「なぜ、あなた達がここに?」


「町の中央で大人しく待っちょったんやけんど、この蛇がヒミカ様の事が心配で居ても立っても居られんみたいやき、連れて来たんじゃ。」


「シャウ~!」


 カラカサ君がイシダから離れ、ヒミカの胸に飛び込む。


「…ふふ、そうでしたか。心配してくれてありがとうございます、カラカサ。」


 そんなカラカサを、ヒミカは穏やかな顔で優しく撫でる。


「あなた達も来てくれて、ありがとうございます。正直私も、助かりましたわ。」


 そう言って、サクタロウと家老達に柔らかに微笑むヒミカ。


 そんなヒミカの柔らかな微笑に一瞬呆気にとられたサクタロウと家老達だったが、「え…、い、いや~」と照れていた。


 いつもの「…ふふ」というだが、どこか近寄りがたく言い知れない圧を含ませたような笑みではない、柔らかなヒミカの笑み。


 それは、心配して来てくれたカラカサ君と助けてくれたサクタロウ達に対して素直に感謝の意を表したものだと思うと、なんだか親近感が湧いてくる。


 俺を蛇で締め付けたり、強力な握力で脅してきたり、鬼や龍蛇族と戦った元ヤンエピソードがあったりとやばい奴だが…


(あの柔らかな笑みを見ると、実はそんなに悪い奴じゃないのかもしれないな)


 きっと、根はいい子なんだろう。うん。


「あ、そうじゃった。ヒミカ様、途中でこいつを拾ったんじゃが」


 そう言ってサクタロウが背を向け、担いでいたものを見せる。


「あら!」


「そ、そいつは!」


 確か、ヒミカに投げ飛ばされた…


(狩人 ブライン!)


 ブラインは気を失っている様で、白目を向いて力無くサクタロウの背にぐったりとしていた。


「強く体を打ち付けて骨折しまくってるが、まだ生きちょる。敵だが同じ人間として見過ごせんき、途中で拾って来たんじゃ。」


「そうでしたか…それはそれは」


 加害者ヒミカが憐れむ様な顔で被害者ブラインに近づき、ゆっくり手を伸ばす。


(手当てするのかな?そうだな。いくら敵とはいえ、満身創痍で気絶してる人を可哀想に思う慈悲の心くらいは持って―)


「じゃあ、サクッと息の根を止めてしまいましょう。」


「そうサクッと…って、うおおおおい!」


 ブラインの首を鷲掴みにするヒミカを止める。


「満身創痍で意識の無い人になんてことを…あんた、鬼か!」


「はい。鬼ですけど何か?」


 ……そういえば鬼だった。


「お前には、慈悲の心ってもんが無いのか!?」


「ジヒノココロ…?すみません、ちょっと何の食べ物かわからないのですが」


「食べ物じゃねえよ!道徳心だよ!」


「慈悲…ああ、あれですね。アレ。」


(どれ?)


「もちろん、ありますよ。だから苦しまないよう、気を失ってる間にポキッと…ね?」


「ポキッとじゃねえよ!鬼か!」


「だから、鬼ですってば。」


 あかん。やっぱりこいつ、やばい奴だ。


「二人ともそんな事しちょうる場合じゃないぜよ。まだ東の国の兵はジャホン国におるし、町には勇者が戻ってきちょる。何とかせにゃいあいかん!」


「そ、そうだな…」


 ヘレナを足止めしてるクロエ達を助けるためにも、早くこの戦いを終わらせるために何とかせねば…。


(どげんかせんと…)


 う~ん、どうするか…。


(ん?)


 ヒミカに首を鷲掴みにされているブラインに目が止まる。


(あ…、なんとかなるかもしれない。)











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魔王軍の幹部会議で「…ふん、くだらん。」て言うやつになった 夕陽 @aoi-saka

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