第39話 決着

(はあ…今度こそ終わった)


 意識が微睡まどろみ、暗闇の中を漂う。


 少しずつ意識が闇に取り込まれていく様に、自分という個がだんだんと薄れていき、あらゆる感覚消えて無くなるような感じがする。


(くそう…せっかく魔法が使えるようになったのに、まったく歯が立たなかった。相手が強すぎる。)


 ……てか、俺の相手みんな強すぎじゃないか?


 分身して大量の攻撃魔法を撃つ、天才魔導士。


 巨大龍リヴァイアさんを倒し、三傑の一人であるリオンとも渡り合える、光の勇者。


 致命傷を受けても復活し、魔王軍幹部の魔力を取り込んでさらに強くなった、最強の武人。


(何で俺の相手は、レベルがカンストしてる様な奴らばっかりなんだよ!)


 こっちはチュートリアル無しでいきなり戦場に送り込まれた異世界初心者だぞ。


 …まあ、もうどうでもいいか。


 結局俺は倒され、こんな理不尽な異世界とおさらばだ。


(俺はもう疲れたよ…とても眠いんだ…おやすみ…)



【起きろ。まだ、終わってはいない!】



(はっ!?)


 脳内リオンの声で、暗闇へとオチかけていた意識が目覚める。


 こちらを見下ろして拳を構えるレシンの姿が目に飛び込む。


「…まだ息があったか」


(俺、まだ生きてるのか!?)


 大きな穴が開いた天井が視界に入る。今いる所は間違いなく城の最下層。


 レシンに最上階からここまで落とされた挙句、城を揺らす程の衝撃を起こす鉄拳攻撃をくらった。


 普通なら死んでいてもおかしくないんだが、どうやらまだ生きているらしい。


( つくづく、魔族の体すげー!)


 この体、丈夫すぎるだろ。


「あれだけの攻撃をくらってもまだ生きてるとは…高位の魔族に憑依した事を感謝するのだな。」


 …いや、そもそもリオンに憑依しなければ、こんなわけのわからない異世界でボコられることもないんだが。


 リオンめ、一生恨むぞ。


「だが、結局は一時生き長らえただけの事。今度こそ、とどめだ!」


(ま、まずい! やられる!)


 レシンの鉄拳が振り落とされようとする。


 しかし、天井を壊してこの場に現れた者によってその鉄拳が止まる。


「ぬっ、貴様ッ」


(え、ヒミカ!?)


「おらぁー!!」


 ヒミカが突進する勢いでレシンを殴り飛ばし、その衝撃でレシンの体から鉄の破片と砂鉄が撒き散る。


「た、助かった~!ヒミカ無事だったのか!?」


 鉄柱で圧し潰されたのかと思ったぞ。


「あの程度の攻撃でこの私が死ぬはずありませんわ。これでも魔王軍幹部の一人ですよ?」


「何にしてもマジ助かった。危うく鉄拳で……って、あれ?」


 立ち上がってヒミカに目を向けると、若干いつもと違う見た目になっていることに気づく。


「…イメチェンした?」


「あら、気付きました?」


 俺は、ヒミカの額の辺りを凝視していた。


「髪切った…いや、?」


 俺の視線が向くその額の先にあるもの。


 そこには、さらさらの前髪をかき分けて、鋭くぎらつく刀の刃の様な二本の角が生えていた。


(なんだあの角は。あれじゃまるで…)


「あまりジロジロ見ないでくれます? セクハラですよ。」


「セクハラ!?」


 角を見てただけなのに。


「その姿…貴様、鬼の類であったか。通りであれほどの剛拳を…」


 殴り飛ばされたレシンが、砂鉄で体を修復しながら立ち上がる。


「そういえば、貴様の部下達も鬼であったな。そして、その強さ…なるほど。」


「何がなるほどなんです?」


「かつて、鬼の種族の中でも上位の鬼達に戦いを挑み、鬼の頂点に上り詰めて全ての鬼達を統べたという伝説の鬼の存在を聞いたことがある。…貴様の事だな、ヒミカ。」


「…ええ、私の事ですわ。」


(鬼を統べる伝説の鬼…)


 どうやらヒミカは、鬼界隈ではレジェンド的なすごい鬼さんらしい。


 (上位の鬼達に戦いを挑んで倒したっていうが、確かコイツ、龍蛇族っていうのもぶっとばして配下にしたんだよな…。)


 「ヒミカさん、いろんな所で暴れすぎでしょ。」


 血気盛んなヤンキーか。


「ふふ…、昔の話です。若い頃のお茶目ですわ。」


 舌を出して、「てへっ」て言いながら自分の角をコツンと小突く。


(鬼や龍や大蛇と喧嘩するお茶目ってなんだ…)


 さすが伝説の鬼。茶目っ気が規格外だ。


「この姿になった私は、持てる全魔力を解放して限界以上に力を引き上げています。あまり長くは使えませんが…今ならレシンと渡り合うことが出来ますわ。」


 角を出した状態が、ヒミカの本気モードとういうことか。その体から、紫色の魔力が現れる。


 レシンが構え、その周囲に黒い砂鉄が広がる。


「面白い。ならば、貴様の限界を越えた全力を見せてみろ!」


「…上等ですわ。」


 パキパキと指の関節を鳴らすヒミカ。


(ヒミカもパワーアップしたようだが、しかし、それでもレシンには勝てない…)


 禁忌の魔法の能力ですぐに損傷した箇所が治るレシンには、ヒミカの打撃は効かない。


 勝てるとすれば、俺の闇の魔法でレシンを消し去るしかない。


 だが、闇を放ってもレシンは俺の動きを読み、高速移動で攻撃をことごく躱してしまう。


(こうなったら、広範囲に全てのものを消し去る最強の闇の魔法、『死の庭園』を使って…)


【…駄目だ】


 一発逆転の大技を使おうと考えるが、リオンからストップがかかる。


(なんで!?)


【『死の庭園』は、一度に膨大な闇を解き放つ魔法。まだ闇の魔法を使いこなせていないお前では、解き放たれた膨大な闇を制御することが出来ない。レシンどころかヒミカ、そしてお前自身までもが闇に吞み込まれるぞ。】


(…まじですか)


 怖っ。じゃあ、使うの止めます。


(ヘレナ戦でリオンが使っていた他の闇の魔法も使えればいいんだが…)


 俺は、リオンの記憶で読み取れた範囲でしか魔法は使えない。


 リオンの記憶を読み取る事で、その魔法を発動するための思考回路が脳内で出来上がり、体を流れる魔力を操作して魔法が使える様になる。


 いうなれば、開示されたデータを自分にインプットする様なもの。


 使用する魔法によって、その発動のための思考の回路も魔力を操作する感覚も異なるため、読み取れていない魔法の記憶はアウトプット出来ない。


 現時点で俺が使える闇の魔法は—


 闇を放ってあらゆるものを消し去る【終焉の闇】、


 膨大な闇で周囲のもの全てを消滅させる【死の庭園】、


 あとは鉄柱を防いだ【闇の門】の三つ。


 しかし、大技の【死の庭園】はリオンに止められているため、攻撃手段は手から闇を放つ【終焉の闇】のみ。


 だが、闇の魔法は当たれば勝ち確定のチート魔法。


(何がなんでも、闇をレシンに当てるしかない。)


 攻撃を当てる事に全力を注ぐ覚悟を決め、両手に黒煙の如く揺らめく漆黒の魔力を現す。


「私が前に出てレシンと戦います。あなたは隙を見て、闇の魔法を放ってください。」


「…わかった。」


「…行きますよ!」


「おう!」


「来い!偽リオン、ヒミカ」


 腰を落として半身で構えるレシンが、手の甲をこちらに向けて指を揃え、手招きをする。


「決着をつけようぞ!」


 俺とヒミカが駆け出す。


 それに合わせて、レシンの魔法で作り出された数本の鉄柱が俺達の方へと飛んで来る。


 俺は漆黒の魔力を手の内に手中させ、ヒミカは紫色の魔力を纏った拳を握り締める。


「おらぁー!!」

「おらぁー!!」


 飛んで来た鉄柱をヒミカは殴り壊し、俺は闇を放って消滅させた。


 ―ダンッ


「おおおおおおおーッ!」


 床を強く踏み鳴らしたレシンが、腰に引いていた拳を突き出しながらこちらへと突っ込んでくる。


 それをヒミカが迎い打ち、二人の拳と拳がぶつかる。


「っ…らぁー!」


 ヒミカが強引に押し返すと、鉄拳から腕を伝って全身にひびが入ったレシンの体が砕けて、砂鉄へと変わって飛散する。


 砂鉄はすぐに一ヵ所に集まり、元の黒鉄の武神の姿へと戻る。


「…やるじゃないか。武神となったこの俺に力で押し勝つとは。さすがは、伝説の鬼!」


「『オロチ』!!」


 ヒミカがその名を呼ぶ。


 地中から八つの長い首を持つ強大な怪物が現れ、その巨木の様な太く長い首から桜の花びらが舞い落ちる。


 ―グルウウオオオ!!

 ―シャァアアアア!!


(オロチ、生きてたのか!?)


 狩人 ブラインの矢に射貫かれた傷が痛々しく見えるが、戦闘のダメージを感じさせない激しい動きで、その長い首を城内にはしらせる。


「オロチ! あの自称、武神を食らってしまいなさい!」


 ―グルウウオオオー!!

 —シャァアアアア―!!


「爬虫類どもめが、もう一度駆除してくれるわ!!」


 激流の如き動きで牙を向いて襲い掛かるオロチに、高速の鉄拳でレシンが応戦する。


 そこにヒミカが加わり、


「ふふっ…、ぶっ殺す!!」


 一撃であらゆるものを砕くその剛拳を武神へと振るう。



 城全部を余すことなくバトルフィールドにしてオロチが暴れ、ヒミカとレシンが跳び回る。


 ヒミカ大龍蛇オロチが動けば桜の花弁が舞い、武神が動けば砂鉄が空中をうごめく。


 雨の様に崩れ落ちる瓦礫を躱しつつ、俺は怪物どものバトルに付いて行こうと背中の翼を広げて必死に飛び回る。


 動きながら目を凝らし続けると、高速で動くヒミカ達を何とか追うことが出来る様になっていた。


 俺は飛んでくる鉄柱を闇の魔法で消滅させながら、


【今だ、放て!】


「ああ!」


 ヒミカとオロチが戦って作った隙を逃さず、リオンの指示で闇を放ってレシンを攻撃する。


 それを何度も繰り返すが、やはりレシンには躱されてしまい、俺の放った闇は城の一部を消滅させるだけであった。


(くそう!)


 そうしてる間にも、壊しても復活する敵にオロチは次々に倒され、魔力を解放し続けていたヒミカは動きが徐々に鈍くなっていった。


 さらにまずいことに…


(…っ!魔力が…)


 俺自身も、限界近くまで魔力が消耗していた。


 もともと戦いでボロボロになっていた家老達とサクタロウから残りの魔力をもらったものだ。元からもらった魔力の量は多くなかったのだろう。


【————】


 魔力が残り少ないからか、脳内のリオンの声が聞き取れない。


(やばい、このままじゃ…)


 —グルォ…ッ

 —シャア…ッ


 オロチの残った最後の二体が倒れ、


「く…あぁっ!」


 疲労困憊のヒミカが、鉄拳を受けて壁へとふっ飛ばされる。


「さて、」


 翼を広げて空中を飛んでいる俺に、レシンが狙いを定める。


(やばい、レシンがこっちに来る!どうしよう!?)


 リオンからの返事が無い。魔力不足で起きていた意識の一部を保てなくなったのか。


(魔法を使えるのはあと…)


 俺より高い場所に跳んだレシンが壁を蹴って、猛スピードで滑空してこちらに突っ込んでいる。


(滑空して真っ直ぐこっち来る!あれなら避けれないはず。今度こそ当てる!)


 近づくレシン目掛けて、闇を放つ。


 レシンは魔法で作り出した鉄柱を踏み台に軌道を変えて闇を躱し、高速で滑空したまま俺の懐に入って強力な肘鉄を打ち込む。


「…っ!!」


 肘鉄を受けた俺はその衝撃で、床へと投げ出された様に叩きつけられてうずくまる。


「ごほっ、ごほ…おえっ」


「ヒミカとオロチは退かした。今度こそ貴様の命をもらうぞ、偽リオン。」


(ちくしょう…やはり、俺の攻撃は当たらないか)


 レシンがゆっくりと歩いて近づいてくる。


(……こうなったら)


 手に力を込め、闇を放つ掌をレシンに向ける。


 しかし…


「あ…」


 俺の手から闇が放たれることは無かった。


 手には漆黒の魔力は無く、掌が虚しく前に向けられているのみ。


「…魔力切れか。」


「そ、そんな…クソぉ!」


「魔力切れとは…、つまらん最期だな。」


 レシンが歩みを止め、俺を真っすぐ見据える。


「弱いなりに、貴様はよくやった。一度はこの城から逃げ出したが、闇の魔法とともに舞い戻り、武神となったこの俺とここまで戦ったのだ。なかなか楽しめたぞ。」


「……全然歯が立たなかったけどな。」


「ふっ…、当然だ。貴様はまだまだ未熟だからな。だが、死力を尽くして戦った貴様はもう、一人の武人だ。誇るがいい。」


「…それはどうも。」


 って言われてもな…


 今そんな誇りがあっても、ここで埃みたいにあっさり倒されたらそれまでだ。


「貴様の頑張りに敬意を表し、かつて元の世界で『神槍』と呼ばれた俺の槍技にて決着をつけてやろう。」


 レシンの手に砂鉄が集まり、先が尖っただけの簡素な一本の鉄槍が出来上がる。


(や、槍…だと)


 ここにきてまさかの武器か。


(まずい…)


 いくら丈夫なリオンの体でも、あれをまともにくらえば…


「これで決着だ、偽リオン!」


レシンが、鉄槍を掴む。


(…いや)


 今は闇の魔法は使えない。


 間違いなく槍をくらってしまうだろうが、リオンの体の丈夫さに賭けるしかない。


 矛先をこちらに向けたレシンは重心を落とし、やや前傾姿勢に構える。


「我が最高の槍技…『真・神槍』!!」


(…—っっ!!??)


 気付けば俺は鉄槍に貫ぬかれ、柄を握ったまま猛スピードで空を突っ切って前進するレシンに後方へと押されていた。


 びびって無意識に避けようとしたからか、幸い槍は腹の中心からズレて刺さっていた。


 だが、俺を貫いたまま前進するレシンによって、体が後退していく。


「このままヒミカ諸共、貫いてやろう!」


(…っ!)


 鉄槍が突き進むその先を見ると、壁にめり込んだヒミカがいた。


 気を失っているのか、ぴくりとも動かない。


(このままでは、ヒミカまで…!)


「ごおおおおおおおおおー!!」


 床を強く踏み鳴らし、その反動でさらにレシンが加速して突き進む。


 その勢いで槍がさらに深く俺の腹を通過し、その尖頭が一気に俺の後方先にいるヒミカへと伸びる。


「かはぁっ…!」


 後ろからヒミカの苦悶の声が聞こえ、レシンの前進が止まる。


「ヒミ…カ!」


 槍を貫かれた痛みで声がうまく出ない。


(ぐっ…だが、これで)


 苦痛に耐えながらも、なんとか手を動かそうとする。


「まだ生きているとは、つくづく丈夫な体だ。だが、もがくだけ無駄だ。今度はその頭を貫いてやろう!」


 レシンが鉄槍を引き抜こうとしていた。


(ま、まずいっ…槍を引っこ抜かれたら、次の攻撃で確実にやられ—)


 —グッ…


「ぬっ!?」


 鉄槍を引く手が止まり、レシンが眉をひそめる。


「……ふふっ、捕まえましたよ。」


(ヒミカ!?)


 後ろを見ると、壁にめり込んだままのヒミカが鉄槍を握り締めていた。


 避けそこねたのか、俺と同じくお腹の中央から少し逸れた所に、鉄槍が刺さっている。


 レシンが鉄槍を引き抜こうとするが、鉄槍はヒミカの強力な握力で固定された様にビクともしない。


「ヒミカ、貴様ッ―」


「リオンさん、今です!」


「お、おおっ!」


 全身打撲と腹を貫かれた痛みに構わず、残る力を振り絞り…


 をレシンに向ける。


「貴様、魔力が…ッ!?」


(魔力切れは嘘だよ!)


魔王軍幹部共をも騙せた俺の演技力に騙されたな。


 騙されたと気づき、目を見開いて驚愕の表情を浮かべた『東の国最強の武人』あるいは『黒鉄の武神』に—


「くらえ、このやろうおお!」


 俺は戦いを終わらせるべく、渾身の【終焉の闇】を放った。

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