花とレプリカ
やひろ
第一話
見渡す限りの荒野だった。地平線に近いところで、落書きのような稜線の山が見えるだけで、あとは枯れ草しか生えていないような、何もない土地だった。正面の道路が、まるで世界をふたつに分けるみたいにまっすぐに伸びている。
僕は車の後部座席に座っていて、ときどき、シートの隙間から前方の風景を盗み見る。しかし何回見ても、そこに変化はなかった。一度、運転をしている男に、景色が変わらないということを話題にしたけれど、男は短く、「そうだ」とそっけなく答えただけだった。
男は真っ黒のスーツを着ていて、髪を整髪剤で固めていた。サングラスをしていればきっと似合うと思うのだけれど、それはしていない。おそろしく無口で、身体つきにも無駄がなく、僕は最初、彼はスタンロイドなのではないかと思った。だが、首の後ろにスタンロイドであることを示す金属プレートはついていなかったし、肌の質感も人間そのものだったから、たぶん、人間だろう。
スタンロイドは、半導体メーカーのプレジャー社が商標登録しているロボットの商品名で、人型ロボットとしてほとんど一般名詞化している。人間のアシストを目的に開発された商用ロボットだが、自動車の運転ぐらいであれば、問題なくこなせる。僕が生まれる前の話だけれど、スタンロイドが登場してから、道交法が全面的に刷新され、スタンロイドの運転特性に合わせた形に作り変えられた。いまでは、人間が運転するよりも事故率が圧倒的に低いとされ、人間が運転する際には、人間が運転していることを示すマグネットを、ボンネットの上に貼らなければならない。
スタンロイドは遠目から見れば人間に見えるが、ボディは特殊シリコンで出来ているので、近くで見ると、肌のテカリ具合で、人間ではないとすぐにわかる。また、首の後ろの金属プレートにシリアルナンバーが刻みこまれていて、サイバーリンクで照会すれば使用年数や所有者の氏名・連絡先がすぐにわかるようになっている。まだ人間と間違うほどのレベルではないが、意図的に『スタンロイドであること』がわかるような設計になっているらしい。
今朝、病院を出るとき、また元のように「寮」に帰るものだとばかり思っていた。しかし、別の場所に連れていかれるのだと聞いて、内心、心が躍ったのは否定できない。少なくとも、病院では誰にも会うことが禁じられていて、できることも限られていた。治療らしい治療もなかったし、体のいい監獄のようなところだった。少なくともあそこから出られれそれでいい、そう思っていたのに、行けども行けども枯れ草しか生えていないような荒野しか広がっていないようでは、これから向かう場所での暮らしも、あまり期待がもてない。
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