推しが担任になりまして

ハチ

推しが芸能界を引退しちゃいまして

 推しが引退した。


 私は、これ以上にはないだろうと思えるくらいの絶望を味わっている。


 その絶望を味わわせている原因が、スクエアサイズの白い背景の画像に書かれた、たった343文字なのだから、尚更虚しい。


 たしかに、今、この1年を振り返ってみれば、怪しい点は多かった。


 朝のテレビドラマで大きな話題を呼んだ割には、その後の出演作が少なかったこと。


 その出演作も全て、過去に撮ったものであり、新規のものではなかったこと。


 カレンダーが出なかったこと。


 これまでは活発だったSNSの更新が滞りがちになって行ったこと。


 イベントなどで「応援してます!」と声をかけると、どこか居心地の悪そうな表情がうっすらと浮かんでいたこと。


 けれど、そんなこと、今になって振り返ってみなければ分からないような、些細な出来事ばかりで。


 9才の頃から子役を初め、ずっと芝居を続けてきていた彼が、芝居以外を選択するとは正直思えなかった。


たしかに彼は、頭がよく、国内最難関と言われる、あの帝都大学に現役合格を果たしていた。


そうはいっても、雑誌の中での彼の言葉から、結局は芝居で生きていくのだろうと勝手に思っていた。


 彼の少し前のインタビューでも、あふれんばかりの自分のキャリアへの期待が描かれていたように思うし、実際、芝居で大きな反響を呼んだり、「若手のホープ」なんて呼ばれることも多々あったものだから、彼が順調にキャリアを積んで行っているものだと思い込んでいた。


 そんな、まさに「今から」のタイミングで引退をするだなんて、誰が思いつけるというのだろうか。


 それもこれも言い訳なのかもしれないけど。


 私は、そんな些細な彼の変化に気がつくことができなかったという事実にも打ちのめされていた。


 あれだけ彼のことが好きで、彼が出る雑誌は隅から隅まで読んでいたし、彼の出演したバラエティーは、彼の声が拾われていないようなタイミングで動いた彼の口から何を言っているのか予測するようなレベルで何度も再生したし、彼の出演した作品は、可能な限り見尽くした。


 少し前からは、彼がインタビューで答える内容を予測したものが基本的に当たるようになっていたくらいだったから、少し自惚れていたのかもしれない。


 私は、少なくとも彼のことをある程度知っているんだ、と。


 でも、それも全て私の幻想でしかなかった。


 虚しい、以外の表現が自分の頭の中にある辞書から引っ張り出すことができないことにも、また、虚しさを覚える。


 私って、こんなに空っぽな人間だったんだ。


 これまで、少なくとも中学の3年間は、親から推し事の資金調達を目的に頑張ってきた勉強だって、その目的を失ってしまったのだから、やる気なんて飛んでいってしまった。


 彼は自分の将来を考えて、選択して、芸能界を引退したけれど、私は、彼が芸能界を引退したという事実に打ちのめされて、自分の将来のことなんて、ひとつも考えられずにいた。


 中村花菜なかむら かな、15歳。


 自分の生きる意味を見失い、人生の迷子になりました。


 とりあえず、入学前課題はやれません。

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推しが担任になりまして ハチ @zetuqdjlc23579

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