7 恋の冬眠
晩夏。
店頭はもうしばらくすればハロウィーン一色になるだろう。
店舗各々その打ち合わせはあるにしろ、ショッピングモール内はなかなか穏やかだった。
ハスミは珍しくクルミと二人でバックヤードを歩いていた。在庫の確認に行く途中だ。
彼女を見るとき、ハスミは百合のつぼみが
だが最近では、おっとりしていそうな外見よりずっと快活な内面を持っていると気づいた。
例えるなら、染み一つない白百合ではなく、海岸に群生する艶やかな透百合だ。
花弁を広げれば目の覚めるような橙色に斑点が散っている。
ツナキとクルミの交際というニュースは一時期バイト生にもてはやされたが、今ではちょっかいを出す者もいなくなった。
当人同士は周りがどうこう言うのに左右されず、喧嘩もなく、今も「毎日楽しいっす(ツナキ談)」ということだった。
恋する気持ちは種族をも越える……。
――そういえば、百合のつぼみって蛙のシルエットに似てる。
肉厚な花弁が整然と折り重なり収納された薄緑のつぼみと、手足を胴に貼り付かせ背を丸め頑としてなにかの音色に聞き入っている蛙と。
そんな想像が、脳裏に弾けた。
直後、ハスミとクルミの背後から「ごめんねっ」とスタッフのかけ声とともに、勢いよくカートが走り過ぎて行った。
視野の外から突然現れたカートに驚いた拍子に、クルミが空気が抜けるように「ケコッ」と小さく鳴いた。
「…………え」
クルミはさっと口元を押さえ、周囲に目を走らせた。
聞いていた者がハスミの他にいないことを瞬時に確認し、ハスミに詰め寄った。
「その、今の、ツナキには内緒にしてください」
――“今の”? “今の”っていうのはやっぱり、今の鳴き声のことよね?
もしかしてクルミは――、という猛烈な予感にハスミは狼狽した。
「な、なんのこと……? あたしは何も……」
聞いてないわよ? と続けようとする。
そもそも“もしそうだとしても”ハスミに端から告げ口する気はない。
人様(蛙様?)の恋愛に口を出す野暮はもとより避けたいし、そうでなくとも考えなしに首を突っこんだらヤバいセンサーが反応している。
「ハスミ先輩素知らぬ振り下手です」
うっ……バレちゃあ仕方ないな……。
ハスミは開き直って、考えなしに首を突っこむことにした。
「クルミさんって、やっぱ、その、蛙……?」
クルミは顎を引いた。
「ツナキにそれ知られたくないのは、人間に恋ができたってせっかく喜んでるツナキを悲しませたくないから?」
クルミは「ああ……」と気のない声を漏らした。
生じた沈黙に、そんなことより、という枕詞が確かに差し挟まれた。
「ツナキ、私のひぃひぃひぃお祖父さん、なんですよね。
遠いけど血がつながってるって聞いたらさすがにフラれるかなって」
てへ、という可愛らしい効果音をつけたくなる調子でクルミは言い放った。
そして、少し表情を引き締めた。
百合の花がふるりと雨雫に打たれたように、おずおずハスミの顔色をうかがった。
「ハスミ先輩は、カエルの王様の童話知ってます?」
「んあぁ聞いたことはある、気がする……」
「私……納得いかないんです。
お姫様は蛙が醜いから嫌っていたのに、蛙が人間の王様になった途端、好きになって結婚しましたってオチなんです。
……ひどくないですか?」
「はあ」
「そもそもが蛙の私だったら、ツナキの蛙の姿も人間の姿もどっちも愛せる」
その囁くような断言に、クルミ自身の過去の苦悩が滲んでいた。
ハスミは浮上した疑問をそのまま口から出した。
ツナキにとって、おそらく自分にとっても、これが最も大切なことだと確信しながら。
「――すごく失礼なことだけど、聞かせて。クルミさんは、ながく生きられるの?」
「というと……?」
「ツナキと同じ時間を、同じペースで生きられる?」
クルミは力強くハスミに目で頷いた。晴れやかな覚悟があった。
そうか。この子なら、あの弟分も大丈夫か。
彼ら二人ならちゃんと、恋を飼える、のではないだろうか。
これまでのように子供を養い育てることを目的と生きるではなく、“人間の恋愛”を歩みたいというツナキの願い。
クルミにはそれを受け止める強さがあるし、ハスミもまあそこそこ応援したい気もするから。
「というわけでですねハスミ先輩。私とツナキ、来月から四か月冬眠するのでシフト調整お願いします」
「んなっ……、なっが……!」
〈完〉
かえる 葛 @kazura1441
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