第40話 黒い馬車
魔力を使い切ったと騙し、放った渾身の一撃がレシンに直撃する―
—―はずだった。
「ぐっ…、おおおーッ!」
(…っ!!)
片腕と片脚を失いながらも、レシンは
半身を失い、バランスを崩したレシンが倒れる。
「く…っ、体が治らぬ!?闇の魔法で、禁忌の魔法の力も消し去ったか」
闇が当たったからか、消滅した腕と脚には禁忌の魔法【黒鉄】の力による体の修復が発動しない。
俺とヒミカに刺さっていた鉄槍が砂鉄となって崩れ落ちる。
「ふっ…、この俺を欺いて放った一撃、我が片腕と片脚を取るに値する見事な不意打ちだったぞ、偽リオン!」
「くそ、せっかくのチャンスだったのに外した!」
(最後の魔力だったのに…!)
「いいえ、上出来ですわ!」
「え、―ぶへっ」
俺を押し退けてヒミカが前に出る。
「さあ、来なさい。『ウロボロス』!」
その名を呼び、袖を大きく前方へ振るう。
すると、袖からどうやって出て来たのかわからないくらい大きな龍が飛び出し、素早く空中を奔ると、倒れているレシンへと向かって行く。
「ぐぬ…ッ」
起き上がろうとするレシン。
だが、口を大きく開けて猛スピードで迫り来る龍が、レシンを飲み込む。
その後、龍は自分の尾を噛んでその長い体で円を作り、くるくるとゆっくり回り始めた。
(何だ、あの龍は!?レシンを飲み込んだ後、大人しくなったぞ)
まるでリラックスした様にゆっくり回り続けるウロボロス。
(片腕と片脚失っても、武神モードのレシンなら力技で龍から脱出するだろう。今のうちに次の手を考えなければ…)
しかし、俺の予想に反してレシンが出てくる気配は無く、ただ静かに龍がゆっくりクルクルと回るだけであった。
「レシンが出て来ないぞ?」
「『ウロボロス』は、破壊と再生の力を宿す龍。彼に飲まれたものは、その腹の中で破壊と再生を永久に繰り返します。」
(破壊と再生を繰り返す…?)
…え、てことは、
「禁忌の魔法【黒鉄】で不死身になったレシンにはお似合いの牢獄です。ウロボロスの中でその身を破壊され、再生し、また破壊される。そんな終わり無き地獄を過ごすがいいですわ。」
(エグい!なんだ、その生き地獄の無限ループは!)
だが魔力切れで闇の魔法が使えなくなった以上、ウロボロスの腹の中に閉じ込めるしかない。
禁忌の魔法の力で体を治しても破壊され続けるなら、出られないだろう。…たぶん。
「…ふっ、ふはははは!」
(はうっ!?)
ウロボロスの中から、レシンの笑い声が響く。
「まだこんな切り札を隠していたとは。確かに、我が体は…この龍の中で、破壊され続け、もはや戦う事…は出来ない。見事だ、龍蛇の女王よ!」
破壊された後に繰り返し体を修復しているのだろうか、レシンの声が途切れ途切れに聞こえる。
「まさか素人の嘘に騙されて体の一部を失い、あまつさえ龍に食われるとは…武神になり、慢心があったようだ。反省せねばなるまい。」
「ウロボロスの腹の中で、永久に反省しててください。」
ヒミカがそう言い放つと、くるくると回っていたウロボロスがゆっくり消えていく。
「…俺の負けだ、魔王軍よ。だが、いつの日か再び会い
(嫌だよ。もう、会いたくねーよ。)
スゥ…と、ウロボロスが消える。
「…………」
…勝ったの、か。
「ふぅ~…」
「まだ気を抜いてはいけませんよ。」
肩の力が抜ける俺に、ヒミカの注意が飛ぶ。
「レシンを倒しただけで、まだ東の国の人間軍と交戦中です。」
「そ、そうだった」
そういえば、俺はヒミカを助けに来ただけだった。
(それに、まだ勇者ヘレナがいるんだよな)
一旦どっかに行ったが、律儀にさっきまで俺がいた場所に戻って来そうだ。
(魔力が尽きた今、あれに出会ったら完全にアウトだぞ。)
「…とりあえず、戦況を確認しましょう。」
ヒミカはそう言うと、
「ん。」
と、俺を見て腕を広げる。
「……?なに?」
「何って、お姫さま抱っこです。飛んで、私を上の階まで連れて行ってください。」
「なんで!?」
「ジャホン国全体の様子を見るための鏡が、城の上階にありますので。」
(あの、実況モニター代わりの鏡か!)
ヒミカの使役する竜の目を通して、ジャホン国での戦いを映していた大きく円い鏡の事である。
「跳んで行こうにも、私はレシンとの戦いで疲労していますので。不承不承あなたに頼るしかないんです。」
「いや、俺も疲れてるし、ボコられたり刺されたりでボロボロなんだが…」
「もう、つべこべ言わず早くしてください。ほら、ん!」
「……はあ~」
これ以上ごねてシメられても嫌なので、渋々言う事を聞く。
腕を広げて待つヒミカに近づいて、(機嫌を損ねないように)優しくお姫様抱っこをする。
「…角、仕舞ってくれない?」
顔に近くて、危ないんだが。
「無理です。一度出したら、しばらくは引っ込みません。」
(しばらく、頭に凶器生やしたままかよ。)
顔の近くの危険物を気にしつつ、体の痛みに耐えながら翼を羽搏かせて上の階まで飛ぶ。
鏡はもともと城の最上階にあったが、レシンにより最上階は崩されたため、鏡はその一つ下の階に落ちて壁に立てかかっていた。
「ありがとうございます。」と言って俺の腕から降りて、少しひび割れた鏡へと小走り近づいていくヒミカ。
「…っ!」
鏡に映し出されたものを見て、ヒミカが息を飲む。
「どうしたんだ?…あっ!」
「まずいですわ…」
―――ジャホン国 町の中央―――
「待たせたわね、リオン!さあ、決着を…って、いないじゃないのー!!」
「…うるさいですよ~、勇者。」
眠りこけた仲間のメイラを安全な場所まで運んで戻って来たヘレナを、クロエがうざったそうな顔で見る。
「うるさいって何よ!リオンは、どこに行ったの!?」
「リオン様でしたら、ヒミカ城に行きましたよ~。」
「ヒミカ城に!?あそこには、ブラインとレシンさん、それに東の国の間者さんがいる…助けにいかなくちゃ!」
「おっと、通しませんよ!」
上裸姿の最後の四天王 ロノウァが、ヘレナの前に立ちはだかる。
「ロノウァ!…って、何で上半身裸なの?」
「勇者を倒せず、リオン様の御手を煩わせてしまったので、リオン様からお仕置きをして頂こうと自分で服を破かせていただきました。」
キリッと
「そ、そう…。何でそれで服を破くのかよくわからないのだけど……って、そんな事どうでもいいの、そこを通るわよ!」
「行かせませんよ~、勇者。あなたの足止めをするために、私達ここでスタンバっていましたから。」
「…クロエとロノウァの二人だけ?確か、ジャホン国の家老達もここでリオンと一緒にいたよね?」
「魔力切れで役に立たないので、邪魔だからどっかに行ってもらいましたよ~。」
「そう。それならこっちとしても都合がいいわ。人間同士戦うのは、気が進まないの。」
剣の刀身を光らせ、構えるヘレナ。
「邪魔をするなら、速攻であなた達を倒してヒミカ城に行くわ!」
「来なさい勇者!今度こそ、ズタズタに切り裂いて――」
再びぶつかり合おうとする両者だったが、突如ジャホン国の上空に出現した大きな魔法円により、その動きが止まる。
「攻撃用の魔法円でも、転移用の魔法円でもない。あれは…」
『あ…あー、こほん。聞こえるかね、ジャホン国にいる諸君。』
魔法円から声が発せられ、ジャホン国内に響き渡る。
「この声…、東の国の王!」
聞き覚えのある声に、ヘレナがその声の主を言う。
『ジャホン国で戦っている我が東の国の人間軍達、そして勇者とその仲間達よ、ご苦労。お前達の奮闘のおかげで我ら人間軍の勝利は目前だ!』
力強い演説の様な東の国『シラーン国』の王の声。
『魔王軍よ、海の向こう側をを見ろ!そして、震えるがいい!今からこの東の国『シラーン国』の王であるワシが、選りすぐりの兵達で編成した新たな軍とともにジャホン国に降り立ち、全ての魔族を完封無きまでに討つ!』
――――ヒミカ城 上階――――
円い
そこには、ジャホン国に向かって進む何十隻ものシラーン国の船があった。
「兵の追加投入…だと」
今までの戦闘で、魔王軍側とジャホン国側は疲弊している。
それなのに、まだ敵が来るなんて…
(そんなおかわりは、いらん!)
勇者一行とレシンだけで、お腹いっぱいだっつーの。
「新たに選りすぐりの兵を送り込むなんて、シラーン国の王はずいぶん気前がいいですね。」
「兵力ケチってくれた方が、こっちは助かるんだけど。」
「ここにきてシラーン国まさかの、出血大サービスですわ。」
「出血してるの、
魔王軍幹部二人して腹貫かれたからね。
魔族特有の回復力でも、痛みが和らぐだけで、空いた穴がすぐに塞がれるわけではない。
「魔王軍幹部を二人倒し、ジャホン国を手に入れる
「このままじゃ、追加の兵が上陸してしまう…」
海側を守るジャホン国の海軍と巨大龍リヴァイアさんは、勇者に倒されてしまった。
シラーン国のおかわり兵が、来るのは時間の問題だ。
俺は魔力切れで、ヒミカはレシンとの戦いで大分魔力と体力消耗している。
クロエとロノウァは勇者との戦いのダメージがあり、その勇者は今だに健在。
サクタロウと家老達は俺に魔力をあげたため、戦う力は残ってない。
ヒミカ軍団の兵があとどれくらい戦えるかわからないが、新たに来るシラーン国の兵を相手にするのは厳しいだろう。
これでは、勇者ヘレナという強敵を残したまま、シラーン国からのありがた迷惑な出血大サービス追加兵と戦わなきゃいけないという状況になってしまう。
(どうすればいいんだ…)
「…ふふ、困りましたわ。まさか、この私が人間相手にここまで疲弊するとは思ってなかったので、この状況は予想外でした。…ちょっとマジでピンチです。」
…マジでピンチかよ。
「ど、どうすれば…」
「仕方ありませんね…」と言って、ヒミカが鏡に背を向ける。
「私が港に行き、シラーン国の兵を迎い打ちます。」
「な!?それは無茶だ。魔力も体力もほとんど使い切って、そんなぼろぼろな状態で行ったって倒されるだけだぞ!」
「…そういうあなたこそ、自分の心配をしなさい。魔力が無い今、ここに留まっていたら倒されますよ?私がシラーン国の兵と戦ってる間に、どこかに逃げて隠れでもしてください。…その時間くらいなら、作って上げますから。」
「……………」
…逃げ隠れしたいのは山々なんだが、そのために誰かを犠牲にして行くのは、例え相手が魔族でも気が引ける。
それにさっき鏡にちらっと映ったが、どうやらクロエ達が勇者を足止めしようとしてくれてるみたいだ。
(あいつら、リオンのために戦っているんだよな…)
町外れの森で勇者一行と戦っていた時は、自分達も一緒にヘレナを水のドームに閉じ込めたり、俺がヘレナと対峙した時は、傷だらけになりながらも駆けてつけてきた。
おそらく、ヘレナの持つ『破魔の光』がリオンの闇の魔法と相性が悪いことを心配して、ヘレナをリオンに近づけさないようにしているのだろう。
(ここで俺が一人で逃げたら、リオンを思って戦ってるクロエ達に申し訳ないな。)
ジャホン国会議で、サクタロウは魔族に恩を売るって言っていたが、俺は恩を買ってばかりだ。
(カラカサ君に、ヒミカ助けるって約束したしな…はぁ~)
港に向かおうとするヒミカの腕を掴む。
「ちょ待てよ」
「…なんです?まさか、一緒に行くなんて言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだ。俺も、一緒に行く!」
「はあ~…。魔力切れで役立たずに戻ったあなたがいても、足手まといです。」
「魔力くらい何とかするよ。だから、俺を連れていけ!」
どっかに魔力を回復させる
「…わかりました。ついて来たければ、来てください。ただし、今の私にはあなたを守る余裕はないので、自分の身は自分で守ってくださいね。」
「おう!わかってるよ」
「いい返事です。死んでも後悔しないでくださいよ?」
「おふ、わひゃってりゅよ」
「…返事が情けなくなりましたね。」
だって、やっぱり死にたくないもん。
(このまま行っても、むざむざ倒されに行く様なものだ!)
かといって、逃げるのは嫌だ。何か手を考えなければ…──
(うわああ、だめだ何も思い思い付かない!誰か来て、何とかしてくれええー!!)
『あれ~?まだ、
(…え、)
目の前に突然『通話用の魔法円』が出現し、聞いたことのある幼い女の子の声が流れる。
『なんだ、まだちんたら戦ってんのかよ。だったら…、』
さらにもう一つ出現した通話用の魔法円から、別の女性の声が聞こえる。
『私達も戦いに混ぜろぉー!』
———ジャホン国 海域———
魔王軍幹部二人を追い詰め、東の国の人間軍が優勢であるという経過報告を受けて、選りすぐりの兵達を乗せた船団とともに、勇んで自らジャホン国へと出向いた東の国『シラーン国』の王。
だがその表情は、突如上空に現れた馬車を前にして、絶望の色を表していた。
「ば…、バカな」
—ザワ…ザワ
困惑してざわめき出すシラーン国の兵達。
上空に浮かぶ馬車は、黒を基調としてあらゆる所に装飾が施され、その車体は大きく立派な角を持った灰色の山羊が引いていた。
「…メェ。」
山羊が渋い声で鳴く。
その馬車に備え付けられている金属の枠に囲まれた両開きの扉が開けられ、馬車の中から二人の魔族が姿を見せる。
「おお~♪東の国の船がたくさんいるね☆」
黒いドレスに身を包んだ幼い女の子の姿をした魔王軍幹部の一人【メリア】が、手を
「いいじゃねぇか…来て正解だったな」
マントがはためく軍服姿の魔王軍幹部の一人、【イザベラ】がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「な、何故だ!?ジャホン国にいる魔王軍幹部は、リオンとヒミカの二人だけのはずだ!何故、他の幹部が!」
「どうでもいいだろうが、そんな事はよお! ― 来ぉい、野郎ども!」
イザベラの呼び掛けに応じ、ジャホン国上空の雲から数十台もの
大砲を装備した機械仕掛けのメタリックな
「あ…あぁ…なんということだッ」
—ザワ、ザワ…ッ
慄然とするシラーン国の王と兵達。
好戦的な笑みを浮かべる『軍神イザベラ』が、船団を指差す。
「行くぞ、お前らあー!」
そして、轟く様な力強い声で
「人間どもを、殲滅しろおー!!」
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