第22話 一夜明けて得たもの

夜の闇が薄れ辺りが青みがかる頃、隊商はのろのろと活動を始めた。


昨晩、夜襲を退けひとまず危険が去ったことで、少しばかり安心した商人たちが即席の酒盛りを始めたのを尻目に、俺はさっさと荷馬車の適当な場所で寝に入ったのだが、今朝の様子からだいぶ羽目を外したと見える。


野営地の中心に張られた大きな天幕から、明らかに酒の匂いが漂っている。中では商人と使用人たちがごろ寝をしていた。こんなに同行していたのかとちょっと驚く。どこにあったのか、天幕のそばに空になった大きな酒樽がいくつも置かれていた。


俺が荷馬車から出てみると、大きな車輪に寄りかかるようにしてウリクルとモリネロが寝ていた。傍らに銅製のマグカップが転がっているのは、とりあえず無視した。声を掛けようとすると、モリネロの脇に使い魔のミルが丸くなっているのに気付いた。やはり、その毛並みの黒の濃さはあまりに異質だった。


「我が主人あるじは見張りから解放されて一息ついていたところさ。あとこの戦士もね」

「そうか、俺だけさっさと休んで悪かったな」

「僕は、断固叩き起こそうとしたんだけどね。心優しき我が主人に感謝するんだね」


緊張から解かれた商人たちが浮かれて酒を飲み交わす中、見張りをするのはさぞかし大変だったろう。それが依頼クエストの任務に含まれるとは言え……。


「それで今はお前が、主人のモリネロが起きるまで見守ってあげているのか」

「そうさ。僕はこちらの世界では“寝る”必要がないから、見張りはおてものもなのさ」

それならば尚のこと、ダンジョンの探索に参加して欲しいところなのだが……。


「それよりも、昨日は大活躍だったそうだね。悪者をふたりも倒すとは、まさに英雄、“馬駆る人”の面目躍如の働きじゃないか」

「おいおい、ひやかしはよしてくれよ。そんな大層なもんじゃないのは分かってるだろ?」

話し声に反応するように、モリネロがもぞもぞと動き出した。俺とミルは声を落として続ける。


「金で雇われたゴロツキね……。それなら君やここの冒険者たちとどこが違うんだい?」

コイツ、痛いところを突いてくるな。

「そう、明日は我が身、他人事とは思えないな」

「フン。だったら、わが主人がどことも知れない場所で、不名誉な死に方をすることがないように、仕事はもっと慎重に選んだほうがいいんじゃないかい?」

この時のミルは俺を射抜くような真剣な眼差しだった。


そして後は任せると言い残して、かき消すようにその姿を消して去ってしまった。

俺は伸びをしながらミルの代わりにモリネロのそばに腰を下ろした。ウリクルはまったく起きる気配がなかった。


ほどなくすると、モリネロが起きだし、水を飲みに天幕の方へ少し覚束ない足取りで歩いていった。ウリクルはまだ起きる様子がまったくない。ちょうどバルドがやって来るのが見えた。


「昨日はご苦労だったな」

戦いの後始末などで忙しかったはずだが、全くそうとは感じさせなかった。タフな人だな。


「いや、あんたも人が悪いな。初めからトラブルを抱えて、何かしらあることは分かってたんだろ?」

「なあに、単に可能性があるだけで、無駄話をするつもりがなかっただけだ。それにどっちにしてもお前たちはこの依頼クエストを引き受けたんじゃないか?」

バルドは逆に質問してきた。俺が言わなくても答えは分かっていると言わんばかりなのが癪に触ったが、俺は否定することはできなかった。ウリクルもモリネロもきっとそうだったに違いない。 


「ヌメルノはケチな奴だが、万全を期すため“馬駆る人”のお前を護衛に組み込んでみたら大当たりだ。しかし、まさかバートンがいるとはさすがに想定外だったがな」

バルドは苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。

「そのバートンていうのが、昨晩の俺の相手のことなのか? 領主のお目付役の剣士、オーランドもそうだったけど、やつとは昔馴染みなのか」

「まったく、東の果てで来もしない鬼をいつまでも待ち続けるお前たちの耳には届かないんだろうが、バートンてのは冒険者の中じゃ知らぬ者はいないヤツなんだよ」

俺が無知なことに苛立っているのか、そのバートンに良い思い出がないから苛立っているのか、もしくはその両方の理由でだろうか、バルドは益々苦々しい表情になっていく。もっと知りたいところだが、バートンのことは別の奴から聞くことにしよう。



俺は適当に話を切り上げようとすると、バルドは俺を制止して話を続けた。


「それよりも、お前たちがこの護衛の仕事が終わった後も、まだウルクのダンジョンの探索を続けるつもりがあるなら、俺が住むとこを紹介してやるぞ」

バルドはくだけた口調で尋ねてきた。

「それはありがたい話だけど……」

俺はバルドに少し待つように言い、起きる気配のないウリクルを無理やり叩き起こそうと試みた。この話なら誰よりもウリクルが聞くべきだろう。しかし、ウリクルはいくらか反応するだけで、より深い眠りにつくようだった。

起こすのを諦めたところで、天幕の方からモリネロが戻って来るのが見えた。そうだ、モリネロがいたのを忘れていた。水でも被って眠気と酔いを醒ましてきたきたのか、先ほどよりしっかりした足取りだった。


それから俺とモリネロはバルドの話を聞き、そしてその提案をありがたく受けることにした。バルドが俺たちパーティの保証人になり、俺たちは月極の部屋を借りることにしたのだ。古参で実績のあるバルドが保証人であれば、十分すぎる信用となり、自分達の部屋を借りることができる。今まで寝床にしていたあの最底辺の宿屋に比べたら、数段良い所に寝起きができるのは間違いない。しかも月単位で考えると、家賃はあの宿屋の宿代より安く抑えられるはずだ。俺たち3人の中でいちばん喜ぶはずのウリクルを今すぐ叩き起こして聞かせてやりたかった。

しかし、素朴な疑問が湧く。俺は単刀直入に聞いてみた。


「俺たちにとっては良い話でありがたいが、何でだ?」

バルドは予め聞かれると分かっていたというように頷きながら答えた。

「別にお前たちだけが得をする話じゃない。俺は大した額じゃないが貸主から紹介料をいただくのさ。分かると思うが、あの町にはひっきりなしに新しい冒険者がやって来るが、貸主たちは素性の知れない輩に貸すのはリスクが大きい上に、冒険者たちは金に困っていなくなったり、死ぬことも全く珍しくないから、貸しても短い期間になることが珍しくないんだ。だから貸主としては、それなりに素性がしっかりしていて、なるべく冒険者に貸したい訳で、俺は貸主と、お前たちのように居場所を探してる新参者の、そこそこ腕の立つ冒険者たちの仲立ちをしているんだ」


つまり、俺たちはこの依頼クエストで、自分たちが腕が立ち、それなりにお行儀が良いことを証明してみせたことになるのだ。俺は隣のモリネロをちらっと見た。モリネロも俺を見た。俺たちは試されたことがあまり面白くなかった。得たものは大きかったにしてもだ。俺たち以上にその手のことを好まないウリクルが寝ていて良かったのかもしれない。寝起きの悪さと相まって、この話をぶち壊したかもしれなかった。


俺もモリネロも思うことはあったが、何も言わずに先輩冒険者のありがたい申し出を大人しく聞いていた。まぁ、ウリクルには後でゆっくり説明をしてやろう。


積荷の護衛の仕事はまだ2日目が始まったばかりだった。


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冒険はダンジョンから オトギバナシ @MandM

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