第2話 断ち切れない想い

「どうぞ…あがって…」


私は彼に促した言葉が少し動揺してるのをさとられないよう…満面の笑みを浮かべた…。


「ああ…おじゃまします…。」


彼も言葉の感じからやはり少し緊張してる感じがした…。


私は鞄を置き…すぐにお風呂のスイッチを入れた。


「えっと…お風呂が沸くまでソファーでくつろいでて…今コーヒー入れるから…」


「ああ…」


私は慌てながらの会話になってしまって落ち着かない…。


だって…だって…彼がこの家に来ることなんて初めてだし…。



「けっこう綺麗にしてるんだな…お前ちょっとおおざっぱなとこあるし…もっとこう……」


「もっとこう…なによ?はい…コーヒー!ブラックでよかったわよね…。」


「ああ…サンキュ!」


私も彼も…なんだかぎこちない…こんなものだろうか…。


会社では何気ない事も気軽にしゃべれているはずなのに…今はなんだかすごく意識してしまう…。


「なぁ…お前とこんなふうに静かにゆっくり過ごすなんて初めてだな…。」


「そ、そうだね…会社じゃこうはいかないもんね…。」


そう…いつも会社じゃたくさんの仕事を任される私たち…。だから時々…ほんとに時間が合うときに一緒に飲みに行く約束をする。

そして…会社…上司…部下等々の愚痴の言い合いをしてすっきりして帰る…これが恒例だ。


その貴重なストレス発散の大事な日を…私は仕事におわれ忘れていたのだった…。


「今日はほんとにありがとう…あんたがいなかったら私…まだ会社で1人で徹夜だった…。」


「おいおい…徹夜とかありえんだろ…。さっきもいったけど誰かに頼れよ…。お願いするやついなければ俺に言え!でないとお前はほんとに会社で寝泊まりしそうだしな…。」


彼はこういうやつだ!

入社当初から器用になんでもこなせて…周りのこともさらっと手伝える…そんなやつ!


私…なんでこいつのこういうとこに…今まで惹かれなかったんだろう…。

たぶん…心のどこかでライバル視してたからだ…。


そんなことを考えてたらお風呂が沸くメロディが流れてくる。


「お待たせ…じゃあ、ゆっくり入ってきて。その間にシャツ洗っておくから…。」


「ああ…」


そういうと彼は浴室に向かった。


「はぁ…けっこう緊張した…。キャリアウーマンの私がなにやってんだ!そうそう、上の服…?あっ!」


私ははっとした!

上に着る男物の服なんて…あ…これしかない…。

でもな…。


あれこれ考えている間に、ガチャッと浴室のドアが開いて彼が頭をバスタオルで拭きながら出てくる…上半身裸で!


「ちょっとー!なんで上、裸なのよー!」


私はとっさに目をそらす…。

そりゃあ…男性の裸は初めてじゃないけど…彼のは予想外っていうか…戸惑うっていうか…。

もう…恥ずかしくて困る!


「なんでって…上のシャツ…お前が洗ったんだろ?じゃあ、着るもんねえだろが…。」


そうだった…。

でも…これ渡したら…きっと怒る…かな?


「あっ、そうだよね…。えっと…あの…ね…。よかったら…これ…着る?」


私はしどろもどろになりながら、男性もののパーカーをそっと彼に差し出した。

彼がそれを広げてみる。


「男物?」


「えっ…うん!弟の…」


「ん?お前…弟なんていたっけ?」


「えっ!あ…お兄ちゃんので…」


「じゃなくて…お前…一人っ子だって言ってたよな?前に飲んでた時…」


あ…しまったー。酔ってた勢いかなにかでそんなこといったのかも…。


「いや…じゃあ…父さんので…」


「じゃあって…お前なぁ…俺をバカにしてんのか?なんで一人暮らしの女の部屋に父親の服があるんだよ?」


言い訳が支離滅裂だ…最悪だ…。

本当は元カレのもの…。

忘れられないのか…まだ気持ちの整理がつかないのか…ずっと捨てられないでいたやつ…。

それを今カレに…なんて私…なにやってんだろ…最低だよね…。


「元カレのなんだ…ごめん…でも悪気はないんだよ…他に大きめの何か探してくる…。」


と彼からパーカーをひったくり、もう一度クローゼットへ行こうと彼に背をむけたとたん…後ろから抱き寄せられ、大きく包み込むように彼に抱きしめられていた…。


「こんなの捨てずにもって…。まだ…忘れられないのか…元カレのこと…?」


私は彼の言葉に…すぐに返事ができなく黙ってるしかなかった…。

そのうちに彼の私を抱きしめる力がゆるめられ…彼が離れた…。


「貸せよ…。」といって私がもっていたパーカーを無理やり取って…それを無表情で着た。


そして無言でソファーに座る。

間違いなく怒ってる…。


私は何も言えず、浴室へ向かった…。


そりゃそうだよね…元カレが忘れられないうえに、その元カレの服を貸すとか…デリカシーなさすぎだよ…私…。

だって…仕方ないじゃん…。


半年前…1年付き合ってたカレが一方的に別れを切り出してきた。

理由ははっきりは言わなかったけど一緒にいても楽しくないって…。

たぶん…私がいつも仕事に没頭していたことが原因なのだと思う…

私はいつだって全力でがんばってきたつもり…仕事も恋愛も…。


でも…それじゃあだめなのかなぁ…と考えても誰も答えはくれないし、自分の中でも気持ちの整理がつかないまま…今まで過ごしてた気がする…。


それで仕事を理由に…優しいあいつに甘えちゃってたんだ…。

そして…思いっきり嫌な気分にさせちゃった…。


私は入浴をすませ身なりを整えながら考えた…

あいつとどんな顔で…何を話せばいいの?


そんな答えがでないままに私は気合いを入れて浴室から出た。

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