第二話

 ふと顔をあげると、鉄のフェンスの中に車が入っていくのがわかった。荒野の中に、地平線まで続く長さでフェンスが続いていて、上には有刺鉄線までついている。車が一台やっと通れるほどのゲートがあり、車はそこをくぐって前進した。

 先ほどまでの何もない車道ではなく、そこから先は砂利道だった。鬱蒼と生い茂る林の中を車は進んでいく。

「座ってなさい」

 身を乗り出してフロントガラスを見ようとしている僕を、男は静かな声で制した。実際のところ、急にラフ・ロードに侵入したせいですごい振動があり、立ってはいられなかった。

 急に視界がひらけた。さっきまで同じ太陽の下にいたはずなのに、あまりの明るさに目を細める。横の窓から外を見て、僕は目を見開いた。

 そこは、海だった。さっきまでの荒野が嘘のように、紺碧の大海原が広がっていた。

 男の運転する車は、海に近いところで止まった。男は後ろを振り返り、目で、「降りろ」と命じた。もちろん異論はない。僕は後部座席に置いていたバッグを手にとって、外に出た。

 埃っぽい空気から一転して、海の匂いがした。僕は深呼吸をして、あたりを見渡す。海はビーチではなく磯のようなところだったが、車が止まっている少し先に、コンクリートで作られた桟橋のようなものがある。その先に、小型の船が止まっていた。

「あれに乗れ」

 僕がその船に見入っていると、男が背後から言った。僕は振り返り、男の顔を見る。

「一緒に行くの?」

「私は行かない。君をここに連れてくるまでが私の仕事だ。あれに乗って、着いた先で指示に従いなさい」

 感情のこもらない声で男は言う。船は一応屋根のついた小さな漁船のようなものだったが、大きさからみればボートに近かった。

 船尾にはすでに誰かがいた。近づくと、その人はスタンロイドだとわかった。

「ようこそ、はじめまして。ミドリと申します」

 その女性のスタンロイドは微笑んで、僕に明るく話しかけてくる。

「はじめまして。キミが運転してくれるの?」

 そう話しかけると、ミドリと名乗ったスタンロイドは微笑みを崩さずに、その通りです、どうぞお乗りください、と返事をした。

 僕は後ろを振り返り、男に行き先を聞こうとした。だが、すぐに、それは無駄だと思った。朝、『病院』で男が迎えに来たときに行き先を聞いたが、何も教えてくれなかったからだ。

 少し躊躇ったが、揺れている船に飛び乗ると、ミドリと名乗ったスタンロイドは手に持っていたリモコンのような機械を操作した。それが船の操縦桿らしい。あまり派手なエンジン音はしないが、波がかきわけられる音ですぐに何も聞こえなくなった。男はもともと立っていた場所からこちらをずっと見ていたが、やがてそれも遠く彼方へ消えて行ってしまった。

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花とレプリカ やひろ @yahiro2000

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