第31話
という訳で、砂浜でグッスリ眠って一夜を過ごし、何事もなく朝を迎え、昨日見た海を分断するような陸路は私の願望が生み出した夢や幻覚ではないことが確定したので、せっかくだし歩いてみることにした。
他の大陸まで続いているとは思っていなかったが、明らかに異常で超常な陸路に好奇心が刺激されたのだ。
でもまさかこれだけ歩いてもまだ道が続いているなんて……。
朝日が水平線から顔を出そうとしている時に移動を開始して、お昼休憩を挟んでそろそろおやつの時間になると思うのだが、未だに行き着く先が見えない。
大きな荷物があるので全速力での移動は出来ていないが、軽く筋力強化魔法を使い、大人が走るよりも少し早いくらいのペースで移動しているにもかかわらず、これだけ時間がかかってもまだ道が続いているのだ。
しかも道幅もず~っと4メートルほどで変わらず、傾斜の変化も一切感じない。
明らかに人間や自然が作ったものではないよね。
道自体は正直森の中よりもだいぶ歩きやすいのだが、問題は風だ。
結構な強風が吹いている。
逆風ではないだけマシなのだが、横風に流されて何度か海の方に落ちそうになった。
急いで飛び跳ねるように移動するのは結構危険だろう。
バニホで移動するの、結構楽しいんだけどなぁ……。
長時間移動しているが、今のところモンスターは現れていない。
まぁ、現れるとしたら海から道の上に飛び出てくるか、空を飛んでいるやつが降りてくるかだろう。
少なくとも陸上で隠れられる場所なんて一切ないので、モンスターに襲われる心配はあまりしなくてもいいと思う。
でもサメ映画のサメならいきなり海から飛び出して来て、勢いそのままにガブっと咥えられて海に引き摺り込まれそうだな……。
一応警戒だけはしておこう。
そんなことを考えながらひたすら歩く。
景色なんてとっくに見飽きているし、そろそろ陸が見えてくれないとこの陸路で一晩を過ごさないといけなくなるので出来るだけ急いではいるのだが、本当にずっと同じ景色のまま変わらない……。
あまりにも長時間景色が変わらな過ぎて、本当に前に進めているのか心配になる程だ。
その場でグルグル回転したら前後が分からなくなりそうで怖い。
その時、近くの海面に何かが浮上してきた。
止まって確認すると、大きな亀の様だ。
恐らく呼吸の為に海面へと浮上してきたのだろう。
亀って縁起がいい生き物の様なイメージがあるけど、この陸路の先にはいい感じのところがあるのかな……?
周囲に保育園や学校が無くて、コンビニやスーパーが徒歩5分圏内にある静かな住宅街がいいな~。
どれ1つとしてあるわけないけど……。
じっと見ていると亀もこっちを見てきて、なんとなく目が合った様な気がした。
……亀は固まった様に動かない。
私もなんとなく動かない。
すると、亀がゆっくりとこちらに近づいて来た。
敵意や殺意は一切感じないが、モンスターではないのだろうか?
……そういえばドラゴンも言葉を話していたし、モンスターは全部敵という訳ではないのかもしれない。
「(ニンゲンがこんなところにいるなんて驚いたなぁ〜。それもたった一人でここを通るなんて……君が初めてかもね!)」
……なんか随分とフランクな感じの亀だった……。
というか当たり前のように喋らないで欲しい。
ドラゴンといいこの亀といい、この世界のモンスターは言葉を話すのが普通なのかな?
ちょっと知能が高過ぎない?
そのうち『愚かな人類を滅ぼし、我々がこの世界を支配するのだ~』とか言い出したりしそうで怖いわぁ~……。
とりあえずなんか返事しなきゃ……。
何がいいんだろう……?
「……他にもここを通った人達がいるの?」
「(10年くらいに1度のペースで、大勢のニンゲンが歩いているのを見たよ。たまに嵐に遭遇して引き返しているところだったりもしたけどね)」
……なんとこの亀、年月もちゃんと把握している様だ。
私なんて今日が何日かすら把握できていないのに……。
亀に知能で負けている気がするよぉ~。
それにしても、この陸路はちゃんと人が通る道なのか……。
まぁ、私みたいに暇を持て余した好奇心旺盛な人は他にもいるだろうから、この陸路を見つけたら思わずどこに続いているのか確かめたくなる気持ちは分かるけど……。
でも、1晩過ごした浜辺には人の通った様な痕跡は全然無かったし、10年くらいに1度のペースなら国交があるわけでもなさそうだよね?
それなら存在を知られても、領主やミーシャさんに情報が伝わる心配はないだろうし、無理にサバイバル生活をする必要もないのでは……?
……子供だし面倒ごとの方が多そうだなぁ……。
やっぱ第一希望は景色がよくて食料が豊富なところでのサバイバル生活だわ。
「この道って、向こう側に着くまであとどれくらい続くの?」
「(あっちに行くの?あっちだと……数時間で着くんじゃないかな?そこまで遠くはないと思うよ)」
そうなのか……。
まだまだ陸地は見えないけど、数時間で着くのなら気楽に進めばいいな。
「(ただ、そろそろ向こう側の浜辺では蟹がいっぱい集まっているかもしれないから、今行くのはあまりお勧めしないよ。あの蟹は結構凶暴で、自分より大きいニンゲンが相手だろうと大勢で襲い掛かってくるからね)」
蟹の大群かぁ……。
襲って来るなら面倒だねぇ~。
今更引き返す選択肢は無いから気にせず進むけど、一応蟹には注意しておこう。
「分かった。今更引き返すつもりはないし、夜になる前には寝床を確保したいからもう行く。じゃあね」
「(まぁまぁそんなに急がなくてもいいじゃない。1人での移動は退屈でしょ?進む方向は一緒みたいだし、お話でもしながら一緒に「嫌です」移動しようよ)」
私は走った。
多少の荷物はあるが、筋力強化魔法をさっきまでより強めて結構な速度で走った。
この速度なら熊や狼だって追いつくことは出来ないだろう。
……まぁ、亀は並走しているのだが……。
並走ではなく並泳?
亀って地上では遅いイメージだけど、もしかして泳ぐのが上手な生き物だったのだろうか?
私の記憶では、亀の泳ぐ速度って時速20キロくらいだったような記憶があるのだが。今は体感時速70から80キロくらいの速さで移動していて、横を普通に泳がれている。
……いや、泳いでいない。
すこし意識を向ければ魔力を感じるし、水の流れが非常に不自然だ。
魔法で水流を作って、流れに身を任せている感じ……。
この亀魔法使いか。
……何で追ってくるんだよ~。
こっちは少しミスったら海にダイブするハメになるから、これ以上速く移動するのは厳しいのに……。
……いや、一か八かで一気に加速してみるか?
海の方に方向がズレて飛び出しちゃっても、水の上を走れるから問題ないのでは……?
そんな訳で、若干の余力は残しつつも、出来るだけ全速力だ。
幸いにも今は横風が収まっているので、一歩一歩跳んでいる間に横に流されて海に突っ込む心配は少ない。
体感時速は120キロ。
気分はまさに地上最速の動物チーターだ。
チーターマン!俺ってチーター!
チーターマンオレオレ!ってチーター!
……ゲームのBGMってことは知ってるけど、元ネタは詳しくは知らないんだよなぁ~。
とりあえず、流石に亀もこの速度にはついて来れない様だ。
このままどんどん引き離していくぜ!
そんな感じで全速力で走り出してから約2分。
とてもではないが数時間では到着できそうにないほど遠く水平線から山が出てきた。
高い山の先が見えはじめただけなので、陸地はもっと近いのかもしれない。
このペースで進むか、少しペースを落とすか……。
蟹の大群が待ち構えていた場合、どっちの方がいいのだろうか?
……今日は流石に夜も近いし、止まって殲滅するよりも、無視して跳び越えたいよなぁ~。
ちょっとペースを落として、余力を残しておいた方がいいのかも……。
長時間の連続使用は体に悪いしね。
でも亀に追いつかれるのもなぁ……。
体感の残り魔力量的にはまだ余裕があるし、その蟹のいる浜辺が見えるまではある程度のペースを保ったまま進んでも問題ないかな?
速度を全力の3分の2くらいのペースに落とし、15分ほど走ったところ、赤い陸地が見えてきた。
亀は『数時間で着く』と言っていたが、随分と早く到着できそうだね。
大雑把に計算した感じだと、この通って来た陸路の長さはだいたい200キロくらいだろうか?
東京大阪間の半分くらいの距離だね。
今は出発からだいたい10時間くらい……。
……亀と会ってペースを上げなくても、あの後1時間くらいで到着してたんだなぁ~。
でも、普通の人が歩く速度って時速5キロくらいじゃなかったっけ?
この陸路の長さが200キロくらいだとすると、歩いて渡るには40時間くらい。
寝ないで歩いても1日以上はかかる距離だよなぁ……。
一般人には大変な道のりだわ。
そんなことを考えながら歩き続け、いよいよ陸地が詳細に見える距離になって気づく。
赤い地面なのではなく、砂浜全体を蟹が覆いつくして真っ赤に染まっているのだと……。
亀は確かに『向こう側の浜辺では蟹がいっぱい集まっているかもしれない』と言っていた。
でもまさか、地面が見えなくなる程蟹が集まっているとは思わなかったなぁ~……。
蟹1匹1匹の大きさも結構大きい。
1メートル近くあるのではないだろうか?
もう少し手足が太いと美味しそうなんだけど、細くて長い手足じゃ、わざわざあの数を相手にして食料として確保しようという気にはならない。
『襲い掛かってくる』と言っていたが、強さはどうなんだろう?
あんな速く移動できるくらい魔法を使いこなせる亀がわざわざ警告してきたのだ。
ただの蟹と侮ってはいけないのだろう。
「(随分速いね。まさか置いて行かれるとは思わなかったよ。君、なかなかやるねぇ~)」
……振り返ると亀がいた。
海の中ではなく、私と同じ陸路の上にだ。
前方には蟹の大群。
後方には言葉を話す亀。
私は特に迷うことなく、蟹の大群に向かって出来る限りの全速力で突撃を敢行するのだった。
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