第21話 最期は満天の星空の下

あと6人。

何が起こったか相手が正確に把握できていないうちに押し切りたかった。先陣を切るはずの射手アーチャーが倒されたのを目の当たりにした者が甲高い声を上げた。夜襲を仕掛けるはずが待ち構えられていたのだから無理はない。ただ、こっちがまったく無警戒でいると思っていたとしたら、随分と呑気な連中だ。俺は即座に身体を下げながらその場を離れ、相手から身を隠した。


「騒ぐな」

低くよく通る声が響いた。出鼻を挫かれたはずが全く慌てた風ではなかった。ただのゴロツキの集まりだと思っていたが、骨のあるヤツがいるのだろうか。音を立てないように慎重に様子を窺ってみる……。


ゆっくりと声の主と思しき相手が近づく気配が――と思うが早いか、身体を飲み込むような殺気が襲いかかり、咄嗟に左半身に構えた刀に凄まじい衝撃が走る。

耳に金属音が響き渡った。


火花が散り左目が一瞬利かなくなるが、態勢を立て直して刀を青眼に構えると、既に相手は間合いから離れた場所まで引いていた。

隙のない構えだった。


油断していたのは俺の方だったか……。


ウリクルが加勢しようとしているのが分かった。


「お前たちはそこにいるヤツを片付けろ。コイツは俺に任せろ」

目の前の男は後方にいる5人に指示を出してこちらに向き直った。ウリクルの方に付け入る隙を見せながら、ウリクルが攻撃するのを待っているように見えた。


俺は相手から視線を外さずにウリクルに分かるように合図を送った。5人の男たちにじわじわと取り囲まれようとする中、ウリクルは脱兎のごとく隊商が野営する方へ駆け出した。意表を突かれたかたちの男たちがその後を猛然と追いかけるが、恐らく間に合わないだろう。あちらに行けばバルドを始めとする冒険者たちが仕事をするだろう。


「……あえて逃がしたか。お前、よっぽど仲間思いなのか、それとも腕に自信があるのか」

細身の長剣を片手にした黒ずくめの軽装の男は、低い声で呟きながら間を詰めてきた。


腕に覚えがあるのはお前だろうよ――

一見、無造作に近づいてくる相手に真っ向からぶつかるように足を運ぶ。男はほんの一瞬だがその動きに反応した。俺は切先で感じた男のごく微かな逡巡に自然に応えるかたちで、身体をさらに大きく前に、相手の左側を刀で横に払いながら駆け抜けた。


脇腹を深く斬るつもりの一撃は、浅い手応えしか残らなかった。

あれを躱すとは、手強い。

男は紙一重で身体を開いて致命傷は免れたが、剣で受けるのが間に合わずに左腕に傷を負ったようだ。


男は自分の左腕に視線をやるが、傷を負ったことを感じさせない万全の構えを見せ、俺は続けて仕掛けることはできなかった。


背後でも戦いが始まったようだ。

いよいよ賑やかになってきたが、俺と相対する男は、その喧騒から切り離されたように無言の対峙を続ける。時間が経つほど受けた傷の影響で不利になるはずだったが、男は焦る様子も見せない。しかし、俺としても相手が弱るのを気長に待つつもりはなかった。


じりっと、足を前に出したところで、後ろから足音が聴こえた。素早く軽やかな音だ。俺の横で立ち止まったのは、バルドの後ろにひっそりと付き従っていた男だった。やはり、この男が領主から今回の件で遣わされてきた剣士に違いない。対峙する相手にどことなく雰囲気が似ていた。


「なんだ、お前がこの隊商にくっついて来たのか」

駆け付けた剣士を見た男が驚いたように声を上げた。構えを解いて無防備になる。剣の柄から離した左手はやはり、少し動きがぎこちなかった。

「この若いのに手こずった上に、お前までいるなら勝ち目はないな」

と言い残し、あっさりとそのまま背後の森の闇に去っていった。

後を追う気も無くすような鮮やかな去り方だった。隣の剣士もそのまま見送る。その横顔は思いのほか穏やかだった。

お互い知っている仲のようだったが……。


「あの者をここで足止めしてくれるどころか手傷まで負わせるとは、“馬駆る人”とは本当に恐ろしい強さだな」

剣士は俺の肩を軽く叩きながら、俺が怪我などしていないことを確かめるように視線を巡らせた。

「いまの男を知ってるのか?」

「お前はまだこちらに来て日が浅いから知らないのも無理はないか。あの男は凄腕の剣士として名を馳せた者だったのだ。……かつてはな」

殊更感情を込めずに呟いた言葉は、かえって思いの深さを感じさせる重みがあった。俺はそれ以上、男について聞くことはしなかった。



男が去ったのとほぼ時を同じくして、残りの襲撃者も撃退され戦闘は終結した。俺たちの受け持った場所以外から襲ってくる者もなく、こちらの備えを見誤ったヌメルノ側の完全な負けだった。


「おぉ、無事だったか⁉」

すっ飛んでやって来たウリクルもいまの戦いで怪我を負っていない様子だった。

「お前は敵に追いかけられて肝を冷やしたんじゃないか」

「はっ、馬鹿言うなよ、図体はでかいが足の速さには自信があるぜ」

確かに、大柄なくせに俊敏な動きなのがウリクルの強みだ。


「それよりお前の相手はどうした? えらい強そうな相手だっただろう」

「そうだな……ほんとに、強い奴はごろごろいるもんだな」

俺とウリクルの話を聞いていた剣士が苦笑いをした。

「あんな遣い手はそんな“ごろごろ”はいないぞ」



隊商に参加した商人とその使用人、護衛する冒険者たち全員が中央の焚火の周りに集められ、いまの夜襲の状況を改めて確認していった。幸い大きな怪我をした者はひとりもおらず、夜襲の知らせで慌てふためき飼葉を入れた桶に躓いて転んだ者がひとりと、怯える馬たちを鎮めようとして突き飛ばされた者がひとり。冒険者の方では、ウリクルを追いかけていた男たちを迎え撃つ戦士が、魔法使い(モリネロではない)が放った光のマジック・アロウが近くで弾けて顔を少し切った程度で、ほぼ被害はなかったようだった。


対する相手方は、8人のうち4名がこの場で亡くなり、2名が捕縛され、2名が逃走と散々だ。ヌメルノがこちらを侮って人数をたいして必要と思わず、腕の立ち者もひとりだけしか揃えずに襲わせた結果だ。きっとゴロツキを雇う金も出し渋ったんだろう……。


そして、夜襲から隊商が落ち着きを見せたころ――。領主から派遣されてきた剣士のオーランドは、馬に乗って隊商から去って行った。恐らく領主の下に帰り、今夜の一部始終を報せるのだろう。

捕まった男はふたりとも金で雇われただけで、ヌメルノに対してまったく義理立てする素振りも見せずに、聞かれたことは何でも話すらしい。その者から聞いた話では、もうヌメルノの方では打つ手がないらしい。いまの夜襲でこちらを油断させておいてこの後にもっと大人数で隊商を襲う、ということなど計画されていないようだった。完全に警戒を解くことはしないまでも、休める者は休むように指示が出されていった。


俺は、自分が斬ったふたりの射手アーチャーの亡骸を埋葬した。終わってみれば奪うまでもない命だったと思うが、是非もなかった。

比較的土の柔らかな草むらの中、土を掘る道具などないので、小さな斧を借り埋葬するための穴を掘っていく。そのつもりで刀を振るったことに後悔はしていないが、だとしたらなぜ、手を貸そうとしたウリクルとモリネロの申し出を断り、独りで亡骸を葬ろうとしているのだろうか……。自分に問いかけながら、それに答えようとしない自分がいた。



深々と冷える中、すべてをやり終えて見上げた星空の途方もない美しさ。

俺も死ぬ時はこんな満天の星空の下が良い、と思った。

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