エピローグ

 ダラスが宇宙船を沈めてから一日後。

 連邦宇宙軍がやってきた。

 一隻ではなく、三隻で来たのは、たぶん通報したのがプラナル・コーポレーションだったからだろう。

 対応したのは、当然基地の長であるファンダ支部長だったから、旗艦である銀漢ぎんかんに誰が乗っているかというのは降りてくるまで知らされていなかった。

「さすが、ヘミルトン君だ」

 捕らえた傭兵たちを見て、賞賛の笑みを浮かべているのは、銀漢の総司令官バーナス准将。リンダの元、上司である。そろそろ定年間近のはずだが、少しも衰えた様子がない。大きくて鋭い眼光もそのままだ。

 無論、リンダが吹っ飛ばしたセクハラ上司ではなく、その上の上司だ。上司を吹っ飛ばしても営倉にも入れられず除名処分にもならなかったのは、彼が庇ってくれたおかげだ。

「恐縮です」

 リンダは頭を下げる。

 バーナスは優秀な上司で、リンダも尊敬していた。だから、彼が責任者だということはこの上もない安心材料だ。

 傭兵たちを引き渡すと、リンダは銀漢の艦橋に招かれた。

 正直に言えば、リンダはもう軍の船にはあまり乗りたくないのだが、事情聴取でもあるので拒否はできない。

「氷結団は最近、その筋では有名でね」

 バーナスに椅子をすすめられ、リンダは座る。思っていたより、氷結団は悪だったらしい。

 想定よりも早く軍が出動したのは、そのこともあったのだろう。もちろん天下のプラナル・コーポレーションからの通報というのも大きかったに違いない。

「傭兵とは名ばかりで、どっちかというとごろつきの集団だ。やっていることは海賊と変わらない」

「そうですね」

 リンダは頷く。

「律儀に衛星軌道で待っていた海賊と違って、先に基地を制圧するなんて、やることが姑息だと思います」

「それにひっかからなかったのは、さすがヘミルトン大尉だ」

「閣下、私はもう軍人ではありません」

 リンダは首を振る。階級よびはわざとではないだろう。だが、それを認めるわけにはいかない。

「そうだった。すまない」

 バーナスが苦笑する。

「そういえば、衛星軌道上に、私の甥っ子が乗っているのだが、会って行かないか?」

「この船はしばらくこの星域に留まるのでしょう?」

 リンダの問いにバーナスは頷いた。

「でしたら、私どもの仕事はもう終了いたしましたので、明日にでもカーナル宇宙ステーションに帰ります」

 きっぱりとリンダは言い切る。

「そうか。マイクの奴は君に会いたがっていると思うがな」

「私と彼がコンビを組んでいたのはもう五年以上も前のことですよ」

 リンダは首を振る。会ったところで迷いがでるわけではないが、やたらと軍への復帰をすすめられては面倒だ。かつての相棒だが、軍をやめてからずっと折を見て同じことばかり言われていれば、会いたくもなくなる。

「君にとってはもう過去なのだろうね」

 バーナスは少し困ったように呟いた。



 基地に戻ると、ここ数日間激務だったため、リンダは基地の支部長に頼んで、三人全員を休ませてもらえるように頼んだ。リンダやダラスはともかく、一番若いデュークにはかなり無理をさせていたので、このまま出立させることはできなかったからだ。

 風呂に入り、久しぶりにベッドで眠る。

 ようやく起きたリンダは、食堂に座り、コーヒーを楽しむ。

「社長、大変なことになりました」

 先に起きて猫丸号に帰っていたダラスが深刻な顔をして食堂に入ってきた。

 イリアもいっしょだ。

「ごめんなさい。悪気はなかったの」

 イリアの表情は暗い。

「どうしたの?」

 話が見えず、リンダは先を促す。

「彼女が、サンの餌を間違えてダストシュートに入れてしまって」

「へ?」

 どうやら、サンのことを気にいったイリアは、ダラスに頼まれて、しばらく餌の世話をしてくれていたらしい。

 そして新しい餌の袋を取りに行ったイリアは、ダストシュートのそばにうっかり置いてしまい、餌が落ちてしまったのだ。もちろん、ダストシュートは宇宙船の中にある。だが、ダストシュートに入ったごみはごみ処理システムに入り、乾燥し圧縮されてしまう。もう、元の形にはならない。

「あと数日分は残っているのですが」

 ダラスは青ざめている。

「基地で何か食料をお渡しできないか聞いてみるわ」

「だめよ。残念ながらうちの子は、カリカリしか食べないの」

 リンダは首を振った。サンは頑固で、柔らかい餌を食べようとしない。

「宇宙軍の人に」

「軍の船に猫の餌はないと思うわ」

 リンダは苦笑する。

「ダラス、デュークを呼んできて。準備が出来たら出発するわ」

「ヘミルトンさん、惑星改造まで護衛してくれないの?」

 イリアの顔は心細そうだ。

 この惑星に着いてから、彼女は三毛猫商会の人間を信頼するようになったらしい。

「それは軍がしてくれるわ」 

 リンダは笑う。軍艦がいるのに、襲ってくる海賊はいない。相手がバーナスならなおのことだ。

「餌代、報酬に上乗せするように、サンダース氏に言っておいてくださいね」

「もちろん」

 イリアは頷いた。

「社長、もう出発ですか?」

 ダラスに連れてこられたデュークは目をこすっている。

「サンの餌を早急に買わないといけなくなったの」

「サンの餌?」

 デュークは何の話か分からずに首を傾げた。そろそろ出発の時期だとはわかっていたものの、突然猫の話をされれば混乱しても仕方がない。

「ごめんなさい」

 イリアが頭を下げる。

「あの。餌のこともですが、私皆さんに失礼なことばかり言って」

「謝るのは私じゃないわ。デュークにでしょ」

 リンダの指摘にイリアは神妙な顔をした。

「はい。ヒアンラインさん。私の暴言を許して」

「前に謝ってもらったから、それでいい。これからは、スペースジャケットをきちんと着るようにしてくださいね」

 デュークがポンとイリアの肩に手を置いて微笑むと、イリアは顔を赤らめた。

 彼女が必要以上に彼に反発していたのは、明らかに意識していたからだ。デュークはかなりの二枚目で、女性に人気がある。クライアントに気に入られたことも一度ではない。もっとも本人は、全く気付かない。とにかく信じられないほど鈍いのだ。

「あの、また会える?」

「仕事があれば」

 そっけなく答えるデュークに、リンダは苦笑しながらも少しだけ安心する。それがなぜなのかは、わからないが。

「それじゃあ、基地の支部長に挨拶したら、猫餌を買いにいくわよ」

「……なんかしまらないですよ、社長」

 デュークは肩をすくめる。出立の理由がかなり特殊だと言いたいのだろう。

「あら。だってサンは三毛猫商会の看板猫でしょ」

 リンダが笑うと、デュークとダラスも「違いねえ」と頷いた。

 

 


 その後。プラナル・コーポレーションの幹部の一人に、ラマタキオンの強奪依頼をしたという証拠がみつかり、ちょっとした事件となった。

 エレメン星系のプラナル・コーポレーションの惑星開発は無事進み、三年後『エレメン・リゾート』としてオープン。

 辺境ではあったが、豪華客船とセットのツアーは大人気となった。

 


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宇宙海賊なんて怖くない! 秋月忍 @kotatumuri-akituki

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