運命の相手【2】

 「このペンダントだぞ、これと色違いの赤いペンダント」

 僕は、幾度となく懐から取り出してきたペンダントをソフィに見せる。

 「うわぁ、いつ見ても綺麗な宝石だね。高そう」

 家賃に困ったらこれを売ればいいじゃん、なんて人とは思えない発言をかましてきた。渾身の力を込めた拳を振りかぶっていると、あいつは命からがら妥当なことを言った。


「ね、ねぇ。この舞踏会に見合った服、買いに行かない?」

「確かに」



 懐をこれでもかという程痛めた金額の服を身に纏い、僕とソフィはパーティー当日を迎えた。僕はギルド証を見せて先に受付を済ませ、彼女の到着を待つ。早く来てくれ、場違い感が半端なく、そわそわする。と、おそらく先日買った青いドレスを着たソフィが現れた。奴も周囲をキョロキョロとしており、僕はほっとした。


 滞りなくパーティーのプログラムは進行し、ついに王の婚約者が登場する時がきた。王子が会場に現れると、拍手が沸き起こる。そして、その隣から、小柄な女性が姿を現す。ふんだんにあしらわれたレースのついた、淡いピンクのドレスを着た女性だ。思わず目を奪われてしまうほど。可憐なその姿は花の妖精を思わせる。思わず、口に手をあてて息を呑んだ。

 ―胸元で赤く光るブローチを見た途端に。


 「あちゃー。見つけたね、運命?の相手。その相手はイズじゃなかったみたいだけど…。そ、そんな顔すんなって!出会いはこの世界に星の数ほどあるって!…多分」

 誰か、誰でもいいから、隣でバシバシと僕の肩を叩くこいつを殴ってくれ。長年の恋煩いが無となった僕は、放心状態で何も考えられない。

 「私さ!言いたくなかったけど、実はあの子の親戚なのよ。一緒に声かける手伝いしてあげる。何も話せないでお別れするよりは印象いいでしょ」

 半笑いでそう告げるソフィの提案は僕に効いた。最後くらい、良い相手として彼女の記憶に残りたい。

 「…おぅ。じゃあ、声だけでもかけてくよ」

 ソフィに肩を組まれながら、姫に向かってトボトボと歩く。こいつ、いくらギルドの人間だからって貴族の集う場所での振る舞いが成っていないんじゃないか?


 「ご機嫌麗しゅう、姫君。この度はご婚約おめでとうございます」

ドレスの裾をつまんで恭しく一礼するソフィに合わせて、僕も頭を下げる。なんだこいつ、ソフィのくせに礼儀が備わっているとは。しかし、帰ってきた返答を耳にして、僕の世界は色を失った。目の前の可憐な姫が言う。

 「ちょっと、やめてよソフィ。私とあなたの仲じゃない。…ところで、そちらの殿方は誰?」

 「うっ」

 確実に言葉のハンマーで脳天を殴られた。嘘だろ。

 「ふっ…。こちらの男性は、オソロイのペンダントを持つ運命の相手を探していたロマンチストでね。この人が言うには、貴方がそのペンダントを持つ運命の相手、なんだって。今無残にも初恋が砕かれたところ」

 やめてくれ、王子も傍にいるのに。まるで俺が気持ち悪い間男のようじゃないか。だが、姫は胸元のペンダントを取り出しながら、トンデモ発言をしてきた。

 「…ペンダントってこれのこと?やだ、ソフィ。貴方がくれたんじゃない。ほら、覚えてる?ギルドに入るって家を飛び出す前よ。忘れたの?」

  「「は?」」

 いつもは合わない息がぴったり重なった。隣の間抜け面と目を合わせる。

 「ちょ、ちょっ、ちょっと待って。えぇ!?これを?私が?あなたに?」

 そうそう、ちょうどギルド入団前だったかしら、と頷くお姫様。


 「お前って、ギルド入る前何だった?」

 「……貴族」

 「僕の初恋を返してくれ…」


 ソフィは、貴族という色眼鏡をかけられないように家を飛び出し、一人ギルドで生計をたてていたらしい。身分を偽り、同等に扱ってもらいたかった、そうだ。実際、こいつは短期間でスコアを伸ばし、ギルドの稼ぎ頭に名乗りを上げているほどである。貴族である上に、ギルドでも優秀。僕の中の憎いランキング圧倒的第一位だ。

 今日は、クエストという大義名分を掲げ、友の婚約祝いのために来たらしい。しかも、ついでにギルド報酬を得ようなんて考えていたというのだから、打算的にも程がある。それが、有能たる所以なのか?

 とはいえ、こいつとはじっくり話す必要がある。僕は、姫への挨拶もおざなりに、ソフィの腕を引っ張って隅のほうに寄る。


 「は?忘れてた?」

 「ごめん。家を出る前に、こんなに高価そうな宝石は逆に危ないかなって。一番仲良かった子にあげたんだった」

 「じゃ、じゃ、あの日の草原で交わした約束は「…覚えていませんでした」」

さすがに僕の純情を打ち破った罪を感じたのか、珍しく頭を下げている。今まで貶していた分のつけをようやく払ってくれたようだ。僕は組んでいた腕を下ろした。

 「まぁ、昔のことだし。もういいよ。僕はずっとお前を探していたのか…」

 「ほ、ほら!ずっと一緒に?だっけ、それはもう達成したようなもんじゃない?ここ最近ギルドで毎日顔合わしてたじゃん」

 先ほどとは打って変わって調子を取り戻し始めたこいつに、最後の人睨みを聞かせた瞬間、パーティー終了の鐘が鳴った。



 ギルドに帰還した僕らは、着替えて寮のフリースペースに集っていた。

 「あの、まだ何かお話がございますのでしょうか…」

 「ある。お前はまだ僕の積み重ねてきた想いの大きさを全く分かっちゃいない」

 「いや、それは申し訳ないと思ってるけど、新しい恋に目を向けるのもいいといいますか。正直、幼いころの記憶ですので、無かったことにしても問題ないと思いますが、いかかでしょう?」

 目を泳がせながらモゴモゴいうこいつは見物だ。ギルドではずっと二番手の苦渋を舐めさせられていたが、これでチャラにしよう。僕は器が大きいから。

 「いいや、僕はこのやりきれない想いをどうしていいか分からない。だから、もう少しお前のことを知って、万が一の『運命』に賭けてみようと思う」

 そういうと、ソフィは血相を変えて言う。

 「いやいやいやいや。いいって、そういうの!遠慮しときますって!」

 ひたすら手を振り続ける。さすがに傷ついてきた。

 「お前、そんなに嫌か…」

 「そりゃあ…。えっと、イズはさ、戦友?ギルド仲間?みたいな、盟友だからさ。だからこそこの関係のままがいい気がする」

 こいつの言い分は分かった。

 「よし。まずはお前にギルドスコアを上回る所からだな。話はそれからだ」

 「話を聞け!」


ソフィの大声が寮内にこだまする。『運命』の相手と結ばれるのはまだ先になりそうだ。

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短編 Neko @neko__22

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