第32話

本気の全速力だ。

足場のいい陸路を全速力で駆け抜け、私は強く地面を蹴り、高く空へと跳び立った……。

私の体は砂浜にうじゃうじゃといる蟹の大群を大きく跳び越え、無事蟹のいない奥の地面に着陸。

たぶん30メートル近く跳んだのではないだろうか?

荷物を持ってこれだけ跳べるとは、私もだいぶ人間離れが進んだものだぜ……。

とりあえず蟹の群れとは距離があるし、蟹たちがこちらに近づいてくる気配もない。

蟹に群がられて襲われる心配はなさそうだ。


亀の方を確認してみると、陸路をゆっくりと歩いてきている様子……。

ヒレでのっそのっそと移動している様子は非常に可愛らしい。

言葉を話さなければペットにするのも有りなんだけどなぁ~……。

……いや、言葉を話してくれた方が飼いやすいか?

絶対餌をあげるの忘れると思うし、トイレのお掃除とかしないと思うし……

自立した生活が送れる動物でないと、私が飼うのは厳しいよね。

そもそも自立した動物はペットになりたがらないと思うけど……。


そんなことを考えている間に、亀はいよいよ蟹の群れ近づく。

蟹達も気づいて戦闘態勢だ。

両手を上げて威嚇する姿が可愛い。

そして今、亀が一番近くにいた蟹の頭にガブッと噛みついた。

サイズで言えば間違いなく亀よりも蟹の方がデカいのだが、そんなことお構いなしに亀は蟹を咥えて持ち上げ、そのまま噛み砕く。


……なんかすごいモグモグしているので、間違いなく殻ごと蟹を食べてるね。

あの亀は蟹が好物なのかな?

それにしても、ワニガメが割り箸とかリンゴを噛み砕く映像は何度か見たことがあるけど、まさかあの亀が蟹を殻ごと噛み砕けるとは……。

だって『口がデカい』とか『顎が発達している』みたいなことは一切ないんだよ。

見た目は本当に普通の亀。

でもちょっと、あの超有名なD社のアニメ映画に出ていた亀に似ているかも……?

あの亀が主役の映画も作られたんだっけ?

CMしか見たことないから名前すら知らないんだよなぁ~……。


それにしてもあの亀、蟹をすごく美味しそうに食べている。

私も少し蟹が食べたくなってきたな~……。

夕食用に何匹か獲っても問題ないかな?

見た感じ、亀がわざわざ警告するほど、蟹に危険性は感じないし……。


そんな訳で、蟹の中でも手足の太めなやつを物色する。

極端に小さいやつはそこそこいるけど、極端にデカいやつは全然いないんだよなぁ〜。

普通サイズでも間違いなく大きいんだけど、どれも同じ感じの大きさで、手足は細い……。

一定程度の大きさ以上にはなれない品種なのかな?

甲羅の大きさ的にカニ味噌なら期待できるかもしれないけど、私はカニ味噌嫌いなんだよなぁ〜……。

前世でも舌がまだ子供だったし、今も子供だから仕方ないね。


そういえば蟹って、雄と雌で味とか食感の違いはあるのだろうか?

どうせ食べるなら美味しい物が食べたい派の私としては、美味しさに違いがあるのなら把握しておきたい。

まぁ、今回は分からないし、雄っぽいやつと雌っぽいやつを同じだけ捕まえたうえで食べ比べて、次捕まえるときに選別できる様になればいいか。

蟹の見分けかたはどこかなぁ〜?


ということで何匹か捕まえて見比べた結果、お腹というかお尻というかその辺が丸っこい三角形の感じと、先細りした感じの三角形になっている個体の2種類に分類できた。

見た目的にたぶん同じ品種なので、これが性別による違いだと思う。

とりあえず数匹づつ確保して締めておけば……蟹の締め方ってどうするんだろう?

生きたまま凍らせるとか?

それとも生きたまま茹で上げちゃう?

それとも生きたまま焼いちゃう?

……いっぱい捕まえて全部検証すればいいか。


蟹の物色は続く。

それにしてもこの蟹、大して強くはないけど結構好戦的だな……。

蟹なのに普通に前後に歩いてるのも不思議だけど、それは前の世界にも同じように動ける蟹がいたはずだし気にしないことにして、わざわざ私の前に来て、両手を高く上げて威嚇のポーズを決めるのが結構可愛い。

遠慮なく両手の鋏の下のところを持って持ち上げちゃう。

……こいつは軽いから無しだな。

もっと筋肉つけて出直してきて欲しい。


「(君も蟹食べるの?この時期の蟹は当たり外れが激しいけど、今期はまだ始まったばかりだからか、美味しい蟹の方が多かったよ)」


……亀がこちらに来てしまった。

1人になりたい気分だが、今はまぁ気にしないことにしよう。

蟹の前ではみんな平和になるっていうもんね。

それにしても、当たり外れっていうのはもしかして、この蟹達は産卵のためにここに集まっているのかな?

よく『産卵すると味が落ちる』って言うじゃん?

ハズレは産卵済みのメスで、確実に美味しいのはオスの蟹なのでは……?

まぁ、見分け方知らんけど……。


「……期待しておく」


「(それにしても、君は随分と魔法の扱いが上手いんだね。さっきの足の速さも凄かったけど、蟹を凍らせたり、熱水の球を作り出して空中で茹でるなんて……。そんなこと出来るニンゲンは初めて見たよ)」


そんなに私に興味関心を向けないで欲しい。

他人に興味関心を向けても許されるのは、壁ドン中のイケメンだけだぞ。

『ふっ、おもしれーニンゲン』とか亀が言い出したら困っちゃうね。

適度な距離間で接したいけど……あ、こうしてみよう。


「……亀って、食べられるのかな?」


「(……ちょっと、不穏なセリフと共に近づかないで貰えるかな?……えっ、本気?本気で僕を食べるつもりなの?……なんか言ってよ!黙ったままにじり寄って来ないでよ!)」


……ちょっと面白い。

さっきまで馴れ馴れしかった亀が、こんなにも怖がって逃げようとするなんて……。

これが嗜虐心というやつだろうか?

勉強になるね。


蟹も十分確保出来たし、そろそろここから離れるか。

デカい蟹がワラワラと寄ってくるのは正直面倒臭い。

この蟹たち、1匹1匹は全然強くないんだけどね~……。

筋力強化していない至って普通の子供な私でも、なんの問題もなく処理できるレベル。

この程度なら、亀もわざわざ警告しなくて良かったんじゃないのかな?

それともこれから進化して凶暴な蟹にでも変身するのかな?


そう考えた時、少し離れた位置の地面が急に盛り上がって来た。

大量の蟹を押しのけ、出てきたのも蟹。

ただし異常にデカい。

本当に進化したのではないだろうか?

そうだとすると、私の思考とタイミングばっちりだね。


「(気を付けて!あの蟹は他の蟹とは違って凄く危険だよ!ここは僕に任せて、君は急いで離れて!)」


「りょ」


正直あの馬鹿デカい蟹が強いとしても、遠距離から魔法攻撃すれば問題ないと思うのだが、亀がいい感じに死亡フラグっぽいセリフを言ったので、ここは譲ってあげよう。

死亡フラグを言ったやつの傍にいて巻き込まれるのはごめんだし……。


それにしても、亀はどうするのだろう?

亀対蟹の熱いバトルが繰り広げられるのかな?

どっちも水タイプがメインだと思うけど、蟹は地面か岩、格闘のタイプも持っていそうだよなぁ~。

そうだとすると、亀の方が若干タイプ相性は有利かな?

蟹がどれだけ強力な物理技を持っているかが勝敗の分かれ目になりそうだ。


さぁ、私が十分距離を取ったところで、いよいよバトルが始まりそうだ。

素早さはどっちが高いのだろうか?

水中なら亀の方が速そうだけど、陸上なら蟹の方が速いかな?

……いや、亀が水鉄砲で先制攻撃だ!

先制の爪でも持っていたのか?

それならなんで相性微妙な水タイプの攻撃したんだよ……。

効果は今一つのようだ……。


蟹の攻撃。

蟹はインファイトを仕掛けた。

お前まさか、水格闘タイプだったのか?

……あ、亀があっさり蟹の鋏に捕まっちゃった……。

いけっ!蟹の鋏ギロチンだ!

ここはゲームじゃないから1ターン2回行動だって出来るもんね。

亀の甲羅からメキメキという嫌な音が聞えるぞ~。

……一撃必殺だと思っていたんだけど、なかなかグチャッとならないな……。

そうだ、せっかくだし私も参戦しようかな。

10万ボルトはそこまでの電圧が出るか分からないから……10……いや、100アンペアだ!。


……『バチッ!』という音と共に、蟹も亀も動かなくなってしまった……。

ついでに亀と蟹の周囲にいた普通の蟹も逃げて行ってしまった。

……とりあえず近づいて死亡確認だ。


まず蟹の方は……うん、間違いなく死んでいるね。

亀の方は……こっちも死んでいる様だ。

蟹は強敵だったのだろう。

甲羅には小さな亀裂がいくつも出来ていて、鋏ギロチンの威力を物語っている。

……一応亀の蘇生が出来ないか試してみるか。

死んでも特に罪悪感はないけど、感電したときの治療法を知っておきたいし……。

まだ心停止してから時間は経ってないし、ワンチャン生き返るんじゃないかな?


そんな訳で、サービスに亀の甲羅も修復しながら心肺蘇生を試みる。

……甲羅の修復もまだ終わってないのに、あっさりと心臓が動きだした……。

肺も正常に動き出した感じだし、完全に蘇生出来た様だ。

こんなにあっさり蘇生できるなんて、電気での攻撃ってあんまり信用できないのかな?

それとも、一応直撃したのは蟹だけだったし、亀にはそれ程深刻な電流は流れなかったのかな?


といあえず亀を持ち上げて頭の上でバランスを取りながら持ち、バカデカい蟹は鷲掴みで引きずりながら移動する。

こんな周囲を蟹に囲まれた環境にいつまでもいたくないからね。


「(……あれ?ここはどこ?確か蟹の鋏に捕まって……)」


……意外と早く目を覚ましたみたいだ。

記憶はしっかりしている様だが、私の攻撃に巻き込まれたことは覚えていない様なので、ここは恩を売っておこうかな?


「特別に助けてあげた。私は凄く心が優しい人間だから、謝礼は別にいらないよ」


「(そうだったんだ……。ありがとう、助かったよ。何かお礼がしたいな……。そうだ!海中都市に興味はないかい?)」


「ない」


竜宮城もアトランティスも興味ないよ!

お礼といったら美味しい食べ物と金銀財宝に決まっているでしょう!

まったく、これだから最近の亀は……。

とりあえず一旦亀をひっくり返した状態で地面に降ろす。

意識が戻ったのなら私が運ばなくても自分で歩けるよね。


「(……なんでわざわざひっくり返してから降ろしたの?)」


「……どうやって起き上がるのか見てみたいから……」


「(……起きるの大変だから手伝ってくれない?)」


「断る」


ヒレをパタパタさせながら体を左右に揺らし、見ているだけで必死さが伝わってくる程頑張って起き上がろうとする亀の姿は、想像していたよりもずっと可愛かった。

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薄情と言われても生まれつきだから仕方がないよね ~異世界で最も理解できないのは人間でした~ ふぉいや @feuer0922

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